賢者様は世界平和の為、今日も生きてます

サヤ

文字の大きさ
28 / 62

姫椿

しおりを挟む
「ああ、じゃあやっぱり君は、コボルトなんだね?」
 私は納得と、自分の推測の正しさを肯定された嬉しさとが混じった明るい声で話す。
 雪道で倒れていた少女は、私が提供したスープと火で暖を取りながら頷く。
 彼女は人間の言葉はほんの少しなら理解出来るようだが、会話をするには心許なく、私の魔法を通してスムーズに進める。
 ほんの数分前までは威嚇され警戒されていたのだが、よほどお腹が空いていたのだろう、作ったスープの残り全てを平らげる頃にはそれなりに打ち解けてくれた。
 野犬から、近所をうろつく野良犬くらいの変化だろうか。
 名前を尋ねてみたら彼女は自分を「コボルト」だと言った。
 どうやら個体名は無いようだ。
 本来雄しか産まれない筈のコボルト種だが、大変稀な確率で、人間の血をより濃く反映して産まれたのが彼女だ。
 周りのコボルト達はこの幼い少女を「姫」として扱っているようで、コボルト種の頂点に立つ存在のようだ。
「他に仲間はいないのかい?」
「いるよ。みんな、ニンゲンにたたかれて、にげたの」
「そうか。それじゃあ、皆がいるところに帰らないとね」
 どうやらこの少女が共に暮らしているのは、人間では無くコボルトのようだ。
 発語や身の振りを見れば当たり前だが、彼女はコボルトとして生きている。
 であれば、仲間であるコボルトの元まで送り届けるのが、私の役目だろう。
「……」
「ん、なんだい?」
 不意に少女にじぃ、と見られて首を傾げる。
 そして鼻をすんすんと鳴らした後、眉間に皺を寄せて一言。
「おまえ、ヘンなニオイする」
「変!?」
 その言葉は、グサリと胸に深く突き刺さった。
 私のを考えるに、鼻の利く者からすれば異常なのは理解しているが、正面からはっきりと言われるとかなり傷つく。
「……ちなみに、どんな匂いがするんだい?」
 更に傷を抉る可能性もあるが、あえて問う。
 すると少女は再び鼻をヒクヒクさせ、しばらく悩んだ後口を開いた。
「ん~……ニンゲンクサくて、いろんなおハナのニオイがして、血なまぐさい」
「血生臭い……」
「あと、人たちのニオイがしてヘン。ニンゲンなのに」
「……あ~、やっぱりそうなんだね。それはあれだよ。私もある意味、君達と同族だからだろうね」
「?」
「もう少し時間が経てば分かるよ」
 一人で納得して頷く私に対して少女は首を傾げる。
 私の中には魔王の魂が宿っている。
 きっと彼の匂いがだんだんと濃くなってきているのだろう。
 時間の感覚が麻痺していなければ、直に彼の時間となる。
「私は人間だけど、ある意味魔族でもある。その点に関して言えば、私と君は同じだね」
「あっ……」
 少女が小さな悲鳴を上げて、私の顔を凝視している。
 火に照らされて揺れる私の影が大きく歪み、ヒトからヒトならざる者へと変貌していく。
 五十年も前に倒した魔王、ヒュブリスの姿へと。
「おう、さま……?」
 少女は呆然と私を見つめたままそう呟く。
 コボルトの寿命は短い。
 多く見積もっても十年と生きていないであろう少女が、魔王の姿を知っている筈は無い。
 だが、彼女の本能がそう告げているのだろう。
 この姿が、魔力が、魂が、魔族の頂点に立つ者だと。
「うん。彼は、私の中にいる。私と彼は別の存在だからつまるところ君の仲間とは言えないんだけど、私が君に手を貸す理由が、これでなんとなく分かってもらえたかな?」
「……わかんない」
 少女は首を横に振るでもなく、私を見つめたまま答える。
 そんな彼女の反応が少しだけ面白くて、私はふ、と笑いを零しながら彼女の頭を撫でた。
「魔族の王として、小さな姫君を仲間の元へ送り届けると、約束しているんだよ」
「本当?」
「ああ。明日、吹雪が止んでいたら一緒に皆を探しに行こう」
「うん、わかった」
「それじゃあ、今日はもうお休み?」
「うん!おやすみ、おうさま」
 私の言葉を素直に聞いた少女は、そのまま私が貸し与えていたローブを敷物にして、その小さな身体を丸めて眠りについた。
「やれやれ。……さて、それじゃあ、明日の準備でもしておこうかな?」
 少女が寝入ったのを確認してから、私はぐるんと片腕を回し、とある作業を始めた。


