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第壱部-Ⅳ:しあわせの魔法
43.董子 昼下がりのひととき
「あらあら、日向さんはお眠かしら、」
「だい、じょ、ぶ、」
おやつを食べながら一生懸命話す日向さんが、突然静かになった。隣を見ると、水色の頭がうつらうつらと船をこいでいる。
必死に頭を起こしてお話を続けようとするけれど、これはもう無理でしょうねえ。
「日向さん、お昼寝なさい。午前中は鍛錬も頑張ったのでしょう?」
「や、だ、」
「あらまあ、」
「すみれこ、さま、いる。おはな、し、する、」
「最近、妃殿下とおやつを共にできる時間が減って、さびしかったようですよ、」
「あらあら、まあまあ、」
唯理音(ゆりね)さんが素敵な理由を教えてくれて、久々に胸が躍る気分になった。
「晴海(はるみ)さん、この後の予定はどうだったかしら、」
「日向様のお昼寝にお付き合いする予定では、ございませんでしたか?」
「あらあら、そうだったわねえ、」
晴海さんはよくわかっているわねえ。
すぐに頭を下げて部屋を出ていったのは、きっといろいろと調整してくれるためでしょうね。ありがたいわ。
「日向さん、私はここにおりますから、お昼寝なさい。餌台にパンを置く時間には起こしてあげますから、」
「…いる?」
「ええ、いますよ。私にも青巫鳥(あおじ)を紹介してくださいな、」
する、と小さな声が聞こえたかと思うと、ぽてんと、小さな頭が膝に落ちてくる。
限界だったのねえ。
萩花(はぎな)さんが日向さんの足をソファに上げて体勢を整えても、唯理音さんが毛布をかけても、起きる気配はなかった。
魔力制御の鍛錬を、頑張っているんですねえ。
鍛錬の時間以外にも、萩花さんと温玉(ぬくいだま)を使って練習していると聞いていますよ。
水色の頭をなでる。
初めて触れたときは艶がなく、パサパサとしていた髪も、今はとても滑らかに指が通った。
宮城で迎え、はじめて握った手は、骨が浮き出るほど薄かった。今でも同じ体格の子どもたちと比べると、うんと細いけれど、あの頃と比べれば、随分いい。
「背も、少し伸びたと言っていたわねえ、」
「ええ、2cmも伸びたと、小栗が喜んでおりました。水蛟(みずち)と紫鷹(しおう)殿下が、服を新調しなければと騒いでおりますが、聞いておりますか?」
「ええ、日向さんの分は離宮で予算を組んであると説明したのに、自分が出すと騒いでいたわねえ、」
数日前に突然執務室へ飛び込んできて、仕立て係がどう、と騒いでいた息子を思い出す。
その数日前には、同じ執務室で宇継の話を聞いて、怒りと恐怖に苛まれていたというのに。
「紫鷹さんは、日向さんのこととなると、ダメねえ…、」
「ダメですねえ、」
「ダメなんですね…、」
「萩花さんもわかります?」
「ええ…、紫鷹殿下は変わりましたね、」
空いた手で椅子をすすめると、萩花さんは腰かけて穏やかにほほ笑む。唯理音さんが新しくお茶を淹れてくれたから、彼女にも休むようにうながした。
せっかく穏やかな時間ができたんですもの、のんびりとお話しましょう。
「私がこの離宮に暮らしていたころの紫鷹殿下は、もう少し内に籠っていたというか、…あんな風に表情豊かではなかった気がします。」
「萩花さんには懐いていたと思うけれど、違う?」
「頼む、と言われました。」
「あらまあ、」
「あの頃は、自分の手の内にすべて抱え込んでいたように見えましたから、驚きました。」
「変わったのねえ、」
「良いと、私は思いますよ、」
そうね、私もそう思うの。
「でも、先日、水蛟さんがものすごい顔で執務室に来たんだけど、大丈夫かしら、」
「…ああ、」
「水蛟さん、妃殿下のところまで行ったんですか、」
萩花さんも唯理音さんも、呆れたように苦笑する。
日向さんの情操教育に悪いから、紫鷹さんの思春期を止めてください、と言っていたものねえ。
思春期って止められるのかしら。
「母親に口を出されるのは嫌でしょう?お兄さんとして、萩花さんに期待しているのだけど、いいかしら?」
「ええ…私ですか…、いや、うーん、」
こういう時の萩花さんは、悩んでみせても、きちんと考えてくれるから頼りにしていますよ。
心地よい時間。心地よい手触り。
穏やかな寝息に、心が落ち着く。
やだ、と気持ちを伝えられるようになったんですね、日向さん。
私と話せないのが寂しいと、わかるようになったんですね。
それだけで、貴方をこの離宮に受け入れたことが正しかったと、自信が持てます。
