第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

文字の大きさ
53 / 209
第壱部-Ⅴ:小さな箱庭から

52.紫鷹 とろける

しおりを挟む
「とぃの、ぇんどで、つくぃ、たかった、のに、」
「うん、粘土で鳥を作りたかったのか、」
「ぉお、うり、むぁさきの、きれい、で、でも、でき、なく、て、」
「うん、紫のやつが作りたかったんだな、」


夕食に間に合うように大急ぎで帰ってきたら、日向が涙と鼻水でべちゃべちゃになっていた。
いつものように膝の上に登ってきたので、背中を撫でながら話を聞く。
泣きすぎて聞き取れない部分が多かったが、要するに、粘土で鳥を作りたかったがうまくいかなかったということらしい。

理由も泣き顔も可愛すぎて、悶絶した。

「お散歩にもいかず、頑張ったんですけどねえ。日向様、壊滅的に不器用で、びっくりしました。」
「そぁ、いじ、わう、いぅ、」
「青空(そら)、お前は日向までいじめてんのか、」
「いじめてませんよ。デロデロに甘やかしてますもん。泣いてる日向様が可愛すぎて、もっと泣かせたいって気持ちはありますけども。」

わかる。
思わず口に出そうになって、すんでの所で止まる。
青空の口車に載せられる所だった。ニヤニヤしているあたり、わかってて言っているのだろう。本当にこいつは不敬極まりない。

「日向様って、言葉を覚えるのも早いし、魔法だってみんなが驚くくらいすごいんですよね?なのに、粘土が苦手って、可愛くないですか?」
「うん、可愛い、」
「し、し、ぉおが、いじ、わぅ、」
「ああ、ごめん。意地悪のつもりはなかった。粘土、苦手だったんだな、かなしいよな、」

何を言わせんだ、と青空を睨むが、やつはケラケラと笑って、夕食を並べた。
日向は本格的に泣き出して、とても夕食どころじゃない。

「力加減がうまくいかないんですよねえ。粘土、潰れるか形にならないかで、極端で。細かい作業が苦手なんですね、」
「何か大きいものから作ってみたらどうだ?」
「それじゃダメなんですって、」
「お前に聞いてない、」
「最近はマシになりましたけど、日向様って、スプーンやフォークも下手じゃないですか。字の練習もしてるんですけど、なかなか上達しなくって、」

こっちはこっちで人の話を聞かない。
いよいよ1人で喋り出した青空は放っておくことにした。

俺は、学院と朱華(はねず)で疲れてんだ。癒されたい。

相も変わらず、朱華は日向を春の式典に参加させろとうるさい。
日向を迎える件に関して、ほとんど母上に主導権を握られたせいだろう。何とか干渉しようとしつこかった。
日向を式典に参加させた所で、尼嶺(にれ)への優位性が変わる訳でもなかろうに。

「手や指先の感覚が鈍いんですかねえ。えさ台に置くパンもうまくちぎれないんですよ、」
「…そうか、」

なんだ、黙らないと思ったら、心配しているのか。
青空を見やると、済ました顔で「ちゃんと食べさせてくださいね」と部屋の隅へと下がった。

素直に言えばいいのに、なんて遠回しな言い方をするんだ、こいつは。
多分、日向を泣かせたいというのも本音だろうが、意地が悪すぎる。

「粘土も練習したらうまくなると思うけどな、」

ごしごしと手加減なしに顔を拭おうとする手をとり、拭いてやる。
そうなんだよな、日向は、放っておくと皮膚を破くくらい加減ができない。
青空が暗に示唆するように、手や指先の感覚も悪いのだとしたら、一度、小栗(おぐり)に全部調べさせる必要がある。内臓の機能も悪いところがあって、食事に気を使わせいているくらいだ。何が出てきてもおかしくないだろう。

「日向、スプーンもうまくなってきたんだから、粘土もできるよ。一緒に練習するから、な。」
「や、だ、」
「もう粘土はやらない?」
「や、る、」
「だろ。じゃあ、一緒に、」
「や、なの、しぉお、の、たんじょ、びに、おく、りもの、だか、ら、」
「は、」
「あーあ、言っちゃった、」

部屋の隅で、青空が肩をすくめてみせる。
ぐずぐずになった日向は、もう何も我慢できずに全部しゃべった。

「しぉお、の、むら、さき、とり、見つけ、た、」
「ああ、だから紫か、」
「おおぅり、きれい、で、しおぉが、ブロ、ちくれ、たから、あおじ、とおなじ、」
「ブローチにしてくれようとしたの?」
「おそぉい、しおぉに、おめぇとう、の、おくぃ、もの」
「お揃いかあ、いいなあ、」
「でき、なく、て、」
「うん、頑張ってくれたんだなあ、」

俺へのプレゼントを作りたくて、でもできなくて泣いているのか。
日向には悪いが、可愛くて可愛くてたまらない。
俺は幸せ者だ。

「なあ、日向。うまくできなくてもいいから、ちょうだい。今日作ったのも、俺がもらう。」
「でき、な、か、った、」
「うん、でももらう。日向の全部、俺がもらう。」

泣きすぎて呼吸が怪しくなってきた口を奪う。
全部、欲しかった。

「日向が少しずつうまくなってくの、知ってるよ。だから、全部見せて。全部もらう。全部嬉しいから。な、だから、もう泣くな、」

時々しゃくりあげながら、それでもぼんやりと、日向が見上げてくる。
もう一度口付けると、日向から迎えてくれた。上顎を撫でて舌を絡める。日向も、同じように返してくれた。うまくなったな。

「くれる?」
「う、ん」

とろん、と溶けた顔が、ぐちゃぐちゃなのに、綺麗で可愛かった。
体を抱き直して、食事をさせる。日向は惚けてスプーンも持てなかったから、全部食べさせてやった。



あとで全力で青空に殴られたが、後悔はない。
日向が失敗したという粘土は全部回収した。
ああ、俺は幸せ者だ。


しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【本編完結】落ちた先の異世界で番と言われてもわかりません

ミミナガ
BL
 この世界では落ち人(おちびと)と呼ばれる異世界人がたまに現れるが、特に珍しくもない存在だった。 14歳のイオは家族が留守中に高熱を出してそのまま永眠し、気が付くとこの世界に転生していた。そして冒険者ギルドのギルドマスターに拾われ生活する術を教わった。  それから5年、Cランク冒険者として採取を専門に細々と生計を立てていた。  ある日Sランク冒険者のオオカミ獣人と出会い、猛アピールをされる。その上自分のことを「番」だと言うのだが、人族であるイオには番の感覚がわからないので戸惑うばかり。  使命も役割もチートもない異世界転生で健気に生きていく自己肯定感低めの真面目な青年と、甘やかしてくれるハイスペック年上オオカミ獣人の話です。  ベッタベタの王道異世界転生BLを目指しました。  本編完結。番外編は不定期更新です。R-15は保険。  コメント欄に関しまして、ネタバレ配慮は特にしていませんのでネタバレ厳禁の方はご注意下さい。

処理中です...