第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

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第弐部-Ⅲ:自覚

139.紫鷹 一つ目の自覚 

「日向様、それはさすがに重いでしょう?私がやりますから、こちらをお願いします、」
「いましたよ、日向様!大きいセミです!」
「わー、日向様、それはダメです!かぶれますから、」

森のあちこちで、日向を呼ぶ声がする。
その声の中心で、黄色い麦わら帽子を被った日向は、淡々と土を掘ったり木の皮を剥いだり石を持ち上げたりして、虫を探した。

「…いいの、あれ、」
「俺のために、誰よりも多く虫を見つけるらしいぞ、」
「いや、まだ調子が戻ってないんだろ。ひな、無理してないか、」
「無理はしてるよ。でも、やるんだと。せっかく欲が出てきたんだから、好きにさせたい、」

今朝、目覚めると、すでに学院へ行く準備を整えた日向がソファに座っていた。
相変わらず寝癖はひどいままだったが、顔も洗って、服も着替え、鞄と帽子を着けて、俺を待っていた。

覗き込んだ顔は、ほとんど感情のない白い顔だったのに。
俺が起きて声をかけると、学院に行くんだと言った。

日向は俺のものだから、俺と一緒にいるんだって。
それが嬉しくて、日向を抱いている方が俺は帝国史で集中できるんだよと言ってみると、信じた日向は講義の間中、俺の腕の中でぼんやりしていた。
今は俺の成績のために、重たい体を押して森の中を歩き回っている。


「日向様、これは蔦漆(つたうるし)です。葉に毒がありますから、素手で触ると炎症を起こします。かぶれると痒いし痛いし大変なので、触れてはいけません、」


ぼんやりと大木をみあげた日向の前で、稲苗(さなえ)が言う。

日向が選んだ学友だ。
演習が始まる前に挨拶にきた時は、日向の顔から表情が欠落しているのに驚いた様子だったが、森に入った後は何も聞かずに日向と演習を回ってくれた。
黄色い麦わら帽子の前に屈んでいるのは、蔦漆に手を伸ばそうとする日向を遮るためだろう。

豊富な知識を生かして、東(あずま)と同じかそれより早く手を回して日向の世話を焼いてくれるから、正直助かる。

「………ちょうちょ、」
「ああ、蛾を見つけたんですね。あの蛾の幼虫は、蔦漆の葉を食べるので、もしかすると卵を産みにきたのかもしれません、」
「………食べる?」
「人間には毒でも、あの蛾の子どもにはおいしいんでしょうね。どんな仕組みで毒を栄養に変えているか不思議です。」
「………観察、」
「はい。危ないので記録だけ取って、後で色々調べてみましょう、」

水色の頭が、重たげに振り返って俺を見る。
日向の鞄は俺が預かっていたから、手帳を出せと言うことだろう。あと、椅子になれ、もあるかな。

「どこにいんの、」
「………上、」
「えー…と、葉の間に隠れて見えずらいんですけど、枝の下で蔦が絡まったところに、白いのがいます、」

日向を抱き上げて、どこだ、と問う。
日向も稲苗も上だの下だの言うが、俺には葉以外には何も見えなかった。
こいつら、どういう目をしているんだ。俺だって目は悪くないはずなのに。

「どこ、」
「………あっち、」
「あっちじゃ分かんないよ。近づいてみるから、教え」

「「「「ダメですって!」」」」

うん、と頷きかけた日向が、驚いたように腕の中で跳ねた。
見下ろすと、日向が水色の瞳を大きくして俺を見る。きゅっと小さな手が俺の服を握っていた。

驚きすぎて、目が覚めたか?
ぼんやりしていたはずの顔が、急にはっきりとしたものになって驚く。

それと同じくらい、学生たちの剣幕にも驚いたが。


「何で毒があるって言うのに、突っ込んで行くんですか!」
「植物の中でも最強クラスの毒性ですよ!」
「近づくだけでかぶれる人もいるのに!避けこそすれ、近づく人がいますか!」
「森に入るなら、蔦漆には近づかない!これ、鉄則!」


4人の学生が、俺と蔦漆の間に割って入り、俺と日向を叱る。
実際のところ、叱られているのは多分俺だが、日向は俺のものだし、同意しかけたのは事実だから一蓮托生だ。
2人して、ぽかんと口を開いて、4人の学生を見た。

本気で憤慨したように彼らは言う。

稲苗は、幼少の頃に山で遊んで、知らずのうちに顔から足までかぶれて大変な事になったらしい。
若葉(わかば)と萌葱(もえぎ)と言う双子の女学生は、蔦漆を触った手で目を擦って、ほとんど一週間瞼が開かなかったのだと、顔色を悪くして訴えた。
生態学の教室で日向の次に小さな利狗(りく)は、その小ささ故に蔦漆の薮に体丸ごと落ちて、散々な目に遭ったのだとか。


「それを、日向様にですって?信じられません!」


最後にそれを言ったのは若葉だと思うが、4人の勢いに圧倒されて、定かじゃない。
彼らを稲苗が連れてきたのは、つい1時間前だ。野外演習ではいつも班を組む仲間だと言うから、紹介を受けた。その時は、恐縮しているという風に縮こまっていたのに、森に入った途端、お前ら全員豹変したな。

圧倒され、ぽかんと口を開いて固まる俺たちを、藤夜の苦言が解く。

「紫鷹、お前が悪い。ひなにはいつも触る前に東に聞けと言うだろ。忠告を無視したのはお前だ。謝っときな、」

言われて、それもそうだと思った。
危うく日向をやばいものに近づけるところだったわけだ。

だが、藤夜の声に我に帰った4人は、顔色を無くして悲鳴をあげた。

「ひぃ、皇子殿下に謝らせたと知られたら、父上に叱られます、」
「「ごめんなさい、ごめんなさい、調子に乗りました」」
「わー、日向様、泣かないでください。ごめんなさいぃいい、」

