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第弐部-Ⅳ:尼嶺
161.紫鷹 日向の役割
稲苗(さなえ)たちを見送り風呂に入った後、日向はしばらく隠れ家で昼寝をした。
もう昼寝と言う時間ではなかったけれど、森で遊び、友人を取られたと泣いて嫉妬して、仲直りした後にまた虫を愛でて遊んだから、さすがに疲れたのだろう。
夕食だと声をかけても、隠れ家を出るのに、少し時間がかかった。
膝の上で、夕食の魚をスプーンですくう日向の顔は、まだ眠そうにぼんやりとしている。
ぼろぼろとこぼして口にほとんど入らないのを見ると、こんな日向に魔法のことを話しても大丈夫だろうか、と少し悩んだ。
亜白(あじろ)が来たことが喜ばしいとは言え、日向の中にまた新たな変化が起きていることは容易に想像できる。さらに負荷をかければ、また混乱するのではないか、と不安が過った。
だけど、そんな俺の気配を察してか、夕食の途中で、「なあに、」と水色の瞳が俺を見上げた。
何でもないよ、と笑って見せたが、そのままじっと見つめられて、誤魔化せないなあと苦笑に変わってしまう。
どの道、日向の協力が必要なことに変わりないんだ。
話さないことには何も始まらないし、腹を括るしかなかった。
「いいよ、」
案の定、日向は何の抵抗もなく頷いた。
「まだ何も話してないだろ、」
「僕の魔法、はぎなと、なかつのが、研究する。僕は、きょうりょく、」
「いや、そうなんだけど、」
理由も手段も何も話していない。
だが、その辺りは、日向にとって重要ではないらしい。
眠たげだった瞳を開いて食いついたのは、そのどちらでもなかった。
「僕が、きょうりょくしたら、役に立つ?」
「あ?うん、それはもちろん。日向以外に癒しの魔法を使える奴はいないだろ。日向が協力してくれたら、俺たちはすごく助かる、」
「僕の仕事?」
「…そういうことになるかなあ、」
「はじめての、仕事!」
膝の上で、小さな体が突然跳ねた。
急に元気になって何度か跳ねると、俺を見上げて瞳をきらきらと輝かせる。くそ、可愛いな。
一応、尼嶺(にれ)のことも含めて訳を話した。
うんうん、と聞くそぶりは見せるが、ちゃんと聞いているのだろうか。
嬉しそうに魚を頬張って鼻歌を歌うし、ついには、仕事、仕事、とスプーン片手に踊り出す始末だ。
まあ、聞いてほしくない話も全て聞いてしまうくらい耳が良い日向だから、そこは信頼するが。
「仕事が、そんなに嬉しいか、」
「うれしい!」
服もテーブルも散々に汚して、ようやく食べ終えた日向の顔を拭いた。
食事用の服は味噌汁を零してびしょ濡れだったから、脱がせて新しい寝間着に着替えさせる。途中、半裸の日向がご機嫌なまま踊り出すから、部屋の中を追いかけまわすことになった。
可愛いが、昨日つけた痕が胸に散ってて史宜(しぎ)と水蛟(みずち)の視線が痛いんだ。早く服を着てくれ。
ようやく捕まえて寝間着を着せたら、日向は俺の膝の上に転がって、けらけらと笑う。
ずいぶん機嫌がいいな。
「仕事したら、僕も、仲間、」
「うん?」
「しおうの、仕事の仲間、ちがう?」
「うん、まあ、そうだな、」
仕事の仲間とは。
あまり意識したことがなかったから、考えもしなかった。
確かに、尼嶺との外交に関わることだから、仕事か。
それで、それに関わる面々は、仕事仲間。
「仲間がいいのか、」
「しおうが、仕事中は、僕は、仲間はずれだから、さびしい、かった、」
「ああ…、なるほど。そう言ってたな、ごめん、」
「僕も、仕事する。そしたら、仲間。一人ぼっちに、ならない、」
どうだ、と言わんばかりに、膝の上に転がった日向の腹が反る。
その腹を撫でながら、俺が学院や宮城に行く時は、いつも一人残されて寂しいんだと、言っていたのを思い出した。
