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赤瑪瑙 あかめのう
しおりを挟むマルク達は、悲愴な追憶に満ちたバチェントロ国を後に、隣国のブラバース国へやってきた。
ブラバースは大陸の中でも上国に匹敵する規模を持ち、王都の近くには広大な森が広がり、緑豊かな国だった。
瘴気で覆われてはいるが、前国よりも薄く過ごしやすい。
移動は緑竜の背中に乗って、数回休憩と野営を挟んだが、楽に国境を越えた。
冒険者ギルドで仕事を受注して、森に入る。
仕事内容は、幻覚症状に効く薬草『ロロス』の採集だ。普通の薬草採取より二倍の報酬額だった。
最近出没する魔獣は幻覚魔法を使う個体も居て、市場では在庫不足に悩まされているらしい。
マルク達は森に入り『ロロス草』を探した。
丘を越えて、川沿いの道を歩き、緑が深い山に入る。
なかなか見つからず、右往左往していると、ニフリートが長い首を降ろして、木陰で何かをじっと見ると、目を細めて微笑む。ニフリートの周りを 微塵のような粒が数個、 金色に発光して、囲んでいるように見えた。
マルクが足元の草むらを隈なく探していると。ニフリートは近づいてマルクと目を合わせる。「こっちだよ」というように竜の首をある方向へ向ける。
言われるまま、その場所の足元を見下ろすと、『ロロス草』と思われる真四角の四片の花弁と、長方形の葉を携えた、四角ばった草が点々と 顕現した。
「えらいぞ、ニフ!」
マルクはそう言いながら緑竜の首を撫でる。
緑竜はキュイ!と小さく鳴いて、頭も撫でてと言わんばかりに頭を垂れ、マルクはそれに応えた。
予定量よりもたくさん採取できたので、そろそろギルドに行くとニフリートに声をかける。
竜は街に連れて行かれないので、森で待っているよう言い聞かせ背中を向けると「待って」と言うように、緑竜は鼻先をマルクの背中にチョンと押し当てた。
振り返ると、緑竜の周りに銀砂が舞い上がり、渦を巻き上げて、ニフリートを包み込む。
緑竜の姿が見えなくなり、銀砂が少しずつはれてくると、人の 貌がゆっくりと露われた。
浅葱色の絹糸のような髪が、銀砂の渦に舞い上がって、さらりと降りる。
長い睫毛に囲まれた、翡翠のような深い蒼の瞳が俺を見つめる。
透き通るような白い素肌はどこまでも滑らかそうで一糸纏わぬ姿……全裸だった。
美童はマルクに微笑んだ。
「ニフリート……なのか?」
マルクは半信半疑で美童に問いかけた。
「僕だよ、マルク。……ちゃんと人間になれてる?」
美童は、恥ずかしげに首を傾げる。
「ああ! 立派な人間だ、言葉も上手に話せてる……信じられない! ああ、俺の愛しいニフ」
マルクは駆け寄り、ニフリートを抱きしめる。
掌が柔らかで真っ直ぐな髪を、そして背中を撫ぜる。はた、とニフリートが全裸だったことに気づく。
「ああ、すまない。すぐに服を用意するよ」
荷物の中から、自分が着れなくなった服を出してきて、ニフリートに着せてみるも、ぶかぶかだった。とりあえず着て歩けるように調節する。
「少しのあいだ、尻尾も翼も出さずにこのまま人型でいられるか?」
「うん!」
ニフリートは喜色満面で返した。
王都サスミルへ、ニフリートを連れて行くため、森を抜ける。
ニフリートは、竜の体で飛んだ方が早いのにな、と小言を言いながら歩いた。
牧歌的な農村を抜けると、石壁が続き、ところどころに砦がある建築物が視界にはいる。その中央に重厚な大きな門があり、門番が立っている。城下街への入り口だ。
マルクはギルド証を見せて、にっこりと微笑む。
「ウチの子、可愛いでしょ?」
