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第弐部-Ⅲ:自覚
131.日向 挑戦
僕は朝から緊張した。
あんまり緊張したから、いつもよりうんと早く起きて、うつぎが来るより、しおうが起きるより先に、学院に行く準備を全部した。
髪は上手にできなくて、寝ぐせのままだったけど、顔も洗って、服も着替えて、かばんの中身も確かめて、帽子をかぶって、しおうが起きるを待った。
しおうは、可愛い、可愛い、って朝から大騒ぎしたけど、僕はそれどころじゃない。
「そんな怖い顔しなくても、大丈夫だよ。お前の人気は、噂で知ってるだろ、」
テラスでみずちが淹れたお茶を飲んだ後、いつもより早く生態学の場所に行った。
今日は最初にざくろをやったと同じ温室。温室って名前なのに、外が暑いから中が涼しい。
しおうは鉢が並んだ机の1番端っこに座った。
僕を膝に乗せて、ぎゅうってする。
うんとやさしく背中をなでるは、僕が緊張するがわかるから?
「ひな、どうしたの、」
「今日の演習でどうしてもやりたいことがあるんだと、」
「何、」
「まあ、見守ってやってよ。1人で頑張りたいみたいだから、」
とやは心配の顔で僕を見るけど、僕は緊張しているから、今はおしゃべりできない。
僕がまた学院に通うようになって、3回目。
春に初めて通った時から、やりたかったことがある。
僕は混乱してできなかったけど、また通い始めたらやっぱりやりたいがあって、 しおうとあじろとはぎなとあずまとみずちに相談した。
大丈夫だよ、ってみんな言ったね。
あずまとみずちと、毎日練習もした。
しおうは、僕が不安になるたび、いっぱい聞いて甘やかしたよ。
はぎなもね、いつもは午後の授業から一緒だけど、今日は演習も見守るって。
「大丈夫、大丈夫、」
演習が近づくたびにがちがちになってく僕の体を、しおうはずっとなでた。僕が我慢できなくて泣いたら、いっぱいちゅうもして、怖いを小さくしてくれる。
とやはずっと心配の顔。ごめんね。
ちょっとずつ学生が増えてきた。
僕としおうを見たらぺこりってお辞儀して、みんな好きな席に座っていく。
「日向、」
うんとやさしくしおうが僕の名前を呼んでお腹をなでる。
それと一緒に、心臓がばくばくして、お腹がそわそわした。
来た。
どうしよう。
しおうが僕を膝から降ろす。
もう少しぎゅうってしたかったのに。まだ怖いがあるのに。できないかもしれないのに。
どうしよう、ってしおうを見たら、大きな手が僕の顔を包む。
「大丈夫、日向ならできるよ、」
しおうの顔が近くなって、額がくっついた。うんと近くで紫色の目が僕を見て、大丈夫だよ、って何回も言う。
「…できな、かったら?」
「そしたら戻っておいで。どうしたらできるようになるか、また一緒に考えるから、」
「…いる?」
「ちゃんとここにいる。見てるから、無理だと思ったら俺を呼べばいい、」
「うん、」
紫の目。やさしくて、綺麗で、うんと強い。
その目でしおうが僕をじーっと見るから、僕のお腹のそわそわは、少しだけ小さくなった。
「行っておいで、」
ぽんって、しおうが背中を叩く。
僕は叩かれるが怖いから、いつもは嫌なのに、今日はなんだか違うね。
しおうがぽんってしたところが温かくて、しおうがいる感じがして、安心した。
くるって回って、歩いたよ。
机と椅子と鉢が並んで、学生が座る間を、僕はとことこ歩く。びくりした学生たちがぽかんの顔になって僕を見たけど、僕は今、それどころじゃない。
歩いて、三つ隣の机の前で、止まった。
緊張で心臓がばくばくする。
