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露天商
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「はあ。やれやれ、やっと休める」
祭の賑わいでどの宿も満室状態でたらい回しにあい、三件目にしてようやく部屋を確保した私は両手いっぱいに抱えたパンを下ろして一息つく。
「賢者さま、今日はもうお出かけしないの?」
たらふくパンを食べて満足気なカメリアは、まだまだ祭を楽しみたい様子で私を見てくる。
「いや、寝床を確保しに来ただけだからまた出掛けてもいいよ。まだパンしか味わえてないものね」
「うん。カメリア、でみせが見たいな。変なのいっぱい売ってるとこ」
普段の彼女からそんな言葉は出てこないだろうから、これもコルスタンのメイドから聞いたのだろう。
「分かったよ。少し休憩したら商店へ行こう。何か欲しいものがあるといいね」
「お肉が食べたーい」
「まだ食べるんだ……」
種類が豊富だったとはいえ、やはりパンだけではカメリアの心を満たす事は出来なかったようだ。
「あの、もしかして晩ごはんも……」
「食べる!」
「だよね」
いやほんと、食べると決めたら恐ろしい胃袋だ……。まるで冬眠前の獣だ。まあ普段食べてるわけじゃないし、賞金もあるから別にいっか。
「よし、それじゃあ今日は、思う存分食べ歩きと行こうか」
「わーい!」
ほんの少しの休憩を挟んだ私達は、カメリアが勝ち取った賞金を懐に、夕闇が近付く黄昏の街へと繰り出す。
「お、これは珍しい。東方の物があるじゃないか」
「おや、お客さん。それに目を付けるとはなかなかやりますね。他にもこういった物がありますよ」
「おお、すごいね!」
カメリアの食べ歩きに付き合い、彼女のおこぼれをつまみつつ、店に並ぶ品を見ているうちに、私の方がすっかり露天商に嵌まってしまっていた。
「賢者さま、まだー?」
一つの店で長く立ち止まっていると、手持ち無沙汰なカメリアが頬を膨らませて不平を漏らす。
「ああ、ごめんカメリア。もう少しだけ待ってくれ。この書物だけ買うからさ」
店主がとっておきだと言って取り出した書物が本当に貴重な品だったので慌てて買い取り、懐にしまい込む。
「はい、もういいよ。さあ、次は何を食べたいんだい?」
「あっち行きたい!」
「ん?」
彼女が指差す先は大通りの露天商から離れた場所、路地裏へと繋がる細道。
夜、一人で歩くには明らかに危険そうな雰囲気を漂わせている道だ。
「お客さん、あっちは止めたほうがいいですよ」
やはり危険なのか、書物を買い取った店の主も眉を潜めて私達を止める。
「止めた方がってことは、一応店はあるのかい?」
店が無いのであれば何も無いと答える筈だから、彼の言い方的には、あの先にも何かがあるのだろう。
そう思い尋ねてみれば、彼は少し困ったように眉根を寄せて、声量を落とし私に耳打ちする。
「面向きには普通の店なんですけど……裏物の売買が行われてるんです」
「……へえ」
なるほど。確かにそれは、オススメは出来ないね。
裏物。俗に言う所の、人身売買だ。
身寄りの無い子供達や、扱いやすい魔族なんかが商品として取り引きされている。
法的にはなんら問題ない行為だが、道徳的に嫌悪され、裏物などと言われている。
そんな場所に、カメリアは行こうとしているようだ。
「カメリア。あっちに美味しい食べ物は無いみたいだよ?」
私はしゃがみこんでカメリアと目線を合わせてそう説明するが、彼女は「ううん」と首を左右に振って否定する。
「食べ物じゃない。泣いてるの」
「泣いてる?……ああ。まあ、そうかもね」
彼女の鋭い聴覚は、商品として売られている子らの泣き声を拾っているようだ。
カメリアは更に続ける。
「その子、おかーさんって、ずっと言ってる。お昼の乗り物乗ってた時から、ずっと」
「お昼の、乗り物?」
はて?と首を傾げる。
昼間に乗った乗り物といえば、この街に来る途中に出会った商人の荷馬車だ。
彼は数台の荷馬車を率いていたが、私達が乗ったのは、彼の家族を乗せた馬車だった。
他の荷馬車に、商品となる人がいたのだろうか?