「…いや、悪い。俺たちが無知だった。蔦漆はまずいんだな?」


日向は泣いてはいないが、体が硬くなっていたから、背中を撫でた。
撫でながら頭を下げると、学生たちからまた悲鳴があがる。

そんな風に悲鳴をあげるくせに、まずいですぅう、と叫びながら蔦漆の毒を語るから、新鮮だなと思った。

同年代の学生とこんな風に同じ目線で話をするのは、藤夜以外にない。いつも、こちらの機嫌を伺って、取り入ろうとする魂胆が見えていたから辟易して遠ざけてきたが、何かいいな。

日向が、好きなものに熱中して瞳をきらきらさせる人がいい、と言った理由がわかる気がした。


「演習をとって置いて何だけど、俺は森や生き物には詳しくないんだ。そう言う風に教えてもらえると助かる。」

「……あの、不敬罪、とか、」
「ないよ。学院の中では俺もただの学生だ。学べるなら、お前達からだって学ぶ、」
「あああああ、ありがたいお言葉!」
「だから、畏まらなくていいって。お前たちをどうにかしたら、日向に叱られる、」


なあ、と水色に同意を求めた。
けれど、見下ろした瞬間、小さな体が腕の中で震えだす。


「日向?」


顔を覗き込んで、ギョッとした。

4人の学生が再び悲鳴が上げて崩れ落ちたのは、日向が本当に泣き出したからだ。
見下ろすと、俺の腕の中で、水色の瞳からポロポロと涙をこぼしていて泣いている。

感情を奥底にしまって、泣くことができなかった日向が。


「日向?何か怖かったか?」


問いながら、そうじゃない、と思った。

怖いとか、不快だとか、そういう涙じゃない。
痛かったり、悲しかったり、辛かったりしたわけでもない。

日向の心を溶かすのは、もっと温かいものだ。


「…嬉しかった?」


そう尋ねると、黄色い麦わら帽子の下で、白い顔がくしゃりと歪む。眉を寄せたかと思うと、大粒の涙が水色の瞳から次から次に溢れて止まらなくなった。
徐々に喉の奥から嗚咽が漏れて、ついには、うー、と唸り出す。

崩れた学生たちは、ほとんど恐慌状態に陥っていたが、それは藤夜に任せた。
後で謝罪も感謝もするから、今は日向の世話を焼かせてほしい。

日向から、涙が溢れた。その意味の重さを俺も、藤夜も、東もよく知っている。


「………僕、いらない、のに、」
「でも、嬉しかっただろ?嬉しいときは、嬉しいって言って良いんだよ、」


「…………………うれ、し、い、」


そうだな、と頷くと、日向は声をあげてわんわんと泣き出す。
その小さな体を抱き締めて、俺の中にも、叫びだしたいほどの喜びが溢れているのを感じた。

泣けたな、日向。
嬉しいと言う感情が分かったな。

尼嶺の記憶が日向を襲ったとしても、日向の中には、離宮に来てからの記憶だって、ちゃんとある。
嬉しい時に、ふわふわするのを、日向はちゃんと分かるよな。
学院に通えて嬉しかったのも、森に入るのがワクワクするのも、ドキドキしながら稲苗に声をかけたのも、学院で初めて友人ができて嬉しかったのも、全部日向の記憶の中にはあるはずだ。

「叱られて、嬉しかったな?」
「…………うん、」
「稲苗も、若葉も、萌葱も、利狗も、お前が怪我するのが嫌だから、叱ったんだよ、」
「………うん、」

えぐえぐと喘ぐ合間に、日向は何度も頷く。


「日向がどんなに嫌になっても、日向はみんなの大事な日向だ、」


うん、と返した声は声にならなかったけれど、俺は力いっぱい日向を抱き締めていたから、日向が頷いたのが分かった。


わかるな、日向。
みんな、お前が大事だ。


稲苗は、今日もお前のために古い学習帳を持ってきただろう?演習が始まってからは、自分の課題だってあるのに、ずっとお前の心配をしてた。

若葉がお前の代わりに岩を持ち上げてくれたのも、萌葱が足場の悪い場所で手を貸してくれたのも、利狗が走り回って珍しい虫を見つけてくれたのも、みんなお前といられるのが嬉しいからだ。

身分の違いであんなに恐縮する4人に俺たちが叱られたのは、その壁を超えてでも守ろうと思えるほど、日向が大事だからだ。


尼嶺が日向にどんな仕打ちをしたのだとしても。日向の体がどう変化したとしても。


日向の価値はなくならない。


「大好きだ、日向。」


たとえ日向が自分を疎んでも、俺たちはみんな大好きだよ。
たとえ日向が自分自身の価値を見出せなくても、いつだって宝物だ。
たとえ日向が自分を見失っても、俺たちはいつもお前を見てる。


森の中に響いた泣き声に困惑した学生たちが、遠巻きに見守っていた。
泣き続ける日向の背中を撫でながら、後できちんと謝罪と感謝を述べなければならないな、と思った。


日向が俺のものであるように、俺も日向のものだから。
日向が誰かを困らせたら、俺がケジメをつける。
そうやって一緒に生きていきたいくらい、日向は大事なんだよ。


ひとまずは、今そこで真っ青になっている日向の友人に、礼を伝えようと思った。

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