でも、あずまが後ろに着いてきた。しおうは向こうで見守ってる。隣でとやは心配してる。姿は見えないけど、はぎなもいるね。
みんなの気配が、僕の背中を押す。
「三つ葉の、ご子息、ですか、」
「え、」
茶色の目がびっくりして僕を見る。眼鏡の中で目をまん丸にして、何?って。
聞こえなかったかな。
頑張ったけど、僕は声が小さいから、聞こえなかったかもしれない。
「三つ葉の、ご子息、ですか、」
「え、は、はい、」
三つ葉の人は、ガタガタって、椅子から転げ落ちるみたいに立った。
茶色の髪と茶色の目で、あじろのより細い眼鏡をしてる。くりくりした髪が学院のあちこちにいる犬みたいで、いつか触ってみたいと思った。でも、今はちがう。
「尼嶺(にれ)の、ひなた、です、」
「あ、はい、知って…いや、すみません。三つ葉の稲苗(さなえ)と申します、」
「ご挨拶をお受けしました。僕、お願い、があります、」
「は、い?」
三つ葉の人は僕よりうんと大きいから、僕より視線を低くするために、膝をついてくれた。
僕は尼嶺の王子で、紫鷹の番いだから、三つ葉より身分が高いって、はぎなが教えたね。だから、僕が話しかけたら、身分が低い人はそうするんだって。
僕は、とややあじろみたいに話したかったけど、最初はそうする決まり。
「一緒に、演習やっても、いい、ですか、」
「え、」
くりくりした髪が、びっくりして逆立ったみたいに見えた。
いつのまにかしんって静かになっていた周りから、ごくりって唾を飲む音がする。
ダメかな。みんなは大丈夫って言ったけど、ダメかもしれない。
三つ葉の人は、すごく苦しい顔になって、困ってる。
生態学のみんなは、いつもやさしい顔で僕を見るけど、学院の全員がそうじゃないを僕は分かるよ。
尼嶺は最近ぶっそうなんだって。だから、尼嶺から来た僕も悪いことをしに来たんだってうわさがある。僕がへんってうわさもたくさん。
だけど、僕は初めて演習を受けた日から、ずっと言いたかった。
「あの、ね。三つ葉の、人の、学習帳が、すごくて、びっくりし、ました、」
「学習帳、ですか、」
「最初の、ね、ざくろ。僕は芽がでて、初めて芽を知ったけど、三つ葉の人の、学習帳は、全部書いた、ね。」
「はあ、」
「うららにいっぱい、質問もした。太陽と、水と、土が変わったら違うを、三つ葉の人は、全部やってる、を僕は知ってる、」
教室中で一番分厚い学習帳をいつも持ってるね。
そこにびっしり植物が描いてあるが見えて、僕はわくわくしたよ。
演習でざくろをやった時、三つ葉の人はすごく楽しそうだった。みんな、僕としおうが来てびっくりしてたのに、三つ葉の人は演習が始まったら真剣になって、茶色の目をきらきらしながら、ざくろの鉢を作ったね。
僕は混乱してすぐに学院に通えなくなったけど、ずっと覚えてたよ。
「だから、ね。僕は、三つ葉の人と、一緒に、演習が、したい、です、」
一生懸命話したけど、僕はしゃべるが上手じゃないから、三つ葉の人に伝わったかわからない。
茶色の目が細い眼鏡の奥で、きょろきょろってした。眉のところがぎゅって寄ってるのは、困ってるからかな。
僕は三つ葉の人の演習や学習帳が見たくて声をかけたけど、僕は一人でできないから一緒にやるは、嫌かもしれない。
膝が、またぷるぷるした。
しおうがぽんってしたところに、温かいを探すけど、そろそろなくなる。代わりに左胸のあおじをなでて、お腹のそわそわを我慢した。
「…か、」
「なあ、に、」
「で、殿下は、…お怒りになりませんか?」
でんか。
しおうとすみれこさまは、殿下って呼ぶ。たまに僕も。
「しおう?」
「え、はい、あの紫鷹殿下が、お怒りにならないので、あれば、俺、…いや、私は喜んで、」
何でしおう?