離宮には日向の侍女も護衛もいるし、今は亜白もいて、遊び相手も話し相手もいくらでもいる。
それでも、朝、俺が扉をでて部屋に残される瞬間に、置いて行かれたような気になるんだと、いつか話していたな。
真正面からそんな素直に感情をさらけ出されて、嬉しくないわけがない。
たまらず水色の頭も撫でたら、甘えるように擦り寄ってくるから、日向からの思慕を感じて胸が熱かった。
だけどなあ、日向だ。
その素直な感情の裏でいつも、本人にもわからないくらい葛藤してる。
日向が何度も繰り返してきたことだから、俺はもう見逃さなかったよ。
「……亜白たちの話についていけなくて、一人ぼっちになると思った?」
頭を撫でて尋ねると、水色の瞳が薄く開いて、視線があった。
表情は穏やかで笑っているが、頭は、うん、と頷く。
「いつも、僕だけ、できない。できないから、僕は輪っかに入れない、」
「輪っか?」
「あじろと、さなえと、わかばと、もえぎと、りくの輪っか、」
「……入れてくれただろう、」
「でも、元の輪っか、じゃなかった、」
あのオタク達が熱心に語り合った輪。
そこに入れなくて日向が泣いた後、彼らも泣いて日向を輪に入れた。
でも、その輪ではもう、亜白は日向の横にいて、稲苗と情熱的に話したりはしない。
稲苗も日向の好きな林檎の話ばかりで、他の植物の話はしなかった。
若葉と萌葱(もえぎ)は、日向に分からない言葉があれば、すぐに説明する。話は何度も中断されて、あちこちで銘々が好き勝手に話していた時の熱気はなかった。
利狗(りく)は、最初から日向にも気を配っていたと聞くが、それでももう輪は、日向が嫉妬した輪とは別物だったのだろう。
「あじろは、本当は、稲苗みたいにたくさん話すって、僕はわかる。でも、僕がわからない、から、あじろはしない。あじろは、りっぱに、王子もやったのに、僕が泣いたから、ダメにした。」
話しながら日向の顔からだんだんと笑顔が消えて歪んでいくのを見下ろして、泣くかな、と思った。
実際、日向の目は潤んでいたし、泣きたかったのだろうと思う。
だけど、思いがけず、水色の目に睨まれた。
多分、泣くまい、と目に力を込めたせいだろうが、そんな強い表情をした日向を初めて見た気がする。
「僕ができないから、みんなも、できないに、する。いやだ、」
日向の腹に置いた手に、ふと痛みを感じた。
小さな手が力いっぱい俺の腕を握るのを視界の端で見る。
この痛みは、日向が腹の底にしまっていた痛みの欠片だ。そう思ったから、何も言わず、ただ日向の言葉に耳を傾けた。
亜白を迎えた時、他の皆が真っすぐ立っていたのに、自分だけうろうろと歩き回って列を乱したことが嫌だったと日向は悔いた。せっかく恰好良く亜白を迎えようと準備していたのに、自分が壊したのだと言う。
晩餐会の料理も日向だけ違った。
見た目には俺たちの皿と同じだが、フォークやナイフが上手く使えない日向の為に、料理長が工夫してくれたことを日向はちゃんと分かっていた。それが嬉しいのに、悔しかったんだと。
今日の魚も、日向だけ骨がなかった。
俺の魚には骨があって、きっと亜白の魚にも骨がある。
日向だけがない。
「僕だけ、いつも、違う。違うままは、一人ぼっちに、なる、」
「……そうか、」
「だから、やる。僕は、できる、になる、」
きゅっと眉を寄せて俺を睨みつける水色の瞳は、強い意志を持って涙をこらえていた。
昼間はあんなに泣いていたのに、泣き虫を卒業するんだ、と言わんばかりに、強く強く俺を見る。
多分、学習室のできごとだけじゃない。
きっかけはそうだとしても、日向の中にずっとあった葛藤なのだと思った。
部屋の中で、俺が藤夜(とうや)や萩花(はぎな)と仕事の話をしている間、日向は滅多なことがない限りその輪には入ってこない。甘えたくても我慢して、遊び場で侍女を相手に粘土を捏ねたり、本を読んだりするだけだ。
