第八皇子は人質王子を幸福にしたい

アオウミガメ

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第弐部-Ⅳ:尼嶺

181.紫鷹 日向の加護

早朝の鍛錬場に、ごうっ、と激しく風が鳴る。
空気が熱を帯び赤々と炎が舞うと、光がはじけ、爆炎と爆風とが、鍛錬場に広がった。

生身なら、四肢が弾けて炎に巻かれるような魔法だ。
それだというのに、煙の中から現れた案山子(かかし)は、傷一つない。
それどころか、透明な光を纏ってキラキラと輝いていた。

「……この通りです、」
「……マジかぁ、」

それきり、俺も萩花(はぎな)も言葉を失ったのは、衝撃があまりに大きすぎたからだ。
そんな俺たちの心中なんぞ気にも留めないかのように、変わらず輝く案山子に頭が重くなる。

綺麗だな、日向の魔力。
ゆらゆら揺れるたびに色んな色を見せるのに、魔力自体はまだ、何色にも染まっていない。
氷やガラスの中で煌く光に似ているとも思ったが、そんな無機質な輝きじゃなくて、木漏れ日のような温かさを感じるのも、日向らしくて俺は大好きだ。

その魔力が魔法となって、案山子を守った。
案山子がその身に着けたのは、日向の加護を宿した小さな記章だ。

「物理的な攻撃にも、魔法による攻撃にも、この通りの防御力です。癒しの魔法に対する防御も確認しました。魔力干渉にも耐えうるようですから、さすがの那賀角(なかつの)も唖然としていましたよ、」
「……これを無意識にやるのか、あいつは、」
「ええ。日向様は、魔法を使った意識はなく、自慢しただけだったそうです。那賀角いわく、その自慢が日向様の言葉なのだろうということですが、」
「日向らしいなあ…、」

昨日、講義を終えて魔法塔へ日向を迎えに行くと、日向に会うより先に別室に通された。
日向に何かあったかと不安になった俺に萩花が見せたのが、あの記章だ。
鷹と青巫鳥(あおじ)の紋の入った記章―――日向の配下がつける記章に、日向が加護を与えたと言う。

昨日はあまり調子が良くなかった日向だ。
おそらく加護の翻訳が始まって、心身への負担が増えたせいだろうと推測していた。つまりはそれほど、加護の魔法に苦戦していたということだから、それが急になぜと困惑する。
仕事中はやはり、翻訳に疲弊するせいか何度も怖がりが出て、仕事は早々に切り上げることになったらしい。
だが、何の拍子か、突然日向の魔法が発動したのを感じたと思ったら、次の瞬間にはもう、萩花と東の記章に加護が宿っていたと言う。

そのこと自体は、日向なら在りえる話だと納得した。
だが、いざその威力を目の前にすると、衝撃がでかすぎて処理が難しい。


「俺の指輪が耐えきれないわけだよなあ…、」


これが本来の日向の加護の力かと愕然とした。
俺だって皇族だから、帝国一の魔術師たちが施した加護を身につけている。それこそ生まれた時から加護の魔法は周りにあったんだ。実際、危ない目にあって、加護が発動したことだってある。

でも、こんな加護は、俺だって見たことがないぞ。
どうなっているんだ、お前の魔法。

「……正直なとこ、怖いって言ったら萩花は怒る?」
「それで日向様を混乱に落とされるようなら激怒しますが、仕方ないと理解はしています、」
「うん、お前に怒られたらひとたまりもないってのは、この間ので理解したから、阿呆なことはしない。……でも、こんなでかい魔法を見せつけられたら、俺の手には負えないんじゃないかって、正直怖いよ、」

鍛錬場に俺を連れて来た日向の護衛頭は、項垂れる俺に同情するような眼差しすら見せたから、少し安心した。

先日、俺が日向を手籠めにしたと勘違いして、黄金の戦士を降臨させた男だ。
日向が誤解を解いてくれて事なきを得たが、迂闊なことをすれば今度こそ一刀両断にされるんじゃないかと、内心震えている。
だが、その一方で、日向を守る上では、これ以上ないほど頼りになるとも理解した。
だから、その萩花が同情してくれるだけで、肩が楽になる気がする。こんなの俺一人じゃ到底抱えきれない。

