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ハーフエルフ
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「カメリア。明日は夜明け前にここを出るからね」
「えー」
「この子がいるんだ。もう長居は出来ないよ」
「うー、分かった」
露天巡りから宿に戻った私は、自分の荷物を手早くまとめながらカメリアにそう話し、私の後ろに控えめに立つ少年を横目で見る。
彼を買い取った際に拘束具を外してもらい、仮面と新しい服を用意してもらったので最初よりは見栄えが良くなったものの、彼自身はまだボロボロの状態だ。
「君。明日は早いから、とりあえず身体を休めなさい。ちゃんとシャワーを浴びて、清潔にしてからね」
そう声を掛けてみるが、聞こえていないのか少年は全く反応しない。
「もしもーし?聞こえてるかい?それとも言葉が分からないのかな?」
先ほどより声量を上げ、彼の碧い瞳を覗き込むようにして言うが、反応は変わらない。
「……はぁ、やれやれ」
無意味な問答が面倒になり、私は彼の頭に杖を軽く当て魔力を篭める。
~これなら、言葉が通じないなんて言い訳は出来ないね?~
~……っ?~
人種や言語に関係無く、相手の心に直接話し掛ける魔法。
その感覚に驚いた少年が小さく息を呑んだ。
~もう一度だけ言うよ?シャワーを浴びて、さっさと寝るんだ。……それとも、命令して欲しいのかな?~
「……わかり、ました」
脅すように言うと、ようやく彼が口を開いた。
久しぶりに言葉を発したかのように掠れてはいるが、私達と同じ言語だった。
「うん、素直でよろしい。カメリアも後で入るんだから、まだ寝ちゃダメだよ」
少年が風呂場へ向かう最中、既に寝台の上で丸くなっているカメリアにそう声を掛け、夢の世界から引き離す。
「うーん……。カメリアも一緒に入る」
「止めなさい」
もぞもぞと眠たげに瞼をこすりながら起きたかと思えば、だっと少年の後を追おうとするカメリアを捕まえて制止する。
「んん、けちー!」
「あのね、君は女の子なんだから、年頃の男の子と一緒に入るものじゃないよ」
「じゃ、賢者様とも入らない」
「私と一緒じゃなかったら、カラスみたいに湯に浸かって数秒で上がってくるじゃないか。そういうことは一人でちゃんと出来るようになってから言いなさい」
じたばたと私の腕の中でもがくカメリアだが、少年が風呂場へ入るとようやく落ち着いた。
はあ、やれやれ。しばらくこの感じが続くのか……。
カメリアを解放しつつため息がこぼれる。
カメリアが少年に異様に興味を示すのは、エルフとしての特性上仕方が無いとはいえ、なかなか面倒だ。
エルフは大人になる過程において、種別を問わず異性を誘惑するフェロモンを発する時期がある。
あの少年もその適齢期なようでカメリアはご覧の通り、マタタビを嗅いだ猫のような状態だ。
もし彼女がお年頃であったならば、とんでもない事態になっていたかもしれない。
本来その時期にあるエルフは、人目の付かない隠れ里に身を潜めている事が多いのだが、ハーフエルフである彼は例外のようだ。
無差別に異性を惑わすその体質は本人にとっては迷惑な事だろうが、それのおかげでカメリアに見つけられ、自由の身となったのは運が良いのかもしれない。
エルフは長命種として知られているが故に、非道な実験の対象としてよく挙がる。
見た目の特徴からして、人との間に生まれたように見えたが、もしかしたら彼の親もそうだったかもしれない。
なんにせよ、あのまま放置しておくわけにはいかなかった。
エルフの売買は法律で禁止されているが、ハーフエルフはグレーゾーンだ。
正式に買われれば、彼は間違いなく実験体として扱われる。
エルフに対して特別な感情があるわけではないが、金で救える命であれば助けたい、ちょっとした私のエゴだ。
「……あがりました」
「おか……え?」
少年に向かってかけた言葉は、彼を見た瞬間に疑問符へと変わる。
風呂には入ってきたようで、身体から湯気が立ち上り、髪の毛もまだ乾かしておらずに濡れている。
が、その見た目は清潔になったとは言えなかった。
濡れた髪はベタつき顔に貼りついていて、ひょろひょろの腕や裸足だった足元には泥が付着したままだ。
カラスがもう一羽増えた……。
何とも虚しいため息が零れる。
「あー、カメリア?三人で風呂に入ろうか」
「ほんとに?入るー!」
嬉しそうにはしゃぐカメリアと、何故自分もと言わんばかりに首を傾げる少年の背中を押し、私達は三人仲良く背中の洗い流しを行う事となった。
