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第弐部-Ⅱ:つながる魔法
106.誰か 金烏乃学院(きんうのがくいん)のゴシップ
ああ、まさに眼福!
見ているだけで、こんなにも幸福な光景が、この世に他にあるかしら。
「ねえ、ご覧になりました?」
「ええ、ええ、勿論ですとも。私、以前いらした時にはお目にかかることができませんでしたの。噂を伺って、ぜひ一度は、と思っておりましたら、まさかこんなに早くお目にかかれるとは!」
「紫鷹殿下のご婚約者様、何てお美しい方、」
「私は、殿下のお優しい顔に驚いてしまいました。殿下、あんなお顔をなさるんですね、」
「それを言ったら藤夜様もですよ。ああ、本当にあの空間、なんと美しい…、」
そこかしこで、ご令嬢方のうっとりとした声が聞こえていた。
ここ最近の学院の話題と言えば、もっぱら紫鷹殿下とそのご婚約者様のお話だ。
正確には、正式なご婚約はまだだと言うお話だけれど、あれは、もう殿下はご婚約者様に惚れていらっしゃると思うの。お放しにならないでしょう。
はじめて殿下がご婚約者様をお連れになったのは、突然だった。
運よく殿下がいらしたのと同じ塔にいた私は、近くで拝見する好機を得たのだけれど、いきなり殿下がご婚約者様に口づけをされるのを目の当たりにして、それはそれは驚いた。
だって、あの殿下ですよ。
同じ学び舎で学ぶとは言え、藤夜様以外はほとんどお傍に寄せない。
時折お話をされる時も、周囲がとても恐縮してしまうような威厳をお持ちで、私のような一般学生はもう同じ教室にいることさえ息苦しく感じてしまう方。
その殿下が、相貌を崩されてすこぶる甘い視線を、婚約者様には向けていらっしゃった。
それこそ、本当に同じ殿下かしらと、何度も見てしまうほどに。
「日向、頼む。みみずはお前の仕事だ、」
「いいよ、」
今また、私は、初めて殿下とご婚約者様をお見かけした時以上の衝撃を受けております。
まさか、あの殿下が、こんな土にまみれる演習をお受けになるとは。
それもご婚約者様をお連れになって。
その上、そのご婚約者様をお膝の上に乗せて、嬉しそうなお顔で、土をいじられるとは。
「しおう、みみず、」
「待て、日向。こっちに持って来なくていい、」
「だいじょぶ、小さい、」
「大きさの問題じゃない。俺はいいから、早く入れろ、」
「しおう、かわいい、ね」
可愛いのは、ご婚約者様ですよ!
真っ赤になった殿下がお可愛いのも、初めて知りましたが。
生態学の基礎演習なんて、ほとんど毎回土を掘り、草にまみれ、山に入り、川底を漁るばかりなのに、どうしていらしたんですか。様子を伺うに、殿下よりご婚約者様の方がご興味がおありなように見えるから、まさかご婚約者様の為に?
もしもそうだとしたら、殿下、私、全力で殿下を応援いたします。
「ずいぶんでかい鉢だな、」
「みみず、いっぱい入れる?」
「…これ以上入れるな。想像すると泣きたくなる、」
「でも、みみずがいるは、いい土。大きくなる、」
「入れてもいいけど、お前、責任もって世話しろよ。」
「紫鷹。一応、授業を受けてるのはお前で、ひなは聴講だからな、」
「俺とこいつは二人で一つだからいいんだよ。いいか、日向。手伝いはするが、責任者はお前、いいな?」
「わかった、」
ぴょん、と殿下の腕の中で、ご婚約者様の小さなお体が跳ねる。いやはや、何とお可愛らしい。
殿下の腰ほどもある大きな鉢を、殿下に抱かれて覗きこむ小さなお方。
学院の入学年齢が12歳だから、そのくらいかしら、と思った。でも、あまりにお小さいから、もっと幼くても驚きはしない。そうなると、殿下との年の差が少し心配にもなったけれど、同い年だというから、これには驚いた。
小さくて、言葉も拙い、けれど驚くほどお美しくて、一目でどきりと目を奪われる不思議なお方。
尼嶺乃国(にれのくに)の王子だとお聞きした。
確かに、尼嶺の高貴な色と知られる珍しい水色の髪と瞳がとても美しい。
どこか透明な水を思い浮かべる、透き通った空気をまとった雰囲気が、私にはなぜか心地よかった。
温室のガラス張りの屋根から注ぐ光に、溶けてしまいそう。
それなのに、殿下の濃い紫色と並ぶと、思わず視線を向けてしまう存在感が生まれるのが不思議だった。
