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第壱部-Ⅵ:尼嶺の王子
79.日向 人質になったから
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あじろの部屋の入り口で、しおうがいつもより真剣に、僕を見る。
「客人が来ている間、亜白(あじろ)の部屋で遊んでいられるな?」
「うん、」
「結界の中に入るから、俺の気配はなくなる。平気か、」
「あおじ、に、しおうのけはい、あるよ、だいじょぶ、」
「ならいい。早く済ませるから、待っててくれ、」
うん、って頷いたら、しおうがちゅうってする。
いつもより長くたくさんするから、ふわふわしすぎて、力がぬけた。しおうの口がはなれた時には、もう立てない。
「あじぉと、あそぶ、ぉに、」
「ごめん。日向から元気をもらいたかった、」
「げん、き、なる?」
「なったよ。頑張ってくるから、ちゃんと待っててな。…官兵(かんべ)、任せたぞ、」
僕をかんべに渡して、しおうは仕事に行く。
大事な仕事だから、元気がほしかったかもしれない。
しおうが元気なら、いい。
行ってらっしゃい、ってかんべの手の中で言ったら、しおうはうれしそうに笑った。
「僕と、ね、しおうがつがい、になる話、だって、」
あじろが、何のお仕事ですか、って言うから教える。
そしたら、もぐらの絵をかいていたあじろが、急に顔をあげて僕を見たから、僕はびっくしりした。
「え、つが、い、え?本当に、番いになるんですか?」
「うん、一生いっしょのやくそく、くぐいと、同じ」
あじろの顔が真っ赤。めがねの下で、しおうに似た目が大きくなって、ぱちぱちする。へえ、とか、わあ、とか、いっぱい声が出て、おもしろくなった。
客人がいる間は、裏庭であそべないが、かなしかったけど、あじろがいると、おもしろい。
今日は、もぐらの絵をかこうって、あじろが言った。
いっしょにつかまえたもぐら。
もぐらをつかまえるのに、二人でもぐらづかを、毎日見た。土の山をさがして、ぴょんぴょんはねてつぶして、かんさつする。つぶれたのがもどらなかったら、もぐらはいない。もどったらいる。もどったところが、ほんどうって、あじろが教えた。
見つけた生き物は、よくかんさつして、絵をかく。
だから、あじろの部屋には、絵がいっぱい。
「あじろは何で、じょうず?」
「え、上手ですか?僕のは観察したことを描くだけなので、つまらないと言う人が多いんですが…。ひー様みたいに独創的な絵の方が、僕は憧れます、」
「どく、そうてき、」
しおうもねんどの時に言った。
僕はねんどと同じくらい、絵が良くない。いつもそらとクレヨンでかくけど、すぐにクレヨンがおれるし、線も丸も、がたがたになる。
でも、あじろの絵は、裏庭で見たもぐらがちゃんといる。
クレヨンじゃなくて、色えんぴつとえのぐで描いたもぐら。きれい。
「あじろ、みたい、がいい。」
「え、じゃあ、色はひー様がお願いします。僕が鉛筆で描くので、ひー様が絵具で、」
「いろ、えの、ぐ、」
びっくりしてかんべを見たら、かんべはやってみますか、って笑う。かんべが笑うはめずらしくて、うれしい。
でも、急にお腹がそわそわした。
「ひー様?」
「かんべ、」
座ってるがいやになって、立つ。でも絵もやりたい。えのぐもやる。なのに、そわそわして、歩きたかった。
「日向様、何が不安か、亜白様にお話してあげてください。大丈夫ですから、」
かんべが、僕の背中をなでて、座らせる。
あおじをなでてごらんなさい、って言ったから、ころころってなでたら、ぽかぽかして、少しだけそわそわがなくなった。
あじろが、びっくりした顔で僕を見てる。
「えの、ぐ、」
「え、絵具ですか、」
「えのぐ、わからない、」
