第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

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第弐部-Ⅲ:自覚

132.紫鷹 誇りと安心

部屋のソファで萩花(はぎな)と東(あずま)と話していると、日向に頭突きをされた。

脇腹に刺さった水色の頭を見下ろす。
子猫のパンチほどの威力しかないから痛くはないけれど、いつもはこんなことしないから驚いた。

「何だ、どうした、」

風呂で洗ったばかりの柔らかい髪を撫でてやると、刺さった頭はそのまま膝に落ちる。だが、何も言わない。
ついさっきまで、遊び場で楽しそうに宇継(うつぎ)と話していただろう。今日は学院で初めて自分から学生に声をかけたんだって、興奮していなかったか。

何か怖かったか、と聞くと、膝の上で小さな水色は首を横にふる。
そのくせ、撫でた背中は少し固まっていたから、やはり何か不安だったのだろう。

何だ、どうした、と俺の中に不安がもたげた時、ーー恐ろしく可愛い返事が返ってきた。


「……ほめる、やくそく、」


少し震える小さな声。
不安を隠しきれていないのに、何か可愛いことを言っている。


「うん?」
「……あとで、いっぱい、ほめるやくそく、」
「何、待ってたの、」


ぐりぐりと膝に水色の頭が突き刺さった。
何だ、この可愛い生き物。

確かに、言ったな。
今日の日向は、初めての挑戦をした。ずっとやりたかったことを、何週間もかけて準備して、ガチガチに緊張しながらもやった。
だから、たくさん褒めると、確かに約束した。

ただ、演習の後も日向が稲苗(さなえ)を質問攻めにして離さなかったのと、午後の個別授業が終わると力尽きて眠ってしまったのとで、後回しになっていたが。

「……まだ?」

泣き出しそうな声が、膝に埋まった頭から聞こえた。

起きて夕食を食べて風呂に入った後、甘えるつもりだったのかもしれない。
だけど、日向が風呂から出て来た時には、俺はここで萩花たちと話し込んでいた。
そう言えば、風呂からでた日向が、出たよ、と報告に来たのを覚えている。頭を撫でたら、すぐに遊び場でコロコロと転がっていたから気にしていなかったが。


胸の中に、温かいものが広がって、すぐに熱くなった。
今すぐ日向をデロデロに甘やかしたい。


「続きは明日でいいか?」
「ええ。細かいところは、こちらで詰めておきますので、また明日、」
「悪いな、」
「いえ、今日は忙しかったですから、殿下も日向様もそろそろ休みませんと、」

くすくすと萩花が笑う。
その隣で、東は無言で書類を片付け出し、早く行けと視線だけで言った。
良いってさ、日向。

「おいで、日向、」

膝に埋まった水色の頭を撫でて、小さな体を抱き上げると、細い腕が首に巻き付いてくる。耳元で、すんすんと鼻を鳴らすのが聞こえて、随分と我慢していたんだなあと理解した。

ごめんな、もっと早く気づいてやるべきだった。
だけど、そんな日向が可愛くて、興奮してる。それも、ごめん。

「…しごと、」
「今日は終わり、」
「…僕のせい、」
「お前が来てくれなきゃ、いつまでも終わらなかったから、ちょうど良かったよ、」
「…我慢、でき、なかった。ごめん、ね、」
「そんな我慢はしなくていいんだよ。甘えたい時はいつでもおいでって、言っただろう?」

肩のところが温かくなった。
ぐずぐずと本格的に泣き出した日向に、何度も、いいんだよ、と言って寝室に連れていく。

「体、少し固まってるな、」
「しお、が、来ない、から、」
「うん、ごめん。俺が約束したのになあ、」
「僕、怖く、なるから、ちゃんと、ほめて、」

うーと唸り出した日向を抱きしめて、ベッドに上った。
ごめんな、と本心から思うのに、可愛いことばかり言うから、俺の中の熱を抑えるのに苦労する。
その熱に飲み込まれないように、小さな背中を撫でながら、何度も首筋に口づけて、今日1日の日向の頑張りを思い出した。

「朝、1人で準備して偉かったな。起きたら、鞄を下げた日向が座ってるのが、可愛かった、」
「髪、できな、かった、のに、」
「他はできただろ。お前の寝癖なんて可愛いだけなんだから、いいんだよ。俺がやるって言うのに、水蛟(みずち)も宇継も頑なに譲らないのはそのせいだろ、」

今朝の日向を思い出せば、それだけで幸せになる。
だけど、日向はまだできない自分を全ては受け入れきれないから、できなかったことに固執して自分を責めるんだよな。
できない自分はいらなくなるという恐怖は、まだ日向の中から完全に拭いきれてはいない。

