184 / 209
第弐部-Ⅳ:尼嶺
182.紫鷹 日向の勲章
「しおう、なあに、」
広間に集まった離宮の面々と、机に並んだご馳走を眺めて、日向は水色の目を瞬かせる。
寝ぼけていた目が大きく開いて、きょろきょろと頭を動かしたかと思うと、ぽかんと口を開いたまま俺を見た。
おそろしく可愛いな。
「ようやく起きたか。お前が仕事を頑張ってくれたからな、今日はその慰労会だよ、」
「いろう、」
「良くやってくれた、って日向をねぎらうの。お前が主役だからちゃんと起きててな、」
「僕?」
そうだよ、日向だ。
なのに、隠れ家から引っ張り出して説明しても、正装に着替えさせて髪を整えても、当の本人がずっとぼんやりしているから空振りに終わるのではないかと心配した。
ようやく目覚めたが、いまだに状況を理解できていない日向を抱えて上座に座る。
中央はいつもなら母上の席だが、今日は日向だ。日向を抱いているから俺もだが、主役は日向だと分かるように、卓上には日向の名前を書いたプレートを置いてもらった。
目敏く気づいた日向は、さっそくプレートに手を伸ばして取ると、裏返したり振ったりして、確かめる。
しばらくそうしているうちに、そこが自分の席で、この宴が日向の為に用意されたものだと理解できたのだろう。俺を振り返った時には、水色の瞳がキラキラと輝き出していた。
「僕の宴、」
「そうだよ。お前の、」
「僕の、」
あはっ、と笑った日向が可愛くて頬に口づける。
同時に、紫鷹さん、と窘める声がして振り返ると、隣の席に母上が着席するところで、慎みなさい、と叱られた。それにも日向は声を上げて笑ったから、母上はすぐに柔和な表情を取り戻して日向の頭をなでる。
先日のこともあったから、俺ばかりが背中に冷たい汗を流す羽目になったよ。
だが、まあ、日向が笑うならいいか。
「日向さんがお仕事を頑張ってくれたおかげで、半色乃宮(はしたいろのみや)は尼嶺(にれ)の交渉において、有益な成果を得ることができました。これは帝国の利益にもつながる功績です。今日はその功績を皆さんにも一緒に称えてもらいたくて参集いただきました。どうぞ、存分に日向さんを褒めて差し上げてね、」
グラスを片手に母上が告げて、宴の始まりを告げる。
日向はきょとんとした顔をして聞いていたが、母上が日向に向けてグラスを掲げ皆がそれに倣うと、俺と皆の間で何度かきょろきょろした後、自分のグラスも掲げて応じた。
日向が一口飲んで、皆が続く。
それで割れんばかりの拍手が鳴ると、それに合わせるように日向の体は膝の上でぴょんぴょんと跳ねた。
「りんごと、おいも、」
「今日は日向が主役だからな、日向の好きな料理ばかりだよ、」
「あおなの、おにぎり、もある?」
「ある、」
「かぶの、シチューも?」
「あるよ。クリーム煮も一緒に作ってくれたから、食べ比べてみな、」
「やまいもは?」
「焼いたやつな。後で出来立てが出てくるから、お腹空けといて、」
「わあ、」
キラキラキラキラと、水色の瞳が輝いて、目の前のご馳走に釘付けになる。
あんまり輝くものだから、そこだけ日が差したようで眩しいくらいだ。
「かぶとむし!」
シチューの中に、カブトムシの形をしたカブを見つけた時の日向は、最高に可愛かった。
俺の膝で跳びあがったかと思うと、シチューが入った器を抱えてもぞもぞと膝を降りる。何だ、と驚いていると、亜白(あじろ)の席に駆けて行ってシチューの中のカブトムシを自慢した。
亜白のシチューには、クワガタのカブが入っているのを見つけたら、二人で大騒ぎして会場中の視線を浴びる。亜白はすぐに気付いて顔を赤くしていたが、日向はそのまま嬉しそうに藤夜(とうや)や萩花(はぎな)の席にも駆けて行ってカブトムシを見せた。
多分、全員が微笑ましいのとハラハラしたので目が離せなかったと思う。
俺も、日向が元気に駆け回るのが嬉しい一方で、好物のシチューをこぼして大泣きするんじゃないかと内心ヒヤヒヤしてた。ソワソワと日向の後ろについて回る俺の姿は、会場内で一番滑稽だったんじゃないだろうか。
実際、何度かヒヤリとすることはあった。
