賢者様は世界平和の為、今日も生きてます

サヤ

文字の大きさ
11 / 62

解呪の方法

しおりを挟む
「やあ、お待たせー諸君」
 手を念入りに洗って匂いを取り、衣服も一度丸洗いして身体から異臭を完全に取り除き、爽快な気分で皆の前に現れる。
「賢者さま、良いニオイする!」
 衣服を洗った際、気分転換を兼ねてお香を焚いたおかげで、カメリアがすんすんと鼻を鳴らして顔をうずめつつ抱き付いてきた。
「うん。私も良い気分だよ。さて、トビアスさん。随分お待たせしました。貴方の話をしましょうか」
「ああ、よろしく頼む」
 カメリアを抱きかかえてトビアスに向き直ると、彼は今まで以上に真剣な眼差しをこちらに向けてくる。
「では、まず最初に貴方について教えて下さい。ここへはいつ来て、どのようにしてその姿になったのか」
「……私のこと、か」
 トビアスは深いため息と共に難しい顔をして腕組みをする。
「話したくないなら無理にとは言いません。手掛かりが欲しいだけですから」
「この呪いを掛けた人物は分かっているんだ。先々代の海の覇者、海王だ」
「と言う事は、五十年前?……いやでも、あの時呪われていた者達は、勇者エヴァンが海王を討った際に解けている筈」
 その光景を私自身、この目で確認している。
 魔物とはまた違った異形の者達が、ただの人間に戻っていく様を……。
「聞くところによるとそうらしいな。だが生憎、私はこの化け物のままだ。恐らく、その場から逃げ、無様にも地上に上がろうともがいていたからだろう」
 トビアスは嘲笑するように自分を卑下するが、それはどうにも引っかかる話だ。
「呪いが解ける効果が及ばなかったと?……呪いというのは持続させるのにかなりの力が必要となります。対象の一部を拘束し続けたり、自身を対象に取り入れたりしない限りは、その効果は一時的なものです」
 私の中に、魔王ヒュブリスの魂が宿っているのと同じに。
「ですからトビアスさんの場合、海王が倒された時点で元の姿に戻るのが通常なんですが……」
「しかし私を含め何人かはこのままだ。特別な呪いにでもかかったというのかね?」
「いえ。……あの、先ほど逃げたと言っていましたが、ここに戻ってきたのはいつなんですか?」
「海王が討たれたと知ってから、そうだな……。十年程経ってからだろうか」
「……ああ、そういう事ですか」
 なんとなくからくりが分かってきたぞ。
「これはあくまで過程の話なのですが、海王から受けていた呪い自体は、すでに解けていると思います」
「何?では何故人間に戻れんのだ」
「まだ話は終わってませんよ」
 ふざけるなと言わんばかりに眉間にシワを寄せるトビアスを抑え、話を続ける。
「海王が討たれた際、貴方は遠方にいたと言います。その姿で地上には上がれなかったでしようから海中でしょうね。だから呪いが解けなかったのでしょう」
「……?話が矛盾していないか?さっきは倒された時点で、呪いは解けると言ったではないか」
「通常はそうです。ですが術者の力によってはしばらく効果が続いたりもします。今回がそうです。それに加えて思い出した事があったのですが、海王の呪いを解いたのは、でした」
「なん、だと……?」
 途端、トビアスの表情は強張り、動揺した様子を見せるが、私は話を更に続けた。
「先代の乙姫であるエイネちゃんはまだ女性と呼ぶには幼い年齢ではありましたが、父の暴走を止めるという強い意志の元、勇者エヴァン達と共に立ち上がり、その後、呪われた者達を解放したんです」
「何故、そんな話を知っている」
「聞いた話です。救われた者達にとっては、語り継がれる詩となってますよ。それで、この時エイネちゃんが呪いを解いた際に使用していたのが、海王の槍です」
「海王の、槍……。宝物庫にあるあれか。あれを使えば、俺は人間に戻れるのだな?」
「おそらくは」
 頷くと、トビアスは先程とは打って変わって明るい表情を見せて、踵を返す。
「ならさっそく向かおう!」
 ずんずんと、良く言えばスキップをしかねない速度でトビアスは進み、私はその後に続いていく。