東と剣の練習はしても、俺たちの鍛錬は眺めるだけで、飛び込んでこない。
稲苗を演習に誘うのだって、言い出してから実行するまでに随分時間がかかった。
厨房や騎士団の練兵場に足繁く通って質問責めにはするけれど、いざ本格的な調理や訓練が始まれば、途端に静かになってにこにこと眺めているだけになるのが日向だ。
自分には入れない輪だと、いつも思っていたんだろう。
自分は入ってはいけない、と。
でも、入りたかったんだよなあ。
そのために頑張るんだと、決めたのか。
「日向に仕事を頼みたい、」
日向の決意に応えるべく、皇子の顔を作った。
日向は一瞬驚いたように睨みつけていた目を開く。その拍子に涙が一滴零れたが、すぐにそれを拭うと、体を起こして、俺の隣に座った。
水色の瞳が、真っ直ぐに俺の目を見る。
「尼嶺との交渉に、癒しの魔法が障害になる可能性がある。俺と日向の婚姻を進めたいのが一番の理由だが、その後の外交を考えても、対策が必要だ、」
「うん、」
「おそらく日向にも負担がかかる。また混乱させるんじゃないかと懸念もしている、」
「わかる、」
「それでも日向以外に、頼める者がいない、」
「うん、」
誰も、輪に入れるのを拒んでいるわけじゃない。
仕事の話は、確かに日向に聞かせたくないこともあるが、部屋で話すのは、聞かれても困らないことばかりだ。
だけど、そんな話を、今の日向にしたところで、日向は輪には入ってこない。
だから、引っ張り込みたかった。
何より、日向が見たこともないほどの決意で歩き出そうとしている。
こういう時の日向は無茶をするから、不安がないわけじゃない。
それでも、輪の中に入る糸口を自分で見いだせないなら、俺が与えてやる。
「尼嶺の魔法を一緒に解決してほしい。頼む、」
「わかった、」
右手を差し出すと、日向の小さな右手がそれを強く握った。
少し戸惑ったような顔。それでも水色の瞳が煌玉(こうぎょく)のように煌いて、強く光った。
そのまま、真っ直ぐ入っておいで。
輪の中に日向の役割がある。
もう昼寝と言う時間ではなかったけれど、森で遊び、友人を取られたと泣いて嫉妬して、仲直りした後にまた虫を愛でて遊んだから、さすがに疲れたのだろう。
夕食だと声をかけても、隠れ家を出るのに、少し時間がかかった。
膝の上で、夕食の魚をスプーンですくう日向の顔は、まだ眠そうにぼんやりとしている。
ぼろぼろとこぼして口にほとんど入らないのを見ると、こんな日向に魔法のことを話しても大丈夫だろうか、と少し悩んだ。
亜白(あじろ)が来たことが喜ばしいとは言え、日向の中にまた新たな変化が起きていることは容易に想像できる。さらに負荷をかければ、また混乱するのではないか、と不安が過った。
だけど、そんな俺の気配を察してか、夕食の途中で、「なあに、」と水色の瞳が俺を見上げた。
何でもないよ、と笑って見せたが、そのままじっと見つめられて、誤魔化せないなあと苦笑に変わってしまう。
どの道、日向の協力が必要なことに変わりないんだ。
話さないことには何も始まらないし、腹を括るしかなかった。
「いいよ、」
案の定、日向は何の抵抗もなく頷いた。
「まだ何も話してないだろ、」
「僕の魔法、はぎなと、なかつのが、研究する。僕は、きょうりょく、」
「いや、そうなんだけど、」
理由も手段も何も話していない。
だが、その辺りは、日向にとって重要ではないらしい。
眠たげだった瞳を開いて食いついたのは、そのどちらでもなかった。
「僕が、きょうりょくしたら、役に立つ?」
「あ?うん、それはもちろん。日向以外に癒しの魔法を使える奴はいないだろ。日向が協力してくれたら、俺たちはすごく助かる、」
「僕の仕事?」
「…そういうことになるかなあ、」
「はじめての、仕事!」
膝の上で、小さな体が突然跳ねた。
急に元気になって何度か跳ねると、俺を見上げて瞳をきらきらと輝かせる。くそ、可愛いな。