きっと、今この温室で演習を受けている誰もが、演習どころじゃなくて、お二人に心を奪われている気がします。
「が、眼福…!」
「殿下って、大人びた方だと思っていたけど、あんな風に笑われると、年相応に見えるんですね、」
「ひ、日向様の一挙手一投足が可愛らしくて、悶絶します…!」
「わああ、殿下が口づけなさいましたよ。あんな、堂々と、わあ…、」
「ご婚約者様に拒まれて…殿下、お可哀相!頑張れ、殿下!」
「いや、でも、ご婚約者様がお小さいから、ちょっと心配になります。私は藤夜様と東さんを応援しますよ。どうぞ、ご婚約者様をお守りください…!」
これから半年間、殿下とご婚約者様が、この演習に参加されるのだと知った時には、一同歓喜した。
こんな幸福なお二人を、私はこれから毎週この目に焼き付けることができるのですね。何たる果報。
だけど、時々嫌な噂も耳にする。
尼嶺が帝国に取り入るために、あの美しい王子を送り込んで殿下を誑かしたのだとか。
帝国が尼嶺の支配を確たるものにするために、殿下が無理やり尼嶺の王子を手籠めにしたのだとか。
ご婚約者様は、実は病気をお持ちで、発達が遅れていらっしゃるから、あんなにお小さいのだとか。
今この時期に突然学院に現れたのは、皇家の派閥争いが激化している証だとか。
ただの一学生の私には、帝国や尼嶺の事情は測りきれないから、何が正しいのかは分からない。
でも、殿下がご婚約者様を見つめるあの甘い瞳も、ご婚約者様の無垢で殿下を信頼しきっているようなお姿も、偽りなどないと私は思うのだけれど。
「種は、これ?」
「そう、この種から芽が出て、大きくなったら柘榴が生る、らしい」
「ざくろ、」
「と言っても何年も先だろうがな。」
「何年?」
「実がなるまで3年から5年くらいかかるって言っていたな。実がなるのは先だが、成長するし花も咲くから、それを観察するんだと。やれるか?」
「3年、」
「そ、まだまだ先だから、飽きないか心配だ、」
「3年、後も、しおうと、いる?」
「…いるだろ。そのために番いになったんだろ、」
「じゃあ、だいじょぶ、」
そうか、と殿下が笑う。その表情に、見守る私たちの胸がときめいた。
見ているだけで、こんなにも幸福な光景が、この世に他にあるかしら。
「ねえ、ご覧になりました?」
「ええ、ええ、勿論ですとも。私、以前いらした時にはお目にかかることができませんでしたの。噂を伺って、ぜひ一度は、と思っておりましたら、まさかこんなに早くお目にかかれるとは!」
「紫鷹殿下のご婚約者様、何てお美しい方、」
「私は、殿下のお優しい顔に驚いてしまいました。殿下、あんなお顔をなさるんですね、」
「それを言ったら藤夜様もですよ。ああ、本当にあの空間、なんと美しい…、」
そこかしこで、ご令嬢方のうっとりとした声が聞こえていた。
ここ最近の学院の話題と言えば、もっぱら紫鷹殿下とそのご婚約者様のお話だ。
正確には、正式なご婚約はまだだと言うお話だけれど、あれは、もう殿下はご婚約者様に惚れていらっしゃると思うの。お放しにならないでしょう。
はじめて殿下がご婚約者様をお連れになったのは、突然だった。
運よく殿下がいらしたのと同じ塔にいた私は、近くで拝見する好機を得たのだけれど、いきなり殿下がご婚約者様に口づけをされるのを目の当たりにして、それはそれは驚いた。
だって、あの殿下ですよ。
同じ学び舎で学ぶとは言え、藤夜様以外はほとんどお傍に寄せない。
時折お話をされる時も、周囲がとても恐縮してしまうような威厳をお持ちで、私のような一般学生はもう同じ教室にいることさえ息苦しく感じてしまう方。
その殿下が、相貌を崩されてすこぶる甘い視線を、婚約者様には向けていらっしゃった。
それこそ、本当に同じ殿下かしらと、何度も見てしまうほどに。
「日向、頼む。みみずはお前の仕事だ、」
「いいよ、」
今また、私は、初めて殿下とご婚約者様をお見かけした時以上の衝撃を受けております。
まさか、あの殿下が、こんな土にまみれる演習をお受けになるとは。
それもご婚約者様をお連れになって。
その上、そのご婚約者様をお膝の上に乗せて、嬉しそうなお顔で、土をいじられるとは。
「しおう、みみず、」
「待て、日向。こっちに持って来なくていい、」
「だいじょぶ、小さい、」
「大きさの問題じゃない。俺はいいから、早く入れろ、」
「しおう、かわいい、ね」
可愛いのは、ご婚約者様ですよ!