 さっきの彼の反応……。呪いを解く者がいなくなってしまった絶望感にしては違和感がある。……これはもしかすると……。
 まだまだ確証には至れず、とりあえずは様子見が続く。
 宝物庫に向かう際、何人もの元人間達とすれ違ったが、誰もが笑顔で挨拶を交わしていき、その表情は澄み切っていた。
 望んで選んだ者達なのだろう。
 次第に人出が少なくなるにつれて、何やら空気がひんやりとしてくる。
「賢者さま。この辺、嫌なニオイがする」
「うん、そうだね。……これはあまり、嗅ぎたくない臭いだね」
 鼻を抑えて嫌そうにしているカメリアを庇うように、ぎゅっと抱きかかえている手に力を込める。
 植物が根腐れしたような不快な臭いは、私が初めてここへ来た時の事を思い出させると共に、緊張感を持たせる。
「随分と雰囲気が変わりましたね」
「この辺りは昔のままだ。乙姫様はもちろん、先代様がここを訪れている所を、私は見たことが無い」
 ぱしゃ、と水溜まりを踏む音が響く。水の根源は、この先にあるようだ。
「あの槍には相当の力が宿っていました。先代が呪いを解くのに使用した時も、かなり危険だった筈です。それ以来、こうして遠ざけていたんでしょうね」
 海王はあの槍を使いこなしていたけれど、エイネちゃん含め、今の乙姫も槍の力をちゃんと使いこなせずにいるんだろう。
そして身体が弱った今、その力を振るう気力も僅か……か。
「ここが宝物庫だ」
 トビアスが立ち止まった先は、通路の突き当たり、一つの部屋だけがぽつんと存在していた。
 門番などは特に設けられてはいないようだが、扉からは特別な力を感じる。
「開けられますか?」
「少し待て」
 トビアスは扉横に設置されている灯の台座を手に取り、取手部分をひねり開けて中から蒼色の玉を取り出した。
 それを扉の中心にある窪みに嵌めると、扉を覆っていた力が玉に吸収され、自然と開いた。
 鍵がそんな近くに……。盲点を突いてるなぁ。
 感心とも呆れともつかないため息を零していると、トビアスはさっさと中へと入っていく。
 私も遅れて中に足を踏み入れると、目当ての物はすぐに見つかった。
 倉庫の中心、他の財宝とは別の、輝きを放つ一振りの槍。
 間違いない。海王が使っていた槍だ。
 近付いて良く見てみると、その槍からは魔力を感じたが、どうにも弱々しい。
 恐る恐る手に取ってみるが、特に拒絶される事もなくすんなりと持てた。
「うーん……。これは、随分と魔力が放出されてしまっているな」
「何とかして溜められないのか?それを使えば、私は元に戻れるのだろう?」
 私の手からもぎ取るように槍を奪ったトビアスがぶんぶんと振り回すが、そんな事をしても魔力は蓄積されない。
「トビアスさん、それは魔槍です。無闇に使えば、命ごと力を吸い取られますよ」
「なっ!?そういう事は早く言えっ!」
 慌ててこちらに放り投げられた槍をキャッチし、もう一度観察する。
 だいぶ魔力がすり減っているな。今の乙姫が使っていた話は上がっていないし、おそらくエイネちゃんが一度使ったきりなんだろうな。……ということは。
「……うん。まあ、これなら明日には何とかなるでしょう。それよりも、私の考えは、外れていたかもしれません」
「うん?何の考えだ?」
「ああ、いえ。先程私は、あなたが人間に戻れていないのは、その時海中にいた者達を対象に、先代の乙姫が戻さなかったんだと思っていたんですよ。でも多分、違いますね。ただ単にそこまで解呪の力が届かなかっただけでしょう。そのままここの食べ物を食しているうちに、その姿が定着してしまったんでしょう」
「……もし、初めに人間に戻っていたなら、どうなっていたんだ?」
 トビアスの言葉は固く、嫌な顔をしている辺り、ある程度の想像はしているのだろうが何故かそう質問してきた。
 なので私は、何でもなさそうに答える。
「それはこの海底ですからね。息も出来ずに、水圧に押し潰されていたでしょうね」
「……そうか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

処理中です...