賢者様は世界平和の為、今日も生きてます

サヤ

文字の大きさ
31 / 62

★幸せ

しおりを挟む
 あの人と出逢ってからの私は、とても幸せな日々を送ってこられた。
 彼と出逢う以前……力の無い私達は人間の目を盗んで、逃れて、時に怯えて生きてきた。
 あの日、食べ物を盗るのに失敗して、人間に酷い目に遭わされた私を、あの人は当たり前のように助けてくれた。
 人間と魔族のの私を、何でも無いかのように受け入れてくれた。
「君が混ざり者だと忌み嫌われるなら、私も同じ、だよ」
 そう、紫水晶の瞳が優しく私に微笑みかける。
 嫌な思い出を塗り潰すかのように、姫椿カメリアという素敵な名前まで与えてくれた。
 それだけでなくあの人は、私の新しい家族になった。
 彼がいる所が、私のいる所。
 人の身でありながら、人との関わりを避けるあの人の傍にいるのは、私にとっても気楽だ。
 面倒くさがりなのに、何かと厄介事に巻き込まれる彼との旅は退屈しない。
 ワガママな皇子に魔族の占拠された村を取り戻す手伝いをさせられたり、海底で病に伏した乙姫様を助けたり、死者に呪われた生者を助ける為に死んでみたり、奴隷のハーフエルフを助けて故郷まで連れて行ってあげたり……。
 まだまだ数え切れない出来事が沢山あって、私は色んな事を学んできた。
 人間はあまり好きではないけど、あの人が教えてくれる事は何だって嬉しかった。
 彼と親しい人は、私にも優しくしてくれる。
 だからその人達は好きだ。
「人間にも魔族にも、良い者と悪い者がいる。種族で善し悪しを決め付けるのは良くないよ」
 あの人がよく言う言葉だ。
 本当にその通りだと、私も思う。
 魔族にも、私達をイジメるヤツらは沢山いた。
 優しくしてくれる人間もいる。
 私は人間としても魔族としても半人前だけど、あの人の元で、これからも色々な事を学んでいく。
 そう、今日もきっと……。