困ってあずまを見たら、あずまはちょっと笑ってた。
「しおうは、怒らない、」
「そうですか。あの、嫉妬されると、」
「嫉妬は、する、」
ひぃ、って小さく声が聞こえて、三つ葉の人は顔色が悪くなる。
どうしよう。ダメだったかもしれない。
お腹のそわそわが大きくなる。あおじをぎゅって握ったけど、真っ直ぐ立つができなくなってきた。歩いて、くるくる回って、そわそわを逃がしたい。
「ひっ、あの、泣かないでください。」
「泣か、ない、」
僕が泣いたら、三つ葉の人は困るって、僕は分かるよ。
ぐって、目にいっぱい力を込めて、手をぎゅうって握って、我慢した。
そしたら、三つ葉の人は言った。
「あの、やります、一緒にやりますから。」
茶色の目をくりくりして、いっぱい汗をかいて、困った顔をしてるけど、でも言った。
「本当?」
「はい、あの、どうぞ、こちらに。いや、俺がそちらに行きますか、あの、え、っと、ひっ」
泣かないって我慢したのに目の力を抜いたら、涙が落ちた。僕は泣き虫。
やっぱり三つ葉の人は困って、ひーって、悲鳴を上げておろおろする。ごめんね。
涙を隠したくてこすろうとしたら、あずまが止めた。
僕の代わりに拭いて、小さく、もう少しだから最後まで頑張りましょう、って言う。
「僕の、名前、ひなた、です、」
「ひ、日向様、」
「僕と、しおうの、とこで、一緒に、」
「は、はい、」
「僕、できないが、あるけど、邪魔、しない、から、お願い、します、」
「こ、こちら、こそ、お願いいたします、」
「三つ葉の、人は、さなえ、って呼んでも、いいですか、」
はい、ってさなえが頷いた。
手を出したら、さなえはびっくりして固まった後、バタバタって分厚い学習帳と教科書をかばんにつめこむ。
僕が手を伸ばしたまま待ってたら、すごくすごく困った顔をしたけど、握ってくれた。
さなえを引っ張って、来た道を歩いた。
ちょうどうららが来て、目をぱちぱちさせたけど、すぐににこにこ笑う。
学生たちは、ずっと静かに見てた。僕より緊張してるは何で。
「しおう、さなえ、」
「うん、」
うんとやさしい顔で、しおうは笑った。
でも僕を抱っこするより先に、さなえを見て、ぺこりって頭を下げる。
「俺の婚約者が我が儘を言って申し訳ない。」
「ひ、いえ、」
「一応、日向は聴講と言う扱いだから、俺と同席してもらうが、同じ学び舎で学ぶただの学友だ、畏まらなくていい。こちらの都合に巻き込んで悪いな、」
かちかちに緊張したさなえに、しおうは自分の名前を言った。
さなえも名前を言ってこたえる。
これで、かんりょう。
学院ではみんな自由に話ができるけど、宮城では違うんだって。だから、身分が高い人たちは、こういう決まりを守る。
「さなえ、こっち、」
しおうの隣の席にさなえを引っ張った。さなえはかちかちになったけど、とやが、どうぞ、ってやさしい顔をしたら座る。
「お前はこっちな、」
僕のお腹をしおうがつかまえて、膝に乗せた。
ぎゅうって強く抱いて、よく頑張ったな、って耳のところで言う。
うん、って頷いたら涙が落ちて、それをしおうがぬぐってくれた。
学院に来たらね、学生がたくさんいた。
一人もいるけど、みんな誰かと一緒に勉強したり、おしゃべりしたり、ご飯を食べたりする。
学生はね、それが普通って、僕はわかったよ。
僕も、普通がやりたかった。
さなえ。
茶色の目をきらきらする学生。
僕のとなりに座ってくれた。
「…日向、後でいっぱい褒めるから、演習は頑張れるか、」
「ぅん、」
「みみずが出たらお前の仕事だからな。頼むぞ、」
「ぅん、」
僕はちょっと疲れてしおうのお腹でぐったりしたけど、しおうは笑って僕を座り直す。お腹をいっぱいなでて、偉かったな、って言いながら、頑張れ、も言った。
僕のとなりで、さなえが緊張してる。とやが話しかけるけど、上手に返事ができないくらい。ごめんね。
うららの声が聞こえてるかな、って心配になった。
でも、演習が始まったら、やっぱり目がきらきらしたね。
茶色の目がきらきらして、綺麗だった。
あじろみたい。
みみずを話す時のうららも似てる。魔法を研究するときのなかつのも。
ご飯を作る時の料理長も、庭の世話をするいぐもも同じ目をするよ。なかつのの話を聞くときのとやも。
いきいきしてる、って言うって、しおうが教えた。
みんな、大好きなものがあって、夢中だって。
かっこいいね。
きらきらするね。
いきいきするが、僕は好き。
「…日向、俺の鉢も見て。お前はこっちをやるの、」
「しおう、嫉妬、」
「そ。俺が嫉妬したら稲苗が怖がるだろ。だから、嫉妬させないように頑張ってくれ、」
「わかった、」
ひい、って悲鳴がした。
さなえがまた緊張したから、僕は頑張る。
「しおうは、ね、僕を見るが、1番きらきらする、」
「…何だ、それ、」
「だから、簡単、」
「うん?」
はは、ってとやが笑って、さなえがぽかんってした。
あちこちで、学生が笑う。しおうと僕が仲良しが、可愛いって。
いいね、しおう。きれいがいっぱい。
あんまり緊張したから、いつもよりうんと早く起きて、うつぎが来るより、しおうが起きるより先に、学院に行く準備を全部した。
髪は上手にできなくて、寝ぐせのままだったけど、顔も洗って、服も着替えて、かばんの中身も確かめて、帽子をかぶって、しおうが起きるを待った。
しおうは、可愛い、可愛い、って朝から大騒ぎしたけど、僕はそれどころじゃない。
「そんな怖い顔しなくても、大丈夫だよ。お前の人気は、噂で知ってるだろ、」
テラスでみずちが淹れたお茶を飲んだ後、いつもより早く生態学の場所に行った。
今日は最初にざくろをやったと同じ温室。温室って名前なのに、外が暑いから中が涼しい。
しおうは鉢が並んだ机の1番端っこに座った。
僕を膝に乗せて、ぎゅうってする。
うんとやさしく背中をなでるは、僕が緊張するがわかるから?