「妃殿下も、お休みになられますか?」
あらまあ、疲れが顔に出ていたかしら。
首を振って、日向さんの寝顔を堪能させてもらう。
朱華(はねず)さんの小言も、尼嶺(にれ)の噂も、国内外のごたごたも、今は聞こえない。
こんなにも心地いいのは、日向さんの癒しの魔法のおかげもあるのかしら。
穏やかな唯理音さんと萩花さんの空気がそうさせるのかしら。
でもやっぱりそうね、日向さんが幸せそうなのが、嬉しいのね。
「紫鷹さんは、どこまで本気かしらねえ、」
「よろしいんですか?」
「あの子の気持ち次第ねえ。本気なら、今から考えて動いておくべきことがあるものねえ。」
「ああ、日向様はもう16歳になられるんでしたね、」
「そう、16歳。」
あまりに小さくて、とても紫鷹さんや藤夜さんと同じ年には見えない。
体だって未熟で、言葉も、知識も、作法も、日々の生活の術もまだまだ小さな子ども。
でも16歳になる。なってしまう。
帝国でも尼嶺でも16歳になると、いろいろな責任が生まれる。
成人まではあと2年あるけれど、16歳で認められる様々なことがある。
「婚姻」もその一つ。
王族の結婚は、政略になる。
尼嶺も朱華さんも、うるさくなるでしょうねえ。
もちろん私は、日向さんを全力で守りますけれど。
「いっそのこと、紫鷹さんが、日向さんをお嫁さんにしたらいいんじゃないかと思うんだけど、ダメかしらねえ。」
「殿下…、水蛟が聞いたら、卒倒します、」
「董子殿下…、またすごいことを…、いや、まあ、わかりますけど、」
「ああ、もちろん、日向さんの気持ちが大事よ。うちの子じゃダメなら、全力で良いお相手を探しますとも。」
「紫鷹殿下の気持ちは、確定ですか…」
「だって、あの子、ぞっこんでしょう?」
「ぞっこんですねえ、」
「ええ、はい、まあ、」
日向さんをお迎えすると決めたときは、考えもしなかったけれど。
膝で眠る小さな王子を見ていると、こんなにも愛情と慈しみが沸いてくるんですもの。
お母さまはねえ、嬉しい誤算だと思っているんですよ。
いっそのこと、この小さな王子さまも、私の息子にならないかしらって、ちょっと期待してしまうの。
紫鷹さんは、本気になれるかしらねえ。
日向さんはきっと手ごわいですよ。
今やっと、いやなことと、ほしいものがわかるようになってきたばかりですもの。
でも、そんな風に夢を抱けるのは、本当に幸せねえ。
「だい、じょ、ぶ、」
おやつを食べながら一生懸命話す日向さんが、突然静かになった。隣を見ると、水色の頭がうつらうつらと船をこいでいる。
必死に頭を起こしてお話を続けようとするけれど、これはもう無理でしょうねえ。
「日向さん、お昼寝なさい。午前中は鍛錬も頑張ったのでしょう?」
「や、だ、」
「あらまあ、」
「すみれこ、さま、いる。おはな、し、する、」
「最近、妃殿下とおやつを共にできる時間が減って、さびしかったようですよ、」
「あらあら、まあまあ、」
唯理音(ゆりね)さんが素敵な理由を教えてくれて、久々に胸が躍る気分になった。
「晴海(はるみ)さん、この後の予定はどうだったかしら、」
「日向様のお昼寝にお付き合いする予定では、ございませんでしたか?」
「あらあら、そうだったわねえ、」
晴海さんはよくわかっているわねえ。
すぐに頭を下げて部屋を出ていったのは、きっといろいろと調整してくれるためでしょうね。ありがたいわ。
「日向さん、私はここにおりますから、お昼寝なさい。餌台にパンを置く時間には起こしてあげますから、」
「…いる?」
「ええ、いますよ。私にも青巫鳥(あおじ)を紹介してくださいな、」
する、と小さな声が聞こえたかと思うと、ぽてんと、小さな頭が膝に落ちてくる。
限界だったのねえ。
萩花(はぎな)さんが日向さんの足をソファに上げて体勢を整えても、唯理音さんが毛布をかけても、起きる気配はなかった。
魔力制御の鍛錬を、頑張っているんですねえ。
鍛錬の時間以外にも、萩花さんと温玉(ぬくいだま)を使って練習していると聞いていますよ。
水色の頭をなでる。
初めて触れたときは艶がなく、パサパサとしていた髪も、今はとても滑らかに指が通った。
宮城で迎え、はじめて握った手は、骨が浮き出るほど薄かった。今でも同じ体格の子どもたちと比べると、うんと細いけれど、あの頃と比べれば、随分いい。
「背も、少し伸びたと言っていたわねえ、」
「ええ、2cmも伸びたと、小栗が喜んでおりました。水蛟(みずち)と紫鷹(しおう)殿下が、服を新調しなければと騒いでおりますが、聞いておりますか?」
