第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

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第弐部-Ⅲ:自覚

134.日向 SOS

「…た、日向!」

しおうの声がして、目が開いた。
なんだろうって、ぼんやり見たら、しおうの紫色が心配の色で僕を見る。

「…なあ、に、」
「うなされていた。また夢か、」
「覚え、ない、」

夢は見たかもしれない。
心臓がばくばくして、体が動かないから、多分、怖い夢。
でも、忘れた。

「足、いた、い、」
「うん、水蛟(みずち)が薬を持ってくるから、飲もうな、」
「飲んだら、大きく、なら、ない?」
「…日向、ただの痛み止めだよ、」

僕の前髪をわけて、しおうは僕の額に口づけをする。
うんとやさしい顔。でも困った顔。
僕は今、多分、おかしなことを言った。それが、しおうを困らせた。ごめんね。

みずちが、薬を持ってきて、しおうが僕に飲ませる。
痛み止め。足が痛いを良くする薬。
僕が大きくなるを止めてはくれない。


「足、痛むか、」
「ぅん、」
「俺の時もしんどかったよ。眠れない日もあったくらい、」
「しおうも、せいちょうつう?」
「うん、12歳くらいの時に一気に背が伸びたから、」


とやは今も時々あるんだよ、腹が立つな、ってしおうは笑う。
しおうは、とやより小さいが悔しいもんね。もっと大きくなりたいって、いつも言う。
僕も大きくなりたかった。
でも、今は嫌だ。

「起きる、」

体が動かないから、 しおうに言ったら、しおうはまた笑って、僕を起こす。

「何がしたい?」
「隠れ家、」
「…何で、」

笑ってたしおうの顔が、少し怖い顔になった。
ごめんね。

「まっすぐ、伸びるは、隠れ家は、良くない、っておぐりが教えた、」
「…それで何で隠れ家に行くんだ、」
「大きく、なら、ない、」

くしゃ、ってしおうの眉が下がって、目が泣きそうにゆがむ。
また、変なことを言った。
ごめんね、しおう。僕はおかしい。


何日か前に、朝起きたら、白いのが出てた。


白くて、苦くて、ベタベタする、きたないやつ。
かげろうが、僕を痛くする時にいっぱい見た。
それが、僕も出た。

しおうがいっぱいちゅうをして、ふわふわになって、気持ちよく寝たのに、腰とお腹がむずむずした。目が開いたら、白いのが出てて、僕はぜつぼうした。

しおうは、僕が成長した印だって。
男なら誰だって通る道だよ。大人になるんだよ、って言った。

でも、僕はいらない。
白いのは、いらない。
僕もかげろうになるなら、大人にならない。

でも、次に起きたら、また出た。
僕は、ぜつぼうして、何だかずっとおかしい。


「日向、聞いて、」
「…きか、ない、」
「日向、」


ぎゅうって、 しおうは強く抱っこする。
前はしおうのぎゅうが、大好きだったのに。何も感じない。

そわそわもふわふわも、あるはずなのに見つからなかった。
体が固まってるから、怖いがあるはずなのに、わからない。
それと同じくらい、嬉しいも寂しいも悲しいも楽しいも、全部わからなくなった。
しおうが悲しい顔するのが嫌だ、はわかるから、全部じゃないかもしれないけど。


「日向、聞かなくていいから、ここにいて。頼むから、俺のそばにいてくれ、」


僕がおかしくなったから、しおうはうんと心配するね。
学院も宮城も行かないで、ずっといるけど、いいの?しおうはまだ子どもだけど、皇子だから忙しいって僕はわかる。

大丈夫だよ、いなくていいいよ、って言おうとした。
けど、それは嫌が分かった。
しおうがいないと、僕は多分、もっとおかしくなる。


「…しおうが、いるなら、いる、」
「うん、いて。俺はいるから、離れるな、」
「わかった、」


足が痛い、って言ったら、しおうは僕を抱っこしたまま足をなでた。
骨が伸びるんだって。骨がぐんぐん伸びて大きくなるけど、筋肉の成長はゆっくりだから、追いつけなくて痛くなるって、おぐりが言った。
僕は今、背が伸びようとしている。