「カメリア、その子に会いたい。だからいこっ」
「あ、こら!」
いつも以上にはしゃいでいるカメリアは、私達の制止も聞かずに路地裏へと一人入っていってしまった。
「まったく」
「あ、あんた、急いだ方がいいよ!あんな所で子供が一人でうろついていたら人攫いに遭う!」
後ろで焦る商人の言葉に、ぞくりと背筋に寒気が走る。
「そういうのは早く言ってくれ!」
ちっと舌打ちをしつつ、急いでカメリアの後を追う。
「うわ」
ほんの数秒遅れて路地裏に入ったというのに、既にカメリアの目の前には仮面を被った男が立っていて話しかけている。
「お嬢ちゃん、こんなところになんのご用かな?迷子?それとも……お仕事にきたのかな?」
優しげに話しかけているようでその手はカメリアの腕をしっかりと掴んでいて逃げられないようにしている辺り、おそらく人攫いなのだろう。
「その子は私の連れだよ。その手を離してくれ」
そう声をかければ長い鼻を持ったザンニを着けた男が不機嫌そうにこちらを向く。
「……ああ、親御さんかい。駄目じゃないか目を離したら。この辺は物騒だからね」
「ああ、気をつけるよ」
私がカメリアの手を取ると、男は渋々といった様子で手を離し、自分の店前へと戻っていく。
「さあ、カメリア。だいぶ暗いし、もう宿に戻ろう」
「ダメ!向こうへ行くの」
「ちょ、カメリア……」
大通りへ戻ろうとする私の手を、己の全体重をかけて引っ張るカメリアに負け、更に奥へと連れて行かれる。
「一体どうしたっていうんだい?」
「そこにいるの。泣いてるの」
引きずられるようにしてたどり着いたのは、突き当たりで手広くやっている店だった。
そこにいた店主は黒を主としたハーレクインを着けていて顔は分からないが、昼間に世話になった男によく似ていた。
「こんなところまで買い物に来るとは、よほどの物好きだな。ま、ゆっくり見ていってくれや」
「……どうも」
気付いていない風を装ってはいるがそんな筈は無い。
私達が身に付けている仮面は彼から買った物だ。
見覚えのある仮面を付けていて、見覚えのある二人組に出会えば、分からない方が難しい。
「おじさん、あの子は?」
「あん?」
唐突に質問を投げかけるカメリアに、店主は訝しげな声をあげる。
「ここに良い商品があるって聞いたんだ。とても値打ちがある物だと思うんだけど」
ほんの少しだけカマをかけてみる。
カメリアが発言したあの子、私が言った値打ち物で噛み合う物があるのだとしたら、すぐに出てくるだろう。
「……なんだあんた。そっちの人かい」
「そっちの人とはどういう意味かな?私はただ、噂の値打ち物を見にきただけだよ」
「その小さいのも手に入れたのかい?」
「何を言っているのか分からないな。品は無いのかな?」
仮面の中から唯一見える視線が、カメリアを捉えている。
お互いにはっきりとした言葉は使っていないが、会話は成り立っていて、やがて店主が折れた。
「……いいだろう、見せてやるよ。ついて来な」
彼が進む先には布が被せられたケージが並んでおり、その一番奥に最も背の高いケージが置いてある。
「こいつが、今回の目玉商品さ。……おっと、まちな」
ケージを覆っている布を捲ろうとすると、店主のがっしりとした腕に掴まれる。
ぎり、と力が籠もっていて、もう少し力を加えられたら折れてしまいそうだ。
「いいか?この先から見た物は他言無用だ」
「……」
私は目線だけで了承し、そっと布を持ち上げた。
「あ、いた!」
「……」
カメリアが中を覗き込んでそう叫ぶ。
そこにいたのは、子供だった。
両手と首が鎖で繋がれ、ボロボロのフードを被っていて詳細が不明だが、カメリアが探していたのはこの子のようだ。
「アレはただの子供じゃない。ものすごい希少品だ。近くで見たいか?」
「可能なら」
「買ってくれるんなら、見せてやるよ」
「この店は、品定めが出来ないような物を売りつけるのかい?」
「……ち、分かったよ」
店主は舌打ちをしつつも、ケージの鍵を開けて中にいる子供を外に出してくる。
触るな、離れろと、私達の手が届かない距離での鑑賞となったが、照明によってその子がよりよく見えた。
フードも服もボロボロで、本人も栄養をロクにとれていないのか痩せっぽちでもはや骨だ。
身長はカメリアと同じくらいだが、この見た目だと成長が止まっている可能性もある為、年齢は彼女より上かもしれない。