「ひな、どうしたの、」
「今日の演習でどうしてもやりたいことがあるんだと、」
「何、」
「まあ、見守ってやってよ。1人で頑張りたいみたいだから、」
とやは心配の顔で僕を見るけど、僕は緊張しているから、今はおしゃべりできない。
僕がまた学院に通うようになって、3回目。
春に初めて通った時から、やりたかったことがある。
僕は混乱してできなかったけど、また通い始めたらやっぱりやりたいがあって、 しおうとあじろとはぎなとあずまとみずちに相談した。
大丈夫だよ、ってみんな言ったね。
あずまとみずちと、毎日練習もした。
しおうは、僕が不安になるたび、いっぱい聞いて甘やかしたよ。
はぎなもね、いつもは午後の授業から一緒だけど、今日は演習も見守るって。
「大丈夫、大丈夫、」
演習が近づくたびにがちがちになってく僕の体を、しおうはずっとなでた。僕が我慢できなくて泣いたら、いっぱいちゅうもして、怖いを小さくしてくれる。
とやはずっと心配の顔。ごめんね。
ちょっとずつ学生が増えてきた。
僕としおうを見たらぺこりってお辞儀して、みんな好きな席に座っていく。
「日向、」
うんとやさしくしおうが僕の名前を呼んでお腹をなでる。
それと一緒に、心臓がばくばくして、お腹がそわそわした。
来た。
どうしよう。
しおうが僕を膝から降ろす。
もう少しぎゅうってしたかったのに。まだ怖いがあるのに。できないかもしれないのに。
どうしよう、ってしおうを見たら、大きな手が僕の顔を包む。
「大丈夫、日向ならできるよ、」
しおうの顔が近くなって、額がくっついた。うんと近くで紫色の目が僕を見て、大丈夫だよ、って何回も言う。
「…できな、かったら?」
「そしたら戻っておいで。どうしたらできるようになるか、また一緒に考えるから、」
「…いる?」
「ちゃんとここにいる。見てるから、無理だと思ったら俺を呼べばいい、」
「うん、」
紫の目。やさしくて、綺麗で、うんと強い。
その目でしおうが僕をじーっと見るから、僕のお腹のそわそわは、少しだけ小さくなった。
「行っておいで、」
ぽんって、しおうが背中を叩く。
僕は叩かれるが怖いから、いつもは嫌なのに、今日はなんだか違うね。
しおうがぽんってしたところが温かくて、しおうがいる感じがして、安心した。
くるって回って、歩いたよ。
机と椅子と鉢が並んで、学生が座る間を、僕はとことこ歩く。びくりした学生たちがぽかんの顔になって僕を見たけど、僕は今、それどころじゃない。
歩いて、三つ隣の机の前で、止まった。
緊張で心臓がばくばくする。
でも、あずまが後ろに着いてきた。しおうは向こうで見守ってる。隣でとやは心配してる。姿は見えないけど、はぎなもいるね。
みんなの気配が、僕の背中を押す。
「三つ葉の、ご子息、ですか、」
「え、」
茶色の目がびっくりして僕を見る。眼鏡の中で目をまん丸にして、何?って。
聞こえなかったかな。
頑張ったけど、僕は声が小さいから、聞こえなかったかもしれない。
「三つ葉の、ご子息、ですか、」
「え、は、はい、」
三つ葉の人は、ガタガタって、椅子から転げ落ちるみたいに立った。