「え、あ、そっか、すみません。クレヨンでも、」
「ちがう、えのぐ、やりたい。わからない、がくやしい、」
そわそわが大きくなる。
あおじをなでて、小さくする。
そしたら、急にあじろがバタバタって走った。今度は、僕がびっくりするばん。
あじろは、棚の引き出しをがたがた開けて、小さな箱を持ってくる。とちゅうで棚の中のものをいっぱい落とした。僕が絵をかくつくえに箱をおいたら、今度はばたばた、ってとなりの部屋にはしって、小さいバケツと棒をたくさん持ってくる。やっぱりとちゅうで水がこぼれた。
「これ、絵具です。こっちはパレット。ここに絵具を出します。これは水入れ、絵具はそのままだと固いから、水でゆるめて使います。筆、筆で描きます。筆に水、つけて、絵具、つけて、こっちに描く、」
僕がぽかん、ってしたら、あじろは泣きそうになった。
しろと、ってしろとの方を見たけど、しろとは何も言わない。
「あの、え、っと、じゃあ、僕がやります。ひー様は、これ持って、僕の真似してください。」
「まね、」
あじろが僕に棒をわたす。棒の先に、ふわふわの毛がついてた。ふで、って言う。
あじろがふでを水にいれたから、僕もいれる。いっぱい入れるんじゃなくて、少しでいいって、あじろが言った。
あじろのまねして、もぐらをぬった。
はみ出すがむずかしくて、くやしかった。
だけど、ぺたぺたがいい。
クレヨンとちがうがわかって、たのしかった。
あじろは、ずっといっしょうけんめい。
僕より上手にしゃべるけど、あじろは、しおうやしろとより上手じゃない。
でも、いっしょうけんめい。
僕に教えるために、いっしょうけんめい。
「もぐら、ぐちゃぐちゃ、」
「僕も緊張したら、下手になりました、」
「僕は、へた、」
「あ、そういう、わけじゃない、んです、けど…、」
あじろの顔が、真っ赤になって、白くなって、また赤くなるのがおもしろかった。
あじろがいると、毎日たのしい。
もぐら。
二人でつかまえたもぐら。
二人でかいたもぐら。
「あじろは、僕のともだち?」
へ、って言って、あじろがぽかん、ってする。
とやとはぎなは、しおうのともだちって、しおうが言った。
「いっしょに虫もいたちもりすももぐらも、さがした。いっしょにあそんで、たのしいは、ともだちって、しおうが言った。僕は、もぐらかくが、くやしいのに、たのしかった。あじろは僕の、ともだち?」
またあじろの顔が真っ赤になる。
今度は、きょろきょろして、しろとと、えびすと、ろかいを見た。
僕もかんべを見たら、かんべが笑う。きれい。
「友達、だ、って、」
「亜白様、私にではなく、日向様に答えてあげてください、」
「だっ…て、代都(しろと)、僕、」
「…あじろ、ともだち、ちがう?」
「わ、そんな、え、と、ちがいません、友達です!ひー様と僕は友達!」
ともだち。
あじろが言ったとたん、胸がぽかぽかした。
しおうのくれたあおじがいるところ。
ともだち。
あじろは、僕のともだち。
「え、わあ、なんでぇ、なんで、泣くんですか、」
あじろが言うから、顔をさわったら涙が出てた。
うれしいの涙。
うーって、声が出て、抱っこしてほしくなる。かんべはすぐに分かって僕を抱っこして、良かったですね、って言った。
離宮にきてから、しあわせがいっぱいある。
誰も僕に痛いこと、しない。
みんな、僕を大好きって、言う。
僕は、わからないがいっぱいあるのに、みんなが教えるから、わかるがふえた。
できないがいっぱいあるのに、できるがふえた。
しおうが、つがいになるって、言った。
あじろが、ともだちだよ、って言った。
離宮に来たから。
帝国に来たから。
ひとじちになったから。
「ひと、じち、なって、よかった、」
「私たちも、日向様が来てくださって、良かったと思っています。」
かんべが言う。
うーって聞こえて見たら、あじろも泣いてた。