「どうしてこの子が希少品なんだい?見たところ、力仕事が出来るようには見えないけど」
子供に近寄ろうとするカメリアを引き止めながら、あくまでも客として店主に尋ねると、彼はニヤリと笑ってその子のフードに手をかけた。
「よーく見てろ」
「……。なるほどね」
ようやく見えた素顔は、生気を失った、少年だった。
ボサボサの銀髪に、碧眼、青白い肌。
そしてその耳は、長く尖っている。
長命種エルフとの混血児、ハーフエルフだ。
それに気付いた時、私はすぐに決断する。
「……いくらでも買い取るよ」
祭の賑わいでどの宿も満室状態でたらい回しにあい、三件目にしてようやく部屋を確保した私は両手いっぱいに抱えたパンを下ろして一息つく。
「賢者さま、今日はもうお出かけしないの?」
たらふくパンを食べて満足気なカメリアは、まだまだ祭を楽しみたい様子で私を見てくる。
「いや、寝床を確保しに来ただけだからまた出掛けてもいいよ。まだパンしか味わえてないものね」
「うん。カメリア、でみせが見たいな。変なのいっぱい売ってるとこ」
普段の彼女からそんな言葉は出てこないだろうから、これもコルスタンのメイドから聞いたのだろう。
「分かったよ。少し休憩したら商店へ行こう。何か欲しいものがあるといいね」
「お肉が食べたーい」
「まだ食べるんだ……」
種類が豊富だったとはいえ、やはりパンだけではカメリアの心を満たす事は出来なかったようだ。
「あの、もしかして晩ごはんも……」
「食べる!」
「だよね」
いやほんと、食べると決めたら恐ろしい胃袋だ……。まるで冬眠前の獣だ。まあ普段食べてるわけじゃないし、賞金もあるから別にいっか。
「よし、それじゃあ今日は、思う存分食べ歩きと行こうか」
「わーい!」
ほんの少しの休憩を挟んだ私達は、カメリアが勝ち取った賞金を懐に、夕闇が近付く黄昏の街へと繰り出す。
「お、これは珍しい。東方の物があるじゃないか」
「おや、お客さん。それに目を付けるとはなかなかやりますね。他にもこういった物がありますよ」
「おお、すごいね!」
カメリアの食べ歩きに付き合い、彼女のおこぼれをつまみつつ、店に並ぶ品を見ているうちに、私の方がすっかり露天商に嵌まってしまっていた。
「賢者さま、まだー?」
一つの店で長く立ち止まっていると、手持ち無沙汰なカメリアが頬を膨らませて不平を漏らす。
「ああ、ごめんカメリア。もう少しだけ待ってくれ。この書物だけ買うからさ」
店主がとっておきだと言って取り出した書物が本当に貴重な品だったので慌てて買い取り、懐にしまい込む。
「はい、もういいよ。さあ、次は何を食べたいんだい?」
「あっち行きたい!」
「ん?」
彼女が指差す先は大通りの露天商から離れた場所、路地裏へと繋がる細道。
夜、一人で歩くには明らかに危険そうな雰囲気を漂わせている道だ。
「お客さん、あっちは止めたほうがいいですよ」
やはり危険なのか、書物を買い取った店の主も眉を潜めて私達を止める。
「止めた方がってことは、一応店はあるのかい?」
店が無いのであれば何も無いと答える筈だから、彼の言い方的には、あの先にも何かがあるのだろう。
そう思い尋ねてみれば、彼は少し困ったように眉根を寄せて、声量を落とし私に耳打ちする。
「面向きには普通の店なんですけど……裏物の売買が行われてるんです」
「……へえ」
なるほど。確かにそれは、オススメは出来ないね。
裏物。俗に言う所の、人身売買だ。
身寄りの無い子供達や、扱いやすい魔族なんかが商品として取り引きされている。
法的にはなんら問題ない行為だが、道徳的に嫌悪され、裏物などと言われている。
そんな場所に、カメリアは行こうとしているようだ。
「カメリア。あっちに美味しい食べ物は無いみたいだよ?」
私はしゃがみこんでカメリアと目線を合わせてそう説明するが、彼女は「ううん」と首を左右に振って否定する。
「食べ物じゃない。泣いてるの」
「泣いてる?……ああ。まあ、そうかもね」
彼女の鋭い聴覚は、商品として売られている子らの泣き声を拾っているようだ。
カメリアは更に続ける。
「その子、おかーさんって、ずっと言ってる。お昼の乗り物乗ってた時から、ずっと」
「お昼の、乗り物?」
はて?と首を傾げる。
昼間に乗った乗り物といえば、この街に来る途中に出会った商人の荷馬車だ。
彼は数台の荷馬車を率いていたが、私達が乗ったのは、彼の家族を乗せた馬車だった。
他の荷馬車に、商品となる人がいたのだろうか?