茶色の髪と茶色の目で、あじろのより細い眼鏡をしてる。くりくりした髪が学院のあちこちにいる犬みたいで、いつか触ってみたいと思った。でも、今はちがう。
「尼嶺(にれ)の、ひなた、です、」
「あ、はい、知って…いや、すみません。三つ葉の稲苗(さなえ)と申します、」
「ご挨拶をお受けしました。僕、お願い、があります、」
「は、い?」
三つ葉の人は僕よりうんと大きいから、僕より視線を低くするために、膝をついてくれた。
僕は尼嶺の王子で、紫鷹の番いだから、三つ葉より身分が高いって、はぎなが教えたね。だから、僕が話しかけたら、身分が低い人はそうするんだって。
僕は、とややあじろみたいに話したかったけど、最初はそうする決まり。
「一緒に、演習やっても、いい、ですか、」
「え、」
くりくりした髪が、びっくりして逆立ったみたいに見えた。
いつのまにかしんって静かになっていた周りから、ごくりって唾を飲む音がする。
ダメかな。みんなは大丈夫って言ったけど、ダメかもしれない。
三つ葉の人は、すごく苦しい顔になって、困ってる。
生態学のみんなは、いつもやさしい顔で僕を見るけど、学院の全員がそうじゃないを僕は分かるよ。
尼嶺は最近ぶっそうなんだって。だから、尼嶺から来た僕も悪いことをしに来たんだってうわさがある。僕がへんってうわさもたくさん。
だけど、僕は初めて演習を受けた日から、ずっと言いたかった。
「あの、ね。三つ葉の、人の、学習帳が、すごくて、びっくりし、ました、」
「学習帳、ですか、」
「最初の、ね、ざくろ。僕は芽がでて、初めて芽を知ったけど、三つ葉の人の、学習帳は、全部書いた、ね。」
「はあ、」
「うららにいっぱい、質問もした。太陽と、水と、土が変わったら違うを、三つ葉の人は、全部やってる、を僕は知ってる、」
教室中で一番分厚い学習帳をいつも持ってるね。
そこにびっしり植物が描いてあるが見えて、僕はわくわくしたよ。
演習でざくろをやった時、三つ葉の人はすごく楽しそうだった。みんな、僕としおうが来てびっくりしてたのに、三つ葉の人は演習が始まったら真剣になって、茶色の目をきらきらしながら、ざくろの鉢を作ったね。
僕は混乱してすぐに学院に通えなくなったけど、ずっと覚えてたよ。
「だから、ね。僕は、三つ葉の人と、一緒に、演習が、したい、です、」
一生懸命話したけど、僕はしゃべるが上手じゃないから、三つ葉の人に伝わったかわからない。
茶色の目が細い眼鏡の奥で、きょろきょろってした。眉のところがぎゅって寄ってるのは、困ってるからかな。
僕は三つ葉の人の演習や学習帳が見たくて声をかけたけど、僕は一人でできないから一緒にやるは、嫌かもしれない。
膝が、またぷるぷるした。
しおうがぽんってしたところに、温かいを探すけど、そろそろなくなる。代わりに左胸のあおじをなでて、お腹のそわそわを我慢した。
「…か、」
「なあ、に、」
「で、殿下は、…お怒りになりませんか?」
でんか。
しおうとすみれこさまは、殿下って呼ぶ。たまに僕も。
「しおう?」
「え、はい、あの紫鷹殿下が、お怒りにならないので、あれば、俺、…いや、私は喜んで、」
何でしおう?