一応、尼嶺(にれ)のことも含めて訳を話した。
うんうん、と聞くそぶりは見せるが、ちゃんと聞いているのだろうか。
嬉しそうに魚を頬張って鼻歌を歌うし、ついには、仕事、仕事、とスプーン片手に踊り出す始末だ。
まあ、聞いてほしくない話も全て聞いてしまうくらい耳が良い日向だから、そこは信頼するが。
「仕事が、そんなに嬉しいか、」
「うれしい!」
服もテーブルも散々に汚して、ようやく食べ終えた日向の顔を拭いた。
食事用の服は味噌汁を零してびしょ濡れだったから、脱がせて新しい寝間着に着替えさせる。途中、半裸の日向がご機嫌なまま踊り出すから、部屋の中を追いかけまわすことになった。
可愛いが、昨日つけた痕が胸に散ってて史宜(しぎ)と水蛟(みずち)の視線が痛いんだ。早く服を着てくれ。
ようやく捕まえて寝間着を着せたら、日向は俺の膝の上に転がって、けらけらと笑う。
ずいぶん機嫌がいいな。
「仕事したら、僕も、仲間、」
「うん?」
「しおうの、仕事の仲間、ちがう?」
「うん、まあ、そうだな、」
仕事の仲間とは。
あまり意識したことがなかったから、考えもしなかった。
確かに、尼嶺との外交に関わることだから、仕事か。
それで、それに関わる面々は、仕事仲間。
「仲間がいいのか、」
「しおうが、仕事中は、僕は、仲間はずれだから、さびしい、かった、」
「ああ…、なるほど。そう言ってたな、ごめん、」
「僕も、仕事する。そしたら、仲間。一人ぼっちに、ならない、」
どうだ、と言わんばかりに、膝の上に転がった日向の腹が反る。
その腹を撫でながら、俺が学院や宮城に行く時は、いつも一人残されて寂しいんだと、言っていたのを思い出した。
離宮には日向の侍女も護衛もいるし、今は亜白もいて、遊び相手も話し相手もいくらでもいる。
それでも、朝、俺が扉をでて部屋に残される瞬間に、置いて行かれたような気になるんだと、いつか話していたな。
真正面からそんな素直に感情をさらけ出されて、嬉しくないわけがない。
たまらず水色の頭も撫でたら、甘えるように擦り寄ってくるから、日向からの思慕を感じて胸が熱かった。
だけどなあ、日向だ。
その素直な感情の裏でいつも、本人にもわからないくらい葛藤してる。
日向が何度も繰り返してきたことだから、俺はもう見逃さなかったよ。
「……亜白たちの話についていけなくて、一人ぼっちになると思った?」
頭を撫でて尋ねると、水色の瞳が薄く開いて、視線があった。
表情は穏やかで笑っているが、頭は、うん、と頷く。
「いつも、僕だけ、できない。できないから、僕は輪っかに入れない、」
「輪っか?」
「あじろと、さなえと、わかばと、もえぎと、りくの輪っか、」
「……入れてくれただろう、」
「でも、元の輪っか、じゃなかった、」
あのオタク達が熱心に語り合った輪。
そこに入れなくて日向が泣いた後、彼らも泣いて日向を輪に入れた。
でも、その輪ではもう、亜白は日向の横にいて、稲苗と情熱的に話したりはしない。
稲苗も日向の好きな林檎の話ばかりで、他の植物の話はしなかった。
若葉と萌葱(もえぎ)は、日向に分からない言葉があれば、すぐに説明する。話は何度も中断されて、あちこちで銘々が好き勝手に話していた時の熱気はなかった。
利狗(りく)は、最初から日向にも気を配っていたと聞くが、それでももう輪は、日向が嫉妬した輪とは別物だったのだろう。
「あじろは、本当は、稲苗みたいにたくさん話すって、僕はわかる。でも、僕がわからない、から、あじろはしない。あじろは、りっぱに、王子もやったのに、僕が泣いたから、ダメにした。」
話しながら日向の顔からだんだんと笑顔が消えて歪んでいくのを見下ろして、泣くかな、と思った。
実際、日向の目は潤んでいたし、泣きたかったのだろうと思う。
だけど、思いがけず、水色の目に睨まれた。
