第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

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第壱部-Ⅲ:ぼくのきれいな人たち

15.藤夜 友は侍従の心を知らない

「藤夜、早くしろ」

終業の鐘が鳴ると、俺の主はせわしなく動き出す。
何を急ぐ必要があるのだろうか、登城の時刻まで猶予はあるというのに。
友の落ち着かない理由は知っていたが、とりあえず無視した。
急いだところで、変わりはしないのだから。



今日の魔術理論の講義は面白かった。
講師はかつて宮廷魔術師団で師団長を務めた経験もあるという。魔力操作への見識が深く、実用的だった。

「術式が制御盤だという考えはとても興味深かったです。むしろ、魔力を引き出すものだと思っていました。」
「間違ってはいませんよ。引き出すことも含めて、制御といいますからね。」

俺の率直な感想に、講師は朗らかに答えてくれた。
後ろで「早くしろ」と騒ぐ皇子は目に入っているだろうが、気にしないでいてくれるらしい。助かる。
何せ、聞きたいことが山のようにあった。


「今日のお話では、魔力とは魂と世界のつながりということでした。魔法は、そのつながりの中の相互作用。魔力が強いというのは、世界とのつながりを強くすることができるということだと。」
「ええ、個々の魔力の根源は、魂ですが、魔力そのものはつながりの中に生まれます。」
「術式はそのつながりを強くするものだと考えていたのですが。」
「それは両極の一端に過ぎませんね。」
「弱いつながりを強くし、強いつながりを弱くする。」
「はい。術式は安定した、安全な魔法を使うための制御盤のようなものです。魔力が弱くては働かない、強くても働かない。だからこれを引き上げもし、引き下げもします。」


なるほど、とうなずく。
だから、魔力の差はあっても、術式によって同じ魔法が使えるわけか。
しかし、高位の術式になるほど、制御盤の閾値が狭く、術者との相性が顕著になる。魔力量が必要なものもあれば、魔力の多少にかかわらず、特定の色を持つものにしか扱えないものもある。
個人の範囲に閾値を狭めれば、個別魔法を生むこともできるわけだ。研究の余地があるな。
閾値の制御以外にも、興味が湧く。

だが今一番聞きたいのは、これじゃない。




「では、制御盤のない魔力は、どうなるんでしょうか、」



俺たちの暮らしは、講師のいうところの制御盤で成り立っている。
明かりをともす、食事を作る、物を運ぶ、身を護る、知らせを送る、移動する――それらすべてに、多かれ少なかれ制御盤があり、俺たちはその中で暮らし、触れ、自然とその使い方を身につけていく。
少なくとも、この帝国領内では、王城に暮らすものもスラムに暮らすものまで、生まれ落ちた瞬間から、制御盤に囲まれ暮らしている。

でももし、何の制御盤にも触れる機会がないまま、育ったとしたら?


「術式の生まれる前はあり得たでしょうけど…、私はまだ、そのような例に出会っていません。――ただ、原始の魔法は、制御を必要としない程度のものだといわれていますね。つながりを強化し、制御の必要性が生まれて術式が出来上がってきたのは、人類の歴史に比すると最近でしょうねえ。」

「術式を使わない魔法は、あり得るのですか?」
「ええ、術式はあくまで制御盤です。魔法そのものは魂と世界のつながりの中で生じる相互作用ですから、ないとは言いません。ただ人は、制御盤なしには生活魔法の域に達することさえ、容易ではありません。それを超える魔法となれば、多くは不可能に近いと思いますよ。」
「制御する必要を知らなければ…」
「それは危険ですねえ、だから子どもには、魔力の弱いうちからおもちゃを与えて制御を学ばせるんですよ。」
「魔力が弱いうちから…、」


日向王子の魔力は、決して弱くない。


彼は、生きる過程でいびつながらも、つながりを作り、魔力量だけでいえば、俺や紫鷹と遜色はない。
これまで、彼は魔法に触れる機会はなかった。でも今は周りにあふれている。
その行きつく先は…?

それを考えると、背筋が寒くなった。

「藤夜、そろそろいいか、」

主が焦れる。まだ聞きたいことがある。
だが講師は、「では私は失礼しますね」と皇子に頭を下げた。俺は礼を言って下がるしかない。

「さっさと用を済ませて、離宮に帰りたい」
「どうせ急いだところで、同じでしょう。朱華(はねず)殿下の時間は、時計よりも正確ですよ。」
「俺は違うんだよ、合わせる必要あるか、――俺は日向に夕飯を食わせないとならん。」
「はあ、」

ここのところ、紫鷹の日向王子への関心は、膨れ上がっている。
日向王子が目覚めるまであんなに沈み込んでいたのが、今は表情が豊かになって、毎日忙しそうに「日向が」と駆けまわっている。それはそれは楽しそうに。


あの小さな王子が助かってよかったな。
名前を呼んでもらえてよかったな。
そばにいることを許してもらえてよかったな。


だがなあ、俺は侍従なんだよ。護衛も兼ねてる。
そんでお前は皇子様。一応、守らねばならない。

今はまだいい。
日向王子は口を聞くようになったが、彼の世界はあまりに狭い。

お前だって、まだ、弱いものを守る保護者気取りだろう。
だが、お前の執着は多分、今のまま留まってはくれない。15年見てきたこの俺が、気づかない訳がない。俺はお前より聡いんだよ。

お前は日向王子の世界を広げたいんだろ。
日向王子がいる世界から、自分のいる世界へと連れてきたいんだろう?
小言を言ったところで、お前は止まらない。

だから苦労してるんだよ。
ずぶずぶと沼にはまっていくお前を――俺は守らねばならん。

そのまま笑えばいいと、思っているからなあ。
護衛を置いて、さっさと行ってしまうお前に、言ってやる気はしないがな。


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