「じゃ、ラーシュはおかーさんとおとーさん、いないの?」
風呂から上がりハーフエルフの少年、ラーシュの髪を私が乾かしてあげている途中で、カメリアがそう尋ねた。
質問攻めのカメリアに最初戸惑っていたラーシュだが、ぽつぽつと答えてくれるようになってきて、少しずつ彼についての情報が集まってきた。
名前はラーシュ。
年は途中で数えるのを止めてしまったらしく正確には分からないが、魔王が存在していた時から生きているとのこと。
ハーフエルフは通常のエルフよりも成長は早めだが、人間で言えばおよそ十四、五才だろう。
人間である父親と二人で生活していたが随分前に亡くなってしまい、長い間一人で生きてきたらしい。
父から、人間に見つかると酷い目に会うと聞かされて育った彼は、山や洞窟などでひっそりと暮らしていたが、ある日人間に捕まり、奴隷商に売られ、今まで生きてきたらしい。
どのような仕打ちを受けてきたかまでは分からないが、彼の身体に残る傷を見れば、なんとなくの想像はつく。
「父さんは死んでしまったけど、母さんは分からない」
ラーシュはふるふると小さく首を振る。
人である父親の寿命は、ハーフエルフのラーシュやエルフである母親と比べれば遥かに短い。
それは仕方の無い事だ。
「そっかあ。じゃ、おかーさんはどこかにいるんだね?」
「……たぶん」
「おそらく、エルフの里か森にいるんじゃないかな?」
後ろからそう声をかけると、ラーシュの身体がビクッと震えた。
今まで聞き手に回っていたのが急に会話に参加したので驚かせてしまったらしい。
「基本的にエルフは外部と交流を持たない種族だから、各々森や里で集落を作って生活をしているんだ。人目に付かないよう、強力な結界を張ってね。君の母親が君達と一緒にいた記憶が無いのなら、きっと故郷に帰ったんだろうね」
「ふるさと!ラーシュ、おかーさんはどこに住んでるの?」
「え、と……」
ラーシュは過去の記憶を探るように、口元に手を当て考え、やがてぽつりと言葉を洩らす。
「……いる……イル、ダス?」
「いるだす?……イルドダスかな?中央から少し南下した、辺境の土地だ」
「たぶん、そうです。父さん、そこの施設で母さんと出会ったって、言ってた気がします」
あの辺りの集落と言えば、あの森か。なんて奇遇な……。それにしても、施設ねえ……。
「もしかして、君のお父さんは何かの研究をしてた人だった?」
「え?……あ、はい。父さんから薬の匂いがしてたし、色んな瓶を持ってたから」
「そう……」
やっぱり、母親は研究対象だったのかな。それでこの子の父親に助けられて逃亡……。そんなところか。
エルフに魅せられた研究者との間に、ハーフエルフが産まれるのもよくある話だ。
でもまあ、憶測で話すのは良くないから、口には出さないけどね。
「分かったよ。それじゃ、イルドダスに君を送り届けるとしよう」
「え?」
「そのために君を買い取ったんだ。私には、君をエルフの里に送り届ける義務がある」
「義務?」
ラーシュの髪を整え終え、続いてカメリアの髪を乾かしながら答える。
「うん。エルフと一部の魔法使いとの、古い古い盟約さ。魔法使いの中でもほんの一握りしか扱えない回復魔法、所謂『神の御業』は、エルフからの賜り物だと言われている。だからそれを扱える者は、エルフの良き友人として彼らに手を差し伸べる必要があるんだよ」
「……あなたも、それが使えるんですか?」
「一応ね。しきたりに従う魔法使いは減ってはいるけど、私は君を助けるよ」
「……」
なるべく笑顔で言ったつもりだが、判断しかねるような顔で黙り込む。
奴隷として生きてきた時があったのだ。
いきなり優しくされても、見ず知らずの人間を信じるのは難しいだろう。
「ラーシュ。賢者様はいい人だよ?カメリアにもね、すごく優しいんだ」
そうカメリアがとびきりの笑顔で言えば、ラーシュの表情が少し和らいだ。
種族は違えど、同じハーフであるカメリアの言葉は多少なりとも信用出来るらしい。
「……そう、なんだ」
「もし君が他に行きたい所があれば、そこに連れて行くよ。この先の長い人生、一人で生きていくのは難しいだろう?」
「……そうですね」
ラーシュは少しだけ考えた後に、一つ頷く。
「母さんに、会いたいです。その、イルドダスに連れて行って下さい。……賢者様」
「ん、了解。それじゃ明日の夜明けに出発するから、そろそろ寝ようか」
カメリアの髪も乾かし終えて、私達は明日に備えて就寝の準備へと取りかかった。
「えー」
「この子がいるんだ。もう長居は出来ないよ」