でもそのたびに、会場のあちこちから手が伸びてきて、日向の体や器を支えてこぼさせやしない。お陰で日向は始終笑いっぱなしで、「いいね、いいね、」と連呼して、皆も笑顔にした。
「日向さんのお腹は膨れたかしら、」
席に戻った日向が一通り食べて終えて、俺に背中を預けた頃、母上が言う。
「いっぱい、食べた、」
「あら、本当。すごいわねえ、こんなに膨れるのねえ、」
「まだ、入る、」
「やめとけ、一旦休憩な。これ以上入れると動けなくなるし、後でひどい目にあうぞ、」
いつだったかの宴では、食べ過ぎて後でうんうん唸る羽目になっただろうに。
そんなことは忘れたとでも言うように、日向は膨れた腹をなでて、大丈夫、と繰り返す。
「あらあら。じゃあ、日向さんが動けなくなる前に、お渡ししたいのだけど、」
「なあに、」
「今日はお前を褒める日だって言ったろ。それをやるから、ちょっと頑張れるか、」
「ほめる、」
きょとんと目を丸くした日向を抱いて、母上と共に席を立つ。
そのまま会場の中央に空けた場所に日向を攫った。
皆の視線が集まるその場所に、日向の小さな体を下ろして立たせる。
「日向はここに立って、俺たちの礼を受けてくれるか、」
「れい?」
「立っていれば後はやるから、できる?」
「……うん、」
一人で立つと言うことに不安を覚えたのか、小さな返事だったが、一応は頷いてくれた。
その頭を一撫でしたら、俺は日向の向かいに母上と並んで立つ。
一人立たされた日向は、所在なさげだ。
いつも誰かに抱かれているか、側には誰かがいて、こんな大勢の前で一人で立たされることなんてなかったもんな。
不安げに俺を見る瞳が、今にも泣きだしそうだった。
だから、日向が泣き出す前に母上が進み出る。
ただ、いつも日向に見せる穏やかな顔ではなく、王妃の顔をしていた。
その表情に驚いたんだろう。日向の小さな口は、ぽかんと開かれたまま、閉じなくなった。可愛いな。
「日向さんに、菫菜乃勲章(すみなのくんしょう)を、」
「すみ、な、」
「私がよく頑張ったと認めた方に贈る勲章よ。日向さんは、私の依頼でお仕事を頑張ってくれたでしょう。だから、ご褒美、」
「ごほうび、」
母上が、日向の胸に菫を象った勲章をつける。
本来なら日向の功績は、帝国の勲章を与えてもいいものだ。なんせ、未知の魔法に対する防衛策を構築したんだ。俺たちが尼嶺に対抗する策ではあるが、それは同時に、帝国を守ることにつながる。
残念なことに、日向の魔法を明かせないから、帝国の勲章を与えることはできないが、日向には半色乃宮として大々的に褒美を与えようと母上と話し合った。
菫菜乃勲章は、母上の勲章。
帝国の国母が、私的にではあるが、功績ある人物に贈る記章だ。
母上が帝国の中でも民衆の人気が高いゆえに、帝国から贈られる勲章よりも価値があるとも密かに言われた。
菫を象ったその勲章が、日向の胸に光る。
「帝国と半色乃宮を代表して、日向さんに御礼を。私たちの為に頑張ってくださり、心より感謝いたします、」
母上と勲章を見比べる日向は、ぽかんと口を開けたまま呆けていた。
それでも母上が頭を下げて感謝の意を示すと、水色の頭をぺこりと下げてお辞儀をする。
「俺からも、」
続けて俺が言うと、頭を上げた日向は、口を開いたまま俺を見た。
色んな事が立て続けに起こって受け止めきれず、混乱した顔だ。
そうだよな、驚くよな。こんな風に改まって日向の前に立つのは初めてだし、母上が妃の顔を日向に向けるのも、離宮の皆が臣下の顔で日向を見るのも、日向にとっては初めてだ。
混乱しすぎて恐怖に変わりはしないだろうかと、少し不安になった。
だけど日向は、俺が皇子の顔をして進み出ると、きゅっと眉を寄せ口を結んで真剣な顔を作ろうとする。
俺が日向に魔法の研究をしてほしいと依頼をした時にも、そんな顔をしたな。
あの時は、一人ぼっちになるのが怖くて自分の居場所を必死に探していたが、今はどうだろう。
一人ぼっちにはならない、と日向はもう分かると思う。
離宮の日向だと言うだけでなく、日向の離宮だとももう理解しているだろう。
加護の魔法は、その象徴でもあった。
日向のものだと、世界に自慢できたんだろう?