多分、泣くまい、と目に力を込めたせいだろうが、そんな強い表情をした日向を初めて見た気がする。
「僕ができないから、みんなも、できないに、する。いやだ、」
日向の腹に置いた手に、ふと痛みを感じた。
小さな手が力いっぱい俺の腕を握るのを視界の端で見る。
この痛みは、日向が腹の底にしまっていた痛みの欠片だ。そう思ったから、何も言わず、ただ日向の言葉に耳を傾けた。
亜白を迎えた時、他の皆が真っすぐ立っていたのに、自分だけうろうろと歩き回って列を乱したことが嫌だったと日向は悔いた。せっかく恰好良く亜白を迎えようと準備していたのに、自分が壊したのだと言う。
晩餐会の料理も日向だけ違った。
見た目には俺たちの皿と同じだが、フォークやナイフが上手く使えない日向の為に、料理長が工夫してくれたことを日向はちゃんと分かっていた。それが嬉しいのに、悔しかったんだと。
今日の魚も、日向だけ骨がなかった。
俺の魚には骨があって、きっと亜白の魚にも骨がある。
日向だけがない。
「僕だけ、いつも、違う。違うままは、一人ぼっちに、なる、」
「……そうか、」
「だから、やる。僕は、できる、になる、」
きゅっと眉を寄せて俺を睨みつける水色の瞳は、強い意志を持って涙をこらえていた。
昼間はあんなに泣いていたのに、泣き虫を卒業するんだ、と言わんばかりに、強く強く俺を見る。
多分、学習室のできごとだけじゃない。
きっかけはそうだとしても、日向の中にずっとあった葛藤なのだと思った。
部屋の中で、俺が藤夜(とうや)や萩花(はぎな)と仕事の話をしている間、日向は滅多なことがない限りその輪には入ってこない。甘えたくても我慢して、遊び場で侍女を相手に粘土を捏ねたり、本を読んだりするだけだ。
東と剣の練習はしても、俺たちの鍛錬は眺めるだけで、飛び込んでこない。
稲苗を演習に誘うのだって、言い出してから実行するまでに随分時間がかかった。
厨房や騎士団の練兵場に足繁く通って質問責めにはするけれど、いざ本格的な調理や訓練が始まれば、途端に静かになってにこにこと眺めているだけになるのが日向だ。
自分には入れない輪だと、いつも思っていたんだろう。
自分は入ってはいけない、と。
でも、入りたかったんだよなあ。
そのために頑張るんだと、決めたのか。
「日向に仕事を頼みたい、」
日向の決意に応えるべく、皇子の顔を作った。
日向は一瞬驚いたように睨みつけていた目を開く。その拍子に涙が一滴零れたが、すぐにそれを拭うと、体を起こして、俺の隣に座った。
水色の瞳が、真っ直ぐに俺の目を見る。
「尼嶺との交渉に、癒しの魔法が障害になる可能性がある。俺と日向の婚姻を進めたいのが一番の理由だが、その後の外交を考えても、対策が必要だ、」
「うん、」
「おそらく日向にも負担がかかる。また混乱させるんじゃないかと懸念もしている、」
「わかる、」
「それでも日向以外に、頼める者がいない、」
「うん、」
誰も、輪に入れるのを拒んでいるわけじゃない。
仕事の話は、確かに日向に聞かせたくないこともあるが、部屋で話すのは、聞かれても困らないことばかりだ。
だけど、そんな話を、今の日向にしたところで、日向は輪には入ってこない。
だから、引っ張り込みたかった。
何より、日向が見たこともないほどの決意で歩き出そうとしている。
こういう時の日向は無茶をするから、不安がないわけじゃない。
それでも、輪の中に入る糸口を自分で見いだせないなら、俺が与えてやる。
「尼嶺の魔法を一緒に解決してほしい。頼む、」
「わかった、」
右手を差し出すと、日向の小さな右手がそれを強く握った。
少し戸惑ったような顔。それでも水色の瞳が煌玉(こうぎょく)のように煌いて、強く光った。
そのまま、真っ直ぐ入っておいで。
輪の中に日向の役割がある。
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