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第弐部-Ⅳ:尼嶺
174.紫鷹 日向に一番の安心を
「日向、おいで。そろそろ寝よう、」
「もう、ちょっと、」
「もう三回も聞いたよ。今日はもう寝な、」
「あと、いっかい、」
そんなこと言ってもなあ、いつもの就寝時間はとっくに過ぎた。
日向としては、昼間怖がることが増えて勉強に費やす時間が減った分、元気なうちに取り返したいんだろう。だが、ただでさえ食事量が減っているのに睡眠時間まで削れない。
だけど、俺がいくら声をかけても日向は図鑑を睨みつけたままで、こちらを振り返りもしなかった。
そうなると、多少嫌がられても強硬手段に出るのが俺の役目だ。
「だーめ、お終いな、」
「あ、や、僕の、とらない、で、」
「取らないけど、約束は約束だ。日向はもう寝る時間、図鑑は明日な、」
片手で小さな体を抱き上げ、もう片方の手では図鑑を取り上げる。
日向はじたばたと暴れたが、そもそも力で叶うわけがない。特に最近は体重が落ちたせいで体力がめっきりなくなっているから、長くは暴れられなかった。しばらくすると、うー、と唸り出して俺の肩に頭をぐりぐりと刺すだけになる。
「休むのも大事な仕事だよ。明日は稲苗(さなえ)たちが来るから、忙しいだろ?」
そう言って頭に口づけを落としてやると、すんすんと鼻を鳴らしながらも、観念したように首に縋り付いてくる。
その体を抱き直し、図鑑は益田(ました)に託した。
宇継(うつぎ)が代ろうかと寄って来るが断って、日向を洗面所に連れて行き歯磨きとトイレと水分補給を済ませたら寝室へと攫う。
やはり体は疲れていたんだろう。
寝支度を済ませる間にもどんどん静かになっていて、ベッドに入る頃には瞼が半分閉じていた。
「今日も頑張ったなあ、」
「…もっと、やら、ないと、」
「十分だろ。もう日向が勉強してる内容に俺はついていけないよ。仕事だってそうだ。加護の翻訳を始めたんだろ。そんな大変な仕事までさせるつもりじゃなかったんだよ。申し訳ないって思ってる、」
そのせいで、日向の体力を削ってしまうのもあるから、勉強に費やせる時間が減っているんだけどな。
だからと言って睡眠まで削れば、本当に日向が壊れてしまう。そう思わずにいられないくらい、日向は頑張っていた。
だから、小さな体を腹の上に乗せて、日向が一番好きなやり方で背中を撫でる。
日向は眠気に抗うように身じろぎしたが、全く意味をなさず体はくにゃくにゃと力を失っていった。
「しおう、は、ずるい、」
「うん、分かってる。日向は大好きな俺に甘やかされたら、安心して眠くなっちゃうんだもんな、」
「ぅん、」
「……そんな正直だと、また俺に付け込まれるよ。ただでさえ日向のことになると俺は馬鹿になるのに。歯止めがきかなくなって、ひどいことしたらどうするんだ、」
「しおうは、しない、」
おいおい、そんな簡単に言い切るなよ。
信頼されているのは嬉しいが、つい数週間前に日向を傷つけて、こんなにも弱らせたのはさすがに忘れていない。
その後だって、弱ってる日向を前に愛されているなあとかほざいていた馬鹿は、この俺だ。自分で自分を殴りたい。
いつも抱いてるからな、体がどんどん薄くなっているのを知ってる。
腹の上に抱いた背中は骨が浮き出て、日向の背中越しに俺の腹が掴めるんじゃないかと思うほどだ。
手も足も棒切れみたいになって、頬もこけた。目も窪んでるから、誰が見ても日向の具合が良くないのは一目瞭然だろう。
心だって、そうだ。
一日に何度も恐怖に震えては、現実と記憶の間で怯えている。
過去の記憶が鮮明によみがえるのは、それだけ日向の心が深い傷を負っている証拠だと小栗が話していたよ。
今まで指輪の約束という蓋が、記憶を押さえていたのにな。俺が壊した。
「おぼろは、痛いことした、けど、しおうは、しない、」