いやだ。


「しおう、」
「…うん?」
「じっと、するが、いやだ。僕、動かない、のに、」
「いいよ、俺が連れて歩く、」
「どこか、行きたい、」
「どこがいい、」
「どこか、」

本当は痛いから動きたくない。でも、痛いは僕を大きくするせいがわかるから、嫌になる。
そわそわがあまりよくわからないけど、部屋を歩きたいのは、きっと怖いから。

僕の足をなでて、少し考えた後、しおうはみずちを呼ぶ。
いいよ、って笑って、出かけようか、って僕をみずちに着替えさせた。
しおうも着替えて、僕を抱っこして、いつの間にか来たあずまとらくだを連れて、僕を外に出す。

馬車に乗るかな、って思ったけど乗らなかった。
でも馬がいる。

「うま、」
「乗馬は初めてだな?」
「うまに、乗る?」
「そ、日向は俺の腹に乗ってたらいいから、散歩しよう、」

しおうが馬に乗って、僕を前に座らせる。
しおうのお腹に僕の背中が当たったら、しおうが紐を引っ張って、馬をぱかぱか走らせた。

ぱかぱかぱかぱか。
それが、ぽくぽくになって、また時々ぱかぱかになる。

風が吹いたね。
景色が歩くより早く動いて、僕はぼんやり木と空を見た。
あおじがぴーって鳴いてる。

どこに行くの、ってあおじが聞いたけど、僕はわからない。
わからないけど、どこかに行けるなら、どこでも良かった。

「うま、早いね、」
「怖くない?」
「わかん、ない、」
「そうか、」

雲が流れて、僕が知ってる離宮の森が見えなくなった。
広い原っぱを走ってたら、川があるよ、ってしおうが言う。湖みたいに遊ぶかな、って思ったけど、しおうはいい景色だな、って笑うだけで、僕を馬に乗せたまま連れていく。

ぱかぱかぱかぱか、馬で散歩した。
それだけ。

しおうは僕を連れて、あちこち馬で歩く。
太陽がお昼になった時に馬から降りて、かんべが持ってきたご飯を食べた。

しおうの膝でぐでんってなったまま。
いつもならちゃんと座りな、って叱るのに、しおうがは今日は僕のお腹をなでて何も言わない。
僕がおにぎりを持ったままぼんやりしてたら、しおうは、小さくしたおにぎりを僕の口に入れた。

あおな。僕が好きなおにぎり。
でも、味がしない。

「…お尻、いたい、」
「お前、肉が薄いからなあ。」
「しおうは、痛くない?」
「まだ平気かな。日向は、…食べたら、帰るか?」
「んーん、行く、」
「ん、了解、」

ちょうちょが、しおうの頭に止まった。黄色のちょうちょ。
しばらく紫色の髪でじっとしたけど、ひらひら飛んでく。

「何?」
「…ちょうちょ、」
「俺を見てるかと思ったのに、」
「しおうも、見たよ、」

そうか、って言って、しおうは僕の口にちゅうをした。
口の中が温かくなって、気持ちいい。でも背中がぞわぞわする気がして、嫌だった。
白いのが、出る気がする。

あの、きたない、ベタベタしたのが、僕の中にある。

嫌だ、って言おうとしたら、しおうの口が離れて、紫色がやさしく僕を見る。その目を見たら、嫌はお腹の中に消えてった。
米粒が付いた、ってしおうが笑うのを、僕はやっぱりぼんやり見てた。


