賢者様は世界平和の為、今日も生きてます

サヤ

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乙姫

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「ここが、乙姫様の部屋っす」
 モドキガメに案内された場所は、ここに来るまでに通った通路にあった扉と同じく、質素な造りだった。
 近くに兵士は控えているというわけでも、通路の奥にあるわけでもなく、言われなければ通り過ぎてしまうくらいに普通だ。
「ここが乙姫様の部屋?ずいぶんと質素なんだね」
「本当の乙姫様の部屋は別にあるんすけど、広くて落ち着かないって本人が言うもんですからここにいるんすよ」
 言いながらモドキガメは扉をべしべしと叩く。
 しばらくすると扉が少しだけ開いて、その隙間から男の顔がぬっとこちらを覗いてきた。
 一瞬人間にも見えたが、輪郭の所々に鱗が見える初老だ。
「……誰だ」
「さっき地上から来た人間のお客でさぁ。乙姫様に挨拶したいってんで、連れてきやした」
「あいにくだが、乙姫様は病に伏せっておられる。観光気分で来たのなら、早々に立ち去るが良い」
 ぶっきらぼうな言い方だが、長居はするなという忠告ともとれる。
「お気遣いありがとう。でも私は先代の乙姫に世話になっていてね。枕元でも構わないから、一言だけでも挨拶させてもらえないだろうか?」
「何……?」
 すると男は、私を値踏みするように下から上へと視線を走らせる。
「……先代様は二十年も前に亡くなられている。童の時分にも此処へ来たというのか?」
 はは、妥当な質問だ。
「まあ、似たようなものです」
 適当な返事をすると当たり前のように怪しまれ、男の眉間に深い皺が刻まれる。
 怪しんでるなー。でも正直に話しても怪しいだけだし、嘘をつくのも面倒だしなあ。駄目ならもう帰ろうかな。
 ほんの少しぶらついただけだが、ここが以前の海底宮殿では無い事は十分に分かったし、長居をしても良い事は無いのだから、帰れるうちに帰るべきだ。
 数秒、ドア越しで男と顔を突き合わせていると、室内の人物に呼ばれたのか、男が顔を中へと逸らせる。
「ええ、人間が……は?ですが……分かりました」
 短いやりとりの後、男はドアを引き開き、中へ入るよう促す。
「姫様は病を患っていらっしゃる。あまり負担はかけられぬよう、お願いします」
「ええ、ありがとうございます」
 カメリアに静かにね、と一言添えてからドアをくぐる。
 部屋の中は光る海月が数匹いるだけでかなり暗く、寝台の上に人がいる事に気付くのが数瞬遅れる。
「こんにちは。あなたが、地上からいらした方?」
 暗くて顔がよく見えないが、女性の声がした。
 その声色は硬く、抑揚が無い。
 声量も小さく、少し聞き取り難い。
 歓迎されていないのかな?
 そう感じつつも、とりあえずは挨拶を返す。
「ええ。たまたまこちらに来る事が出来たので、寄らせていただきました。以前訪れた時よりも、だいぶ美しい場所になっていますね」
「……」
 ん?
 何か発言したようだが、声が小さすぎて聞き取れない。
 思わずカメリアを見ると彼女の耳には届いていたようで、その言葉を教えてくれた。
「賢者さま、前はいつ来たの?」
「ああ、先代の乙姫様がご健在だった頃ですよ。見た目が若造なんで信じてもらえないかもしれませんが……」
「……近くへ」
 乙姫が寝台で手を滑らせると、衣擦れの音が響く。
 高貴な方の寝台に近付くのは気が引けるけど、仕方ないか。
 ちょっとした罪悪感を覚えつつ乙姫の近くまで寄る。
 目は部屋の暗さにすっかり慣れていたので、彼女が寝台で上半身を起こしてこちらを見ているのがはっきりと見える。
 その顔も声と同様、表情が無くまるで仮面を被っているかのようだ。
 何だろう、この違和感。病の影響、なのか?
 寝台脇にあった椅子にカメリアを座らせ、私は乙姫の近くで跪く。
 目の前にいる現乙姫は、私の知っている先代乙姫のエイネにそっくりだった。
 丸みのある頬に大きめな瞳、控えめな口元と、外見的特徴が瓜二つだ。
 ただ私が知っている先代乙姫はもっと幼い少女だったので、大人になればこのような感じだろうと想像するしかない。
