はいいろドラゴン

アベンチュリン

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真白と青色

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 北方の国ラステリアは極寒だった。
 移動はなるべく竜姿のニフリートお願いしている。

 こんな北端でも瘴気に晒された空は、ぼんやりと白濁として霞み、山々には雪が積もり、木々は霧氷や樹氷に覆われている。
 一面が氷で形成された、風光明媚ふうこうめいびな真っ白な銀世界に感銘を受けた。

 黒と白の縞柄のラジャスベアーに目星をつけて、氷床の上空を緑竜が舞うように飛ぶ。
 視線を下に向けると、氷河が細かく砕けたり、くっついたりして、地響きがゴゴゴォーと低く唸りをあげている。

 氷床のある一角に、蟻のような群衆が見えて、低空飛行で眺めるとラジャスベアーの青と白の縞模様を目視する。
 ラジャスベアーは野生の魔獣の類になる。よって上空からの観察のみにとどめた。

 白い世界に青の縞模様が美しく映えて、それは景色に擬態するように氷雪と青い海の色で彩られていた。
 巨体をしならせて、暫く海中へ潜ったかと思うと、岸へ上り氷床に獲った魚を吐き出し、群れの仲間たちが一斉に喰らい付く。

 それを眺めながら、緑竜はキュイキュイと弾むようにいなないいた。
 マルクは緑竜のそんな姿を愛らしく感じて、頭や首を撫でてやると、さらにキュイ──ッと喜びの鳴声めいせいをあげた。

 しばし氷の世界を満喫していると、一箇所この空間に不相応な、黒く濁った水溜りのような場所があり、ニフリートが様子を見たいと言うので降り立った。

 人型になったニフリートと、遠距離から見やると、背が水色で腹が白毛、眦に桃色のラインが特徴の、リオートペンギンの群れがおり、そのうちの一匹が、瘴気が吹き溜まったであろう水溜りに足を取られて、魔素に侵された足先が壊死しかけていた。

 見兼ねたニフリートは、足早にペンギンの元へ行き、マルクと二人でリオートペンギンの身体を水溜りから出してやり、回復魔法を施すと、ペンギンの身体は緑の光に包まれた。
 暫く経つと、元気になったペンギンはひるがえってスタスタと歩いて行き、その後ろ姿をほっこりと二人で見送る。

 問題の瘴気の水溜りに近づくと、尋常ではない闇の魔素が感じられ、それは毒を有するとニフリートが告げる。

【アイスピュリフィケーション】

 ニフリートが唱えると、白い空間に風が巻き起こり、浅葱色の髪がなびく。
 マルクは、咄嗟にフードを深く被り冷風に耐える。
 
 闇の魔素らしき黒い液体が宙に浮き、ニフリートから発せられた緑色の閃光が液体を覆い分解しているかのように、ブクブクと沸き立ち、やがて蒸発して消え去った。

「どうしてこんな場所に……」

 ニフリートが不安気に蹌踉よろめきながら呟いた。マルクは肩を支えると、ニフリートの聖者のような振舞いに礼賛らいさんして、以前していたように抱きしめて、目を細めて柔和に微笑む。

「えらいぞ、ニフ! まるで聖者のようだ」
 
 ニフリートは少し照れたように、はにかんだ。
 刹那、反射的に抱きしめていたことに気づいたマルクは戸惑い、すまないと身体を離す。
 ニフリートの瞳は仄暗くかげった。

「冷えてきたな、そろそろ街へ帰ろう」

 ニフリートを振り返らずに、マルクは告げた。





 その夜も、マルクは酒場に繰り出した。
 その酒屋は魚料理が豊富で、メルビという白身魚とチェブ蛸のアヒージョが格別に美味かった。
 客は漁師や、観測所で働いてるような揃いの防寒服を着た者たち、行商人と御者、冒険者は数少ない。

 マルクの酔いが進んで、エールからホットワインに変わった頃、入口付近で騒ぐ連中がいた。

「よう、お嬢ちゃん美人だね。俺らと呑まねぇか?」

 数少ない冒険者の中の、屈強な半裸を見せ付けるようにショルダーアーマーを装備し、なから露出狂にも見える男の、軽薄な声が店内に響いた。

 マルクはカウンターを見つめていた、その虚ろな視線をそちらに向ける。

 そこには浅葱色の長い髪を、俺が贈った赤瑪瑙めのうの髪留めで高く結い上げた美しい彼がいて、軽薄そうな男たちに言い寄られ、ウシャンカ帽を手に白いマントを着たまま困った顔を見せていた。

 マルクは一気に酔いが覚めて、眉間に皺を寄せると、持っていたグラスをガンッとカウンターに叩き置き、つかつかと渦中に歩み寄る。

 そして軽薄男の腕を掴み、睥睨して低い声で告げる。

「この薄汚い手を離せ! お前が触れていい相手じゃない」
 
 男は一旦怯んでから、マルクを睨め付ける。

「なんだよ、さっきからこの世の終わりのような目つきで飲んでた辛気臭ぇ兄ちゃんじゃねぇか、俺たちはこの綺麗な嬢ちゃんと今から飲むとこなんだよ、邪魔すんじゃねえよ」

 男が臭い息を吐きながら、マルクに食ってかかる。

「彼は男だ」

 マルクは冷ややかな鋭い眼差しを向け、地を這うような声で言い放つと、男の腕を捻り上げて、二人の手を解きニフリートの手を取る。

「きみはこんな所に来ちゃいけない」

 そうニフリートの眸を見据えて告げ、会計を手早く済ませ、店外へ出てドアを閉めると男達の怒号は聞こえなくなった。

 しん、と静まりかえった雪灯籠ゆきどうろうが灯された街路をニフリートの手を掴んだまま、足早に歩くマルク。手を繋いだまま必死に着いていくニフリートの白いマントは揺れる。
 今まで見たことのないマルクの怒気を孕んだ表情は少し怖い。けれどニフリートは勇気を出して白い息を弾ませながら声を出す。

「あの……あのね。マルクがお酒飲みすぎちゃうと思って、……迎えに来たんだ」

 ニフリートは最近、深酒をするマルクを慮っていた。
 マルクは足を止め振り返ると、ニフリートの髪留めに触れて髪を梳き、寒さに朱をさした頬を撫でると愛おしそうに見つめた。

「心配かけてすまなかった。……けれど、ああいう場所に来ては駄目だ、危ない」

 マルクは来てるのになぜ僕だけ?と言う疑問を持ちながらもニフリートは首肯すると、マルクはいつもの柔和な微笑みに戻った。
 安堵したニフリートも笑みで返した。


 マルクはニフリートの手にあったウシャンカ帽を彼の頭に被せて、目を細める。
 落ち着いた二人は、凍結した路地を手を繋いで、転ばないようにゆっくりと慎重に歩いて宿に帰る。

 外気は寒いけれど、繋いだ二人の掌は暖かかった。




──真っ白な世界に、青くいとけない愛が交わることもなく、並行を辿っていく──

 
 
 
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