たくさん怖がって、苦しい思いも辛い思いもしたけど、もがき続けてここまで来たな。
そんな日向が心から愛しくて、誇らしかった。
だから、日向があげた功績と、日向が紡いできた道のりに勲章を贈りたいと思った。
「凌霄君乃章(りょうしょうくんのしょう)を、日向に、」
鷹の紋をあしらった記章。
母上の勲章ほどの価値はないが、日向には、他の何より嬉しいだろうと俺は自負している。
案の定、睨みつけるように俺を見ていた水色の瞳は、ゆるりと溶け出して鷹の印に釘付けになった。
本当に、日向は俺のことが大好きだな。
「俺と半色乃宮のために、よく頑張ってくれた。日向の仕事は、この先、俺や離宮を守るための糧となるだろう。感謝する、」
膝を付いて、日向の胸に俺の勲章を飾る。
青巫鳥のブローチの横に、母上の勲章と、俺の勲章が並ぶと、日向の水色の上着が豪華に彩られる。
小さな日向は、もうどこから見ても立派な貴公子に見えた。
見た目だけじゃない、中身もだ。
日向はもう立派に半色乃宮の王子だ。
萩花が手を打ったのをきっかけに、場内が日向への祝福の拍手で溢れる。
その真ん中で、少し自信なさげに体を小さくしていた日向は、誰に促されるでもなく自ら頭を下げてお辞儀をした。
そんなことも一人でできるようになったな。
そのことが嬉しくて目頭が熱くなったが、今日の主役は日向だ。
すべての祝福も、眼差しも、日向に向けたくて必死に堪えた。
日向を抱き上げ広間を廻る。
参集した者のほとんどは、日向が勲章を受けるほどの功績が何であるかは知らない。日向の魔法を知るのはほんの僅かな人間だ。
それでも、集まった皆は日向を称賛し祝福した。
ある者は、背が伸び見るからに成長した日向を。
ある者は、おしゃべりが上手になって、日向の話が聞けるのが嬉しいことを。
ある者は、日向にもらった手紙の文字が格段に読みやすくなったことを。
ある者は、魔法の鍛錬を毎日頑張り続けたことを。
ある者は、退屈な仕事も大変な仕事も、立派にやり遂げたことを。
その全てに、日向は「ありがと、」と返した。
初めはぽかんと呆気に取られていたのが、だんだん嬉しそうになる。そのうち照れたのか、頬が赤く染まってもごもごと口を動かすだけになった。再び席に戻る頃には、水色の瞳からぽろぽろと涙を流して、俺の首に縋り付く。
「何か悲しかった?」
「ちがぅ、」
「じゃあ、嬉しかった?」
「ぅん、」
何が、とは聞かなかった。
日向は泣きじゃくって話せる状況じゃなかったし、聞かなくたって誰にもわかったと思う。
「幸せだな、日向、」
「ぅん、」
日向が頷いたそのことが、俺の胸には勲章のように宿って温かかった。
広間に集まった離宮の面々と、机に並んだご馳走を眺めて、日向は水色の目を瞬かせる。
寝ぼけていた目が大きく開いて、きょろきょろと頭を動かしたかと思うと、ぽかんと口を開いたまま俺を見た。
おそろしく可愛いな。
「ようやく起きたか。お前が仕事を頑張ってくれたからな、今日はその慰労会だよ、」
「いろう、」
「良くやってくれた、って日向をねぎらうの。お前が主役だからちゃんと起きててな、」
「僕?」
そうだよ、日向だ。
なのに、隠れ家から引っ張り出して説明しても、正装に着替えさせて髪を整えても、当の本人がずっとぼんやりしているから空振りに終わるのではないかと心配した。
ようやく目覚めたが、いまだに状況を理解できていない日向を抱えて上座に座る。
中央はいつもなら母上の席だが、今日は日向だ。日向を抱いているから俺もだが、主役は日向だと分かるように、卓上には日向の名前を書いたプレートを置いてもらった。