かんべが僕をあじろに渡すから、二人でうーって泣いた。
ともだち。
僕のともだち。
はじめてのともだち。
「客人が来ている間、亜白(あじろ)の部屋で遊んでいられるな?」
「うん、」
「結界の中に入るから、俺の気配はなくなる。平気か、」
「あおじ、に、しおうのけはい、あるよ、だいじょぶ、」
「ならいい。早く済ませるから、待っててくれ、」
うん、って頷いたら、しおうがちゅうってする。
いつもより長くたくさんするから、ふわふわしすぎて、力がぬけた。しおうの口がはなれた時には、もう立てない。
「あじぉと、あそぶ、ぉに、」
「ごめん。日向から元気をもらいたかった、」
「げん、き、なる?」
「なったよ。頑張ってくるから、ちゃんと待っててな。…官兵(かんべ)、任せたぞ、」
僕をかんべに渡して、しおうは仕事に行く。
大事な仕事だから、元気がほしかったかもしれない。
しおうが元気なら、いい。
行ってらっしゃい、ってかんべの手の中で言ったら、しおうはうれしそうに笑った。
「僕と、ね、しおうがつがい、になる話、だって、」
あじろが、何のお仕事ですか、って言うから教える。
そしたら、もぐらの絵をかいていたあじろが、急に顔をあげて僕を見たから、僕はびっくしりした。
「え、つが、い、え?本当に、番いになるんですか?」
「うん、一生いっしょのやくそく、くぐいと、同じ」
あじろの顔が真っ赤。めがねの下で、しおうに似た目が大きくなって、ぱちぱちする。へえ、とか、わあ、とか、いっぱい声が出て、おもしろくなった。
客人がいる間は、裏庭であそべないが、かなしかったけど、あじろがいると、おもしろい。
今日は、もぐらの絵をかこうって、あじろが言った。
いっしょにつかまえたもぐら。
もぐらをつかまえるのに、二人でもぐらづかを、毎日見た。土の山をさがして、ぴょんぴょんはねてつぶして、かんさつする。つぶれたのがもどらなかったら、もぐらはいない。もどったらいる。もどったところが、ほんどうって、あじろが教えた。
見つけた生き物は、よくかんさつして、絵をかく。
だから、あじろの部屋には、絵がいっぱい。
「あじろは何で、じょうず?」
「え、上手ですか?僕のは観察したことを描くだけなので、つまらないと言う人が多いんですが…。ひー様みたいに独創的な絵の方が、僕は憧れます、」
「どく、そうてき、」
しおうもねんどの時に言った。
僕はねんどと同じくらい、絵が良くない。いつもそらとクレヨンでかくけど、すぐにクレヨンがおれるし、線も丸も、がたがたになる。
でも、あじろの絵は、裏庭で見たもぐらがちゃんといる。
クレヨンじゃなくて、色えんぴつとえのぐで描いたもぐら。きれい。
「あじろ、みたい、がいい。」
「え、じゃあ、色はひー様がお願いします。僕が鉛筆で描くので、ひー様が絵具で、」
「いろ、えの、ぐ、」
びっくりしてかんべを見たら、かんべはやってみますか、って笑う。かんべが笑うはめずらしくて、うれしい。
でも、急にお腹がそわそわした。
「ひー様?」
「かんべ、」
座ってるがいやになって、立つ。でも絵もやりたい。えのぐもやる。なのに、そわそわして、歩きたかった。
「日向様、何が不安か、亜白様にお話してあげてください。大丈夫ですから、」
かんべが、僕の背中をなでて、座らせる。
あおじをなでてごらんなさい、って言ったから、ころころってなでたら、ぽかぽかして、少しだけそわそわがなくなった。
あじろが、びっくりした顔で僕を見てる。
「えの、ぐ、」
「え、絵具ですか、」
「えのぐ、わからない、」
「え、あ、そっか、すみません。クレヨンでも、」
「ちがう、えのぐ、やりたい。わからない、がくやしい、」
そわそわが大きくなる。
あおじをなでて、小さくする。
そしたら、急にあじろがバタバタって走った。今度は、僕がびっくりするばん。
