第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

文字の大きさ
180 / 209
第弐部-Ⅳ:尼嶺

178.紫鷹 情事の後

しおりを挟む
「ひのき、じゃない、」
「俺は日向の林檎の匂いが好きなんだよ、たまにはいいだろ、」
「また、僕の、」
「檜は今度な、」

俺の胸に頭を埋めながら、ぱちゃぱちゃとお湯を弾く日向を眺めて困惑する。
何で、日向と同じ風呂に入っているんだろう。

いや、分かってるんだけど。
そんなことでも考えていないとまた俺の股間がやばくなる。

「体、しんどくないか、」
「んーん、」
「汗を流すだけだから、長湯はしないよ、」
「もうちょっと、」
「勉強するんじゃなかったか、」
「今は、しおうが、いい、」

お湯に濡れた水色の頭がすりすりと俺の肩に甘えて来る。
こんな風に俺を選んでくれるだけでもたまらないのに、その白い肩にも胸にも腕にも、俺が散々つけまくった痕が赤く散っていて、目に毒だ。
しかも、日向の俺を見る目が何かやばい。俺の勘違いかも知れないが、うっとりしててどこか妖艶にも見えた。

多分、気のせいじゃないよな。
ついさっき、お互いのものを擦り合って達したばかりだ。
日向だって相当感じていた。互いのものに触れるたびに、びくびくと体を震わせて喘いでいたのが可愛かった。あの姿と声を思い出すだけで、俺はどうにかなりそうだ。

それに。

「婚約、したら、しょや、」
「………どこで覚えた、」
「さあらと、王子、」
「あの話にそんなのあったか?」
「結婚式、おわったら、しょや、ってさあらが、どきどき。僕は、婚約、だけど、しょや、する、」
「………日向、出よう。俺がのぼせる、」

日向には抗議されたが、このまま天然たらしの王子を抱えていたら、俺は確実にやらかす。
しがみつこうとする日向を宥めて、宇継(うつぎ)を呼び、先に送り出した。

宇継に渡すときに見えた日向の体が、全身俺のつけた痕だらけで、やはり目に毒だ。
あの痕をつけた後、どういう流れだか、初夜の約束をした。

あの時はそうとは考えていなかったが、確かに初夜の約束だ。
日向はすぐにもと望んでいたが、ただでさえ俺より二回りも小さいのにさらに弱った体だ。無理だろう。情動のままに雪崩れ込まなかったのは、正しい判断だったと思う。実際の所、怖気づいたと言うのが本音だが。

だって、あの日向だぞ。

散々虐げられて、夢精一つで自分の命すら価値を失くすほど怯えていた。
ここ最近の日向の混乱具合からも、陽炎(かげろう)とか言う従兄弟が、日向を何度も組み敷いていたのだと分かる。日向が特に怖がるのが、朧の「いらない」と、望月の「実験」、陽炎のそれだ。

だから、もう日向には二度とその恐怖を味わわせたくなかった。

そう思ったんだけどな。
俺の予想以上に、日向は俺のことが好きすぎた。
俺なら全部平気なんだと。
命をなげうつほど怖がった「白いやつ」も、俺のならいいらしい。
触るのも、何をするのも全部、俺にしてほしいんだってさ。


「……どこまで俺を落とせば気が済むんだ、お前は、」


こっちは、浮かれて暴走しないように気を引き締めるのに必死なんだ。
なのに、俺の番いは色々すっ飛ばして、俺の懐に飛び込んでくるから、嬉しい反面、心臓に悪い。

流石に最後まではしなかったけど、一線は超えた。
それでも怯えるどころか、幸せそうにふにゃふにゃ笑ったから、日向は本気で俺なら全部受け入れられるんだろう。

そうだと分かった今、俺は猛烈に日向が欲しい。
俺の水色を抱いて、一つになって、身も心も完全に俺のものにしたい。

日向は自分の肌が汚いと言うが、俺はあの肌が好きだ。
痛々しい傷跡は日向が虐げられた記憶でもあるが、一生懸命に生き延びてきた軌跡でもある。必死に命をつないで、俺のところに来てくれた。そう思うから、あの傷一つひとつに口づけをして、今は俺のものだと印をつけたい。

俺の愛撫に感じて声を抑えきれなくなる日向は最高に可愛かった。
怖くなるほど、声が出なくなるのにな。俺が触れるだけで、体を震わせて、短く喘いだ。あれを聞けるのは俺だけだ。もっと聞きたい。もっともっと、日向を快感で埋め尽くしたい。

それで、一つになるんだ。

その瞬間を思ったら、頭が沸騰して、欲が弾けそうになった。
今すぐ、日向を抱きたい。欲しい。
だけど、かろうじて残った理性が、ガリガリに痩せた日向の姿を思い出させたから、湯船に頭ごと突っ込んで冷静になろうと努めた。