意識の半分が眠りの中に陥りかけているせいか、日向の口から従兄弟の名前が零れる。
夢うつつの日向から、こんな風に尼嶺の記憶を聞かされることが増えた。
日向の尼嶺での生活や、生き延びるためにしていた努力、四人の王子以外に出会った人々、食べ物を探し回った蔵の外の風景―――草の報告にも上がらないような些細なことまで、日向の口から聞いた。
「じょぅぎは、ながさを、はかる。たたかない、」
「うん、」
「はさみは、紙をきる、ぼく、じゃなぃ、」
「うん、」
「ぼくは、どこに、行っても、いぃ。くらに、ぃなくて、いい、」
「そうだよ、日向はもう蔵に帰らない、」
日向が暮らしたのは尼嶺の宮殿にある蔵だったが、食べ物を探すために、あちこち歩き回ったんだと日向の話を聞くうちに分かった。
時々、食べ物を与えたり、手当をしたりしてくれた使用人もいたんだよな。だけど、日向が求めるような愛情は得られなかった。大抵は憐れんだ目で遠くから眺めるだけで、助けてはもらえない。手を出せば、宮殿の主たちに叱責されるのを誰もが知っていたから。
蔵には古い家具や、使わなくなった日用品が放り込まれていたらしい。それが日向の寝床や暖をとるための道具にもなったが、王子たちの玩具になることもあった。そのせいか、この数週間は身の回りの何気ないものをきっかけに記憶が蘇って混乱することがしばしばだ。
王子たちが日向にした仕打ちを聞いた時には、もうやめてくれと、泣いて叫びたくなった。
実際、居合わせた侍女たちはこらえきれなかったし、藤夜も後で二人になった時に泣いた。護衛たちですら顔色を失くしていたんだから、無理もないだろう。
知りたくなかった。
でも、日向の全てを知りたい。
知らなければならない、と今は思う。
この混乱のきっかけが俺だから、と言うのもあるが、知るほどに、日向の全てを俺のものにしなければと言う思いが強くなった。
番いの指輪は、その約束を交わした指輪だったんだ、と今なら分かる。
耳を覆ってしまいたくなるほど悲惨な尼嶺の暮らしから、日向を引き離す大事な大事な約束だった。
その約束が日向の中で壊れてしまったなら、もう一度日向が大丈夫だと確信できる現実をつきつける以外に取り戻す手段はない。
「しぉ、は、だいじょぶ、」
「うん、俺は大丈夫だな。」
「とぁも、すみぇこさまも、あじぉも、はぎぁも、みぅちも、あぅまも、そぁも……、」
「うん、みんな日向が大好きだ。大丈夫だよ、」
胸の上に乗った頭が重くなって、日向が眠りに落ちたのが分かった。
俺の心臓の音が安心すると言っていたから、安心できただろうか。できることなら夢一つ見ずに、朝まで穏やかに眠ってほしい。
見るならせめて、蔵ではなく離宮の夢を。
規則正しく揺れる背中を撫でながら、そのことを思った。
日向の中には、尼嶺の記憶だけでなく、離宮の記憶もちゃんとある。
混乱して怯えはするけれど、大丈夫だと分かるものもたくさんあるんだよな。
その大丈夫が、少しずつ降り積もって日向の中を埋めてくれたらいい。
離宮中がそう願っている。
この数週間、皆が全力で日向を愛しているのを、俺は実感したよ。
藤夜は初めから日向には甘かったけどな。
前はもう少し教育や躾にも気を配っていたように見えたのが、今じゃ甘やかすばかりだ。放っておくと、侍従の給金を全部つぎ込んでしまうんじゃないかと思う勢いで、日向に本やらなにやらを持ってくる。
俺に馬鹿だ馬鹿だと言うが、あいつも相当な大馬鹿だ。
その分、萩花(はぎな)が絞めてくれるが、あいつはあいつで過保護だからなあ。
指輪が壊れた原因が尼嶺の魔法でなかったら、俺はあいつに討ち取られているのではないかと本気で思う。日向を気遣ってやれなかったことに俺自身が悔いる以上に、あいつは腹を立てている。
東(あずま)もなあ、日を追うごとに日向に過保護になっていて、少し焦る。あいつ、本気で日向に惚れてないか?
