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すべてのはじまり⑦
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しかし今度は答える者はいなかった。
(鬼ごっこだって?)
びっくりしたのはロレンツォだけではないはずだった。あっけに取られている少年たちに再び笑いかけ、クレメンティーナが走りだす。
とにかく今は王女をつかまえなければいけないらしい。
「……行くか」
「そうだな」
困惑した様子で顔を見合わせた後、ようやくそれぞれが動き始めた。
「お、お待ちください、クレメンティ―ナ様!」
つかまえろと言われても、本当にそんなことをしていいのだろうか? 周囲には何人も近衛兵がいるし、王族に対する不敬罪として彼らに捕らえられたりしないだろうか?
走りだしてはみたものの、驚きと迷いのせいでみんなどこかぎこちない。もちろんロレンツォも同じだった。
しかし、さらに意外だったのはクレメンティーナの足の速さだ。
いかにもしとやかそうで、走ったことなど一度もなさそうなのに、その姿はみるみる遠ざかっていく。裾の長いドレスもまったくじゃまになっていないようだ。
「みんな、こっちよ。さあ早く!」
風にのって、笑い声が聞こえてきた。このままでは引き離されるばかりだ。
「よし!」
クレメンティーナがあんまり楽しそうなので、ロレンツォの気持ちも浮き立ってきた。
あれこれ考えずに鬼ごっこをがんばろう。そうすればクレメンティーナも喜んでくれるはずだ。
勝負の結果は気にしないことにした。自分はたぶん一番年下だから、みんなに勝てるはずがないのだ。
中には見るからに敏捷そうな少年もいるから、きっと王女はもうすぐつかまるだろうし――。
ところがロレンツォの予想はみごとに裏切られた。
確かに足が速い者は何人もいて、彼らはすぐにも王女に追いつきそうだった。しかしあと少しのところで、クレメンティーナはスルリと逃れてしまう。
まるでヒラヒラ飛ぶ帳を追いかけているみたいだった。
誰も王女をつかまえられないまま鬼ごっこは続く。
いったいどれくらいたったのだろう? 少年たちがバランスを崩したり、木の根に躓いて転びそうになったりするうち、いつの間にか庭園を走っているのはロレンツォとクレメンティーナだけになってしまった。
(あと、ちょっと)
今にも手が届きそうなのに、どうしても王女に触れることはできない。
さすがにずっと走り続けていて息が上がってきたが、クレメンティーナは笑みさえ浮かべていた。
(……だめかも)
鬼ごっこそのものは本当に楽しかった。
だからもっとこうしていたいのに身体がいうことをきいてくれず、クレメンティ―ナとの距離がまた開いてしまう。
「うわっ!」
弱気になったせいなのか、突然足がもつれてしまった。身体が大きく前に傾き、踏みとどまることができない。
(えっ?)
転ぶと思った瞬間、前に伸ばしていた右手を柔らかく包まれたのだ。
「大丈夫?」
「……クレメンティ―ナ様?」
信じられないことが起きた。少し先にいたはずのクレメンティ―ナが、転倒しないようにロレンツォの手を引っ張ってくれたのだ。
「あれ? どうして?」
「どうもありがとう、ロレンツォ。とてもがんばってくれて」
「あ、い、いや」
「わたくし、決めたわ」
走り過ぎたせいか、頭がうまく回らない。
少し離れていたはずなのに、どうしてクレメンティ―ナは自分を助けることができたのだろう? それにいったい何を決めたというのだろう?
「あなたしかいないと思うの」
一瞬、何かが身体の中に入ってき飛び込んできたような気がした。
あたたかいような、それでいてひどく冷たいような、そのせいで今にも浮き上がってしまいそうな奇妙な感覚――。
しかしロレンツォ自身は宝石のように輝く菫色の瞳に見入っていて、それをいぶかしむ余裕はなかった。
「わたくしの従者になってくれる、ロレンツォ? ご両親がそれを許してくださるかどうかわからないけれど」
「は、はい! もちろんです! つつしんでお仕えいたします、クレメンティ―ナ様」
ロレンツォはすぐさま、その場に跪いた。そうしなければ、大声を上げながら飛び跳ねてしまいそうだったのだ。
自分は王子だし、もしかしたらいろいろ問題が起きるかもしれないけれど、クレメンティ―ナの頼みを断ることができる者などこの世にいるのだろうか?
「本当によかったわ。どうもありがとう、ロレンツォ。わたくしの許婚が来週ヴィチェランテに来てくださるから、あなたを紹介できるわね」
その時、ロレンツォの心の中で何かがうごめいた。自分の意志とは関係ない特別なもの――これまで一度も感じたことのない波動が不穏にざわめき続ける。
だがマチルダやリカルドが笑顔で近づいてきたので、ロレンツォは強引に気持ちを切り替えた。
* * *
翌週、クレメンティ―ナの初めての許婚が王宮に訪れることはなかった。ヴィチェランテに向かう途中の山道で、馬車が転落して大けがを負ったのだ。
少年の命に別状はなかったものの、しばらくしてこの婚約話は破談になった。
(鬼ごっこだって?)