「……殿下、平気ですか、」
「へ、平気だ。もう上がる、」

何かを察したような弥間戸(やまと)の声が扉の向こうからかかって、さすがに理性が勝つ。
だが、タオルとガウンをもって入って来た弥間戸の言葉に、ちがう意味で頭が沸騰した。

「日向様が、初夜が何だとか騒いでおりますから、早く行ってお止めになった方がよろしいかと、」
「は、」
「後ほど、私も詳しく伺いたいのですが、」
「え、いや、待て、あいつ、まさか、」
「さすがにガウンくらい来てください、」

全裸で部屋に飛び出しそうになったところを、弥間戸に止められ、ガウンを羽織る。
頭はびしょ濡れのままだったが、部屋に飛び出して、跳ねまわる水色に全力で駆けた。

「しょーや、しょーや、」
「ひ、ひ、ひ、日向。頼むから、黙れ、」

おかしな調子で初夜の歌を歌い、跳ねて踊る日向を捕まえて口を押える。
手の下で日向がもごもごと聞いてきたのが、「何で、」だったから頭を抱えた。

「こういうのは二人の秘密だって教えたろ、」
「そう、だった、」
「二人の時に俺が聞くから、皆の前ではやめて、」
「すみれこさま、もダメ?」
「絶対ダメ!」

何でよりによって母上に言うんだ。
多分、もう草を通して母上には筒抜けになるだろうが、日向の口から暴露されたら穴を掘って隠れたいどころではない。

宇継の視線が痛い。多分、振り返ったら般若の面が見える。
部屋には他に弥間戸だけだが、扉の向こうに控えている連中も、雰囲気がただ事じゃなくなってきた。

日向、お前、気配に聡いんだから、わかってくれ。
そう思うが、初夜も、俺が与えた印も、二人の情事も、日向にとっては嬉しいばかりなんだろう。俺の番いは、恥じらいと言うものをまだ持ち合わせていないからな。嬉しいものは自慢したいし、幸せな感情は歌や踊りと一緒に全部出て来る。

「……そんなに嬉しいのか、」
「うん!」

抱き上げて顔を覗けば、きらきらした水色の瞳が俺を見る。
昼間、林檎まみれの食卓を囲んだ時か、それ以上じゃないか。
本当に、どれだけ俺のことが好きなんだ。

俺だって、本当は大声で自慢したいよ。
我慢できずに、藤夜(とうや)には喋ってしまうかもしれない。いや、多分自慢する。

「…できるだけ早く婚約できるように頑張る。だから、少しだけ我慢してくれ、」
「約束?」
「うん、約束な、」
「わかった、」

一応は納得してくれたようで、日向は俺の腕を降りると遊び場に行って、何事もなかったかのように図鑑を広げだした。
今日は昼寝をしていないのに、元気だな。

だが、俺が再び浴室に戻ろうと踵を返したところで、呼び止められる。

「しおう、」
「うん?」
「さっきの、またする?」
「さっき、」
「しおうの、と僕ので、こするやつ、」
「わーーーーーーーー!!!」

たまらず、遊び場で足を伸ばした日向を抱えて寝室に飛び込んだ。
頼むから他の者の前で二人の情事を明かすなと、切々と懇願する。
俺の切実な願いとは裏腹に日向はどこか楽しそうで、俺が困っているのを、可愛いとか言い出す始末だ。

「わかった、」
「本当に分かってるか。ちゅうも、印も、さっきのも、初夜も全部だぞ、」
「うん、わかる、」
「亜白にも言うなよ、」
「雁書(がんしょ)も?」
「そうだよ!」

あはっ、と日向は笑ったから、もしかしたら分かってて俺を困らせるのかもしれない。だとしたら、魔性だ。
俺の可愛い番が、どんどん魔性の王子に変貌していく。

焦るけど、嫌ではない。
やっぱり日向の笑う顔が好きだ。
それに、妖艶な顔も、魔性の顔も、俺だけに見せる日向だ。他の顔だって、これからどんどん増えていく。

「僕も、仕事、頑張るね、」
「うん、俺達でもどうにかするけど、やっぱり日向の魔法が鍵だからな、」
「頑張ったら、しょや、」
「……………俺も全力で頑張るよ、」

最後にもう一度日向に口止めして、わかった、と言う言質を取った。
俺の番いは黙っていられない性分だから、どこまで効果があるかは分からないが、一応はそれで納得する。

寝室には二人っきりだったから、出る前に少しいちゃついた。
日向は嬉しそうで、俺に口づけを何度か繰り返す。それから俺のガウンの下に自分でつけた赤い痕を見つけると、うっとりした顔でその痕を撫でて、そこにも口づけてくれた。

「しおうは、僕の、」

また俺の股間に熱が集まるのを感じて、決心した。

全力で婚約を遂行しよう。
それで、一日も早く俺の水色を俺のものにしてしまおう。
誰にも文句は言わせない。

こいつは俺のだ。
俺の日向だ。
日向の俺だ。

しおりを挟む
感想 49

あなたにおすすめの小説

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...