立場をわきまえているから信用しているが、何しろあいつもまだ子どもだ。思春期だ。
日向も他の護衛とは違う懐き方をしているんだよなあ。
一応、日向が目移りすることはないと確信しているが、こんな風に心を壊してしまうような子だ。何があるか分からない。
侍女たちは水蛟(みずち)を筆頭に、日向の親衛隊みたいなものだ。あるいは母かもしれない。
母上も含めて日向には過保護な母が何人もいて、これでもかと言うほど、日向に愛情を注ぎまくっている。
今は亜白(あじろ)も、稲苗(さなえ)たちもいるしな。
亜白はとにかく日向と馬が合う。日向は亜白に追いつきたくて勉強や仕事を頑張りすぎることもあるが、こんな状況になっても完全に心が折れずに頑張れるのは、やっぱり友人と言う存在が大きいのだろう。
虫だの獣だの、俺にはできないやり方で日向を支えてくれるから、いてくれて助かった。
明日は稲苗たちが、離宮に来てくれるそうだよ。
最近の日向の様子を心配して、あいつらなりに色々考えてくれているんだろう。
調理場を貸すと約束したが、何があるんだろうなあ。
どんなに日向が過去に引きずられても、誰一人、日向の手を離そうとはしない。
「みんな、日向が大好きだよ、」
すうすうと穏やかに眠る頭に口づけを落とした。
俺の水色。
皆に愛されて、ただひたすら幸せになってほしい。
「でも、俺が一番なんだよなあ、」
この数週間は、それを実感する数週間でもあった。
どんなに怖がっても、俺が近くにいれば、日向は必ず俺の所へ来る。
隠れ家に籠るでなし。他の誰かに縋るでもなし。いつも俺だ。
混乱している間も、小さな手はいつも俺を捕まえて離さなかった。
尼嶺の記憶に引き戻されそうになっても、日向の帰る場所は、もう俺だ。
そのことが嬉しいと同時に、その愛情に胡坐をかいてはいけないとも強く思った。
日向への愛情は誰にも負けないが、行動と態度は、どうだろう。
俺は日向に守られる一方で、守ってやれなかった。
浮かれて自分中心に日向を愛するのは言語道断だ。
日向の一番は俺がいい。
俺でなければ嫌だ。
なら、俺は日向を一番に守れる存在にならなければならない。
薄くなってしまった背中を撫でて、そのことを真剣に考えた。
「もう、ちょっと、」
「もう三回も聞いたよ。今日はもう寝な、」
「あと、いっかい、」
そんなこと言ってもなあ、いつもの就寝時間はとっくに過ぎた。
日向としては、昼間怖がることが増えて勉強に費やす時間が減った分、元気なうちに取り返したいんだろう。だが、ただでさえ食事量が減っているのに睡眠時間まで削れない。
だけど、俺がいくら声をかけても日向は図鑑を睨みつけたままで、こちらを振り返りもしなかった。
そうなると、多少嫌がられても強硬手段に出るのが俺の役目だ。
「だーめ、お終いな、」
「あ、や、僕の、とらない、で、」
「取らないけど、約束は約束だ。日向はもう寝る時間、図鑑は明日な、」
片手で小さな体を抱き上げ、もう片方の手では図鑑を取り上げる。
日向はじたばたと暴れたが、そもそも力で叶うわけがない。特に最近は体重が落ちたせいで体力がめっきりなくなっているから、長くは暴れられなかった。しばらくすると、うー、と唸り出して俺の肩に頭をぐりぐりと刺すだけになる。
「休むのも大事な仕事だよ。明日は稲苗(さなえ)たちが来るから、忙しいだろ?」
そう言って頭に口づけを落としてやると、すんすんと鼻を鳴らしながらも、観念したように首に縋り付いてくる。
その体を抱き直し、図鑑は益田(ました)に託した。
宇継(うつぎ)が代ろうかと寄って来るが断って、日向を洗面所に連れて行き歯磨きとトイレと水分補給を済ませたら寝室へと攫う。
やはり体は疲れていたんだろう。
寝支度を済ませる間にもどんどん静かになっていて、ベッドに入る頃には瞼が半分閉じていた。
「今日も頑張ったなあ、」
「…もっと、やら、ないと、」
「十分だろ。もう日向が勉強してる内容に俺はついていけないよ。仕事だってそうだ。加護の翻訳を始めたんだろ。そんな大変な仕事までさせるつもりじゃなかったんだよ。申し訳ないって思ってる、」