目敏く気づいた日向は、さっそくプレートに手を伸ばして取ると、裏返したり振ったりして、確かめる。
しばらくそうしているうちに、そこが自分の席で、この宴が日向の為に用意されたものだと理解できたのだろう。俺を振り返った時には、水色の瞳がキラキラと輝き出していた。
「僕の宴、」
「そうだよ。お前の、」
「僕の、」
あはっ、と笑った日向が可愛くて頬に口づける。
同時に、紫鷹さん、と窘める声がして振り返ると、隣の席に母上が着席するところで、慎みなさい、と叱られた。それにも日向は声を上げて笑ったから、母上はすぐに柔和な表情を取り戻して日向の頭をなでる。
先日のこともあったから、俺ばかりが背中に冷たい汗を流す羽目になったよ。
だが、まあ、日向が笑うならいいか。
「日向さんがお仕事を頑張ってくれたおかげで、半色乃宮(はしたいろのみや)は尼嶺(にれ)の交渉において、有益な成果を得ることができました。これは帝国の利益にもつながる功績です。今日はその功績を皆さんにも一緒に称えてもらいたくて参集いただきました。どうぞ、存分に日向さんを褒めて差し上げてね、」
グラスを片手に母上が告げて、宴の始まりを告げる。
日向はきょとんとした顔をして聞いていたが、母上が日向に向けてグラスを掲げ皆がそれに倣うと、俺と皆の間で何度かきょろきょろした後、自分のグラスも掲げて応じた。
日向が一口飲んで、皆が続く。
それで割れんばかりの拍手が鳴ると、それに合わせるように日向の体は膝の上でぴょんぴょんと跳ねた。
「りんごと、おいも、」
「今日は日向が主役だからな、日向の好きな料理ばかりだよ、」
「あおなの、おにぎり、もある?」
「ある、」
「かぶの、シチューも?」
「あるよ。クリーム煮も一緒に作ってくれたから、食べ比べてみな、」
「やまいもは?」
「焼いたやつな。後で出来立てが出てくるから、お腹空けといて、」
「わあ、」
キラキラキラキラと、水色の瞳が輝いて、目の前のご馳走に釘付けになる。
あんまり輝くものだから、そこだけ日が差したようで眩しいくらいだ。
「かぶとむし!」
シチューの中に、カブトムシの形をしたカブを見つけた時の日向は、最高に可愛かった。
俺の膝で跳びあがったかと思うと、シチューが入った器を抱えてもぞもぞと膝を降りる。何だ、と驚いていると、亜白(あじろ)の席に駆けて行ってシチューの中のカブトムシを自慢した。
亜白のシチューには、クワガタのカブが入っているのを見つけたら、二人で大騒ぎして会場中の視線を浴びる。亜白はすぐに気付いて顔を赤くしていたが、日向はそのまま嬉しそうに藤夜(とうや)や萩花(はぎな)の席にも駆けて行ってカブトムシを見せた。
多分、全員が微笑ましいのとハラハラしたので目が離せなかったと思う。
俺も、日向が元気に駆け回るのが嬉しい一方で、好物のシチューをこぼして大泣きするんじゃないかと内心ヒヤヒヤしてた。ソワソワと日向の後ろについて回る俺の姿は、会場内で一番滑稽だったんじゃないだろうか。
実際、何度かヒヤリとすることはあった。
でもそのたびに、会場のあちこちから手が伸びてきて、日向の体や器を支えてこぼさせやしない。お陰で日向は始終笑いっぱなしで、「いいね、いいね、」と連呼して、皆も笑顔にした。
「日向さんのお腹は膨れたかしら、」
席に戻った日向が一通り食べて終えて、俺に背中を預けた頃、母上が言う。
「いっぱい、食べた、」
「あら、本当。すごいわねえ、こんなに膨れるのねえ、」
「まだ、入る、」
「やめとけ、一旦休憩な。これ以上入れると動けなくなるし、後でひどい目にあうぞ、」
