賢者様は世界平和の為、今日も生きてます

サヤ

文字の大きさ
29 / 62

視点

しおりを挟む
「カメリア。誰も取ったりしないから、もっとゆっくり食べなさい。食べ物が散らかっているよ」
 人間とコボルトのハーフ、カメリアを連れて、私は近くにある村で食事をしていた。
 コボルト達と共に生きてきたカメリアが、人間の食事マナーなど知ってる訳が無く、素手で食べるサンドイッチを選択してみたが、彼女はそれを両手で持てるだけ持ち、誰にも奪われないように急いで口に放り込んで行く。
 こんな雪の時季では、満足な食事にありつけない日もあったのだろうが、これは習慣だろう。
 食事をしている間、カメリアはずっと周りを警戒しつつ、食べ物を味わう事なく、ただ空腹を満たす為に腹に溜めていく。
 いやあ、他人の目が気になるけど、まあ仕方ないか……。
 尋常ではないカメリアの食事風景を見ていた周りの客から、ヒソヒソと声を潜めて何かを言っているのが聞こえてくるが、私は努めて冷静にそれを無視し、手元のサンドイッチを口に放り込んで行く。
「あ、こら。人の物までとるんじゃないよ」
「むぐむぐっ。おいてある、とったヤツのもの!」
「食べ物を口に入れたまま喋らない。分かった、分かった。それは君の戦利品だ」
 仕方なく、手に残っていた最後の一口を食べ、私の食事は終了となる。
「やれやれ。……ところでカメリア。君が倒れていた場所から一番近くにある村はここだと思うんだけど、来た事はあるかな?」
「んぐ……。あぶよ」
「だから、食べながら喋るんじゃないよ」
 彼女が口に物を入れたまま話す為、時折こっちに物が飛んでくる。
 私はそれを遮断する為、彼女との間にお品書きをしれっと立てかけた。
「それじゃあ、この間もここには来たのかな?と」
「うん」
 カメリアは大きく頷く。
「ここのニンゲン、カメリアたち、いっぱいたたいた。だから、みんなニゲた」
「そうか。それじゃあそのフードは、ここで脱いではダメだよ?君の顔を覚えている人間が、沢山いる筈だ」
 そう忠告すると、カメリアは返事の代わりに被っていたフードを両手で引っ張り、更に深く被り直す。
「みんなで来たって事は、キミの巣は、この辺りにあるのかな?」
「ちかくのモリのなか。アナがあって、そこにみんないる」
「そう。それじゃあ、ご飯を食べ終えたら、そこまで送っていくよ」
「わかった」
 カメリアは再び食べる事に集中し、次々と食べ物を胃の中へと取り込んでいき、私はそれを呆れ顔で眺めて待った。
 それから数分もしない頃だろうか。
 がやがやと入口辺りが騒がしくなり、見るとそれぞれ武装した五人のチームが入店してきているところだった。
 見たところ剣士や魔法使い等、バランスの良さそうな役所が揃っている。
 彼らはそのまま店主の元へと歩み寄って行き、何事かを話し始めた。
 ここからでは話の内容までは聞き取れないが、達成感に溢れた若者の顔と、ひたすらに感謝している店主を見るに、何かしらの依頼をこなしてきたのだろう。
 私達にも、あんな時代があったなぁ。
 かつての仲間と旅をしていた頃は、お人好しな誰かさんのおかげで何かと頼まれ事をされたものだと、昔を懐かしんで笑みが零れる。
 しかし、私が思い出に浸っていられたのはほんの数秒だった。
「……みんなの、ニオイする」
「え……?」
 ほんの数秒前まで食事に夢中になっていたカメリアが、いつの間にか私と同じ方を向き、呆然とした様子で私が見ていたものを捉えていた。
 今しがた店に入ってきた若者達をだ。
 どうやら彼女の耳には、彼らが何と言っていたのかしっかりと届いていたらしい。
 そしてその内容は、彼女にとって聞こえてきてはならない物だった。
「あいつら、みんな、ころした……。血のニオイ。あのニンゲンたち、みんなを、もやした……。みんな、まっくろ……。しんだ、死んだ。みんな、みんなミンなミンナミンナ」
「か、カメリア?」
 これはまずい。
 恐怖、絶望、殺意……。
 あらゆる負の感情に呑まれ、カメリアが雄叫びをあげて彼らに飛びかかろうとするのと、そんな彼女を制止すべく私がカメリアの首もとを抑えたのは、ほぼ同時だった。
「ガアアアアアッ!!ワァッ!」
「お、落ち着くんだカメリア!」
 怒りに我を忘れて暴れるカメリアを羽交い締めする形で必死に抑える。
 幼女と言ってもコボルトの血が混じっているだけあって、普通の女児の何倍も抵抗が激しい。
 加えて揃えた筈の爪が鋭く延びていて、私の腕や頬を容赦なく切り裂いてくる。
「何だ?どうしたんだ」
 私達の騒ぎを見て声を掛けてくるお人好しな原因ターゲット
 ちっ、面倒な。
 私は心の中で大きく舌打ちし、これ以上彼らが近付いて来ないよう声を張り上げる。
「ああ、気遣いは無用だよ。君達が物騒な話をしていたものだから混乱してしまっただけさ。だから、それ以上近寄らないでくれるかな?」
「ん……?ああ、それは申し訳ない」
 彼らは眉根を寄せつつお互いの顔を見合わせながら、今一要領を得ない表情でそう謝罪する。
「いや良いんだ。さあカメリア。もう行こう」
「いや!いやいや。コロス、殺す!」
 ひたすらに殺すと喚き暴れるカメリアを引きずるようにして店から離れる。
 その光景は、ともすれば誘拐犯のようにも見えただろう。
 途中でカメリアが被っていたフードが頭から落ち、彼女の顔が露わになる。
 振り乱される髪の中から小さな角が見え隠れする中、何かに気付いたのか「待て!」若者が声を掛けてきたが、私はそれに応じず座標交換ポータルを使用してその場から離れた。


