賢者様は世界平和の為、今日も生きてます

サヤ

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帰り道

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 その日の夜、客室の一室を与えられた私とカメリアは、そこで夕食を取っていた。
 室内で火を起こすわけにもいかず、宮殿内の食料を分けてもらうわけにもいかず、持ち合わせの干し物と果物だけの質素な夕食となった。
「ごめんよ、カメリア。今日はこれでガマンしてね」
「カメリア、へーきだよ」
 がぶがぶと果物にかじりつきながら元気に返事をするカメリアは、本当に気にしていないようで私としては非常に助かる。
 元々コボルトとして生きていた彼女にとって、食べる物があるというだけで十分なのかもしれない。
「明日になったら全て終わると思うから、地上に戻ったら美味しい物を食べに行こうね」
「うん!」
 そんな約束をカメリアと交わし、私は壁に立てかけておいた槍を手に取る。
 かつて海王がこの槍を手に人々を襲い、その娘であるエイネが呪われた人々を解放し、今となっては扱う者がいなくなってしまった魔槍。
 魔力を消耗したままの状態故に、普通の杖のように見えてしまう。
 相応の魔力を注入してやれば、以前のような力を発揮出来るが、今はその魔力を注げる者すらいない。
 私自身の魔力を注いでも良いのだが、魔槍では相性が悪く必要以上の力を必要とするので止めた。
 だから私は、夜が来るのを待った。
 の魔力であれば、問題なく力を分け与える事が出来る。
「……賢者さま、あの人、何か言ってるよ」
 不意に、食事をしていた手を止めたカメリアがそう口にする。
 あの人というのはトビアスの事だ。
 彼の会話している声が聞こえたら教えて欲しいと伝えてあったのだが、どうやらカメリアの優秀な耳がそれをキャッチしたようだ。
「何て言ってる?」
「えっと……ニンゲンに戻ったらころすって」
「ふうん。誰を?」
「名前言わない。あいつって。あとオトヒメも、生かしておかないって」
「そう」
 まあ間違いなく、私達の事だろうな。それにしても、やっぱりと言うか、何と言うか……。
 失笑のため息と共に、手に持っていた魔槍を弄る。
 今の話を聞く限り、乙姫に毒を盛っていたのはトビアスで間違いないだろう。
 あまり隠す気無かったもんなぁ、あの人。
 会話の端々から読み取れた乙姫への怨み。
 ただ疑惑が、確信に変わっただけだった。
「あっ!」
「何だい?」
 未だトビアスの会話を聞き取っていたカメリアが悲鳴を上げ、焦った表情でこちらを見る。
「おくすり、捨てられちゃう!」
「ああ。まあ、そうだろうね。でも平気さ」
 私は荷袋から薬入れを取り出し、乙姫の為に作った薬をカメリアに見せる。
「ほら。こんな事もあろうかと、ちゃんと取ってあるよ」
「わあっ。賢者さま、すごい!でもカメリア、それキライ……」
 目を丸くして驚くカメリアだが、すぐに嫌そうな顔をして身を引く。
 乾燥させていてもまだ匂うらしい。
「はは。これがあるから、乙姫様は大丈夫だよ。それに、私達も殺されるわけにはいかないからね」
「賢者さまがやっつけるの?」
「いやいや、私は争い事はごめんだよ。ちゃんと人間に戻して、地上に帰ってもらうさ。その為にもまずは、この杖を使えるようにしないとね」
 そう。まずは手に持つ魔槍を使えるようにしなければ何も始まらない。
 直に夜が深まる。
「カメリア。それを食べたらもうお休み?明日は早いからね。深海の夜は寒いだろうから、しっかり暖かくして寝るんだよ」
「うん、分かった!」
 カメリアら素直に返事をし、夕食を済ませた後はいそいそと寝台へと向かう。
「賢者さま、お休みなさい」
「うん、お休み。良い夢を」
 カメリアと挨拶を交わした後、私は夜が更けるのを待った。
 そしてその時はすぐにやってくる。
 周りの空気を巻き込むように変貌していく自身の身体。
 人から魔族へと化ける瞬間……。
「ふう……。さてと。うん?」
 魔王ヒュブリスの姿になった途端、魔槍がぶるりと震えた。
 膨大な魔力を持つ者に、恐れを成したのかもしれない。
「魔槍って、やっぱり意志があるんだな。ほら、久方振りの魔力だ。たっぷりお食べ」
 魔力を込めると、魔槍は勢い良くそれを吸収していくが、あっという間に終わってしまい、ぎしぎしと軋む音を立て始め、危うく限界値を超えるところだった。
