第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

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第弐部-Ⅱ:つながる魔法

115.日向 ごめんね

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学院に行けなかった。
勉強もできない。
鍛錬ももうずっとしてない。

隠れ家の中で丸くなって、毛布にくるまって、ただじっとしてた。
時々眠くなってうとうとするけど、気配がするとびっくりして目が覚める。

やりたいことがあったのに、体が動かなくなった。
熱は下がったのに、手も膝も首も肩も全部固くなって、もう動かない。
時々トイレに行くけど、足が上手に動かないから、歩けなくなったかもしれない。

字を練習してみようかな、って思った。
でもやっぱり動かなくてうとうとする。
うとうとしたら、離宮の玄関のとこで、しおうの気配がしたから、また目が覚めて体をぎゅうってした。

来るかな。
来ないかな。
来ると嬉しいのに、怖い。
来てほしいのに、ほしくない。



「…日向、」


うんと近くで声がして、僕はぎゅうって背中を隠れ家の奥にくっつけた。
いつもよりうんと近くにしおうの声がする。こつんって音がしたから、しおうの額が扉にくっついたかもしれない。しおうの声と匂いと気配がした。

大好きと、心配と、怖いと、不安と、悲しいと、苦しいと、痛いの気配。
全部、僕のせい。

「葎(もぐら)が、心配していたよ。今日の講義の分、いつか聞きにおいでって。…演習で山芋を掘ったけど…お前がいないから、みみずに困った。麗(うらら)がお前に食べさせたいって山芋をくれたから、料理長が調理してくれるそうだよ、」

なあ、日向、ってしおうは泣きそうになる。泣いてるかもしれない。

「何で出てこない。何が怖かった。何が嫌なんだ。聞くから、…全部聞いて、失くしてやるから、…頼むから出てきてくれ、」

こつん、ってまた扉が鳴った。
扉が揺れるが怖くて、僕は背中をうんと奥にぎゅうってする。
お腹がそわそわして、きゅうって痛くなった。

ごめんね、しおう。
しおうが泣くが嫌なのに、しおうを泣かせた。
しおうが心配するが嫌なのに、しおうを心配させる。
ごめんね。

でも、お願い。開けないで。
開けたら僕は、怖くて、またしおうを泣かせる。
お腹がそわそわして、体がぶるぶるして、きっとまた息ができなくなって、しおうを怖いにする。

こつん、こつん、って何回か扉が鳴ったけど、しおうは開けなかった。
ごめんな、って小さく言った後、いなくなる。

僕は部屋に一人ぼっち。

僕のせいなのに、寂しくなった。
悲しくて寒くて、しおうがほしいがある。
でも、しおうが来るを考えたら、怖くなって、やっぱり体は動かなかった。






「紫鷹さんが寝落ちてしまったの。私がお夕食を持ってきたけれど、良いかしら、」


僕がうとうとしたら、良い匂いがして、すみれこさまが来た。
ご飯の匂い。
お腹が空くは分からないけど、匂いがしたら、ぐーって鳴る。
お腹が空くのは良いことね、ってすみれこさまは笑った。

「紫鷹さんが山芋をいただいてきたんですって。擦って食べるとおいしいのだけど、多分日向さんは焼いた方がお好きだからって、料理長が焼いてくれましたよ。」

ことん、って隠れ家の前に置く音がしたら、中まで良い匂いがいっぱいになって、またお腹がぐーって鳴った。すみれこさまがまた笑う。

すみれこさまは、いつも笑うね。
しおうも、とやも、はぎなも、みずちも、そらも、うつぎも、ゆりねも、あずまも、やまとも、みんな心配がいっぱいなのに。すみれこさまは、ちょっと。

何で?って聞きたかったけど、声が出なくて、体も動かなくて、聞けなかった。

「日向さんは、山芋は初めてね?」
うん、
「ふふ、少し熱いから火傷をしないように気を付けて。ほくほくしてとてもおいしいから、ゆっくり召し上がってね。」
わかった、
「慌てないで。ゆっくりね、」
うん、

