第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

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第弐部-Ⅲ:自覚

154.紫鷹 未来を語る

離宮に帰ると、何やら一階が騒がしかった。

居住区域の二階と違って、一階は母上や俺の執務室がある他、離宮が担う役割の為の場所だ。
宮城の官吏が出入りしたり、国内外の賓客を迎えたりすることも少なくない。今は日向を迎えた影響で公の晩餐会や舞踏会は開かれないが、通常はそれも常だったから、いつもなら多少騒がしくても気にも留めなかった。

だが、どうもいつもと違う。
使用人が忙しなく行きかうだけでなく、普段は離宮の外で警護に当たる騎士や、姿すら見せない草がうろうろと歩き回っているのはおかしい。
しかもその様子が、どこか楽しげに見えて、藤夜と2人で首を傾げた。

「何か、既視感があるな、」
「ひながモグラを探した時も、こんな感じだったなあ、」

顔を見合わせて、互いに納得する。
案の定、騒ぎの中心と思われる辺りから、日向のはしゃぐ声が聞こえた。

「何してんだ、」
「あら、紫鷹さん、藤夜さん、お帰りなさい、」
「ただいま、戻りました。……日向は、」
「おかえり、なさい!」

日向の声がする方へと歩んでいくと、裏庭に面した部屋に、なぜか母上がいる。
晴海(はるみ)と萩花(はぎな)と、机に何やら広げて話し込んでいた。
そればかりか、騎士が設られた家具を運び出したり、床板を剥がしたりして騒がしい。使用人も部屋中を磨こうとあちこちで賑やかに働いていた。草があちこちで計測器を持ち出しているのは一体何だ。

日向は、と探せば、裏庭に通じたガラス戸から水色の頭がひょっこり覗いて、俺へと駆けて来る。
そのまま俺の腹に抱き着くから頭をなでてやると、甘えるように腹にぐりぐりと頭を突き刺したあと、ぱっと俺を見上げて笑った。
随分、機嫌がいいな。

「母上と何してたんだ、」
「すみれこさまが、僕たちの部屋、つくってくれる、」
「うん?」

部屋はあるだろう。
俺と日向の二人の部屋だ。
何の話だ。

「あじろと、観察、」
「……ああ、なるほど、」
「亜白さんがいらっしゃる日が決まったんですって。最近、日向さんにはお友達が増えたでしょう?皆さん、色んなものに興味があるようだから、亜白さんがいらしたら、一緒にお勉強できる部屋が必要かしらと思って提案してみたの、」
「ああ、それは、いいですね、」

羅郷(らごう)の従兄弟と、学院の四人の友人たちを思い浮かべて頷いた。
日向が選んだだけあって、誰も彼も生粋のオタクだ。
亜白は、放っておくと一日中でも裏庭の草の上で虫を探す。稲苗が混じったところで同じだろう。魚好きと釣り具好きの双子は、そればかりでなく日向と恋バナでも始めるかもしれないが、それはそれで厄介だから一部屋欲しいと思っていた。利狗(りく)は未だによく分からないが、あいつもまあ同類だろう。


「観察と、演習、できる部屋に、する、」
「そうしてくれ。流石に部屋に蛇を持ち込んで観察し出した時は、俺は気が遠くなったよ、」
「あはっ、しおう、怖がった、ね、」
「むしろ何でお前は平気なんだ、」
「あじろ、とね、離宮の虫、全部、つかまえる、やくそく!」
「……まじかあ、」

せめて毛のある生き物にしてくれないかなあ、とまた気が遠くなりかけた。
そう言えば羅郷の宮殿で亜白が世話している生き物たちも、おかしなのが多かったな。虫とか蜥蜴とか。だから変人王子なんて呼ばれるんだ、あいつは。

四人の友人が加わったら、この部屋がどんな物になるか想像するだけで恐ろしい。

だけど、日向があんまり嬉しそうに笑って跳ね出すから、そんな考えはすぐに霧散した。
元気になったな、日向。
お前がこんな風に笑うなら、それもいいかも知れないって、俺は思ってしまうよ。

「ここにね、机を置くの。あじろと、つかまえた生き物を、描く、」

俺の手を引いて部屋を回りながら、机には絵の具と色鉛筆をたくさん並べるんだとか、網と籠をいっぱい用意するんだ、とか言って希望を語る。

「本当はね、僕も虫が、飼いたい。でも、まだお世話が、できないから、ダメだって、はぎなが言った、」
「そうだなあ。生き物だからな、ちゃんと世話できないとな、」
「あじろに、習う。いつか、僕も、飼うに、なる、」
「……いつかな、」

