第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

文字の大きさ
41 / 209
第壱部-Ⅳ:しあわせの魔法

40.水蛟 覚悟

「うさぎ、は、いる?」

穏やかな昼さがり。
うさぎのリンゴにフォークをさし、食べるでもなくじっと見つめた日向様が言った。

「うさぎ?あちこちにいるなあ、」
「もり?」
「森?ああ、森にもいるよ……ああ、なるほど。日向、言ってみな、」

日向様を膝に抱いた紫鷹殿下の瞳が、きらりと光る。

「う、うさぎ、み、たい、」
「よし、お願いだな。晴海(はるみ)、聞いたな、」
「ええ、お任せを、」

何なのかしら、この会話。
離宮の「草」って、半色乃宮(はしたいろのみや)をあらゆる手段で守る精鋭集団ではなかったかしら。





「鳥のねぐら探しに、草を使えと?」

晴海さんが呆れた顔でそういったのは、つい先刻のこと。草を何だと思っているんだと、紫鷹殿下に嫌味を言っていたのに。
「あおじのお家が見たい」という日向様の可愛いお願いだと知るや否や、晴海さんは「お任せください」とひざまずいて、萩花(はぎな)様と何やら検討を始めた。
紫鷹殿下の隣でちょこんと座って、それを真剣に聞いていた日向様は、おやつにと並べたうさぎのりんごを見て、本日二度目のお願いをした。

「うさぎ、みる?」
「ああ、見に行こう。うさぎも青巫鳥(あおじ)も見に行こうな、」

水色の瞳をキラキラさせて見上げる日向様に、紫鷹殿下は緩みっぱなし。
日向様の「お願い」なら、きっと殿下は無条件で何でもかなえてあげたくなるんでしょうねえ。
私も同じです。

「青巫鳥とうさぎを見に行くということは、お出かけなさるということですか?」
「おでかけ、」
「そうなるな、いろいろと準備しなきゃならん。」
「じゅんび、」
「殿下、まだ外は寒いですから、温かい外出着が必要です。水蛟は、ふわふわのもこもこを希望いたします。」
「うん、仕立てるか、」

萩花様がぽかんと口を開けて驚いている。
「いつもこうですか?」と尋ねる萩花様に、晴海さんはさも当然という表情を見せた。
まだまだですね、萩花様。

日向様の中に、興味が戻った。ーーーもうそれだけで、紫鷹殿下も、半色乃宮を守る精鋭も、この水蛟も、いろいろなことがどうでもいいんです。

「おでかけ、は何?」
「外にでて、どこかへ行くこと、だな。日向は出かけるのは初めてだもんなあ、」
「そと、もり、」
「そう、森に行くのはお出かけ、」
「もりに、おでかけ、」

こてん、と首を傾げ、日向様は何かを考える仕草をする。

「おでかけは、たのしい?」
「ああ、青巫鳥の家をみて、うさぎを見るんだ。それは、日向にとって、楽しいだろ?」
「おでかけは、たのしい、」

日向様の瞳が一層キラキラと輝いた。まるで宝石みたい。本当に綺麗。

はじめてのおでかけ、ですね。日向様。
そうなんですね。

「りんご、食べな。」

紫鷹殿下にうながされて、日向様はフォークにさしたままのうさぎのリンゴをようやく口にした。
あぐあぐと咀嚼し、まだ口に入っているうちに次のリンゴをつかんで、殿下に止められる。

「日向、一個ずつだ。お前この前も喉に詰まらせただろう。ゆっくり食べな。」

そうですよ、日向様。
りんごは逃げません。
誰もとったりしません。

穏やかな微笑ましい光景なのに、胸がチリチリと痛む。
日向様に出会ったばかりの頃もそうだった。
日向様が変化するにつれ、その痛みは徐々に薄れていって、穏やかで幸せに感じられる日々が増えていった。

でも、日向様の口から直に、その痛みの理由を聞いて以来、何気ないすべてに胸が痛む。

日向様は、おでかけをしたことがないんですね。
きっと、帝国へと送られた日が、初めて外に出る体験だったのでしょう。
おでかけなんて楽しい思い出は、日向様にはありませんか。

りんごは逃げません。
誰も日向様のりんごを奪ったりしません。
それでもあぐあぐと、必死に食べるのは、そうしなければ、食べることさえままならない日々だったからなのでしょうね。
まだ、安心して食べることはできませんか。

「食べた、」
「ああ、えらいえらい。」

食べ終えた口を開いて見せ、次のリンゴをねだる。えらい、と褒められると、日向様は何も入っていない口をもぐもぐさせて、嬉しそうにした。

何気ない日々の一つ一つが、私たちが思う以上に、日向様にとって、大きなことなのかもしれない。
あの黄色い鳥のように。



「あおじ、」



日向様の体がぴょんと跳ねる。
あら、鳴き声なんて聞こえなかったのに、どうしてわかるのかしら。

餌台に、日向様の大好きな黄色い鳥がいた。
餌を置く時間ではないから、餌なんてないのに、青巫鳥は、頻繁にこの部屋を訪れる。
まるで、日向様に会いにきているようだった。

「あおじ、」

窓辺にかけた日向様が、嬉しそうに黄色い鳥を呼ぶ。
その声に応えるように、ぴーっと鳥が鳴く。
うっとりと目を細めた日向様が、幸福そうで、美しかった。


この幸福を守ると、誓ったの。
胸の痛みはその証。

日向様の幸福を守るために、一生懸命考えましょう。
日向様の笑顔を守るために、私にできる全力を尽くしましょう。




「殿下、日向様は最近少し背が伸びたと、小栗が申しております。お洋服も着れなくなるでしょうから、いっそのこと、いろいろと新調されてはいかがと思うんですけど、」
「うん、俺もそう思う。」

うんうん、と晴海さんもうなずく。
お出かけに向けて、準備をいたしましょう。大切な「お願い」ですもの。
何がいるかしら。日向様が風邪をひかないように、お腹がすいたらすぐに食べられるように、不安にならないように、最高の思い出になるように。
日々の生活が豊かになるよう、水蛟は心してまいります。

「それから、いきなり森へお出かけは負担が大きいかと。せめてお庭には出られるように、お散歩から練習したいのですが、」
「はじめての散歩は俺が連れていくからな。」
「…ではお散歩用のお洋服もお願いいたします。歩きやすく温かく、日向様の可愛らしさと美しさを引き立てるようなものを所望します、」
「もちろんだ、仕立てよう。」
「殿下、草がお散歩に合わせた警備体制も、改めて整えましょう。」
「頼む、」

日向様は、青巫鳥とこちらとをきょろきょろと見ながら、嬉しそうに笑う。
萩花様だけが、ぽかんと口を開けて驚いていた。

萩花様、日向様にお仕えするには、まだまだお覚悟が足りないようですねえ。
感想 49

あなたにおすすめの小説

おひめさまな俺、帝王に溺愛される

  *  ゆるゆ
BL
帝王陛下に捧げられることになった小国の王族レイには、大変な問題が──! ……男です。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます

ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。 休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。 転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。 そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・ 知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?

処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。 しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。 当然そんな未来は回避したい。 原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。 さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……? 平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。 ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)

恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。

めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。 その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。 ⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる ⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない ※全四話、予約投稿済み。 本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。 ※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中