門番は、表情ひとつ変えずに二人を通した。
門を抜けたニフリートは、眸をキラキラと輝かせ「あれなぁに? あれは?」と、見るものすべてが新鮮に見えているかのようだった。マルクは顔を綻ばせながら、優しく答える。
二人は目抜き通りから一本入ると、絵が描かれたカラフルな石が石膏で敷き詰められた、洒落た路地に入る。
この通りは衣料品店、帽子屋、アクセサリーが主な貴金属店、靴屋などアパレル系の店が建ち並んでいた。
最近の生活はニフリートのおかげで収入も安定している。可愛い我が子に服を買ってあげられるくらい余裕はある。
どんな服がいいのかわからなかったマルクは、店員に声をかける。
「この子に、服を見繕ってくれないか?」
「承知いたしました」
親馬鹿ながらに、ニフリートは何でも似合うと、マルクは思っていた。
街歩き用に、ジャケット、白シャツ、サスペンダー付きのパンツ。普段着用にチュニックと麻のパンツ。他に洗い替えと下着も何点か用意して貰った。上等な品は買えないが、普通に生活するには差し支えないだろう。
洋品店を出ると、ニフリートはある店の陳列窓に釘付けになった。
そこには色とりどりの鉱石がついた、綺麗な髪留めが並んでいた。
ニフリートの浅葱色の美しい髪に、綺麗な髪留めを付けたら、この上なく美人になるだろうとマルクは思った。
「少し、見ていこうか?」
ニフリートの手を引き、店に入る。子供の手は柔らかく暖かかった。
「好きなのを選んでいいんだよ」
マルクは柔和に声をかける。
「この、……マルクの瞳の色と同じ、これがいいです」
赤瑪瑙色の飾りが付いた髪留めを指差しながら、遠慮がちに、もじもじと恥じらいつつ、ニフリートは言った。
(俺の目はこんな色をしているんだ、こんな地味な色より、もっと似合いそうなものもあるのになぁ……)
マルクは、唸りながら照れ臭い感情を抑え、支払いを済ませた。
宿に泊まるのは、もう少し人型に慣れてからにしようと提案して、その晩は野営をすることにした。
秋が過ぎ、冬の突き刺すような寒い夜。洞窟内は厳しい寒さだった。
焚き木をつけて、厚着をしてそれぞれの寝袋に入るも、冷えてなかなか寝付けなかった。
マルクは寝袋から出て、焚き木に近付いて手や足を暖める。
「眠れないの?」
寝袋から顔を出した、ニフリートの可愛らしい声が聞こえてきた。
「ああ、体が冷えてな」
マルクの返事を聞くと、ニフリートは洞窟を出て竜の姿に容貌を変える。
翼をたたんで、壁に当たらないように、そっと洞窟内に入ると焚き木の前で、ごろんと横になった。
普通の竜は、こんな風に横になって寝ることはない、マルク仕様だ。
「竜の体は冬の寒さにも強いんだ、僕のお腹に 包まって休もう」
緑竜はそう言って、人が入れるくらい翼を上げる。
マルクは少し羞恥を感じながら、ゆっくりと竜の体に包まれる。
腹部分の皮膚は滑らかで柔らかく、全身に緑竜の体温を感じて、寝息をたてる呼吸音、血液の流れる音、ゴロゴロと喉を鳴らす音が混じり合って、心地よくマルクの眠気を誘う。
「これじゃ、どっちが親だか、わからないな」
マルクは呆れるように吐息混じりに呟いて、瞬く間に深い眠りへと 誘われた。
それはマルクの記憶にはない、母親の胎内のような安らぎを覚えた。
焚き木は、ぱちぱちと火の粉を舞いあげて、 焔の影は二人の寝姿を石壁に映す。
深い、深い夜。やがて冷気は粉雪となり、しんしんと降り積もる。
── 赤瑪瑙と翡翠の至福の刻が流れた──
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