ぱかぱかぱかぱか
ぽくぽくぽくぽく


しおうは僕を馬に乗せて、またどこかに連れてく。

「あそこで、よく藤夜(とうや)と魚を釣ったな、」
「つる、」
「イワナが取れるんだよ。塩焼きにするとうまい、」
「いわな、」
「図鑑にもいたろ。川魚。いつも食べるのは海の魚がほとんどだから、今度一緒に釣りにこよう。日向にも食べさせたい、」


おやつの時間は、はぎなが来た。
りんごとりんごのお茶を持って来て、僕がしおうの膝でぐでんってなったまま食べさせられるのを、優しい顔で見て、帰ってった。

おやつを食べたら、また馬に乗って原っぱを歩いた。
山が見えて、ギザギザの森が見えて、空が赤くなって、紫になる。


「そろそろ帰ろうな、」


一番星が見えたら、しおうが言った。

「帰ら、ない、」
「日向が来たいなら、また明日も来よう、」
「いや、だ、」
「日向、」

しおうがお腹をぎゅうってするから、ぼんやり見上げたら、泣きそうな顔で僕を見てた。
額にちゅうが降ってきて、ごめんなあ、って僕のお腹をなでる。

「離宮は嫌か、」
「んーん、」
「でも帰りたくない?」
「どこか、行きたい、」
「…どこ?」

「僕が、いない、とこ、」


紫色が大きくなって、怖い顔になる。
怒ってないって、僕はわかるよ。
僕がおかしなことを言ったせいで、しおうはうんと悲しくなって、そんな顔になる。

ごめんね、しおう。
でも、僕はどんどんおかしくなって、ぼんやりするのに、頭も口も変なことをずっと言う。


「どこかに、行きたい、」

「僕が、いない、とこに、行きたい、」

「大きく、なりたく、ない、」

「かげろう、に、なりたく、ない、」

「僕は、いらな、い、」

「いらなく、なりたい、」


いつもは静かなあずまの気配も変になるくらい、僕は変なことを言った。
でも、もう何が変で、何がおかしいか、僕はわからなくて、どんどんぼんやりする。

いなくなりたい、だけが、わかる。

お腹がぎゅうって苦しくなった。
いたい、ってしおうを見たら、怖い顔して僕を見てて怒ってた。何で。

「し、ぉ、」
「ダメだ、」
「いたい、」
「逃さないって、言っただろう、」
「しぉぅ、いたい、」
「日向が嫌だって言っても、俺は離してやれないって、教えたはずだ、」

ぎゅって、またしおうの手が強くなった。
ぼんやりしてたのが急にはっきりして、お腹がそわそわしてくる。
しおうの手を離したくてつかまえたら、馬が止まって、しおうはもっと僕を強く握った。

「し、ぉ、」
「俺は、日向が要る、」
「わか、る、」
「分かってない、俺は日向が要る。俺の傍にいろ、頼むから、」

お腹が痛かった。
しおうが、ぎゅうってするせいで、お腹が潰れそうになって、息が苦しくなる。

でも、いたいよ、ってしおうを見たら、ぽつん、って水が落ちてきた。


「頼む、日向。いなくなるな、」


暗くなって、顔は見えないのに、紫色がキラキラしてた。
涙がぽつぽつ僕の顔に落ちてきて、僕は泣いてないのに、泣いてるみたいに涙が伝う。

その涙が温かくて、キラキラがきれいだった。
それが、僕を溶かす。

しおう、泣かないで。
ちがうの、ほんとはちがう。


「……いなく、なりたく、ない、」


僕は、本当はわかる。


「しおうが、いるが、僕も、いい、」
「日向、それなら、」
「でも、嫌だ。しおうといたい、のに、しおうが、いないと、おかしく、なるのに、僕は、どこかに、行きたくて、いなくなりた、くて、くるしい、」


僕の目から涙が流れたけど、本当に僕のか、しおうのだったか分からない。


「たす、けて、」


いっぱい幸せだったのに、しおうと一緒にいろんなことをやる約束だったのに。
しおうといたかったのに。

僕は、僕がいらない。




「たす、けて、しおう、」




助けて。


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