第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

文字の大きさ
35 / 209
第壱部-Ⅳ:しあわせの魔法

34.宇継(うつぎ) 分岐点

「ちがう、ね。」
「ああ、部屋が変わったからな。前の方が良かった?」
「鳥、こないね」
「鳥?ホーホーじゃなく?」

日向様がぼんやりと窓の外を眺めてつぶやく。
膝の上に日向様を抱かれた紫鷹殿下が、少し困った顔をして、私を振り返った。

「毎朝、お目覚めの時間に鳥が一羽来ていたので、そちらではないかと……日向様、黄色い鳥ですか?」
「うん、」

短く答え、それ以上何も話さなくなった日向様に、殿下と私は顔を見合わせた。



魔力暴走から2週間。
症状は落ち着いたのか、日向様は、寝込むこともなく、起きていらっしゃる。
元気はないけれど、ぐったりと目をつぶっているわけでもなく、隠れ処にこもるわけでもない。
でも以前のように一生懸命におしゃべりをしたり、いろいろなことに興味を示して部屋のなかを歩き回ることもしなかった。
今はただ、殿下に体を預けて、外を眺めているだけ。

「鳥が来なくなって寂しいか?」
「…わかんない」
「窓のとこに餌台を置くのは、どうだろ。できそう?」
「ええ、パンくずなどで良ければ、すぐにご用意できますし、餌台なら、庭師が作ったものがあるはずです。」
「だってさ、日向。良かったな」
「大丈夫、」
「ん?」
「大丈夫、」

また短く答えて、静かに押し黙ってしまう。
殿下は困った顔をされていたが、一応用意して、というようにこちらを見たので、うなずいておいた。


日向様は、大事な何かを置き忘れてしまったように静かで、胸が痛む。


症状が落ち着いたと思った頃に、ひどく取り乱され混乱したことがあった。
自分を責め、謝り続けていた、と。
過去の恐怖が、また呼び起こされてしまった。
体が回復していく一方で、心は未だに閉ざされたままでいる。


日向様が魔力暴走を起こしたあの夜、私は日向様の湯あみを手伝い、髪の手入れをしたあとで、部屋を辞した。
爆発音が聞こえたのは、そのわずか後。
かけつけた部屋の惨状に、日向様を失ったと一度は絶望した。

思えば、私の使った魔法に「きれい」と喜び「やってみたい」と話していた。それを、いつもの可愛いおしゃべりだと、楽しく聞いて、満足してしまった。



何かを「したい」と願うことを、されない方なのに。



紫鷹殿下がいなくて寂しかった時も、「いてほしい」とは願わなかった。
藤夜様が愛称で呼んでくれなくて悲しかった時も、「呼んでほしい」と口にすることができなかった。
おいしいおやつをもっと食べたくても、しかたないと呟くだけ。「もっとほしい」とは言わない。言えない。
膝の上に乗って食事をしたり、手をつないだり、そんなふれあいが好きなのに、どんなに寂しくても「してほしい」とは望めない。


そんな方が、「やってみたい」と願ったのだ。
それは、とても大事なことだった。それなのに。


初めて願ったことが、事故につながってしまった。
日向様の過去の痛みを呼び覚ましてしまった。
日向様の心を閉ざしてしまった。

後悔しても、時間は戻らない。
どうしたら、取り戻せるのだろう。



「日向、」




殿下が小さな体を抱きしめている。
この数日間、殿下は時間の許す限りそうやって日向様に触れ、語りかけている。

「鳥見れなくなって、ごめんなあ。大好きなのに、かなしいよな。会えなくなって寂しいなあ。」

日向様は動かない。ただぼんやり外を眺めているだけ。
その小さな肩を、殿下は大切な宝物のように優しくなでる。

「日向が大好きなものが、俺も見たいんだよ。だから、餌台つくっていい?」

お返事はない。それでも殿下はやさしい。
愛しいものを包み込み、大切に大切に、壊れないように抱いている。

「日向が好きなものを、一緒に見たい。俺が好きなものも、日向に見てほしい。日向がしたいことを、一緒にしたいし、俺がしたいことを一緒にしてほしい。大好きなんだよ、日向のこと。日向と一緒が一番楽しい。日向が好きなものなら、きっと俺も大好きになる。」

殿下が水色の頭に口づけされる。それから額、頬、首筋。
殿下、私本当は、貴方を止めて、日向様をお守りしなければならないんです。

「俺は日向にずっといてほしいよ。日向がいるのが俺の幸せ。日向が悲しいと俺も哀しい。日向の元気がないと俺も元気がなくなる。日向が幸せなのが、俺は一番うれしい。」

唇同士がふれあう。
本当は止めなければならないんです。

日向様の肩から力が抜けた。

「日向が一番好きだよ、大好き。ずっといてほしい。」

日向様は、いつもお話をよく聞いていますものね。
届いていますよね。

殿下が日向様の唇へ、深く口づけされるのを、私は止めなかった。
日向様の肩が震え、小さな頭を殿下がなでる。

「餌台、つくってもいい?」
「…うん、」

小さく、声がした。


ちらりと振り返る殿下に頭を下げた。
餌台を準備してまいりましょう。

殿下、目を瞑ります。
今日は殿下を信用します。
だから、どうぞ、日向様をよろしくお願いいたします。

感想 49

あなたにおすすめの小説

おひめさまな俺、帝王に溺愛される

  *  ゆるゆ
BL
帝王陛下に捧げられることになった小国の王族レイには、大変な問題が──! ……男です。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。 しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。 当然そんな未来は回避したい。 原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。 さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……? 平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。 ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)

恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。

めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。 その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。 ⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる ⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない ※全四話、予約投稿済み。 本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。 ※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中