「カメリア……。そろそろ箸の持ち方を覚えようか?」
 私と向かい合わせで食事をする賢者様が、少々苦笑いを浮かべてそう告げる。
 最近の賢者様は食事の際、箸と呼ばれる二本の細長い棒を使うよう指示してくる。
 下の一本を親指に挟み、薬指で支えて固定し、上の一本を親指、人差し指、中指で持つらしいが、私にはこれが出来ない。
 なかなか物が掴めずにイライラして、最終的には箸を刺して食べている。
 この食べ方は、東の国の人間達の文化だけど、これを使うようになっておよそ数ヶ月、私は未だまともに物を掴めた事がない。
 一方の賢者様も、私と同じ時に使い始めたけど、彼は箸を上手く使いこなして、現地の人間も難しいと言っていた豆を簡単に掬って口に運ぶ。
「なんで賢者様はそんなに上手なの?カメリアと同じ人間から教わったのに」
 ぶう、と不服そうに頬を膨らますと、賢者様は可笑しそうに笑う。
「そこはほら、年の功と言うか、人間歴の差ってやつだね」
「それだとカメリアは、ずっとこれ使えないね」
 私はわざとそう解釈し、箸を突き刺して食事を続ける。
 私はこの世に産まれてから約十年、コボルト達に育てられ、コボルトとして生きてきた。
 賢者様と出逢ってから人間らしい生活を送り始めた私の人間歴は約七年。
 人間よりも見た目の成長が早い私は、世間が言うところの「お年頃」らしいが、中身はまだまだ無知な子供だ。
 一方の賢者様は見た目は二十代半ばの立派な青年だが、中身はとっくに七十を越えたお年寄り。
 時折じじ臭い仕草や言葉を発するのも、年の功なのかもしれない。
「うーん、出来たらカメリアには立派な淑女レディになってほしいから、出来れば使いこなせるようになってほしいけど、食事は美味しく食べるのが一番だからね。任せるよ」
「はーい」
 やる気のない返事で、私は一番美味しく食べられる方法で食事を続ける。
 彼の、こういう無理強いしないところも気楽で良い。
 怒られるのは嫌いだし、怒鳴られるのも怖い。
 でも賢者様は、そんな事は絶対にしない。
 私が悪い事をした時は、少しだけ困ったような表情で何がいけなかったのか、ちゃんと教えてくれる。
「ところで、今日は何をしようか?」
 食事が一区切りついた所で、賢者様はいつもの台詞を言う。
 私達の旅に、目的地は無い。
 何処へ行くのも、何をするのも自由。
 そしてその決定権を、彼は私に殆ど委ねている。
 それは私達が出会った時から変わらず続いている。
「んー……」
 ついこの間まで東の国にいたから、本国は久しぶりだ。
 正直、何処でもいい。
 首を捻って考えていると「ちりん」と音を立てて目の前で鈴が揺れた。
 成長するにつれて伸びてきたを隠す為に、元々服に取り付いていたフードに生地を足して角を覆っている包袋。
 それを東の国で買った鈴付きの紐で結んであるのだが、私が動く度に揺れてチリチリと鳴っている。
 よく鳴くなあ。でもコロコロ言ってて可愛い……。これを誰かに見て欲しいな。
「……あ!ティー姉さんとこが良い」
 誰に見てもらいたいか、それを考えて真っ先に浮かんだのは、一人の女性の顔。
 昔、死んでしまった婚約者に呪われたのを賢者様に助けてもらった、コルスタン領の領主様。
 目的地を持たない私達が何度か足を運んでいる場所で、私に剣の扱いを教えてくれる先生でもある。
 数少ない、私が好きな人間の一人だ。
 私の意見に、賢者様はにこりと微笑む。
「ティーナか。しばらく東にいたから、二年以上は会っていないね。分かった、それじゃあ行こうか」
「うん!これ見たら何て言うかな?あとこれも」
 私は頭で揺れる鈴を指差した後、腰に差す短刀と木刀を賢者様に見えるよう軽く腰を捻る。
 これらも東の国で調達した品だ。
 こちらの剣とは違って片側しか刃が無いが、とても軽くて切れ味も良い。
 本当は太刀という主刀が欲しかったが、あれは長すぎて私には上手く使えそうになかったので、玩具の木刀でそれらしく見せている。
「ティーナも刀を見るのは初めてかもしれないね。向こうの話を聞かせてあげたら、きっと喜ぶよ」
「うん!向こうで見聞きした事、全部教えてあげたいな」
「それはそれは。長い滞在になりそうだ」
 嬉々として言う私に、賢者様はほんの少しの苦笑いを返す。
「なら、行き先も決まった事だし、後片付けをしよう。コルスタンはここから少し距離があるけど、歩くかい?」
「んー、早く会いたいから、いこ?」
「分かったよ」
 賢者様は頷き立ち上がり、私達は後片付けを始める。
「ねえ、賢者様。ティー姉さん、もう赤ちゃんいるかな?」
 私が火の始末をしながら尋ねると、賢者様は笑って答える。
「そりゃあいると思うよ。私達は出産の邪魔にならないように、あそこを離れたんだから」
「そうだよね。早く会いたいなあ。女の子かな?男の子かな?楽しみだな」
「ふふ、そうだね。それじゃあ、早速行こうか」
 言いながら賢者様は懐から穴の空いた一ギット硬貨を取り出す。
 コルスタン領へ飛ぶ為の魔法が籠められた硬貨だ。
「ね、賢者様。それカメリアがやってもいい?」
 ずい、と賢者様に詰め寄り、彼が持つ硬貨を両手で掴む。
 賢者様から簡単な魔法を教わっていて、座標交換ポータルは最初に教えてくれた物だ。
 けれど私の要望に、賢者様の眉がへの字に曲がる。
「ええ~。……まあいいけど、気をつけて飛んでくれよ?」
「あ、信用してない顔ー」
「いや、だって君がポータルを使うと、決まって獣の前に落ちるじゃないか」
「大丈夫だよー。コルスタンには獣いないもん」
 そのまま私は、渋る賢者様の手からもぎ取るように硬貨を奪う。
「それじゃあ、コルスタン領へしゅっぱーつ!ほら賢者様。早く掴まって」
「はいはい。分かりましたよ」
 賢者様も諦めがついたようで、軽くため息をつきながら私の肩に手を置いた。
 私は硬貨に魔力を籠めながらコルスタン領を思い浮かべる。
「行くよー。座標交換ポート
 言葉と共に、私達はその場から姿を消した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

処理中です...