第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

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第壱部-Ⅳ:しあわせの魔法

29.紫鷹 日向の魔法

おやつを食べ終わって、日向の話し相手になっていると、藤夜が現れた。

「は?」
「魔法の練習をすると、約束しましたので。」
「いや、何でだ。魔法なら俺でいいだろ、」
「殿下は、おやつ係です。こかからは俺の役割。そういう決まりです。残念でした。」

何だ、それ。
そして藤夜(とうや)よ、何だそのどや顔。お前、性格変わってないか。



休日の午後だ。
侍従としての藤夜も、今日はその役目を離れているはずだった。平日は離宮で暮らすこの男も、休日は実家へ帰る。
それが、のこのこ現れて、日向に魔力制御の指南をするという。
これまでも、教えていたのは知っている。それが日向の魔法への興味を膨らませたのも。

日向自身が身を守る術を身につけるためにも、魔力の制御はいずれは必要なことであった。
日向の興味を知ると、鉄は熱いうちに打て、とばかりに晴海(はるみ)がすぐに教師を選抜し、平日は「草」の者が教えている。自身も相当の術者である晴海が選んだのだ。優秀な教師がついていると見えて、日向の魔力は、急激に洗練されつつある。

そしてこの男である。どういうわけか、あの晴海を言いくるめて、休日の指南役を獲得してきた。

何だ、それ。
魔法なら、俺でもいいだろう。


「とやは先生。しおう、ざんねん。」


日向が、藤夜の口をまねて言う。やめてくれ。泣きそうだ。

日向が手を差し出し、藤夜がそれを握る。隠れ家へと二人仲良く歩いて行った。
つないだ手はそのままに、隠れ家に頭だけ入れて、日向が何かを取り出す。温玉(ぬくいだま)か。
気温が下がり、隠れ家が冷えるようになって、藤夜が日向に送った。日向は毎晩、これを抱いて隠れ家で眠る。

あった、と藤夜に温玉を見せる日向の表情が嬉しそうだった。
2人が並んでソファに腰かける。つい先刻まで、俺が日向を膝にのせて、おやつを食べさせていたソファ。
日向の手から温玉を受け取った藤夜が、何事かを説明すると、日向はうんうんとそれを聞いた。藤夜の問いかけに首を傾げたり、身振り手振りで何かを一生懸命に伝える。
水色の瞳が、まっすぐに藤夜を見ていた。
立ち尽くした俺の背中を冷たい汗が落ちていく。

「日向様って、相当、藤夜様のこと好きですよねー。藤夜様もまんざらでもなさそうだしぃ、」
「…うるさい、青空。」
「魔法基礎の授業、ちゃんと受けていればよかったですね。そうしたら、殿下が先生になれたかもしれないのにぃ。」
「青空、殿下がかわいそうだから、やめてあげなさい。」
「そうですね、宇継さん。殿下、かわいそう。」

正直、青空に構っている余裕はない。
日向が藤夜を好き?逆だろ、藤夜が日向を気に入っているだけだ。
藤夜は長男だ。下に4人もいる。あれはもともと兄気質で、世話好きなところがある。それだけだ。そうに決まっている。絶対に。

いろいろと言い訳を並べるが、何一つ心を穏やかにしてくれはしない。
藤夜が「ひな」と日向を呼ぶ。
なぜそうなったっと聞いたことがあったが、藤夜は「さあ」と開き直り、理由を明かさない。
日向は「とや」と藤夜を呼ぶ。とやはとや、しおうはしおう、と日向は言った。

何でお前が、と心のうちに黒いものが湧きあがる。
幼少から共に育ち、侍従となり、友であり、親友であり、家族であったお前に、なぜ俺はこんな感情を向けなければならない。
かわいそうーー確かにかわいそうだよな。かわいそうだから、そこを代われ、藤夜。

「殿下、気が散ります。」
「魔法のときは、しずかにするきまり。」
「そうです、ひな。よく覚えていて偉いですね。」
「うん、僕はしおうのお兄さん。だから、教える。」
「ええ、お兄さんですね、」