「那賀角が、日向の第三の魔法だと言ってたな…、」
「はい。加護は、おそらく尼嶺の魔法なんでしょう。私たちが使う魔法では、日向様は激しく魔力を消耗されますが、加護ではそのようなことはありませんでした。癒しや治癒の魔法と同様です、」
「……尼嶺の魔法なあ、」
「私たちの魔法とは違いますから、恐怖を抱くのは仕方ありません。ただ、私たちの常識にないだけで、尼嶺の王族にとっては普通なのかもしれません。……日向様を尼嶺の王族だと認めるようで癪ですけれど、」
「うん、」

どうしたって、日向が尼嶺の王子だと言う事実からは逃れられない。
目の前の加護がそのことを指してもいるようで、胸が痛かった。当の日向が尼嶺で記憶したのは、恐怖と痛みばかりだと言うのにな。

そこから解き放つために、俺たちには日向の尼嶺の魔法がどうしても必要だった。
日向を守るためだ。
―――だけど、本当に守れるだろうかと、不安がよぎる。

「俺は、日向の青巫鳥に加護を与えるだけで、相当苦労したんだけどな、」
「私たちの扱う加護とは原理が違いますから、一概に比較はできませんけれどね、」
「うん、でもやっぱり俺たちは俺たちの常識で日向の魔法を見るだろう。……常識の範疇を超えたものに怯えるのは人の常だ、」

俺の言わんことを理解しているのだろう。
萩花の眉が寄った。

日向を離宮の中に閉じ込めておけるなら、俺だってここまで怯えないよ。
でも、もう離宮の外だって日向の世界だし、俺も日向には広い世界で自由に生きてほしい。

だけど、異端のものに、人は怯える。
小心者の兄ならどうだろう。未知の魔法への対処を得るため、日向を手駒にしたいと考えるのではないだろうか。あるいは、脅威を退けるために尼嶺ごと根絶やしにするかもしれない。
兄でなくても、民衆に知れ恐怖が増大すれば、迫害にもつながりかねない。

日向をそんな悪意や恐怖にさらす気は毛頭なかった。
だが、兄はまだしも、今の俺に民衆の恐怖を抑え込めるほどの力があるだろうか。

「殿下。心配は分かりますが、情報統制は徹底しております。……今はひとまず、日向様を褒めてあげてください、」

うん、一応信頼はしているよ。
俺の力だけでは無理でも、離宮にはお前たちがいるし、草も騎士もいる。

「わかってはいる。……おかげで、俺たちは尼嶺への対抗策を手に入れたわけだしな、」
「はい。これで、尼嶺との折衝も進むかと、」
「日向の手柄だな、」
「見事にお役目を果たされました、」

これで終いと言うわけにはいかないが、日向が一つの成果を上げたことは確かだ。
本来なら勲章ものじゃないだろうか。事情が事情だけに公にはできないが。

「日向様はご自分のなされたことが、どれほどすごいことか理解されておりません。むしろ無意識で魔法を使ってしまったことで、ご自分を責めておられるくらいです。私としては、これが日向様の自信につながればと思っておりますから、ちゃんと褒めてあげてくださいね、」

昨日、迎えに行った時に、東の腕の中でしょんぼりと小さく丸くなっていた日向が思い出される。
あの時も、偉かったな、と褒めはしたが、その後すぐ怖がりが出てそれどころではなくなった。昨日はいつもより怖がりの回数が多かったせいだろう。離宮に帰った後はぐったりとしていて、夕食もそこそこに寝てしまった。
今朝俺が部屋を出る時も、疲れた様子で水蛟(みずち)に抱かれていたな。

「いいの、そんなこと言って。手籠めにするかもよ、」
「殿下の方が踏みとどまってくださったと、日向様から聞いております。ですから、一応、信頼することにしました、」
「……あいつ、本当に全部しゃべったんだなあ、」

俺と2人だけの秘密が嬉しいとか言うくせにな。
隠し事は何一つできなくて、俺と日向の情事はあっという間に侍女や護衛たちにバレた。亜白(あじろ)は何も言ってこないが、顔を真っ赤にしてよそよそしい態度を取っていたから、あいつにもバレてるんだろう。
母上に生暖かい視線を送られたのだけはしんどかったが。
それも日向らしい、ともう諦めた。

日向は日向らしく、幸せであればそれでいい。

そのためにも、萩花の言うように自信をつけさせてやりたいのは確かだ。

「魔法に関しては意固地だからなあ。口で言ったところで、日向は納得しないんだが、」
「形が必要でしょうね、」

そう思う。
まあ、全身に口づけを降らせて、俺の印をつけてやるのは大前提として。

「宴でも開くか、」

日向の功績を公にできないなら、俺たちが日向を全力で褒めてやらないといけない。
あいつは半色乃宮の日向だからな。


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