第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

文字の大きさ
52 / 209
第壱部-Ⅴ:小さな箱庭から

51.水蛟 心を救うもの

しおりを挟む
紫鷹殿下の膝に抱かれて、日向様は小栗(おぐり)の話を全て聞かれていた。

歩行の負荷による関節の炎症で熱が出たこと。
もともと傷ついていた血管や神経が、炎症に伴う腫脹で圧迫され障害を受けたこと。
炎症は収まったが、血流と神経の阻害で、足の動きが悪くなっていること。
治療法を探してはいるが、必ず治せると確約はできないこと。
今は、炎症を繰り返さないことと、そのための体作りが大切なこと。
運動は必要だが、制限も必要なこと。

「わかった、」

日向様は、すべてを静かに聞いて、最後に小さくうなずかれる。
じっと何かを耐えるような表情がつらかった。



「じゃあな、日向。俺は行くが、絶対無理はするな。痛かったら、萩花(はぎな)か水蛟(みずち)にすぐ言え。」
「うん、」
「中庭に行ってもいいが、温かくして行けよ。上着だけじゃなく帽子もかぶれ、」
「わかった、」
「薬はちゃんと飲めよ。水分も忘れるな、食事は、」
「行くぞ、」
「とや、行ってらっしゃい、」
「うん、ひな。行ってきます、」

心配性の殿下が、相も変わらずグダグダと出ていかないのを、藤夜(とうや)様が引きずっていく。

朝食後に日向様の診察に付き添い、小栗の話を一緒に聞いて、歩行訓練まで付き合っていたから、もう間もなく昼食の時間。

いつも思うけれど、日向様がいらしてから、殿下の学院の単位は大丈夫なのかしら。
まだあと3年あるとはいえ、卒業できるのかしら。

「はぎな、鳥のずかん、よむ、」
「どちらがいいですか。」
「すずめの、」

部屋の入口まで殿下を見送った日向様は、不安定な足取りながらも、自分の足でソファまで歩いた。
萩花様が鳥の図鑑を持ってくる間、考え込む表情はしても、痛みに顔をゆがめたりはしない。
鳥の図鑑が置かれると、すぐに嬉しそうな表情になって、ページをめくった。

「お、お、る、り、これは紫?」
「そうですね。大瑠璃はどちらかというと紫を帯びた青色ですが、紫色に近い個体もいますよ、」
「こ、る、り、も?」
「ええ。」

本当に鳥がお好きねえ。

誕生日にもらった図鑑はあっという間に覚えてしまって、いつの間にか新しい図鑑が増えた。
主に紫鷹殿下と萩花様が持ってくるのだけれど、ほかにも離宮の者たちが、競うように持ってくるから、本棚が一つ新設された。
今は鳥に限らず、いろいろな図鑑がずらりと並んでいて、日向様は毎日嬉しそうに開いている。

でもやっぱり、鳥が一番お好きなんですよね。
ここのところ毎日同じ図鑑だもの。

「つくる、はどうする?」
「作る、ですか?」
「青巫鳥(あおじ)のブローチと同じように、大瑠璃のブローチを作りたいということではないかと、」
「ああ、なるほど、」

萩花様もまだまだですねえ。
さっきから日向様はずっと、胸につけたブローチを手でなでていらっしゃるのに。

「日向様のブローチは職人が作ったものですが…、」
「つくる、」
「ご自分で作りたいということですよね?」
「うん、」
「これは木を彫って作られたものですが、ご自分でとなると、最初は粘土あたりがいいのではないでしょうか、」
「ねんど、」
「粘り気のあるやわらかい土です。土をこねて、大瑠璃の形を作り、固めればブローチになります。粘土なら庭師がすぐに用意できると思いますが、」
「やる、」

水色の瞳が、キラキラと宝石のように輝いた。
あらまあ、可愛らしい。でも最近は、憂いが混じるせいか、お美しい、と見惚れてしまうことが増えた気がする。

「承りました。官兵(かんべ)、」

萩花様が部屋の外に向かって声をかけると、了承する声がした。
官兵さん、いらしたんですか。そして、庭師のもとに走りましたね。
日向様に新しく護衛が付くと聞いたときは、とてもとても心配だったけど。なんだかんだ便利でいいですよねえ。

「またどうして、鳥のブローチを、」
「無粋ですよ、萩花様、」
「え、」

本当にまだまだですね、萩花様。
ここしばらく、日向様は毎日、鳥の図鑑をめくって何かを一生懸命に探していたでしょう。
ようやく見つけたんですよ。求めていた鳥が。
それで、紫がいいんです。