藤夜の肩が震える。笑うな。お前のせいだ。
俺の至福の時間をぶち壊したあげく、どこまで深い穴に落とすつもりだ。
今すぐ、日向を奪いたい。できないと分かってそこに座るお前が腹立たしい。親友を憎いとさえ感じる地獄が、お前にわかるか。

脳が沸く。血が昇る。
息が苦しい。胸が痛い。




「しおう、」




ぽんぽんと、ソファの空いた場所を日向がたたいた。


「教える、おいで。」


水色の瞳が、キラキラと輝いて俺を見る。
冷ややかだった俺の世界が、急激に温かくなった。

藤夜が驚いたような、悔しがるような表情をする。青空がぽかんと口を開けて何かを言いたそうにし、言葉が出ずにぱくぱくと動かした。宇継は動じない。

「しおう」と俺の名を呼んだ日向が、もう一度ソファをたたくと、導かれるままに体が動いた。小さな体のすぐ横に腰を下ろすと、日向が膝に登ってくる。俺の腹に背中を預けて、腕を取り、自分の腹に巻き付ける。
何だ、これ。


「こうしたら、おちない。」


どうだ、すごいだろうとでも言うように、日向が見上げてきた。
たった数秒前まで抱いてた絶望感が、今は高揚に変わっている。
すごい魔法だな、日向。


お前はどれだけ俺を魅了する気なんだ。


「ひな、それで集中できますか?」

藤夜が聞く。平静を装っているが、悔しいだろう、お前。

「しおうは、安心。大丈夫。でも、しずかにする決まり。わかる?」
「ああ、ちゃんと日向が落ちないように捕まえといてやる。静かにしてるから、やってみな。」
「うん、」

日向が藤夜の手から温玉を受け取り、両手で包んだ。藤夜の片手に収まる玉も、日向は二つの手を使わなければ包み込むことができない。

炎の魔法陣が組み込まれた温玉は、その中心に魔力を注ぐことで、熱を発する。
常なら赤くうごめく芯が、今は静まりかえって色を失くしていた。
ここに日向の魔力をめぐらせる。
むらなくめぐれば芯が深紅に変わる。

俺たちが子どもの頃に幾度となく繰り返した遊びだった。同時に魔力制御の訓練でもある。
よどみのない深紅をともせるようになるには最低3年かかるとされ、10回中10回成功できるようになるには、さらに数年要する者が多い。


――相当優秀な教師がついているのか、あるいは素質か


日向がその小さな手で玉を受け取った瞬間から、日向の魔力には揺らぎがなくなった。
腹に回した腕から、背中を受け止める腹から、日向の魔力を感じる。まだ特定の色を持たない未熟な魔力。はじめてあったときには、ゆらゆらとせわしなく揺れていた。
であるのに、今は凪いでまっすぐに温玉に向かう。


あるいは、生きるための術か。


ぎゅっと、腹を抱く腕に力がこもった。
小栗が、日向の魔法は原始のそれに似ていると話していた。まだ術として完成されず、自然のままに本能のままに魔力が生命と結びついていた時代のもの。
日向は、生きるために魔法が必要だった。なんの鍛錬も指導もなかったが、生きのびるために自然の中で、本能の叫ぶままにその力を求める必要があった。


綺麗だな、お前の魔力。

無垢で、何色にもならず、何色でもある。静かで荒々しく、まっすぐでのびやかな。


日向の手の平が開く。
深紅が芯にともっていた。

「できた?」
「ええ…、さすが、ですね。ひな、すごい、」

藤夜が感嘆の声を上げる。
俺も驚いた。すごいな。

「しおう、できた、って」

水色の瞳が俺を見上げる。嬉しそうにキラキラ光ってゆれている。
「すごいな」と頭をなでると、心地よさそうにすり寄ってきて、愛しかった。



すごいな、日向。
本当にお前はすごい。
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