いつだったかの宴では、食べ過ぎて後でうんうん唸る羽目になっただろうに。
そんなことは忘れたとでも言うように、日向は膨れた腹をなでて、大丈夫、と繰り返す。
「あらあら。じゃあ、日向さんが動けなくなる前に、お渡ししたいのだけど、」
「なあに、」
「今日はお前を褒める日だって言ったろ。それをやるから、ちょっと頑張れるか、」
「ほめる、」
きょとんと目を丸くした日向を抱いて、母上と共に席を立つ。
そのまま会場の中央に空けた場所に日向を攫った。
皆の視線が集まるその場所に、日向の小さな体を下ろして立たせる。
「日向はここに立って、俺たちの礼を受けてくれるか、」
「れい?」
「立っていれば後はやるから、できる?」
「……うん、」
一人で立つと言うことに不安を覚えたのか、小さな返事だったが、一応は頷いてくれた。
その頭を一撫でしたら、俺は日向の向かいに母上と並んで立つ。
一人立たされた日向は、所在なさげだ。
いつも誰かに抱かれているか、側には誰かがいて、こんな大勢の前で一人で立たされることなんてなかったもんな。
不安げに俺を見る瞳が、今にも泣きだしそうだった。
だから、日向が泣き出す前に母上が進み出る。
ただ、いつも日向に見せる穏やかな顔ではなく、王妃の顔をしていた。
その表情に驚いたんだろう。日向の小さな口は、ぽかんと開かれたまま、閉じなくなった。可愛いな。
「日向さんに、菫菜乃勲章(すみなのくんしょう)を、」
「すみ、な、」
「私がよく頑張ったと認めた方に贈る勲章よ。日向さんは、私の依頼でお仕事を頑張ってくれたでしょう。だから、ご褒美、」
「ごほうび、」
母上が、日向の胸に菫を象った勲章をつける。
本来なら日向の功績は、帝国の勲章を与えてもいいものだ。なんせ、未知の魔法に対する防衛策を構築したんだ。俺たちが尼嶺に対抗する策ではあるが、それは同時に、帝国を守ることにつながる。
残念なことに、日向の魔法を明かせないから、帝国の勲章を与えることはできないが、日向には半色乃宮として大々的に褒美を与えようと母上と話し合った。
菫菜乃勲章は、母上の勲章。
帝国の国母が、私的にではあるが、功績ある人物に贈る記章だ。
母上が帝国の中でも民衆の人気が高いゆえに、帝国から贈られる勲章よりも価値があるとも密かに言われた。
菫を象ったその勲章が、日向の胸に光る。
「帝国と半色乃宮を代表して、日向さんに御礼を。私たちの為に頑張ってくださり、心より感謝いたします、」
母上と勲章を見比べる日向は、ぽかんと口を開けたまま呆けていた。
それでも母上が頭を下げて感謝の意を示すと、水色の頭をぺこりと下げてお辞儀をする。
「俺からも、」
続けて俺が言うと、頭を上げた日向は、口を開いたまま俺を見た。
色んな事が立て続けに起こって受け止めきれず、混乱した顔だ。
そうだよな、驚くよな。こんな風に改まって日向の前に立つのは初めてだし、母上が妃の顔を日向に向けるのも、離宮の皆が臣下の顔で日向を見るのも、日向にとっては初めてだ。
混乱しすぎて恐怖に変わりはしないだろうかと、少し不安になった。
だけど日向は、俺が皇子の顔をして進み出ると、きゅっと眉を寄せ口を結んで真剣な顔を作ろうとする。
俺が日向に魔法の研究をしてほしいと依頼をした時にも、そんな顔をしたな。
あの時は、一人ぼっちになるのが怖くて自分の居場所を必死に探していたが、今はどうだろう。
一人ぼっちにはならない、と日向はもう分かると思う。
離宮の日向だと言うだけでなく、日向の離宮だとももう理解しているだろう。
加護の魔法は、その象徴でもあった。
日向のものだと、世界に自慢できたんだろう?