そのせいで、日向の体力を削ってしまうのもあるから、勉強に費やせる時間が減っているんだけどな。
だからと言って睡眠まで削れば、本当に日向が壊れてしまう。そう思わずにいられないくらい、日向は頑張っていた。
だから、小さな体を腹の上に乗せて、日向が一番好きなやり方で背中を撫でる。
日向は眠気に抗うように身じろぎしたが、全く意味をなさず体はくにゃくにゃと力を失っていった。
「しおう、は、ずるい、」
「うん、分かってる。日向は大好きな俺に甘やかされたら、安心して眠くなっちゃうんだもんな、」
「ぅん、」
「……そんな正直だと、また俺に付け込まれるよ。ただでさえ日向のことになると俺は馬鹿になるのに。歯止めがきかなくなって、ひどいことしたらどうするんだ、」
「しおうは、しない、」
おいおい、そんな簡単に言い切るなよ。
信頼されているのは嬉しいが、つい数週間前に日向を傷つけて、こんなにも弱らせたのはさすがに忘れていない。
その後だって、弱ってる日向を前に愛されているなあとかほざいていた馬鹿は、この俺だ。自分で自分を殴りたい。
いつも抱いてるからな、体がどんどん薄くなっているのを知ってる。
腹の上に抱いた背中は骨が浮き出て、日向の背中越しに俺の腹が掴めるんじゃないかと思うほどだ。
手も足も棒切れみたいになって、頬もこけた。目も窪んでるから、誰が見ても日向の具合が良くないのは一目瞭然だろう。
心だって、そうだ。
一日に何度も恐怖に震えては、現実と記憶の間で怯えている。
過去の記憶が鮮明によみがえるのは、それだけ日向の心が深い傷を負っている証拠だと小栗が話していたよ。
今まで指輪の約束という蓋が、記憶を押さえていたのにな。俺が壊した。
「おぼろは、痛いことした、けど、しおうは、しない、」
意識の半分が眠りの中に陥りかけているせいか、日向の口から従兄弟の名前が零れる。
夢うつつの日向から、こんな風に尼嶺の記憶を聞かされることが増えた。
日向の尼嶺での生活や、生き延びるためにしていた努力、四人の王子以外に出会った人々、食べ物を探し回った蔵の外の風景―――草の報告にも上がらないような些細なことまで、日向の口から聞いた。
「じょぅぎは、ながさを、はかる。たたかない、」
「うん、」
「はさみは、紙をきる、ぼく、じゃなぃ、」
「うん、」
「ぼくは、どこに、行っても、いぃ。くらに、ぃなくて、いい、」
「そうだよ、日向はもう蔵に帰らない、」
日向が暮らしたのは尼嶺の宮殿にある蔵だったが、食べ物を探すために、あちこち歩き回ったんだと日向の話を聞くうちに分かった。
時々、食べ物を与えたり、手当をしたりしてくれた使用人もいたんだよな。だけど、日向が求めるような愛情は得られなかった。大抵は憐れんだ目で遠くから眺めるだけで、助けてはもらえない。手を出せば、宮殿の主たちに叱責されるのを誰もが知っていたから。
蔵には古い家具や、使わなくなった日用品が放り込まれていたらしい。それが日向の寝床や暖をとるための道具にもなったが、王子たちの玩具になることもあった。そのせいか、この数週間は身の回りの何気ないものをきっかけに記憶が蘇って混乱することがしばしばだ。
王子たちが日向にした仕打ちを聞いた時には、もうやめてくれと、泣いて叫びたくなった。
実際、居合わせた侍女たちはこらえきれなかったし、藤夜も後で二人になった時に泣いた。護衛たちですら顔色を失くしていたんだから、無理もないだろう。
知りたくなかった。
でも、日向の全てを知りたい。
知らなければならない、と今は思う。
この混乱のきっかけが俺だから、と言うのもあるが、知るほどに、日向の全てを俺のものにしなければと言う思いが強くなった。
番いの指輪は、その約束を交わした指輪だったんだ、と今なら分かる。
耳を覆ってしまいたくなるほど悲惨な尼嶺の暮らしから、日向を引き離す大事な大事な約束だった。
その約束が日向の中で壊れてしまったなら、もう一度日向が大丈夫だと確信できる現実をつきつける以外に取り戻す手段はない。
