第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

文字の大きさ
34 / 209
第壱部-Ⅳ:しあわせの魔法

33.紫鷹 あふれるほどの愛で包みたい

「尼嶺(にれ)の大使が来る。菫子様とお前は参列するとして、尼嶺の王子の席はどこがいいかな?」

兄たる第一皇子・朱華(はねず)の言葉に息をのむ。
燃えるような朱色の瞳が、俺を見据えていた。



「日向…王子は、今体調を崩されていて、とても式典への参列は無理かと…」
「一応、建前は守らないといけないからね。逗留中の王族が不在では、いろいろ問題があるだろう?まだ三月ある、整えてくれ」

兄上の言葉には、有無を言わさない色があった。
俺は言葉に詰まる。必死に頭を巡らせ、回答を探すが、日向の看病で疲れ切った頭は、答えを出せなかった。

「母上に、相談、します」
「ああ、そうしてくれ。後で正式に通達が回るから。頼んだよ。」

兄上は、日向のことをどれだけ知っているのだろうか。
日向の体調が悪いのは事実だ。
そうでなくても、日向に王族としての役割を望むのは酷だろう。
日向が尼嶺で王族として扱われたのは、人質として送られた、その一度きり。
―――それまでは、人として扱われることさえなかったのに。




離宮へ戻る足取りが、重い。
いつも傍に従う男には、休みを取らせた。俺より青い顔をしたあいつがいたところで、役にも立たない。
今は離宮の騎士が、俺に侍ってついてくる。あの男も、草の一部だ。離宮の事情を知っているからか、歩みの遅い俺に何も言わなかった。

どんなに足が重くとも、俺には薄紫色の宮城へ帰らない選択肢がない。過去には抜け出し、見つかるまで数週間帰らないこともあったのに。
日向から離れる選択肢は、ずいぶん前に俺の中から消えていた。

「おかえりなさい、紫鷹さん」
「ただいま戻りました、母上」

宮城の入り口で、ちょうど二階から降りてきた母上と鉢合わせた。
偶然かどうかは知らない。
今は頭が重く、疲れていた。

「兄上が、春の式典に、日向を出席させろ、と。」
「…また無茶をいう方ね。わかりました。後ほど話し合いましょう。――それより、紫鷹さんは、少しおやすみなさい。寝ていないでしょう?」
「はい、」
「日向さんなら、大丈夫よ。落ち着いてたから。顔を見て元気を出して、しっかり休んでいらっしゃい。」

母上が俺の頭を抱え、抱きよせた。
子どものように、抱きしめられる。
俺はもうすぐ16になるのに。子ども扱いは恥ずかしい。

だが、温かさが身に染みた。
泣きそうになるのをこらえて、頭を下げる。
ポンポンと肩をたたいて、母上は去っていった。

二階は静かだった。
階段にほど近い位置にあったかつての日向の部屋は、簡単な修繕が終わり、廊下に立っただけでは破壊の痕跡はわからない。
新しい部屋は、ずいぶんと離れた位置へと移された。
一階の喧騒はまったく届かない静かな場所。


扉を開けると、唯理音が日向を膝にのせてゆらゆらと揺れていた。

「お帰りなさいませ、殿下。」
「ああ、…どうだ」
「先ほどまで一緒にアオバズクの真似をしておりました。お食事も半分ほど召し上がられましたよ。落ち着いております。」
「ありがとう、唯理音は休めたか、」
「ええ、水蛟さんが配慮してくださっております。大丈夫ですよ。」

唯理音が優しく笑う。
日向を安堵させるだけでなく、俺をも癒す。

「代わろう、」
「ええ、お願いします」

余計なことは聞かず、察してくれたのだろう。
母上は休めといったし、離宮への足取りは重かった。だが、日向のぬくもりを確かめたかった。

立ち上がった唯理音から日向を受け取り、彼女が座っていた揺り椅子へ腰を下ろす。
ぐったりとした日向の体重が、すべて俺に預けられると、触れた場所が温かかった。
首筋に顔を埋めると、日向の匂いがして心が凪いでいく。規則正しい寝息にほっとした。体は震えていない。

ゆらゆらと椅子を揺らしながら、唯理音がするようにゆったりと背中をなでた。



目を覚ましたら、日向はどうなっているのだろう。
藤夜を怖がるだろうか。
俺たちの声は届くだろうか。

心穏やかに過ごせるようになったと思っていた。
それが、ほんのわずかなきっかけで簡単に崩れる。
日向の傷は、決して浅くはないのだと、思い知らされた。
たった8か月で、日向の15年は救えない。


床に頭をこすりつけて藤夜に謝っていた。
約束を破ったことを。悪いことをしたと。
そうやって謝らないと、ひどい目にあったのだろう。謝ったとして、逃れられなかったのかもしれない。
15年間、それが日常だったのだ。
その15年は過去ではなく、今も続いている。


それでも、思い出せなくなるくらい、日向を幸せで埋め尽くしたい。



「なあ、日向。」

日向は眠っている。返事はない。

「俺は、お前が来てくれてよかったよ。俺のところにいてくれて、感謝してる。」

ゆらゆら揺れて、背中をなでる。

「最初にひどい態度をとってごめんな。お前が苦しいことを知らなくて、本当に申し訳なかったと思っている。」

小さくて、可愛くて、弱い王子。

「今はお前が大事だよ。一番大好きだ。お前が笑ってるのが嬉しいし、一緒にご飯を食べるのが楽しい。可愛くて、愛しくて、他の誰にも渡したくない。それくらい、お前のことが好きで好きでたまらない。」

大好きな日向。

「でも、お前が何が怖いのか、つらいのかわからなくて、どうしたらいいかわからなくなることがある。わかるようになりたいんだよ。ずっと一緒にいたいから。だから、嫌なことや怖いことは、教えてほしい。」

世界で一番大切な宝物。

「起きたら、俺はいっぱい大事だって伝えるよ。だから早く元気になろうな。」

日向は眠っている。呼吸が穏やかだ。

いいよ、今はゆっくり休め。
起きたら、全部伝えるから。
お前がもういっぱいだって音を上げるほど、愛で埋め尽くしてやるから。
感想 49

あなたにおすすめの小説

おひめさまな俺、帝王に溺愛される

  *  ゆるゆ
BL
帝王陛下に捧げられることになった小国の王族レイには、大変な問題が──! ……男です。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。 しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。 当然そんな未来は回避したい。 原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。 さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……? 平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。 ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)

恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。

めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。 その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。 ⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる ⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない ※全四話、予約投稿済み。 本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。 ※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中