「おうさま、これなーに?」
 翌朝、目覚めた少女は私が授けたある物を手に首を傾げ、すんすんと鼻を鳴らす。
「服だよ。その格好じゃ、流石に村に入れないからね」
 そう。昨晩私が準備していたのは、少女の衣服だ。
 現状、彼女が身に着けている物は服とは呼べない程にお粗末で、到底人前に連れていけるような状態では無い為、簡単ではあるが手持ちの布地を用いて作成した。
 衣服とは言っても流石に手の込んだ物は作れないので、頭からすっぽり被って腰元を紐で締める、とても簡素な物だ。
「村に着いたら、もっとまともな服を買ってあげるから、とりあえずはこれで我慢しておくれ」
 すると少女は身に付けているボロの上からそれを被り、綺麗な服を見て「おおー」と嬉しそうに目を輝かせた。
「ありがとう、おうさま!」
「あはは。今は王様じゃないんだけどね。ちょっと失礼」
 私は彼女の腰元を、私の魔力を込めた麻紐で括り、飾り付けとして赤い実を付けた南天を取り付ける。
 これで杖で繋がっていなくても、少女は人間の言葉を理解し、私も彼女の言葉を理解出来る。
「村に入る前に、背中のフードを被るんだよ?」
「これ?」
 背中の首もとに着いているフードを軽く引っ張って説明すれば、すぐ目深に被って辺りをキョロキョロする。
「みにくい!」
「はは、深く被りすぎだよ。もっと軽くで良いよ」
「おおー」
「あとこれも」
 そう言って足元に差し出したのは、同じく麻紐で編み上げた靴だ。
「ちょっと足を綺麗にするからね~」
 少女の小さな片足をひょいと持ち上げて、まずは汚れを拭き取る。
「うひゃ、ひゃひゃひゃっ」
「いでっ。こら、暴れるんじゃないよ」
 足の裏を弄られるのは初めてなのか、私が手を動かす度に全身で悶えて暴れ、何度も顎や頭を蹴られた。
 次いで伸びきっている爪を整える為、小刀を取り出し、暴れられないよう慎重に削っていく。
「う~、それやだ」
「ガマンガマン。もう終わるからね」
 削られる振動と感触が嫌なようで、少女は何度も足を引っ込めようとするがなんとか引き留め、両足とも無事に削りきる。
 そこでようやく靴を履いてもらった。
「ちょっと歩いてみて。どうかな?」
「ふかふか~。ふわふわ~。でも歩きにくい」
 少女はぴょんぴょんと跳ねたり、私の周りをぐるぐると回って靴の感触を確かめつつそう感想を述べた。
 一応、悪くはないようだ。
「初めての靴だものね。そのうち慣れるよ。ようし、君の準備も出来た事だし、そろそろ出発しようか」
「おー!」
 元気よく返事をする少女を見て、私は自分の荷物を持って洞穴の出口へと向かう。
 夜の間に降り積もった雪のおかげで入口は封鎖されていたが、杖で突き崩すと外は太陽に照らされて眩く輝く銀世界が広がっている。
「うん、良い天気だ。それじゃあ近くの村まで行ってみようか……と、しまった。肝心な物を忘れてた。君の名前を考えないといけないね」
「?わたし、コボルト」
「それは種族名だよ。私は人間だけど、ちゃんと個別の名前がある。だから君にも、君だけの名前を与えないと。コボルトなんて言ったら、また怖いニンゲンに乱暴されてしまうよ」
「それはイヤ!」
 少女は若干脅えたように声を張り上げて拒否をする。
「なら、君に特別な名前を贈ろうね。……うーん、そうだな」
 私は顎に手を当て少女を見つめながら、彼女にピッタリな名前を考える。
 目の前の少女と出会ったのは昨日。
 痛々しくはあったが、真っ白な肌の上に咲く赤は、冬に咲き誇る赤い華のようだった。
「……うん、ツバキ。冬に咲く赤い華、カメリアはどうだろう?東方の文字だと、姫という字も含まれていてね。コボルト種の姫君には、ピッタリなんじゃないかな?」
「カメリア?わたし、カメリア!」
 少女も気に入ってくれたようで、何度も何度もその名を連呼する。
「じゃあ、カメリア。しばらく宜しくね」
「うん、おうさま!」
「私の事は、賢者でいいよ。王は彼の方だからね」
「わかった、賢者さま!」
 素直に反応するカメリアは、野犬からすっかり飼い犬になったようだ。
 村に辿り着くまでの間、私は彼女が四足歩行にならないよう指導しながら歩く事となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ

のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
 リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。  目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」 魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。 ――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。 「ここ……どこ?」 現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。 救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。 「ほら、食え」 「……いいの?」 焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。 行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。 旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。 「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」 「ウチの子は天才か!?」 ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。 これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。 ※若干の百合風味を含みます。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...