「しぉ、は、だいじょぶ、」
「うん、俺は大丈夫だな。」
「とぁも、すみぇこさまも、あじぉも、はぎぁも、みぅちも、あぅまも、そぁも……、」
「うん、みんな日向が大好きだ。大丈夫だよ、」
胸の上に乗った頭が重くなって、日向が眠りに落ちたのが分かった。
俺の心臓の音が安心すると言っていたから、安心できただろうか。できることなら夢一つ見ずに、朝まで穏やかに眠ってほしい。
見るならせめて、蔵ではなく離宮の夢を。
規則正しく揺れる背中を撫でながら、そのことを思った。
日向の中には、尼嶺の記憶だけでなく、離宮の記憶もちゃんとある。
混乱して怯えはするけれど、大丈夫だと分かるものもたくさんあるんだよな。
その大丈夫が、少しずつ降り積もって日向の中を埋めてくれたらいい。
離宮中がそう願っている。
この数週間、皆が全力で日向を愛しているのを、俺は実感したよ。
藤夜は初めから日向には甘かったけどな。
前はもう少し教育や躾にも気を配っていたように見えたのが、今じゃ甘やかすばかりだ。放っておくと、侍従の給金を全部つぎ込んでしまうんじゃないかと思う勢いで、日向に本やらなにやらを持ってくる。
俺に馬鹿だ馬鹿だと言うが、あいつも相当な大馬鹿だ。
その分、萩花(はぎな)が絞めてくれるが、あいつはあいつで過保護だからなあ。
指輪が壊れた原因が尼嶺の魔法でなかったら、俺はあいつに討ち取られているのではないかと本気で思う。日向を気遣ってやれなかったことに俺自身が悔いる以上に、あいつは腹を立てている。
東(あずま)もなあ、日を追うごとに日向に過保護になっていて、少し焦る。あいつ、本気で日向に惚れてないか?
立場をわきまえているから信用しているが、何しろあいつもまだ子どもだ。思春期だ。
日向も他の護衛とは違う懐き方をしているんだよなあ。
一応、日向が目移りすることはないと確信しているが、こんな風に心を壊してしまうような子だ。何があるか分からない。
侍女たちは水蛟(みずち)を筆頭に、日向の親衛隊みたいなものだ。あるいは母かもしれない。
母上も含めて日向には過保護な母が何人もいて、これでもかと言うほど、日向に愛情を注ぎまくっている。
今は亜白(あじろ)も、稲苗(さなえ)たちもいるしな。
亜白はとにかく日向と馬が合う。日向は亜白に追いつきたくて勉強や仕事を頑張りすぎることもあるが、こんな状況になっても完全に心が折れずに頑張れるのは、やっぱり友人と言う存在が大きいのだろう。
虫だの獣だの、俺にはできないやり方で日向を支えてくれるから、いてくれて助かった。
明日は稲苗たちが、離宮に来てくれるそうだよ。
最近の日向の様子を心配して、あいつらなりに色々考えてくれているんだろう。
調理場を貸すと約束したが、何があるんだろうなあ。
どんなに日向が過去に引きずられても、誰一人、日向の手を離そうとはしない。
「みんな、日向が大好きだよ、」
すうすうと穏やかに眠る頭に口づけを落とした。
俺の水色。
皆に愛されて、ただひたすら幸せになってほしい。
「でも、俺が一番なんだよなあ、」
この数週間は、それを実感する数週間でもあった。
どんなに怖がっても、俺が近くにいれば、日向は必ず俺の所へ来る。
隠れ家に籠るでなし。他の誰かに縋るでもなし。いつも俺だ。
混乱している間も、小さな手はいつも俺を捕まえて離さなかった。
尼嶺の記憶に引き戻されそうになっても、日向の帰る場所は、もう俺だ。
そのことが嬉しいと同時に、その愛情に胡坐をかいてはいけないとも強く思った。
日向への愛情は誰にも負けないが、行動と態度は、どうだろう。
俺は日向に守られる一方で、守ってやれなかった。
浮かれて自分中心に日向を愛するのは言語道断だ。
日向の一番は俺がいい。
俺でなければ嫌だ。
なら、俺は日向を一番に守れる存在にならなければならない。
薄くなってしまった背中を撫でて、そのことを真剣に考えた。
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