第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

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第壱部-Ⅵ:尼嶺の王子

65.日向 できるになりたい

「しおう、やる?」
「え」「は、」「な、」「…このバカ皇子、」「ああ…」

あおじと遊んで、部屋にもどって、しおうにきいたら、みんながぽかんってした。
しおうがおふろやるかな、って聞いたけど、ちがったかもしれない。



僕を抱っこしたしおうは、紫色の目と口ををいっぱいひろげて、真っ赤になった。
大きな口、はじめて見るね。僕がご飯を口に入れるときは、こんなに開かない。

うつぎは、あんまり顔が変わらなかったけど、いつもよりちょっとふきげん。
おふろはうつぎの決まりだから、たぶん、僕がまちがえたせい。

はぎなは、僕の好きなぽかんの顔。
みずちは真っ赤になったり、青くなったりする。
おのいは笑ってるけど、ちょっとこわいけはいになった。


「しおう、さみしい、くて、あおじの、ほかは、しおうに、ちょうだいって、言った。おふろは、あおじの、ほかの時間、ちがう?」
「…違わないなあ、」
「違います、日向様!絶対違いますから!」

僕はこまった。
しおうはちがわない、って言うけど、みずちはちがう、って言う。

「ちがわない、とちがうは、何で?」
「日向は俺と入りたいんだろ?なら、一緒に入った方が楽しいもんな、」
「楽しい、とかではなく!殿下は下心があるでしょう!そんな方とお風呂に入れられませんよ!」
「まあ、ないとは言わないが、」
「した、ごころ、は何?」
「殿下はですね、隙あらば日向様に触りたいし、みだらなことをしたいんです!口づけだって本当は…、」
「水蛟さん、」

その辺は今度ゆっくり説明しましょう、ってはぎなが言う。お風呂が先だよって。

「宇継さん、ひとまず先に湯船に入れてあげてください。日向様、殿下は日向様のお風呂のお世話はまだ覚えておりませんから、今日は宇継に任せましょう。日向様はお夕飯の時に、殿下にたくさんお話してあげてくださいね。きっと寂しさもまぎれますから、」
「わかった、」

わからない、がいっぱいある。
でも今日はうつぎがおふろをやる、はわかった。

しおうはだだをこねてたけど、僕をうつぎにわたす。うつぎは、こんなに冷えて、ってびっくりして、僕をおふろに連れて行った。


「日向様、そんなお顔をされて、どうされました?」


お風呂の横に僕を座らせて、うつぎが聞く。
そんな、お顔。

「僕、泣く?」
「泣いてはおりませんが、泣きそうなお顔をしております。」

うつぎの眉が下がる。少し困った顔。
うつぎは、お風呂の時は、いっぱい顔がかわるね。

「しおうが、ね、いつも、おふろやりたい、って言う。さっき、僕があおじと、いっぱい遊んだら、しおう、さびしい、かった。だから、おふろ、やったら、いいって、思ったけど、ちがった、」
「日向様なりに一生懸命考えて下さったんですね、」

「でもちがった。僕はいつも、ちがう、」

ああ、ってうつぎが泣きそうになって、僕をぎゅうってする。
あったかくて、涙がでた。
最近よく出る、くやしいの涙。

「日向様が考えてくださったことは、間違いではないんですよ。日向様が紫鷹殿下が寂しくないようにと考えたことは間違っていません、」
「でもちがう、」
「お風呂は、日向様のお身体の治療も兼ねておりますから、紫鷹殿下ではお世話が難しいんですよ。足が痛むときは、薬湯に入ってマッサージをいたしますでしょう?」
「うん、」
「私は小栗からその方法を学んでおります。だから、私がお風呂の担当なんですよ、」
「しおうは、ちがう?」
「いつかは殿下にお願いすることもあるかもしれませんが、今はまだ、ということです、」
「わかった、」

わかったけど、くやしいはなくならない。

「決まりが、いっぱいは、むずかしい。わからないが、いっぱいで、くやしい、」

くやしかったですね、ってうつぎが背中をなでたら、うーって声が出た。

「ぼたん、は、やぅ、」
「申し訳ありません。体が凍えておりますから、すぐにでもお湯に入っていただきたいんです。今日はお任せいただけませんか、」
「ぼく、が、ぉそい、から、」
「申し訳ありません、」

僕はもうぐちゃぐちゃに泣いたけど、うつぎはあっと言う間に僕を脱がせて、お湯に入れた。
日向様の好きなりんごの香りにしましたよ、ってうつぎがいう。泡からりんごの匂いがした。
いい香りで、あったかくて、もっと涙が出る。

「から、だ、あらう、も、だめ?」
「お身体を傷つけて、具合が悪くなるのが心配です。…髪を一緒に洗ってみますか?」
「やぅ、」

うつぎが、いつもよりやさしく僕をあらう。
頭はいっしょにあらった。でも、僕が髪をひっぱっるから、まただめになった。
うーって鳴いたら、いっぱい声が響いて、もっとくやしくなる。

服を着るのはいいよ、ってうつぎが言った。
でも、僕はボタンをはずすはできるけど、入れるがいつもできない。


「大丈夫、ゆっくりでかまいません。時間はございますから、」


おぐりが、僕は左のおや指と人さし指のかんかくがないって言ってた。
左の肘に大きいけががあるから、たぶんそのせいだよ、って。

だから、右手でがんばる。けど、うまく穴にはいらない。
何回も何回もやって、1こ入った。
2こ目が入る前に、しおうがしんぱいしておふろに入ってきたけど、うつぎがダメだよって、おふろから出した。
3こ目がむずかしかった。

指がつかれて、右もボタンをさわってるのがわからなくなる。
またできない。もうずっとできない。
くやしくて、また、うーって声が出て、手がぶらんってなった。


「日向様、できますよ。もう一度頑張りましょう」


僕の手をうつぎが持ち上げて、ボタンの前に持ってきた。
いつもとちがう。
いつもはもういいよ、ってうつぎが言う。
でも今日は言わない。

うつぎは、僕の肩をタオルでくるんで、魔法で温めながら、待った。

温かくて、手が動く。
何回かボタンが穴に入りかけて、入らなくて、また手がぶらん、ってなったけど、もう一度だけ、ってうつぎが言った。

できない、がくやしい。
でも手がつかれて、うつぎにやってほしい、もあった。
だけど、うつぎが「できますよ」って言う。「もう一度」って言う。
だからやってみる。



「できたじゃないですか、」



僕が3つ目を入れたら、うつぎが僕をぎゅってした。
うつぎがぽろぽろ泣くから涙をなでたいな、って思ったけど手が上がらない。かわりにうつぎが僕の手をさすって温めた。

「一つずつでいいんですよ。日向様はちゃんと前に進んでいます。」
「ぅん、」
「明日も明後日も、きっとできることは増えます。日向様はできます。私は毎日お手伝いしておりますから、ちゃんと知っておりますよ、」
「ぅん、」
「今日は3つもボタンができましたね。3つ全部は難しいのではないかと、本当は思っていました。」
「ぅん、」
「でもできました。日向様はすごいです。本当にすごいんですよ、」

うつぎの魔法があったかくて、僕の手をなでる手がやさしくて、声がふわふわする。
すごい、って何回も言うから、体の中にうつぎの声が広がっていく気がした。

「ボタン、でき、た、」
「ええ、できました。」
「すごい?」
「ええ、すごいです、」
「うん、」

またうつぎがぎゅってしたら、僕は、くやしいがうれしいになった。

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