真っ赤になった殿下がお可愛いのも、初めて知りましたが。
生態学の基礎演習なんて、ほとんど毎回土を掘り、草にまみれ、山に入り、川底を漁るばかりなのに、どうしていらしたんですか。様子を伺うに、殿下よりご婚約者様の方がご興味がおありなように見えるから、まさかご婚約者様の為に?
もしもそうだとしたら、殿下、私、全力で殿下を応援いたします。
「ずいぶんでかい鉢だな、」
「みみず、いっぱい入れる?」
「…これ以上入れるな。想像すると泣きたくなる、」
「でも、みみずがいるは、いい土。大きくなる、」
「入れてもいいけど、お前、責任もって世話しろよ。」
「紫鷹。一応、授業を受けてるのはお前で、ひなは聴講だからな、」
「俺とこいつは二人で一つだからいいんだよ。いいか、日向。手伝いはするが、責任者はお前、いいな?」
「わかった、」
ぴょん、と殿下の腕の中で、ご婚約者様の小さなお体が跳ねる。いやはや、何とお可愛らしい。
殿下の腰ほどもある大きな鉢を、殿下に抱かれて覗きこむ小さなお方。
学院の入学年齢が12歳だから、そのくらいかしら、と思った。でも、あまりにお小さいから、もっと幼くても驚きはしない。そうなると、殿下との年の差が少し心配にもなったけれど、同い年だというから、これには驚いた。
小さくて、言葉も拙い、けれど驚くほどお美しくて、一目でどきりと目を奪われる不思議なお方。
尼嶺乃国(にれのくに)の王子だとお聞きした。
確かに、尼嶺の高貴な色と知られる珍しい水色の髪と瞳がとても美しい。
どこか透明な水を思い浮かべる、透き通った空気をまとった雰囲気が、私にはなぜか心地よかった。
温室のガラス張りの屋根から注ぐ光に、溶けてしまいそう。
それなのに、殿下の濃い紫色と並ぶと、思わず視線を向けてしまう存在感が生まれるのが不思議だった。
きっと、今この温室で演習を受けている誰もが、演習どころじゃなくて、お二人に心を奪われている気がします。
「が、眼福…!」
「殿下って、大人びた方だと思っていたけど、あんな風に笑われると、年相応に見えるんですね、」
「ひ、日向様の一挙手一投足が可愛らしくて、悶絶します…!」
「わああ、殿下が口づけなさいましたよ。あんな、堂々と、わあ…、」
「ご婚約者様に拒まれて…殿下、お可哀相!頑張れ、殿下!」
「いや、でも、ご婚約者様がお小さいから、ちょっと心配になります。私は藤夜様と東さんを応援しますよ。どうぞ、ご婚約者様をお守りください…!」
これから半年間、殿下とご婚約者様が、この演習に参加されるのだと知った時には、一同歓喜した。
こんな幸福なお二人を、私はこれから毎週この目に焼き付けることができるのですね。何たる果報。
だけど、時々嫌な噂も耳にする。
尼嶺が帝国に取り入るために、あの美しい王子を送り込んで殿下を誑かしたのだとか。
帝国が尼嶺の支配を確たるものにするために、殿下が無理やり尼嶺の王子を手籠めにしたのだとか。
ご婚約者様は、実は病気をお持ちで、発達が遅れていらっしゃるから、あんなにお小さいのだとか。
今この時期に突然学院に現れたのは、皇家の派閥争いが激化している証だとか。
ただの一学生の私には、帝国や尼嶺の事情は測りきれないから、何が正しいのかは分からない。
でも、殿下がご婚約者様を見つめるあの甘い瞳も、ご婚約者様の無垢で殿下を信頼しきっているようなお姿も、偽りなどないと私は思うのだけれど。
「種は、これ?」
「そう、この種から芽が出て、大きくなったら柘榴が生る、らしい」
「ざくろ、」
「と言っても何年も先だろうがな。」
「何年?」
「実がなるまで3年から5年くらいかかるって言っていたな。実がなるのは先だが、成長するし花も咲くから、それを観察するんだと。やれるか?」
「3年、」
「そ、まだまだ先だから、飽きないか心配だ、」
「3年、後も、しおうと、いる?」
「…いるだろ。そのために番いになったんだろ、」
「じゃあ、だいじょぶ、」
そうか、と殿下が笑う。その表情に、見守る私たちの胸がときめいた。
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