ふわって、頭をなでられた気がした。
扉は開かないのに、すみれこさまの気配が、僕の頭をなでる。きれい。


すみれこさまは、いいかもしれない。怖くないかもしれない。僕の体は動かないから、扉を開けられないけど、本当はすみれこさまにぎゅうって抱っこしてほしかった。

側にいて、大好きだよって、言われたかった。
抱っこして、やわらかい手で頭をなでてほしい。
温かい膝の上だったら、うとうとじゃなくて、いっぱい眠れる気がする。


でも、またね、ってすみれこさまが言って、部屋の扉が閉まる音が聞こえた。仕方ない。


静かになって、何の音も聞こえなくなって、誰の気配もしなくなったら、僕の指はやっと動いた。
指、手、肘、肩、足指、足、膝、頭。
ちょっとずつ動いて、ゆっくり隠れ家の扉を開ける。

隠れ家の前の小さな台に、ご飯が乗ってた。
白いおにぎり。僕は今お腹が良くないから、やわらかいやつ。
温かいお味噌汁と、黄色い卵。お茶とりんごのジュースもあった。


それから、白と茶色のやつ。やまいも。


喉がかわいたから、お茶を飲む。慌てたから咳が出た。失敗。
ゆっくりね、ってすみれこさまが言ったね。言ったのに、僕はまたできなかった。
おにぎりを食べようとしたら、やわらかいおにぎりはぐちゃぐちゃになる。手がプルプルするから、力加減が悪かった。仕方ない。
お味噌汁は、お椀ごとこぼした。料理長がせっかく作ったお味噌汁は全部こぼれて、卵とやまいもがお味噌汁だらけになる。

でもお腹がぐーって鳴ったから、びちゃびちゃの卵を食べた。
フォークで上手に刺せなくて、手でつかまえる。
ふわふわで、甘くて、温かい卵。僕が好きな卵。

調理長はね、僕が元気がないがわかるから、僕が食べやすいご飯を作る。
おにぎりも卵も、僕は上手に食べられなかったけど、やさしかった。
味も、料理長もやさしい。
なのに、ごめんね。


料理長がせっかく焼いたのに、僕はやまいもも、味噌汁でぐちゃぐちゃにした。


はじめてのやまいも。はじめてはちょっと怖い。
でも料理長がやさしく作ったが分かるから、食べたかった。
お腹もぐーってなる。

フォークで食べるかな。
刺してみたるけど、上手にできなくて、お皿からぴょんって飛ぶ。
仕方ないから、手でつかまえようとしたけど、プルプル震えて、ぽとりって床に落ちた。


僕が落とした。
うららがくれたのに。
しおうが掘ったのに。
料理長が、焼いたのに。
すみれこさまが、おいしいよ、って言ったのに。

また僕は、できなかった。



うーって声が出る。
涙も出た。
久しぶりの声と涙。



部屋の外で、かんべが僕の名前を呼んで、隣の部屋で、みずちが立ったが分かった。
2人の心配の気配が、僕を怖くする。

お願い、来ないで。

怖くて隠れ家に戻ろうとするけど、僕はもう動けなくなって、戻れなかった。

「日向様、」

泣きそうな顔したみずちが、走って来る。でも僕が震えるが分かったから、かんべが止めた。
心配の気配。
僕がぐちゃぐちゃで、泣いてて、震えるせい。

みずちが、何度も小さく僕の名前を呼んだけど、かんべが外に連れてく。
ごめんね、みずち。
ごめんね、かんべ。

ころん、って床に転がったやまいもが見えて、うんと悲しくなった。
しおうも、うららも、すみれこさまも、料理長も、ごめんね。

泣かせて、ごめんね。
悲しくさせて、ごめんね。
心配させて、ごめんね。

怖くなって、ごめんね。



ごとり、って音がしたのは僕の頭かもしれない。
みずちの声が聞こえて泣いてる気がしたけど、分からなくなった。


「ごめん、ね、」



みんなの良いに、僕はなれない。


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