あじろは、棚の引き出しをがたがた開けて、小さな箱を持ってくる。とちゅうで棚の中のものをいっぱい落とした。僕が絵をかくつくえに箱をおいたら、今度はばたばた、ってとなりの部屋にはしって、小さいバケツと棒をたくさん持ってくる。やっぱりとちゅうで水がこぼれた。
「これ、絵具です。こっちはパレット。ここに絵具を出します。これは水入れ、絵具はそのままだと固いから、水でゆるめて使います。筆、筆で描きます。筆に水、つけて、絵具、つけて、こっちに描く、」
僕がぽかん、ってしたら、あじろは泣きそうになった。
しろと、ってしろとの方を見たけど、しろとは何も言わない。
「あの、え、っと、じゃあ、僕がやります。ひー様は、これ持って、僕の真似してください。」
「まね、」
あじろが僕に棒をわたす。棒の先に、ふわふわの毛がついてた。ふで、って言う。
あじろがふでを水にいれたから、僕もいれる。いっぱい入れるんじゃなくて、少しでいいって、あじろが言った。
あじろのまねして、もぐらをぬった。
はみ出すがむずかしくて、くやしかった。
だけど、ぺたぺたがいい。
クレヨンとちがうがわかって、たのしかった。
あじろは、ずっといっしょうけんめい。
僕より上手にしゃべるけど、あじろは、しおうやしろとより上手じゃない。
でも、いっしょうけんめい。
僕に教えるために、いっしょうけんめい。
「もぐら、ぐちゃぐちゃ、」
「僕も緊張したら、下手になりました、」
「僕は、へた、」
「あ、そういう、わけじゃない、んです、けど…、」
あじろの顔が、真っ赤になって、白くなって、また赤くなるのがおもしろかった。
あじろがいると、毎日たのしい。
もぐら。
二人でつかまえたもぐら。
二人でかいたもぐら。
「あじろは、僕のともだち?」
へ、って言って、あじろがぽかん、ってする。
とやとはぎなは、しおうのともだちって、しおうが言った。
「いっしょに虫もいたちもりすももぐらも、さがした。いっしょにあそんで、たのしいは、ともだちって、しおうが言った。僕は、もぐらかくが、くやしいのに、たのしかった。あじろは僕の、ともだち?」
またあじろの顔が真っ赤になる。
今度は、きょろきょろして、しろとと、えびすと、ろかいを見た。
僕もかんべを見たら、かんべが笑う。きれい。
「友達、だ、って、」
「亜白様、私にではなく、日向様に答えてあげてください、」
「だっ…て、代都(しろと)、僕、」
「…あじろ、ともだち、ちがう?」
「わ、そんな、え、と、ちがいません、友達です!ひー様と僕は友達!」
ともだち。
あじろが言ったとたん、胸がぽかぽかした。
しおうのくれたあおじがいるところ。
ともだち。
あじろは、僕のともだち。
「え、わあ、なんでぇ、なんで、泣くんですか、」
あじろが言うから、顔をさわったら涙が出てた。
うれしいの涙。
うーって、声が出て、抱っこしてほしくなる。かんべはすぐに分かって僕を抱っこして、良かったですね、って言った。
離宮にきてから、しあわせがいっぱいある。
誰も僕に痛いこと、しない。
みんな、僕を大好きって、言う。
僕は、わからないがいっぱいあるのに、みんなが教えるから、わかるがふえた。
できないがいっぱいあるのに、できるがふえた。
しおうが、つがいになるって、言った。
あじろが、ともだちだよ、って言った。
離宮に来たから。
帝国に来たから。
ひとじちになったから。
「ひと、じち、なって、よかった、」
「私たちも、日向様が来てくださって、良かったと思っています。」
かんべが言う。
うーって聞こえて見たら、あじろも泣いてた。
かんべが僕をあじろに渡すから、二人でうーって泣いた。
ともだち。
僕のともだち。
はじめてのともだち。
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