第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

文字の大きさ
55 / 209
第壱部-Ⅴ:小さな箱庭から

54.藤夜 侍従は友の希望を願う

しおりを挟む
朱華(はねず)殿下を見送った後の紫鷹(しおう)は、酷い有様だった。

一言も口を聞かず、殺気立って誰も近づけない。
そのまま執務室へ駆け込むと、ひとしきり暴れた。
草が結界を張って抑えたが、それを破り離宮を破壊しそうなほど酷かった。

「落ち着いたか、紫鷹、」

破壊され尽くした室内に足を踏み入れる気にもならず、扉の外から声をかける。
返事はない。
けれど、話を聞く気はあるようで、こちらを探る気配がした。

「落ち着いたなら、早くひなの所へ行け。」
「…日向は、」
「吐いて、倒れた。意識がないのに震えが止まらないそうだ、」
「分かった、」

返事はするが、動かない。
殺気を抑えきれないままでは行けないと判断できるくらいには、冷静さを取り戻したらしい。
部屋の中に座り込み、しばらくして立ち上がった。




ひなの様子も酷かった。
意識がないまま震え、時折吐く。吐けるものがなくなっても、胃液を吐く。
ベッドの上でひなの体を起こして抱いた紫鷹は、ひなの吐瀉物で汚れたが、決して小さな体を離さなかった。

小栗(おぐり)が駆けつけて、薬を打ち、ひなはようやく寝息を立てることができた。
静かになったひなを、なおも紫鷹は抱く。小さく聞こえるのは謝罪の言葉だろう。

「藤夜、」

こちらへ、と萩花が部屋の外へと呼んだ。
入れ替わるように東(あずま)が部屋の中へ入っていって、護衛の位置につく。

「日向様ですが、唯理音(ゆりね)さんの拘束を抜ける際に、身体強化を使っていました。」
「…だろうな、とは思ってたけど、」

ため息が漏れた。
ひなが目覚めたら、そっちのフォローも必要か。

「おそらく唯理音さんの強化魔法を真似たのだと思います。そっくりでしたから。」
「そうか、唯理音が得意だったか。」

ひなが1番懐いている侍女を思い浮かべる。
細い腕でひなを抱き上げるために、魔法を使っていると聞いた。ひなは毎日、見ていただろう。
魔法で風を操ったり、火を起こしたりするよりも、ひなは治癒や癒し、身体守護のように、自身の体に近いところにある魔法を得意とする。
火事場の馬鹿力で、身体強化を使っても不思議ではなかった。

きっとまた、「やくそく」を破ったと怯える。
ひなが目覚めるまでに、良い慰めを見つけなければならないな。

「萩花の能力、本当に便利だな。ひなみたいに見えている訳ではないんだろう?」
「日向様は魔法の色が見えているみたいですね。私は、見るというよりは、肌で感じるという感覚です。」
「こっちは、魔力は見えても魔法は見えないから助かる。菫子様の采配、さすがだな、」

こんな時だというのに、穏やかに笑って返す萩花に、少しばかり緊張が緩んだ。ありがたい。
緩んだついでに、一つだけ灯った希望を口にしてみた。


「身体強化は、ひなの訓練に使えるかな、」


こんな酷い有様なのに、俺の胸に期待が宿っている。
萩花は、黄色の瞳を嬉しそうに細めて頷いた。

「ええ、」
「ひながもう少し落ち着いたら提案してみようと思ってたけど、身体強化が使えたら、ひなは歩けるな?」
「ええ、きっと歩けます、」

穏やかでいて、力強い声。
兄のように、俺を励ます。

「日向様の場合、癒しや治癒と重ねて、常に魔法を使うような状態になりますから、魔力枯渇が起きないよう細心の注意が必要です。ですが、今は私もいます。」
「それは心強いな、」
「畝見(うなみ)は、魔力干渉が可能ですから、いざという時は、日向様の魔法を抑えられますし、官兵(かんべ)は、日向様と魔力の性質が近いので、譲渡が可能です。東は…、日向様を抱いて歩くのが好きなので、負担を減らしてくれると思いますよ。」

声を立てて笑った。
紫鷹にも聞こえたかもしれない。こんな時に何を、と怒るだろうか。
ひなの護衛は、精鋭揃いだな、紫鷹。

こんな酷い世界にも、希望はある。

お前たちが見出せなくても、俺たちが見出す。
だからお前たちはとりあえず、二人で休め。
休んでまた、元気になれ。
しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

森で助けた記憶喪失の青年は、実は敵国の王子様だった!? 身分に引き裂かれた運命の番が、王宮の陰謀を乗り越え再会するまで

水凪しおん
BL
記憶を失った王子×森の奥で暮らす薬師。 身分違いの二人が織りなす、切なくも温かい再会と愛の物語。 人里離れた深い森の奥、ひっそりと暮らす薬師のフィンは、ある嵐の夜、傷つき倒れていた赤髪の青年を助ける。 記憶を失っていた彼に「アッシュ」と名付け、共に暮らすうちに、二人は互いになくてはならない存在となり、心を通わせていく。 しかし、幸せな日々は突如として終わりを告げた。 彼は隣国ヴァレンティスの第一王子、アシュレイだったのだ。 記憶を取り戻し、王宮へと連れ戻されるアッシュ。残されたフィン。 身分という巨大な壁と、王宮に渦巻く陰謀が二人を引き裂く。 それでも、運命の番(つがい)の魂は、呼び合うことをやめなかった――。

fall~獣のような男がぼくに歓びを教える

乃木のき
BL
お前は俺だけのものだ__結婚し穏やかな家庭を気づいてきた瑞生だが、元恋人の禄朗と再会してしまう。ダメなのに逢いたい。逢ってしまえばあなたに狂ってしまうだけなのに。 強く結ばれていたはずなのに小さなほころびが2人を引き離し、抗うように惹きつけ合う。 濃厚な情愛の行く先は地獄なのか天国なのか。 ※エブリスタで連載していた作品です

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

聖獣は黒髪の青年に愛を誓う

午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。 ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。 だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。 全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。 やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。

勇者は魔王!?〜愛を知らない勇者は、魔王に溺愛されて幸せになります〜

天宮叶
BL
十歳の誕生日の日に森に捨てられたソルは、ある日、森の中で見つけた遺跡で言葉を話す剣を手に入れた。新しい友達ができたことを喜んでいると、突然、目の前に魔王が現れる。 魔王は幼いソルを気にかけ、魔王城へと連れていくと部屋を与え、優しく接してくれる。 初めは戸惑っていたソルだったが、魔王や魔王城に暮らす人々の優しさに触れ、少しずつ心を開いていく。 いつの間にか魔王のことを好きになっていたソル。2人は少しずつ想いを交わしていくが、魔王城で暮らすようになって十年目のある日、ソルは自身が勇者であり、魔王の敵だと知ってしまい_____。 溺愛しすぎな無口隠れ執着魔王 × 純粋で努力家な勇者 【受け】 ソル(勇者) 10歳→20歳 金髪・青眼 ・10歳のとき両親に森へ捨てられ、魔王に拾われた。自身が勇者だとは気づいていない。努力家で純粋。闇魔法以外の全属性を使える。 ノクス(魔王) 黒髪・赤目 年齢不明 ・ソルを拾い育てる。段々とソルに惹かれていく。闇魔法の使い手であり、歴代最強と言われる魔王。無口だが、ソルを溺愛している。 今作は、受けの幼少期からスタートします。それに伴い、攻めとのガッツリイチャイチャは、成人編が始まってからとなりますのでご了承ください。 BL大賞参加作品です‼️ 本編完結済み

処理中です...