「うー、分かった」
露天巡りから宿に戻った私は、自分の荷物を手早くまとめながらカメリアにそう話し、私の後ろに控えめに立つ少年を横目で見る。
彼を買い取った際に拘束具を外してもらい、仮面と新しい服を用意してもらったので最初よりは見栄えが良くなったものの、彼自身はまだボロボロの状態だ。
「君。明日は早いから、とりあえず身体を休めなさい。ちゃんとシャワーを浴びて、清潔にしてからね」
そう声を掛けてみるが、聞こえていないのか少年は全く反応しない。
「もしもーし?聞こえてるかい?それとも言葉が分からないのかな?」
先ほどより声量を上げ、彼の碧い瞳を覗き込むようにして言うが、反応は変わらない。
「……はぁ、やれやれ」
無意味な問答が面倒になり、私は彼の頭に杖を軽く当て魔力を篭める。
~これなら、言葉が通じないなんて言い訳は出来ないね?~
~……っ?~
人種や言語に関係無く、相手の心に直接話し掛ける魔法。
その感覚に驚いた少年が小さく息を呑んだ。
~もう一度だけ言うよ?シャワーを浴びて、さっさと寝るんだ。……それとも、命令して欲しいのかな?~
「……わかり、ました」
脅すように言うと、ようやく彼が口を開いた。
久しぶりに言葉を発したかのように掠れてはいるが、私達と同じ言語だった。
「うん、素直でよろしい。カメリアも後で入るんだから、まだ寝ちゃダメだよ」
少年が風呂場へ向かう最中、既に寝台の上で丸くなっているカメリアにそう声を掛け、夢の世界から引き離す。
「うーん……。カメリアも一緒に入る」
「止めなさい」
もぞもぞと眠たげに瞼をこすりながら起きたかと思えば、だっと少年の後を追おうとするカメリアを捕まえて制止する。
「んん、けちー!」
「あのね、君は女の子なんだから、年頃の男の子と一緒に入るものじゃないよ」
「じゃ、賢者様とも入らない」
「私と一緒じゃなかったら、カラスみたいに湯に浸かって数秒で上がってくるじゃないか。そういうことは一人でちゃんと出来るようになってから言いなさい」
じたばたと私の腕の中でもがくカメリアだが、少年が風呂場へ入るとようやく落ち着いた。
はあ、やれやれ。しばらくこの感じが続くのか……。
カメリアを解放しつつため息がこぼれる。
カメリアが少年に異様に興味を示すのは、エルフとしての特性上仕方が無いとはいえ、なかなか面倒だ。
エルフは大人になる過程において、種別を問わず異性を誘惑するフェロモンを発する時期がある。
あの少年もその適齢期なようでカメリアはご覧の通り、マタタビを嗅いだ猫のような状態だ。
もし彼女がお年頃であったならば、とんでもない事態になっていたかもしれない。
本来その時期にあるエルフは、人目の付かない隠れ里に身を潜めている事が多いのだが、ハーフエルフである彼は例外のようだ。
無差別に異性を惑わすその体質は本人にとっては迷惑な事だろうが、それのおかげでカメリアに見つけられ、自由の身となったのは運が良いのかもしれない。
エルフは長命種として知られているが故に、非道な実験の対象としてよく挙がる。
見た目の特徴からして、人との間に生まれたように見えたが、もしかしたら彼の親もそうだったかもしれない。
なんにせよ、あのまま放置しておくわけにはいかなかった。
エルフの売買は法律で禁止されているが、ハーフエルフはグレーゾーンだ。
正式に買われれば、彼は間違いなく実験体として扱われる。
エルフに対して特別な感情があるわけではないが、金で救える命であれば助けたい、ちょっとした私のエゴだ。
「……あがりました」
「おか……え?」
少年に向かってかけた言葉は、彼を見た瞬間に疑問符へと変わる。
風呂には入ってきたようで、身体から湯気が立ち上り、髪の毛もまだ乾かしておらずに濡れている。
が、その見た目は清潔になったとは言えなかった。
濡れた髪はベタつき顔に貼りついていて、ひょろひょろの腕や裸足だった足元には泥が付着したままだ。
カラスがもう一羽増えた……。
何とも虚しいため息が零れる。
「あー、カメリア?三人で風呂に入ろうか」
「ほんとに?入るー!」
嬉しそうにはしゃぐカメリアと、何故自分もと言わんばかりに首を傾げる少年の背中を押し、私達は三人仲良く背中の洗い流しを行う事となった。
「じゃ、ラーシュはおかーさんとおとーさん、いないの?」
風呂から上がりハーフエルフの少年、ラーシュの髪を私が乾かしてあげている途中で、カメリアがそう尋ねた。
質問攻めのカメリアに最初戸惑っていたラーシュだが、ぽつぽつと答えてくれるようになってきて、少しずつ彼についての情報が集まってきた。