「カメリア、その子に会いたい。だからいこっ」
「あ、こら!」
いつも以上にはしゃいでいるカメリアは、私達の制止も聞かずに路地裏へと一人入っていってしまった。
「まったく」
「あ、あんた、急いだ方がいいよ!あんな所で子供が一人でうろついていたら人攫いに遭う!」
後ろで焦る商人の言葉に、ぞくりと背筋に寒気が走る。
「そういうのは早く言ってくれ!」
ちっと舌打ちをしつつ、急いでカメリアの後を追う。
「うわ」
ほんの数秒遅れて路地裏に入ったというのに、既にカメリアの目の前には仮面を被った男が立っていて話しかけている。
「お嬢ちゃん、こんなところになんのご用かな?迷子?それとも……お仕事にきたのかな?」
優しげに話しかけているようでその手はカメリアの腕をしっかりと掴んでいて逃げられないようにしている辺り、おそらく人攫いなのだろう。
「その子は私の連れだよ。その手を離してくれ」
そう声をかければ長い鼻を持ったザンニを着けた男が不機嫌そうにこちらを向く。
「……ああ、親御さんかい。駄目じゃないか目を離したら。この辺は物騒だからね」
「ああ、気をつけるよ」
私がカメリアの手を取ると、男は渋々といった様子で手を離し、自分の店前へと戻っていく。
「さあ、カメリア。だいぶ暗いし、もう宿に戻ろう」
「ダメ!向こうへ行くの」
「ちょ、カメリア……」
大通りへ戻ろうとする私の手を、己の全体重をかけて引っ張るカメリアに負け、更に奥へと連れて行かれる。
「一体どうしたっていうんだい?」
「そこにいるの。泣いてるの」
引きずられるようにしてたどり着いたのは、突き当たりで手広くやっている店だった。
そこにいた店主は黒を主としたハーレクインを着けていて顔は分からないが、昼間に世話になった男によく似ていた。
「こんなところまで買い物に来るとは、よほどの物好きだな。ま、ゆっくり見ていってくれや」
「……どうも」
気付いていない風を装ってはいるがそんな筈は無い。
私達が身に付けている仮面は彼から買った物だ。
見覚えのある仮面を付けていて、見覚えのある二人組に出会えば、分からない方が難しい。
「おじさん、あの子は?」
「あん?」
唐突に質問を投げかけるカメリアに、店主は訝しげな声をあげる。
「ここに良い商品があるって聞いたんだ。とても値打ちがある物だと思うんだけど」
ほんの少しだけカマをかけてみる。
カメリアが発言したあの子、私が言った値打ち物で噛み合う物があるのだとしたら、すぐに出てくるだろう。
「……なんだあんた。そっちの人かい」
「そっちの人とはどういう意味かな?私はただ、噂の値打ち物を見にきただけだよ」
「その小さいのも手に入れたのかい?」
「何を言っているのか分からないな。品は無いのかな?」
仮面の中から唯一見える視線が、カメリアを捉えている。
お互いにはっきりとした言葉は使っていないが、会話は成り立っていて、やがて店主が折れた。
「……いいだろう、見せてやるよ。ついて来な」
彼が進む先には布が被せられたケージが並んでおり、その一番奥に最も背の高いケージが置いてある。
「こいつが、今回の目玉商品さ。……おっと、まちな」
ケージを覆っている布を捲ろうとすると、店主のがっしりとした腕に掴まれる。
ぎり、と力が籠もっていて、もう少し力を加えられたら折れてしまいそうだ。
「いいか?この先から見た物は他言無用だ」
「……」
私は目線だけで了承し、そっと布を持ち上げた。
「あ、いた!」
「……」
カメリアが中を覗き込んでそう叫ぶ。
そこにいたのは、子供だった。
両手と首が鎖で繋がれ、ボロボロのフードを被っていて詳細が不明だが、カメリアが探していたのはこの子のようだ。
「アレはただの子供じゃない。ものすごい希少品だ。近くで見たいか?」
「可能なら」
「買ってくれるんなら、見せてやるよ」
「この店は、品定めが出来ないような物を売りつけるのかい?」
「……ち、分かったよ」
店主は舌打ちをしつつも、ケージの鍵を開けて中にいる子供を外に出してくる。
触るな、離れろと、私達の手が届かない距離での鑑賞となったが、照明によってその子がよりよく見えた。
フードも服もボロボロで、本人も栄養をロクにとれていないのか痩せっぽちでもはや骨だ。
身長はカメリアと同じくらいだが、この見た目だと成長が止まっている可能性もある為、年齢は彼女より上かもしれない。
「どうしてこの子が希少品なんだい?見たところ、力仕事が出来るようには見えないけど」
子供に近寄ろうとするカメリアを引き止めながら、あくまでも客として店主に尋ねると、彼はニヤリと笑ってその子のフードに手をかけた。
「よーく見てろ」
「……。なるほどね」
ようやく見えた素顔は、生気を失った、少年だった。
ボサボサの銀髪に、碧眼、青白い肌。
そしてその耳は、長く尖っている。
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―――
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