「っとと。危ない危ない。壊してしまったら元も子も無い」
 軽い冷や汗をかいたが、ともかくこれで準備は完了だ。
「んー、どうしようかな。もう始めてしまってもいいんだけど……」
 念の為、辺りに耳を済ましてみる。
 魔王の聴覚はカメリア程ではないが、そこそこ優秀で、周りの物音くらいは聞き取れる。
「周りに動く音は無し、か……。今のうちに仕掛けて、相手が混乱している隙に乙姫の元へ行くのがベストかな」
 よし、と先の手順を決めた私は魔槍を一振りして、海底宮殿全域に魔法をかけた。
 後は朝になれば一騒動起きるだろうから、私も寝るとしよう。
 明日の事を想像し、ちょっとした笑いを堪えながら、朝が来るのを待った。


 翌朝、魔王から賢者の姿へと戻った頃、私はぐずるカメリアを何とか起こして乙姫の部屋へと向かった。
 日の昇る加減が分からない深海ではあるが、人の姿に戻るのは大体日の出と同じだ。
 まだ誰も起き出してはいないようで、誰にも出会う事なく乙姫の部屋まで無事に辿り着けた。
 途中調理場にも寄ったが、カメリアが言っていた通り、乾燥させておいた薬は水瓶の中に沈んでいて使い物にならない。
 それだけでなく、材料として使用した果実も、海を漂う質の良い海藻もことごとく無くなっていた。
 徹底してるな。でも、まだ爪が甘いんだよね。
 私は別に取っておいた薬を取り出し、乙姫の部屋の前で中の様子を伺う。
 気配は、一人……。この魔力の流れは、乙姫の物で間違いない。
 中にいるのが乙姫だけである事を確信し、そっと扉を開けた。
「失礼します。明け方早くに申し訳ありません。薬が完成したのでお持ちしました」
 声をかけつつ近寄ると、寝台の上でごそりと動く音が聞こえた。
 良かった、起きてる。
 乙姫の隣まで行くと、目を開けている彼女と目があった。
「身体を起こしますね」
「あ、りがと、う……」
「いえ。お礼は、ちゃんと治ってからで大丈夫ですよ」
 頑張って口を動かす乙姫にそう微笑みかけ、私は手に持っていた薬を見せた。
「これが薬です。即効性があるのですぐに効いてきますよ。ちょっと酸っぱいですけど、我慢してくださいね」
「賢者さま、お水」
「ありがとう、カメリア」
 カメリアが汲んでくれた水を受け取り、まずは薬を乙姫の口に入れてから水を含ませる。
「っ……」
 強い酸味に目を固く瞑るが、乙姫はそれを何とか飲み込んだ。
「うん。あとは動けるようになるのを待つだけだ。お疲れ様でした」
 乙姫が薬を服用出来た事を確認した私は、とりあえず肩の荷が降りた事に安堵する。
 が、もう一つの課題が既に目の前に迫っていた。
 遠くからドタバタと数人の足音が響き渡ってこちらに近付いて来ている。
「ここかっ!魔法使い!」
「お、もう来たのか。意外と早いな」
 乱暴に扉を開け放ってやってきたのは白髪混じりの初老の男性。
 その後ろに続いてぞろぞろと入ってきた男達も似たような年齢で、皆人間だ。
 私は声に聞き覚えのある先頭に立つ男性に話し掛けた。
「姿が違うけど、トビアスさんかな?無事に人間に戻れたようですね。おめでとうございます」
「何がおめでとうだ。貴様、ふざけるなよ?何なんだこの姿は!」
「?何か不満でも?完全には戻れていませんでしたか?」
 トビアスは怒り心頭の様子だが、私が見る限りでは完璧な人間に戻れている。
 おかしな箇所は別段見当たらない。
「俺は十代でバケモノになった。それから五十年。だがあの姿はこんなじゃなかったぞ!どうしてこうなる!」
「はあ……?」
 昨日までのトビアスの姿は若者とは言えないが、確かに今ほど老いてはいなかった。
 けれどそれは、当たり前とも言える。
 魔族は基本的に寿命が近くなると急激に老い、それまではかなり緩やかだ。
 年相応の老い方をする人間とは違う。
「十代であの姿になり、五十年という年月が経っているのですから当然の老化ですよ?それとも昨日のままの方が良かったですか?」
「そんなわけあるか!俺は、元の若い姿の人間に戻りたいんだ。こんな老いぼれで今さら地上に戻って、海賊なんてやれるか!」
「ああ、やっぱり海賊だったんですね。でも私は、あなたの呪いを解いただけです。いくら私でも時を遡るなんて芸当、出来ませんよ」
 出来たらこんな身体にはなっていない。
 あっけらかんと説明するが、トビアスが納得する様子はこれっぽっちも無く、今にも飛びかかってきそうだ。