たくさん怖がって、苦しい思いも辛い思いもしたけど、もがき続けてここまで来たな。
そんな日向が心から愛しくて、誇らしかった。
だから、日向があげた功績と、日向が紡いできた道のりに勲章を贈りたいと思った。
「凌霄君乃章(りょうしょうくんのしょう)を、日向に、」
鷹の紋をあしらった記章。
母上の勲章ほどの価値はないが、日向には、他の何より嬉しいだろうと俺は自負している。
案の定、睨みつけるように俺を見ていた水色の瞳は、ゆるりと溶け出して鷹の印に釘付けになった。
本当に、日向は俺のことが大好きだな。
「俺と半色乃宮のために、よく頑張ってくれた。日向の仕事は、この先、俺や離宮を守るための糧となるだろう。感謝する、」
膝を付いて、日向の胸に俺の勲章を飾る。
青巫鳥のブローチの横に、母上の勲章と、俺の勲章が並ぶと、日向の水色の上着が豪華に彩られる。
小さな日向は、もうどこから見ても立派な貴公子に見えた。
見た目だけじゃない、中身もだ。
日向はもう立派に半色乃宮の王子だ。
萩花が手を打ったのをきっかけに、場内が日向への祝福の拍手で溢れる。
その真ん中で、少し自信なさげに体を小さくしていた日向は、誰に促されるでもなく自ら頭を下げてお辞儀をした。
そんなことも一人でできるようになったな。
そのことが嬉しくて目頭が熱くなったが、今日の主役は日向だ。
すべての祝福も、眼差しも、日向に向けたくて必死に堪えた。
日向を抱き上げ広間を廻る。
参集した者のほとんどは、日向が勲章を受けるほどの功績が何であるかは知らない。日向の魔法を知るのはほんの僅かな人間だ。
それでも、集まった皆は日向を称賛し祝福した。
ある者は、背が伸び見るからに成長した日向を。
ある者は、おしゃべりが上手になって、日向の話が聞けるのが嬉しいことを。
ある者は、日向にもらった手紙の文字が格段に読みやすくなったことを。
ある者は、魔法の鍛錬を毎日頑張り続けたことを。
ある者は、退屈な仕事も大変な仕事も、立派にやり遂げたことを。
その全てに、日向は「ありがと、」と返した。
初めはぽかんと呆気に取られていたのが、だんだん嬉しそうになる。そのうち照れたのか、頬が赤く染まってもごもごと口を動かすだけになった。再び席に戻る頃には、水色の瞳からぽろぽろと涙を流して、俺の首に縋り付く。
「何か悲しかった?」
「ちがぅ、」
「じゃあ、嬉しかった?」
「ぅん、」
何が、とは聞かなかった。
日向は泣きじゃくって話せる状況じゃなかったし、聞かなくたって誰にもわかったと思う。
「幸せだな、日向、」
「ぅん、」
日向が頷いたそのことが、俺の胸には勲章のように宿って温かかった。
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった
cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。
一途なシオンと、皇帝のお話。
※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
異世界転生してひっそり薬草売りをしていたのに、チート能力のせいでみんなから溺愛されてます
ひと息
BL
突然の過労死。そして転生。
休む間もなく働き、あっけなく死んでしまった廉(れん)は、気が付くと神を名乗る男と出会う。
転生するなら?そんなの、のんびりした暮らしに決まってる。
そして転生した先では、廉の思い描いたスローライフが待っていた・・・はずだったのに・・・
知らぬ間にチート能力を授けられ、知らぬ間に噂が広まりみんなから溺愛されてしまって・・・!?
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。
めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。
その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。
⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる
⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない
※全四話、予約投稿済み。
本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。
※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中