「日向様、大瑠璃の目はどうしますか?紫色の目にするなら、石を手配させますよ、」
「する、」
「萩花様、確か無色の煌玉(こうぎょく)は、最初に込めた魔力に反応して色に染まると聞きました。日向様にもできますか?」
「え、はい。もちろん、日向様ならできますが…。」

まん丸な目。
そんなに驚かなくてもいいのに。
隣の日向様が、嬉しそうに真似して、とても可愛らしいのに、見えていませんね。もったいない。

「紫になるように教えてあげてください。日向様の大事な贈り物ですから、」
「あ、はい、」
「ああ、青空(そら)。無色の煌玉を取りに行ってほしいのだけど、」

ちょうど入ってきた青空に事情を話して、官兵と同じように走らせる。
萩花様がぽかんとする横で、日向様が同じように口を開けて、可愛らしかった。

楽しそうで、何よりです。

日向様は、熱が下がって、ベッドやソファへ移動できるくらいには、歩けるようになった。
毎日数回、お散歩のおねだりもするし、お勉強や魔力制御の鍛錬も熱心にされる。
それでも、隠れ家にこもる時間は増えたし、おしゃべりの途中で急に静かになって、考えこむことも多かった。夜はまだうなされる。

昨晩も、夜番だった宇継が、何度も日向様を隠れ家から出してあやしたと聞いている。
そのせいで、やっぱり俺が一緒に寝てやるからと、紫鷹殿下が騒いだのは今朝のことだ。

本当にあの皇子様は、何かにつけて、日向様を囲い込もうと画策するんだから、困ってしまうわ。
ご自分の体調は省みない。その愛情の深さには感心するのだけど。
その愛情が、不安や恐怖に呑まれそうになる日向様を掬いあげて、笑顔にさせていることも。

だから、紫が、いいんですよね。

「ブローチができたら、お包みする袋も紫でご用意しましょうか。薄い紫の袋に、濃い紫のリボンは素敵ですよ、」
「うん、紫がいい、」
「ご用意いたしますね、」

「あ、なるほど。誕生日ですか、」

萩花様。ようやくですか。
優秀だと聞いておりましたのに、本当にまだまだ!

日向様は、誕生日を祝ってもらえたことが嬉しかったんです。
紫鷹殿下の誕生日が近いと聞いて、プレゼントを一生懸命考えたんです。
きっと紫鷹殿下は、プレゼントなんかなくても、日向様がお祝いするだけで喜ぶでしょうけれど。
日向様は、はじめてお祝いすることが、楽しみで仕方ないんです。

特に今は、日向様の心が弱っている。
歩けたものが歩けなくなって、したいことができなくなって。
その心を守ってくれる殿下に、自分の手でお祝いできることが、日向様にとって、どれほど嬉しいか。

その気持ちがわからないなんて、本当にまだまだ!


「水蛟さんは、本当によく日向様を見ているんですね、」


萩花様の黄色い目が細くなって、隣の日向様がまた真似をする。

ようやくわかりましたか。
私は萩花様より長く日向様にお仕えしているんですから、わかりますとも。

あと、プレゼントを差し上げないと、あの馬鹿皇子は、「プレゼントは日向がいい、」とか阿呆なことを言いだすに決まってるじゃないですか!
そんなこともわからないなんて、本当に萩花様はまだまだですね!
しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【本編完結】落ちた先の異世界で番と言われてもわかりません

ミミナガ
BL
 この世界では落ち人(おちびと)と呼ばれる異世界人がたまに現れるが、特に珍しくもない存在だった。 14歳のイオは家族が留守中に高熱を出してそのまま永眠し、気が付くとこの世界に転生していた。そして冒険者ギルドのギルドマスターに拾われ生活する術を教わった。  それから5年、Cランク冒険者として採取を専門に細々と生計を立てていた。  ある日Sランク冒険者のオオカミ獣人と出会い、猛アピールをされる。その上自分のことを「番」だと言うのだが、人族であるイオには番の感覚がわからないので戸惑うばかり。  使命も役割もチートもない異世界転生で健気に生きていく自己肯定感低めの真面目な青年と、甘やかしてくれるハイスペック年上オオカミ獣人の話です。  ベッタベタの王道異世界転生BLを目指しました。  本編完結。番外編は不定期更新です。R-15は保険。  コメント欄に関しまして、ネタバレ配慮は特にしていませんのでネタバレ厳禁の方はご注意下さい。

処理中です...