名前はラーシュ。
年は途中で数えるのを止めてしまったらしく正確には分からないが、魔王が存在していた時から生きているとのこと。
ハーフエルフは通常のエルフよりも成長は早めだが、人間で言えばおよそ十四、五才だろう。
人間である父親と二人で生活していたが随分前に亡くなってしまい、長い間一人で生きてきたらしい。
父から、人間に見つかると酷い目に会うと聞かされて育った彼は、山や洞窟などでひっそりと暮らしていたが、ある日人間に捕まり、奴隷商に売られ、今まで生きてきたらしい。
どのような仕打ちを受けてきたかまでは分からないが、彼の身体に残る傷を見れば、なんとなくの想像はつく。
「父さんは死んでしまったけど、母さんは分からない」
ラーシュはふるふると小さく首を振る。
人である父親の寿命は、ハーフエルフのラーシュやエルフである母親と比べれば遥かに短い。
それは仕方の無い事だ。
「そっかあ。じゃ、おかーさんはどこかにいるんだね?」
「……たぶん」
「おそらく、エルフの里か森にいるんじゃないかな?」
後ろからそう声をかけると、ラーシュの身体がビクッと震えた。
今まで聞き手に回っていたのが急に会話に参加したので驚かせてしまったらしい。
「基本的にエルフは外部と交流を持たない種族だから、各々森や里で集落を作って生活をしているんだ。人目に付かないよう、強力な結界を張ってね。君の母親が君達と一緒にいた記憶が無いのなら、きっと故郷に帰ったんだろうね」
「ふるさと!ラーシュ、おかーさんはどこに住んでるの?」
「え、と……」
ラーシュは過去の記憶を探るように、口元に手を当て考え、やがてぽつりと言葉を洩らす。
「……いる……イル、ダス?」
「いるだす?……イルドダスかな?中央から少し南下した、辺境の土地だ」
「たぶん、そうです。父さん、そこの施設で母さんと出会ったって、言ってた気がします」
あの辺りの集落と言えば、あの森か。なんて奇遇な……。それにしても、施設ねえ……。
「もしかして、君のお父さんは何かの研究をしてた人だった?」
「え?……あ、はい。父さんから薬の匂いがしてたし、色んな瓶を持ってたから」
「そう……」
やっぱり、母親は研究対象だったのかな。それでこの子の父親に助けられて逃亡……。そんなところか。
エルフに魅せられた研究者との間に、ハーフエルフが産まれるのもよくある話だ。
でもまあ、憶測で話すのは良くないから、口には出さないけどね。
「分かったよ。それじゃ、イルドダスに君を送り届けるとしよう」
「え?」
「そのために君を買い取ったんだ。私には、君をエルフの里に送り届ける義務がある」
「義務?」
ラーシュの髪を整え終え、続いてカメリアの髪を乾かしながら答える。
「うん。エルフと一部の魔法使いとの、古い古い盟約さ。魔法使いの中でもほんの一握りしか扱えない回復魔法、所謂『神の御業』は、エルフからの賜り物だと言われている。だからそれを扱える者は、エルフの良き友人として彼らに手を差し伸べる必要があるんだよ」
「……あなたも、それが使えるんですか?」
「一応ね。しきたりに従う魔法使いは減ってはいるけど、私は君を助けるよ」
「……」
なるべく笑顔で言ったつもりだが、判断しかねるような顔で黙り込む。
奴隷として生きてきた時があったのだ。
いきなり優しくされても、見ず知らずの人間を信じるのは難しいだろう。
「ラーシュ。賢者様はいい人だよ?カメリアにもね、すごく優しいんだ」
そうカメリアがとびきりの笑顔で言えば、ラーシュの表情が少し和らいだ。
種族は違えど、同じハーフであるカメリアの言葉は多少なりとも信用出来るらしい。
「……そう、なんだ」
「もし君が他に行きたい所があれば、そこに連れて行くよ。この先の長い人生、一人で生きていくのは難しいだろう?」
「……そうですね」
ラーシュは少しだけ考えた後に、一つ頷く。
「母さんに、会いたいです。その、イルドダスに連れて行って下さい。……賢者様」
「ん、了解。それじゃ明日の夜明けに出発するから、そろそろ寝ようか」
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―――
当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。
なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。
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