「……」
「……」
 暗くなった森の中、私とカメリアは火を囲んでお互いに向き合って座っている。
 あれからカメリアは落ち着きを取り戻したものの、終始無言で私が差し出す夕飯すらも受け付けてくれない。
 昼間にあれほど必死に食べていた少女と同一人物とは到底思えない程、意気消沈している。
 無理もないか。仲間が全員殺されてしまったんだから。
 彼女の仲間はコボルトで、人間からすれば敵ではあるが、目の前で悲痛な表情を浮かべられると胸が痛む。
 だいたいコボルトなんて弱小魔族、殺す必要なんてないだろうに。そりゃ集団で襲ってきたら厄介ではあるけどさ。あんなのを相手にして、あんな勝ち誇った表情を浮かべているようじゃ、まだまだ修行が足りないな。
 気付けば、例の若者達をやじっていた。
 時に私は、魔族の味方をするのかと言われる事があるが決してそうではない。
 人間に悪い者がいるように、魔族に良い者も存在する。
 ただ中身を知らずに種族で敵味方を隔てるのは馬鹿げていると思っているのだ。
 善悪など、視点一つで簡単に反転する。
 魔族を悪とする者から見れば、魔族の血を引くカメリアを養護している私は悪だろうし、人間の血を引いていながら魔族と共に暮らすカメリアもまた悪となる。
 しかし私から見れば、飢えを凌ぐ為に作物を荒らす、ちょっと傍迷惑な小狼の家族や仲間を奪った彼らの方こそ、悪に見える。
 たった一日で、ここまで愛着が沸くとはなぁ。
 おそらく名前を授けたのがいけなかったのだろう。
 彼女を仲間の元へ送り届けるという目標は失ってしまったが、今度は安全に暮らせる場所を探す必要がある。
「ねえカメリア。今まで一緒にいた仲間以外に、知り合いはいないのかな?」
「……いない。ほかのミンナは、私のミンナにコワかった」
「えっと……。縄張りがあるってことかな?今までのみんな以外にもコボルトは見たことあるけど、そのコボルト達にカメリアのみんなが虐められたんだね?」
 理解しやすいよう、カメリアの言葉を使って尋ねると、彼女は膝を山折りにして頷き、そのまま膝の間へと顔をうずめて泣き出した。
「ひっ……。っぐ、ぅう……」
 まいったなぁ。
 お手上げといった感じに頭をポリポリと掻きながらカメリアを見る。
 元々面倒見が良い方では無い私は、こういう時にどうするべきか分からなくなる。
 こういう時、ニコルがいれば上手く宥めてくれるんだろうけどな。
 かつて苦楽を共にした、旅の仲間の紅一点。
 皆の調和材ムードメーカーであった彼女であれば、何の苦もなくカメリアに寄り添っているだろう。
「……」
 ここにはいない友を思いながら、私はカメリアの傍に寄り添い、彼女が泣き疲れて眠りにつく時まで背中をさする事しか出来なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

処理中です...