「ねえ、賢者さま」
 不意に、カメリアにローブの裾を引っ張られる。
「ん?」
「あの人たち、ウラシマなの?」
「うらしま?……ああ」
 地上でカメリアに聞かせた竜宮城の御伽噺。
 その主人公の名前がウラシマ。
 竜宮城に招かれ、地上に戻り老人へと変貌した男。
「たしかに、今の彼らはウラシマそのものだね」
「貴様、ふざけんな!」
 カメリアに相槌を打っていると、激昂したトビアス達が飛びかかってきた。が……。
「うがっ!?」
「いでっ!」
 振り下ろした拳はこちらではなく、彼ら自身の顔面へと放たれた。
「すみません、私は争いが苦手なので、あなた達の呪いを解いた際、別の呪いをかけさせてもらいました」
「なん、だと……?」
「あ、と言っても、ちゃんと解けますから安心して下さい。ただむこう一週間、他人を傷つける事が出来ないだけですから。武器とか持てなかったでしょう?だから素手なんですよね」
「くっ……」
 手も足も出せなくなったトビアス達だが、まだ引き下がろうとはしない。
「だがそいつは、乙姫は助けられまい!」
 負け犬の遠吠えのように、私の後ろで横たわっている乙姫を指差して笑う。
「いい気味だ。俺達をこんなにした海王の罪は、お前の命で償ってもらう、からな……」
 高笑いを浮かべていたトビアスの顔が引きつっていくのと同時に、後ろで衣擦れの音が響く。
 薬の効果が効いてきた乙姫が、その身を自らの意志で起こしたのだ。
「ばかな……。薬は全部、棄てたはず」
「爪が甘いんですよ、あなたは。そもそももう少し穏便に動かないと、犯人だってバレバレでしたよ?」
 言いながら乙姫に手を差し出すと、彼女は「ありがとう」とお礼を言いながら手を取り立ち上がる。
「トビアス。あなたには今まで、世話になりました。あなた達の悲しみを拭えないのであればこの身が朽ちても構わないと思う程に。ですが、この身を救われ、あなた達も人に戻れたのであれば、これ以上受け身でいる必要はありませんね」
 乙姫はやんわりとトビアス達に微笑みかけ、私が持っていた魔槍を手に取る。
「最後は私が、あなた達を地上へとお送りしましょう」
 魔槍を両手で構え頭上に掲げると、穂先から魔力が迸る。
「何を……!止め……」
 トビアスが言い切る前に、彼らは魔槍から発せられた光に包まれ消えてしまった。
 空間転移魔法。私が使う座標交換ポータルとは違う、高度な転移魔法だ。
「……っと」
 大勢の人間を移送させた事で大量の魔力を消費した乙姫はその場に崩れ落ちそうになり、私がすんでのところで支える。
「大丈夫ですか?病み上がりなんですから、あまり無茶をなさらないでください」
「いえ。これは、私がけじめをつけなければならない事なので」
 乙姫は一度深呼吸をし、再び自らの足で自身を支えた。
「色々とご迷惑をおかけしました。母だけでなく、私まで世話になってしまって」
「気にしないでください。ただの成り行きですから」
「本当はお礼の宴でも催したいところなのですが、あいにくあなた方のお口に合う物がここにはありませんので……」
 申し訳なさそうにする乙姫は、何かお礼が出来ないかと顎に手を当て考えるが、なかなか妙案が浮かばない様子だ。
「なら、私から一つお願いしてもよろしいですか?」
「はい。何でしょう?」
「ここにいる人達を、大切にして下さい。ここは、私の想像とは違いますが、人間と魔族が共存している世界だと言えます。だから、これからもここを守り続けて下さい」
「賢者さま……。ええ、お約束します」
 乙姫はそう笑い、胸元で拳を作り、一礼した。
「では、私達はこれで失礼しますね。カメリア、帰ろうか」
「はーい」
 元気よく返事をするカメリアの手を引き、部屋を出て行こうとすると、再び乙姫が声をかけてきた。
「そうだ。地上までの道中を見送らせて下さいな。せめてものお礼です」
「そうですか。では、有り難くお願いします」
 ふた返事でお願いしたが、またあのモドキガメに乗せられるのかと不安になったが、そんな心配は不要だった。
「おお、これはなかなか」
「賢者さま、きれーだね!」
 大きなエイに乗り、酸素の供給もしっかりとしてもらい、光を発する深海魚達の舞や踊りを見ながらの快適な帰り道。
 今度海底宮殿を訪れる事があればその時は、安全な食事を提供される事を願うばかりだ。
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