 こうやって見ると、やっぱり親子だな。エイネちゃんに良く似ている。
 ほう、と感心しながら眺めていると、不意に乙姫が手を伸ばし私の頬に触れた。
 やや骨ばった手は、熱で火照っていて、寒いのか小刻みに震えている。
「……あなたは、母を救った方々、ですか?」
「私を、ご存知で?」
 彼女の娘だ。話は聞いていてもおかしくない。
 それに答えるように乙姫は一つ頷き、僅かに笑顔を見せた。
 ……ああ、そうか。彼女が冒されている病はあれか。
 そこでようやく病の正体に気付いた私に、部屋の片隅に控えていた男の声が掛かる。
「姫様の病は、徐々に身体が動かなくなっていくもので、言葉も満足に話せなくなってきている。先代も、姫様のご兄弟も同じ病に罹られていた。遺伝的な病だ」
「……そうですか」
 違う。これは、遺伝的なんかじゃない。
 私は頬に触れている乙姫の手を取り、杖を持たせて彼女の手ごと私の手で覆った。
 何をしているのかと不思議そうに見つめている乙姫だったが、すぐにその答えは分かる。
~どうです?これなら、楽に話せませんか?~
「……!」
 口にしたわけではないが、彼女は反応する。
 私の魔力を使って、杖を通して直接心に話し掛ける。
~言葉が通じない物に使う魔法です。思っている事を浮かべるだけで、言葉が届きます~
~……こんな魔法があるだなんて、世界は広いですね。流石は賢者様です~
 今までの抑揚の無いたどたどしい言葉とは違い、驚きと感心に満ちた声色。
 これが本来の彼女の
~傍から見れば黙っているようにしか見えませんから、単刀直入に言います。貴女の病は遺伝的なものではありません。毒物による物です。それも、意図的に摂取しないと体内には取り込まない物です~
~……そうですか~
 乙姫の反応は意外な程にあっさりしている。
~何か心当たりでも?~
~いえ。ただここには、祖父を慕っていた者もおりましたから~
~なるほど……~
 毒を盛った犯人が分からない事には根本的な解決が出来ないが、この毒は解毒が可能だ。
~薬を調合するので、少しだけ時間と、宮殿内を回る許可を頂けないでしょうか?~
~ありがとうございます。どうぞ、お好きな所を見てお巡り下さい。ですが、ここの物は口にしないで下さいね。ここに住むというのであれば別ですが~
~ええ、分かっています~
 冗談ぽく笑う乙姫に、私も笑みを返す。
「では少しの間、休んでお待ちください。材料を揃えてきます」
 そう口にして、私は乙姫が寝台に横たわるのを手伝った。
 すると当然、事の成り行きが分かっていない乙姫の付人が口を挟んでくる。
「材料とは、何の話だね?」
「薬の材料ですよ。この病は遺伝的な物ではありませんし、治る病気です。いまからその材料を探すんです」
「何……?治るだと?」
「ええ。半世紀前に船乗り達の間で流行った症状によく似ていますから、おそらくそれでしょう。これはですよ」
 さて、君はどうでる?
 解毒薬を作る傍ら、犯人を見つける必要がある。
 乙姫が患っている病は、船乗り達の間で流行った毒物。
 つまり、人間が持ち込み使用した可能性が高い。
 ここを訪れた人間は陸に上がった形跡が無いというし、ここの食べ物を口にすれば人間では無くなってしまう。
 彼女や、王族達を恨む人間がいてもおかしくは無い。
 そして目の前にいるこの男は、イカのように見えるがやや歪。間違いなく元人間だろう。
「……しかし、私達も色んな薬を試したが、どれも効果が無かったんだぞ?」
 男はしばらく考え込んだ後そう答えた。
 反応は普通。彼では無いのか……。さっきのタコ人間といい、ここにどれだけの元人間がいるかは分からない。注意しておかないと。
「薬の調合にはちょっとした手間が必要なんですよ。……ええと」
「トビアスだ。姫様の副官をしている」
「トビアスさん。乙姫様に宮殿内を散策する許可を頂きましたので、薬の材料を探させてもらいますね」
「そのような会話は聞こえなかったが?」
 眉根を寄せて怪訝そうにするトビアスに、私は軽く笑いかける。
「会話っていうのは、何も言葉を発するだけじゃ、ないんですよ?」
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