Appassionato! 年下ピアニストは蜜愛セレナーデを奏でる

麻倉とわ

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ずっと隣にいられたら

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 その公園の前は毎日のように通り過ぎていたが、中に入るのは初めてだった。

「わあい!」

 楓の葉のモチーフで飾られた門の前に立つと、順はうれしそうに歓声を上げた。
 そのままアンジェロと手をつなぎ、転がるように走り出す。実際、そこはそうしたくなるような場所だった。
 門の近くに立つシンボルツリーは『メイプルパーク』の名称にふさわしい大きな楓で、その葉はまだ青々としている。中央には大きな池もあり、都心の一角にあるとは思えないほど自然が豊かだ。

「すごいね、アンジェロ!」
「うん、すごい!」

 芝生の向こうには何十メートルもあるようなローラーすべり台や、カラフルなツリーハウスが見え、順ばかりかアンジェロまで一緒になって興奮していた。

「ちあちゃん、早く!」
「はーい」

 千晶は空いているベンチを見つけ、荷物を置いて、順たちのもとへと走る。大はしゃぎする二人を追いかけていると、自然に笑みが浮かんだ。

(やっぱり勇気を出してよかった)

 今朝アンジェロを見送る時、千晶は思いきって午後の散歩に誘ってみた。メイプルパークビレッジの公園で、お昼を食べようと言ったのだ。たまった家事を片づけたら、順を連れてお弁当を持っていくからと。
 昨日も一緒に過ごした後では遠慮すべきだったかもしれないが、何もできないまま彼を帰すのは気が引けた。千晶自身はずいぶんよくしてもらったし、もちろんもっと彼と過ごしたかったからだけれど。
 するとそれを聞いた途端、アンジェロと順は大喜びで飛び上がった。だが実は、一番うれしかったのは千晶自身かもしれない。

「みんなですべり台やりたい! ちあちゃん、行こうよ!」
「えっ? だけど、大人はだめでしょ?」
「大丈夫だよ、千晶。さあ、おいで」

 ふだんの千晶なら、たぶん頷かなかっただろう。もちろん危険なら、必ず順に付き添うけれど。
 ところが今はごく自然に、アンジェロが差し出した手を握ってしまった。まるでいつもそうしているみたいに、ほとんど迷わずに。
 三人は無邪気に笑いながらすべり台で遊び、ツリーハウスに上って、ブランコを漕いだ。
 高く晴れた空、少し冷たい秋の風、順の笑い声、アンジェロに近づいた時に鼻をくすぐる爽やかなグリーンノート。
 その場の何もかもが心地よく千晶を包み込む。

(私……変かも)

 千晶はもう何年も声を上げて笑ったり、こんなふうに思いきり身体を動かしたりしていない。日々の勤務に追われ、余裕がなかったからだが、そもそもそういう性格ではなかった。
 それなのに今こうしているのは、アンジェロが一緒にいてくれるからだろうか? 彼のおかげで、いろいろものから解き放たれたような気さえする。

「ちあちゃん、次は鬼ごっこだよ! 鬼はアンジェロだからね」

 アンジェロは有無を言わさぬ決定に肩を竦めていたが、まず順が、続いて千晶が走り出すと、すぐに追いかけてきた。けっこう真剣に、けれどギリギリ追いつかない程度の間隔を空けて。

「ちあちゃん、急いで! アンジェロにつかまっちゃうよ!」
「了解!」

 鬼の役目を心得ている彼に応えるべく、足を速めようとした時だ。スニーカーの先が何かに引っかかった。

「あっ!」

 とっさに踏みとどまれず、身体が大きく傾いてしまう。だが、千晶が転ぶことはなかった。

「危ない!」

 アンジェロが瞬時に距離をつめ、腕をつかんでくれたのだ。そのまま引き寄せられて、弾みで背中から広い胸に倒れ込む形になった。

「大丈夫、千晶?」
「……ええ。ありがとう、アンジェロ」

 答える声がかすかに震えた。背中ごしに、ぬくもりと鼓動がダイレクトに伝わってきて、頬が熱くなる。
そんな千晶を、順がふしぎそうに見上げてきた。

「ちあちゃん、どうしたの? お顔、真っ赤だよ」
「な、何でもないの。じゃあ、今度は私が鬼になるから」
「いいよー!」
「よーし、もう一回ね」

 アンジェロの顔がまともに見られなくて、千晶は彼から逃げるように走り出した。
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