よく言ってくれた、と萩花を見ると、萩花も少し困った顔で頷いて見せる。
相当強請ったんだろうな。

「植物はいい、って言うから、ざくろもここに置く、」
「温室じゃなくていいの?あそこが一番日当たりがいいんだろ?」
「ひかく、じっけん、」
「難しいこと、言うなあ、」

おそらく稲苗の真似をしたいんだろう。
感心して見せると、日向は少しふんぞり返るように腹を出して、自慢げにした。
可愛いな。

「あじろはね、ろんぶんも書く。あじろが、けんきゅうできるように、僕は、じょしゅをやる、」
「へえ、」
「ここは、あじろの、けんきゅうじょ。こっちに、じょしゅの、つくえ、」
「日向が助手を務めるなら、亜白の論文には、日向の名前が載るかもなあ、」
「うん!僕も、えらくなる!」

まだ机も運びこまれていない、がらんとした部屋だ。
それでも、そこで亜白と机を並べて熱心に虫や獣を観察しているのを想像したら、少し目頭が熱くなった。


未来のことが、考えられるようになったのか。
これまでは今を生きることに精一杯で、日向の口からは、未来の自分を語る言葉は聞けなかった。
例え近い未来であっても、日向の口から出たことに意味がある。

未来を、生きるんだな。日向。


「亜白が来たらね、晩餐会もする、」
「宴じゃなくて?」
「亜白さんとは、前にも晩餐会をしたから、同じがいいんですって。テーブルマナーを覚えたいそうだから、紫鷹さんもちゃんと教えてあげなさいね、」
「僕だけ、おかゆ、だった、」
「なるほど、」

そうか。
日向の初めての晩餐会は、亜白がいた頃か。
魔力の制御がうまくいかず胃を悪くしていたから、食事はほとんど摂れなかった。

「おぐりがね、僕は体重が足りないから、もっと食べなさい、って。」

そういえば今日は診察の日だったな、と思い出す。
見ると日向は、両足を踏ん張って地面に四股を踏むように足を鳴らした。多分、自分だって重いんだぞ、と示したいんだろう。それが分かるから、たまらず笑った。

「しおう、笑わない、」
「いや、笑うよ。そんなことしても体重は変わらないだろう、」
「料理長が、とっておきを作る、やくそく。僕はいっぱい、食べる、やくそく!」
「ははっ、いっぱい食べて太ろうな、」

笑いすぎて、涙が出そうだ。
日向は拗ねたようにするが、俺は嬉しくて楽しくて笑わずにいられないよ。
胸の中が熱くて、涙を誤魔化すのが大変だった。

「身長は、伸びた、のに、」
「どれくらい?」
「3センチ。離宮に来てから、6センチも伸びた!もっと、大きくなるって、おぐりは言った!」

今度はぴょんぴょんと上に跳ねて、身長を伸ばそうとする。
部屋の掃除や計測をしていた使用人や騎士がたまらず笑うと、日向はまた嬉しそうに跳ねて部屋中をくるくる回った。

日向を知らないものが見たら、まだ10歳かそこらの小さな子どもだ。
初めて見た時は俺だって同い年だとは、信じられなかった。
それでもあの頃から6センチも伸びた。
それで、これからもまだ大きくなりたいと願ってくれる。

日向を知っていれば、それがどれだけ幸福なことか分かる。
だからこそ、皆の表情が本当に嬉しそうで楽しげだった。

「賑やかになりそうねえ、」
「母上はいいんですか。離宮が虫や獣の巣窟になりますよ、」
「私の実家はそうだと知っているでしょう。もう慣れたものよ、」
「……叔母上ですか、」

亜白が生き物が好きなのは、母親の影響だ。
亜白の母上、俺の叔母上、つまりは母上の妹。
母上は、叔母上と暮らしていた頃は、自分も虫や獣を愛でていたのだと語った。母上自身が飼っていたわけではないが、叔母上が風邪で寝込んだ時は代わりに世話ができるほどには親しんでいたのだと。

「この年になって若い頃を思い出すと言うのもいいんじゃないかしら。何より日向さんが楽しそうだし、」
「日向が調子がいい時は、色々とやらかしますよ、」
「紫鷹さんだって同じようなものでしたよ。元気でよろしいと思います、」
「……そうですか、」

跳ね回る日向を眺めてニコニコと笑う母上を見て、この離宮の未来が決まってしまったなあ、とぼんやり思った。

しおう、と日向が呼ぶ。
使用人や騎士たちの間を一通り回って頭を撫で回された後、日向は俺の元へ戻って、また腹に抱きつく。
見上げた水色の瞳がキラキラと輝いて綺麗だった。
あはっ、と笑った顔を見たら、頭の中をよぎっていた嫌な感情は次々に消えていく。

日向が笑うのならいいか、と結局は絆された。



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