最凶婚! ~災禍の女王と怯まぬ花婿~

麻倉とわ

文字の大きさ
14 / 17

すべてのはじまり⑦

しおりを挟む
 しかし今度は答える者はいなかった。

(鬼ごっこだって?)

 びっくりしたのはロレンツォだけではないはずだった。あっけに取られている少年たちに再び笑いかけ、クレメンティーナが走りだす。
 とにかく今は王女をつかまえなければいけないらしい。

「……行くか」
「そうだな」

 困惑した様子で顔を見合わせた後、ようやくそれぞれが動き始めた。

「お、お待ちください、クレメンティ―ナ様!」

 つかまえろと言われても、本当にそんなことをしていいのだろうか? 周囲には何人も近衛兵がいるし、王族に対する不敬罪として彼らに捕らえられたりしないだろうか?

 走りだしてはみたものの、驚きと迷いのせいでみんなどこかぎこちない。もちろんロレンツォも同じだった。

 しかし、さらに意外だったのはクレメンティーナの足の速さだ。

 いかにもしとやかそうで、走ったことなど一度もなさそうなのに、その姿はみるみる遠ざかっていく。裾の長いドレスもまったくじゃまになっていないようだ。

「みんな、こっちよ。さあ早く!」

 風にのって、笑い声が聞こえてきた。このままでは引き離されるばかりだ。

「よし!」

 クレメンティーナがあんまり楽しそうなので、ロレンツォの気持ちも浮き立ってきた。
 あれこれ考えずに鬼ごっこをがんばろう。そうすればクレメンティーナも喜んでくれるはずだ。

 勝負の結果は気にしないことにした。自分はたぶん一番年下だから、みんなに勝てるはずがないのだ。
 中には見るからに敏捷そうな少年もいるから、きっと王女はもうすぐつかまるだろうし――。

 ところがロレンツォの予想はみごとに裏切られた。

 確かに足が速い者は何人もいて、彼らはすぐにも王女に追いつきそうだった。しかしあと少しのところで、クレメンティーナはスルリと逃れてしまう。

 まるでヒラヒラ飛ぶ帳を追いかけているみたいだった。

 誰も王女をつかまえられないまま鬼ごっこは続く。

 いったいどれくらいたったのだろう? 少年たちがバランスを崩したり、木の根に躓いて転びそうになったりするうち、いつの間にか庭園を走っているのはロレンツォとクレメンティーナだけになってしまった。

(あと、ちょっと)

 今にも手が届きそうなのに、どうしても王女に触れることはできない。
 さすがにずっと走り続けていて息が上がってきたが、クレメンティーナは笑みさえ浮かべていた。

(……だめかも)

 鬼ごっこそのものは本当に楽しかった。
 だからもっとこうしていたいのに身体がいうことをきいてくれず、クレメンティ―ナとの距離がまた開いてしまう。

「うわっ!」

 弱気になったせいなのか、突然足がもつれてしまった。身体が大きく前に傾き、踏みとどまることができない。

(えっ?)

 転ぶと思った瞬間、前に伸ばしていた右手を柔らかく包まれたのだ。

「大丈夫?」
「……クレメンティ―ナ様?」

 信じられないことが起きた。少し先にいたはずのクレメンティ―ナが、転倒しないようにロレンツォの手を引っ張ってくれたのだ。

「あれ? どうして?」
「どうもありがとう、ロレンツォ。とてもがんばってくれて」
「あ、い、いや」
「わたくし、決めたわ」

 走り過ぎたせいか、頭がうまく回らない。

 少し離れていたはずなのに、どうしてクレメンティ―ナは自分を助けることができたのだろう? それにいったい何を決めたというのだろう?

「あなたしかいないと思うの」

 一瞬、何かが身体の中に入ってき飛び込んできたような気がした。
 あたたかいような、それでいてひどく冷たいような、そのせいで今にも浮き上がってしまいそうな奇妙な感覚――。

 しかしロレンツォ自身は宝石のように輝く菫色の瞳に見入っていて、それをいぶかしむ余裕はなかった。

「わたくしの従者になってくれる、ロレンツォ? ご両親がそれを許してくださるかどうかわからないけれど」
「は、はい! もちろんです! つつしんでお仕えいたします、クレメンティ―ナ様」

 ロレンツォはすぐさま、その場に跪いた。そうしなければ、大声を上げながら飛び跳ねてしまいそうだったのだ。

 自分は王子だし、もしかしたらいろいろ問題が起きるかもしれないけれど、クレメンティ―ナの頼みを断ることができる者などこの世にいるのだろうか? 

「本当によかったわ。どうもありがとう、ロレンツォ。わたくしの許婚が来週ヴィチェランテに来てくださるから、あなたを紹介できるわね」

 その時、ロレンツォの心の中で何かがうごめいた。自分の意志とは関係ない特別なもの――これまで一度も感じたことのない波動が不穏にざわめき続ける。

 だがマチルダやリカルドが笑顔で近づいてきたので、ロレンツォは強引に気持ちを切り替えた。

* * *

 翌週、クレメンティ―ナの初めての許婚が王宮に訪れることはなかった。ヴィチェランテに向かう途中の山道で、馬車が転落して大けがを負ったのだ。

 少年の命に別状はなかったものの、しばらくしてこの婚約話は破談になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

処理中です...