困ってあずまを見たら、あずまはちょっと笑ってた。
「しおうは、怒らない、」
「そうですか。あの、嫉妬されると、」
「嫉妬は、する、」
ひぃ、って小さく声が聞こえて、三つ葉の人は顔色が悪くなる。
どうしよう。ダメだったかもしれない。
お腹のそわそわが大きくなる。あおじをぎゅって握ったけど、真っ直ぐ立つができなくなってきた。歩いて、くるくる回って、そわそわを逃がしたい。
「ひっ、あの、泣かないでください。」
「泣か、ない、」
僕が泣いたら、三つ葉の人は困るって、僕は分かるよ。
ぐって、目にいっぱい力を込めて、手をぎゅうって握って、我慢した。
そしたら、三つ葉の人は言った。
「あの、やります、一緒にやりますから。」
茶色の目をくりくりして、いっぱい汗をかいて、困った顔をしてるけど、でも言った。
「本当?」
「はい、あの、どうぞ、こちらに。いや、俺がそちらに行きますか、あの、え、っと、ひっ」
泣かないって我慢したのに目の力を抜いたら、涙が落ちた。僕は泣き虫。
やっぱり三つ葉の人は困って、ひーって、悲鳴を上げておろおろする。ごめんね。
涙を隠したくてこすろうとしたら、あずまが止めた。
僕の代わりに拭いて、小さく、もう少しだから最後まで頑張りましょう、って言う。
「僕の、名前、ひなた、です、」
「ひ、日向様、」
「僕と、しおうの、とこで、一緒に、」
「は、はい、」
「僕、できないが、あるけど、邪魔、しない、から、お願い、します、」
「こ、こちら、こそ、お願いいたします、」
「三つ葉の、人は、さなえ、って呼んでも、いいですか、」
はい、ってさなえが頷いた。
手を出したら、さなえはびっくりして固まった後、バタバタって分厚い学習帳と教科書をかばんにつめこむ。
僕が手を伸ばしたまま待ってたら、すごくすごく困った顔をしたけど、握ってくれた。
さなえを引っ張って、来た道を歩いた。
ちょうどうららが来て、目をぱちぱちさせたけど、すぐににこにこ笑う。
学生たちは、ずっと静かに見てた。僕より緊張してるは何で。
「しおう、さなえ、」
「うん、」
うんとやさしい顔で、しおうは笑った。
でも僕を抱っこするより先に、さなえを見て、ぺこりって頭を下げる。
「俺の婚約者が我が儘を言って申し訳ない。」
「ひ、いえ、」
「一応、日向は聴講と言う扱いだから、俺と同席してもらうが、同じ学び舎で学ぶただの学友だ、畏まらなくていい。こちらの都合に巻き込んで悪いな、」
かちかちに緊張したさなえに、しおうは自分の名前を言った。
さなえも名前を言ってこたえる。
これで、かんりょう。
学院ではみんな自由に話ができるけど、宮城では違うんだって。だから、身分が高い人たちは、こういう決まりを守る。
「さなえ、こっち、」
しおうの隣の席にさなえを引っ張った。さなえはかちかちになったけど、とやが、どうぞ、ってやさしい顔をしたら座る。
「お前はこっちな、」
僕のお腹をしおうがつかまえて、膝に乗せた。
ぎゅうって強く抱いて、よく頑張ったな、って耳のところで言う。
うん、って頷いたら涙が落ちて、それをしおうがぬぐってくれた。
学院に来たらね、学生がたくさんいた。
一人もいるけど、みんな誰かと一緒に勉強したり、おしゃべりしたり、ご飯を食べたりする。
学生はね、それが普通って、僕はわかったよ。
僕も、普通がやりたかった。
さなえ。
茶色の目をきらきらする学生。
僕のとなりに座ってくれた。
「…日向、後でいっぱい褒めるから、演習は頑張れるか、」
「ぅん、」
「みみずが出たらお前の仕事だからな。頼むぞ、」
「ぅん、」
僕はちょっと疲れてしおうのお腹でぐったりしたけど、しおうは笑って僕を座り直す。お腹をいっぱいなでて、偉かったな、って言いながら、頑張れ、も言った。
僕のとなりで、さなえが緊張してる。とやが話しかけるけど、上手に返事ができないくらい。ごめんね。
うららの声が聞こえてるかな、って心配になった。
でも、演習が始まったら、やっぱり目がきらきらしたね。
茶色の目がきらきらして、綺麗だった。
あじろみたい。
みみずを話す時のうららも似てる。魔法を研究するときのなかつのも。
ご飯を作る時の料理長も、庭の世話をするいぐもも同じ目をするよ。なかつのの話を聞くときのとやも。
いきいきしてる、って言うって、しおうが教えた。
みんな、大好きなものがあって、夢中だって。
かっこいいね。
きらきらするね。
いきいきするが、僕は好き。
「…日向、俺の鉢も見て。お前はこっちをやるの、」
「しおう、嫉妬、」
「そ。俺が嫉妬したら稲苗が怖がるだろ。だから、嫉妬させないように頑張ってくれ、」
「わかった、」
ひい、って悲鳴がした。
さなえがまた緊張したから、僕は頑張る。
「しおうは、ね、僕を見るが、1番きらきらする、」
「…何だ、それ、」
「だから、簡単、」
「うん?」
はは、ってとやが笑って、さなえがぽかんってした。
あちこちで、学生が笑う。しおうと僕が仲良しが、可愛いって。
いいね、しおう。きれいがいっぱい。
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平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。
めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。
その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。
⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる
⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない
※全四話、予約投稿済み。
本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。
※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中