びっくりしたのはロレンツォだけではないはずだった。あっけに取られている少年たちに再び笑いかけ、クレメンティーナが走りだす。
とにかく今は王女をつかまえなければいけないらしい。
「……行くか」
「そうだな」
困惑した様子で顔を見合わせた後、ようやくそれぞれが動き始めた。
「お、お待ちください、クレメンティ―ナ様!」
つかまえろと言われても、本当にそんなことをしていいのだろうか? 周囲には何人も近衛兵がいるし、王族に対する不敬罪として彼らに捕らえられたりしないだろうか?
走りだしてはみたものの、驚きと迷いのせいでみんなどこかぎこちない。もちろんロレンツォも同じだった。
しかし、さらに意外だったのはクレメンティーナの足の速さだ。
いかにもしとやかそうで、走ったことなど一度もなさそうなのに、その姿はみるみる遠ざかっていく。裾の長いドレスもまったくじゃまになっていないようだ。
「みんな、こっちよ。さあ早く!」
風にのって、笑い声が聞こえてきた。このままでは引き離されるばかりだ。
「よし!」
クレメンティーナがあんまり楽しそうなので、ロレンツォの気持ちも浮き立ってきた。
あれこれ考えずに鬼ごっこをがんばろう。そうすればクレメンティーナも喜んでくれるはずだ。
勝負の結果は気にしないことにした。自分はたぶん一番年下だから、みんなに勝てるはずがないのだ。
中には見るからに敏捷そうな少年もいるから、きっと王女はもうすぐつかまるだろうし――。
ところがロレンツォの予想はみごとに裏切られた。
確かに足が速い者は何人もいて、彼らはすぐにも王女に追いつきそうだった。しかしあと少しのところで、クレメンティーナはスルリと逃れてしまう。
まるでヒラヒラ飛ぶ帳を追いかけているみたいだった。
誰も王女をつかまえられないまま鬼ごっこは続く。
いったいどれくらいたったのだろう? 少年たちがバランスを崩したり、木の根に躓いて転びそうになったりするうち、いつの間にか庭園を走っているのはロレンツォとクレメンティーナだけになってしまった。
(あと、ちょっと)
今にも手が届きそうなのに、どうしても王女に触れることはできない。
さすがにずっと走り続けていて息が上がってきたが、クレメンティーナは笑みさえ浮かべていた。
(……だめかも)
鬼ごっこそのものは本当に楽しかった。
だからもっとこうしていたいのに身体がいうことをきいてくれず、クレメンティ―ナとの距離がまた開いてしまう。
「うわっ!」
弱気になったせいなのか、突然足がもつれてしまった。身体が大きく前に傾き、踏みとどまることができない。
(えっ?)
転ぶと思った瞬間、前に伸ばしていた右手を柔らかく包まれたのだ。
「大丈夫?」
「……クレメンティ―ナ様?」
信じられないことが起きた。少し先にいたはずのクレメンティ―ナが、転倒しないようにロレンツォの手を引っ張ってくれたのだ。
「あれ? どうして?」
「どうもありがとう、ロレンツォ。とてもがんばってくれて」
「あ、い、いや」
「わたくし、決めたわ」
走り過ぎたせいか、頭がうまく回らない。
少し離れていたはずなのに、どうしてクレメンティ―ナは自分を助けることができたのだろう? それにいったい何を決めたというのだろう?
「あなたしかいないと思うの」
一瞬、何かが身体の中に入ってき飛び込んできたような気がした。
あたたかいような、それでいてひどく冷たいような、そのせいで今にも浮き上がってしまいそうな奇妙な感覚――。
しかしロレンツォ自身は宝石のように輝く菫色の瞳に見入っていて、それをいぶかしむ余裕はなかった。
「わたくしの従者になってくれる、ロレンツォ? ご両親がそれを許してくださるかどうかわからないけれど」
「は、はい! もちろんです! つつしんでお仕えいたします、クレメンティ―ナ様」
ロレンツォはすぐさま、その場に跪いた。そうしなければ、大声を上げながら飛び跳ねてしまいそうだったのだ。
自分は王子だし、もしかしたらいろいろ問題が起きるかもしれないけれど、クレメンティ―ナの頼みを断ることができる者などこの世にいるのだろうか?
「本当によかったわ。どうもありがとう、ロレンツォ。わたくしの許婚が来週ヴィチェランテに来てくださるから、あなたを紹介できるわね」
その時、ロレンツォの心の中で何かがうごめいた。自分の意志とは関係ない特別なもの――これまで一度も感じたことのない波動が不穏にざわめき続ける。
だがマチルダやリカルドが笑顔で近づいてきたので、ロレンツォは強引に気持ちを切り替えた。
* * *
翌週、クレメンティ―ナの初めての許婚が王宮に訪れることはなかった。ヴィチェランテに向かう途中の山道で、馬車が転落して大けがを負ったのだ。
少年の命に別状はなかったものの、しばらくしてこの婚約話は破談になった。
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