「ええ、日向さんの分は離宮で予算を組んであると説明したのに、自分が出すと騒いでいたわねえ、」
数日前に突然執務室へ飛び込んできて、仕立て係がどう、と騒いでいた息子を思い出す。
その数日前には、同じ執務室で宇継の話を聞いて、怒りと恐怖に苛まれていたというのに。
「紫鷹さんは、日向さんのこととなると、ダメねえ…、」
「ダメですねえ、」
「ダメなんですね…、」
「萩花さんもわかります?」
「ええ…、紫鷹殿下は変わりましたね、」
空いた手で椅子をすすめると、萩花さんは腰かけて穏やかにほほ笑む。唯理音さんが新しくお茶を淹れてくれたから、彼女にも休むようにうながした。
せっかく穏やかな時間ができたんですもの、のんびりとお話しましょう。
「私がこの離宮に暮らしていたころの紫鷹殿下は、もう少し内に籠っていたというか、…あんな風に表情豊かではなかった気がします。」
「萩花さんには懐いていたと思うけれど、違う?」
「頼む、と言われました。」
「あらまあ、」
「あの頃は、自分の手の内にすべて抱え込んでいたように見えましたから、驚きました。」
「変わったのねえ、」
「良いと、私は思いますよ、」
そうね、私もそう思うの。
「でも、先日、水蛟さんがものすごい顔で執務室に来たんだけど、大丈夫かしら、」
「…ああ、」
「水蛟さん、妃殿下のところまで行ったんですか、」
萩花さんも唯理音さんも、呆れたように苦笑する。
日向さんの情操教育に悪いから、紫鷹さんの思春期を止めてください、と言っていたものねえ。
思春期って止められるのかしら。
「母親に口を出されるのは嫌でしょう?お兄さんとして、萩花さんに期待しているのだけど、いいかしら?」
「ええ…私ですか…、いや、うーん、」
こういう時の萩花さんは、悩んでみせても、きちんと考えてくれるから頼りにしていますよ。
心地よい時間。心地よい手触り。
穏やかな寝息に、心が落ち着く。
やだ、と気持ちを伝えられるようになったんですね、日向さん。
私と話せないのが寂しいと、わかるようになったんですね。
それだけで、貴方をこの離宮に受け入れたことが正しかったと、自信が持てます。
「妃殿下も、お休みになられますか?」
あらまあ、疲れが顔に出ていたかしら。
首を振って、日向さんの寝顔を堪能させてもらう。
朱華(はねず)さんの小言も、尼嶺(にれ)の噂も、国内外のごたごたも、今は聞こえない。
こんなにも心地いいのは、日向さんの癒しの魔法のおかげもあるのかしら。
穏やかな唯理音さんと萩花さんの空気がそうさせるのかしら。
でもやっぱりそうね、日向さんが幸せそうなのが、嬉しいのね。
「紫鷹さんは、どこまで本気かしらねえ、」
「よろしいんですか?」
「あの子の気持ち次第ねえ。本気なら、今から考えて動いておくべきことがあるものねえ。」
「ああ、日向様はもう16歳になられるんでしたね、」
「そう、16歳。」
あまりに小さくて、とても紫鷹さんや藤夜さんと同じ年には見えない。
体だって未熟で、言葉も、知識も、作法も、日々の生活の術もまだまだ小さな子ども。
でも16歳になる。なってしまう。
帝国でも尼嶺でも16歳になると、いろいろな責任が生まれる。
成人まではあと2年あるけれど、16歳で認められる様々なことがある。
「婚姻」もその一つ。
王族の結婚は、政略になる。
尼嶺も朱華さんも、うるさくなるでしょうねえ。
もちろん私は、日向さんを全力で守りますけれど。
「いっそのこと、紫鷹さんが、日向さんをお嫁さんにしたらいいんじゃないかと思うんだけど、ダメかしらねえ。」
「殿下…、水蛟が聞いたら、卒倒します、」
「董子殿下…、またすごいことを…、いや、まあ、わかりますけど、」
「ああ、もちろん、日向さんの気持ちが大事よ。うちの子じゃダメなら、全力で良いお相手を探しますとも。」
「紫鷹殿下の気持ちは、確定ですか…」
「だって、あの子、ぞっこんでしょう?」
「ぞっこんですねえ、」
「ええ、はい、まあ、」
日向さんをお迎えすると決めたときは、考えもしなかったけれど。
膝で眠る小さな王子を見ていると、こんなにも愛情と慈しみが沸いてくるんですもの。
お母さまはねえ、嬉しい誤算だと思っているんですよ。
いっそのこと、この小さな王子さまも、私の息子にならないかしらって、ちょっと期待してしまうの。
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日向さんはきっと手ごわいですよ。
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