だから、日向が自分を褒められない分、俺が褒めると約束した。


「日向が学生の間を通って稲苗のとこに行くの、感心したよ。足震えてただろ。でもちゃんと歩いて行った。声をかけるのだって怖かったのに、よく頑張ったな、」
「僕、泣いた。…さなえ、困ったよ、」
「泣いたけど、ちゃんと名前を言えただろ?俺のことも紹介した。稲苗の方が身分が低いから、そうしてやらないと稲苗はもっと困ったよ。」
「もっと、上手に、した、かった、のに、」
「上手だったよ。俺は誇らしかったもん。俺の日向ができたぞ、ってあの場にいた全員に自慢したかったよ、」


知ってるか、日向。
お前が稲苗に俺を紹介しただろ。あれは、ただ俺を紹介したんじゃない。
お前が俺の伴侶として、稲苗に帝国の皇子を引き合わせたんだ。
あの場にいた学生も、後で聞いた者も、多分皆それを理解したよ。

俺の日向が、俺の伴侶としての立場を、自分で示したんだ。


「立派だった、」


そう囁いて、小さな体を強く抱きしめた。
俺の番いは、ようやく納得したように頷いて、体の強張りを解いていく。

不安で動けなくなる前に、俺のところに来たな。
それも偉かったよ。


「日向を寂しくさせたお詫びをしなきゃな、」
「おわび、」


肩に埋まっていた水色の頭が、重たげに動いて俺を見る。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃだなあ。それが可愛くて、興奮する俺も大概だが。

「何でもする。こっから先、俺の全部を日向にあげるから、好きにしていいよ、」

水に濡れた瞳が、きょとんとして瞬いた。
それが俺の中の熱をまた燃やして、衝動的にさせる。たまらず、ぐちゃぐちゃの頬に口付けた。

「ぜんぶ、やる?」
「うん、何がしたい?」

ぎゅうが欲しいと言うだろうか、あるいは、ちゅうかな、と下心があったのは認める。
最近の日向は、不安になると固まる前に甘えることを覚えた。だからいつものように、愛情を確かめるみたいにデロデロに甘えてくれるんじゃないかって期待したんだ。

だけどなあ、俺の番いは、いつだって俺が思う何倍も可愛い。


「僕が、えらかった、って、書いて、」


今度は俺が目を瞬かせて、小さな王子を見る番だった。

「…日記?」
「ぅん、」

2人の日記。
俺と日向の毎日を記していこうと、2人で決めた。

「そんなんでいいの?」
「…書か、ない?」
「書くけど。日向はもう今日の分を書いたんだろ?」
「しおうが、書く、」
「うん、書くけども、」

「しおうが書いたら、僕が、えらかった、っていつもわかる、」

俺がいない時、怖くなったら見るんだと、日向は言った。

「手紙、書かない、かわり、」
「…お前の宝物な、」

隠れ家にある小さな宝箱に、俺の手紙が大事にしまわれているのを知っている。
日向と直接話せるようになって、手紙は書かなくなったけど、そうか、あれがそんなに大事だったか。

日向への詫びのつもりなのにな。
まるで、俺への褒美だ。

力の抜けた体を抱き上げて、窓辺に設えた文机に連れて行く。まだぐすぐすと鼻を鳴らす日向を膝に抱えたまま、日記を開いて、俺のありったけの言葉を詰めて日向の頑張りを讃えた。

「可愛い、は、いらない、」
「何でだ、いるよ。日向が可愛いのは本当だろ、」
「可愛く、ない、」
「お前以上に可愛いものがあるか。日向は可愛い。」

俺の書いた記録に不満を言うくせに。
水色の瞳を真っ直ぐ覗いて告げると、紅潮した頬がもごもごと動いて照れる。

そう言うのが全部可愛いんだよ。
日向が可愛いと言われるよりも、格好いいと言われたがっているのは知っているけど、可愛いのは事実だ。一生懸命に頑張る姿は格好いいから、それも書いてやるけども。

「僕は、格好いい、」
「うん、かっこいい、」
「僕は、えらい、」
「偉いな。何もかも偉い、」
「りっぱ?」
「立派だよ。俺の誇り、」
「ぅん、」

小さく頷いた顔を覗き込むと、眉を下げてふにゃりと日向は笑った。
やっと笑ったな。
まだちょっと自信がなさそうなのが切ないが、それは俺がうんと甘やかして溶かしてやる。

「日記は書いた。他は?」
「ちゅうがほしい、…いっぱい、」
「もちろん、」

日記を閉じて、ベッドに戻った。
小さな体を布団に横たえて、触れられる場所全てに口づけを落としていく。
額、頬、鼻、口、首、手、足。
全部、俺のものだ。愛しい愛しい、俺の番い。


一日中頑張ったな。
初めてができたな。
その1日を、ただただ幸福なまま終わらせてやりたい。


口づけるたびに、小さな体はどんどん力を失くした。
時折名前を呼ぶと、気持ちよさそうに閉じていた瞳が開いて、ふにゃふにゃと笑う。

とろとろだな、日向。
褒めるのが遅くなってごめんな。不安にさせたのもごめん。
だけど、自分がどれだけ俺に愛されてるか、少しは分かったか?

「日向、」
「なあ、に、」
「偉かったな、」

うん、と笑った日向が幸せそうで、もっと幸せにしたくなった。

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