賢者様は世界平和の為、今日も生きてます

サヤ

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★盗み聞き

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 私達四人がコルスタン領に戻る頃には昼が過ぎ、太陽が一番高い場所に昇っていた。
 長時間馬車に揺られていたアデリーは疲れてそのまま眠ってしまい、屋敷に着いてスグにメイド達に部屋へと連れて行ってもらった。
 私とセザール、そしてメイド長はティー姉さんに呼ばれて会議室へと向かう。
 ティー姉さんは会議室の一番奥の席に一人で座っていて、姉さんの隣に立っているメイドから何か話を聞いていた。
 それはすぐに終わって、メイドは私達にペコリと頭を下げてから出ていった。
「二人ともご苦労だったな」
 姉さんはまず、私達にそう労いの言葉を掛けてくる。
「娘も、特にこれといった容態の変化は無いそうで、まずは安心した」
 どうやらさっきのメイドは、アデリーの様子を伝えに来ていたようだ。
「さて……どうしたものか」
 ふう、と物憂げにため息を突きながら頬杖をする。
 その様子は娘を誘拐されて怒っているセザールとは違い、本当に困っている感じだ。
「ケイ。まずは今回の事件を起こした理由を、貴女の口から聞かせてもらえるか?」
 いつもと変わらない口調でメイド長に尋ねる。
 メイド長は時々顔を上げて何かを言おうとするが、何かが気になるのかそのまま下を向いてしまう。
「メイド長。何か仰ったらどうですか?ご自分が犯した罪の重さが分かっていないとでも?」
「それはもちろん承知しています!ただ今は……言えません」
「何故?我々に大人しく着いてきておいて、お嬢様を前にして、これ以上何を隠すつもりですか」
「隠すつもりはありません!ただ、今は言いたくないんです」
「分かった」
 セザールとメイド長の口論が激しくなりそうな中、ティー姉さんの一言で静まる。
 そして姉さんは私に視線を向ける。
「悪いがカメリア、席を外してくれるか?難しい話になる。退屈だろう、アデリーの様子を見てきてやってくれ」
「え?……あ、うん。分かった」
 メイド長がアデリーを黙って連れて行った理由は、私も気になる。
 けど今は、ここを離れなくてはいけない。
 相手の気持ちを汲んであげるのも、人と生活する上では大切だと、賢者様が言っていた。
 上の言葉が絶対的な魔族達とは違うと。
「じゃあ、姉さん。また後でね」
「ああ、すまないな」
 片手をひらひらとさせる姉さんに合わせて私も手を振り、ゆっくりと扉を閉めた。
「……ぷう」
 昨日今日と必死に走り回ったのに肝心な所で急に取り残されてしまい、なんだかお腹の辺りがモヤモヤする。
「カメリアのせい、なのかな?」
 ポツリと呟き、悲しくなる。
 メイド長が私の事をよく思っていない事は分かっていた。
 アデリーと二人きりには出来ないとも、恐ろしいとも言っていた事も知っている。
 それにさっきも何かを言おうとしては、私の方をチラチラと見て黙っていた。
 私がいたら、言えない事なんだ。
「カメリア、カメリア」
「?……ヴィヴィ」
 突然名を呼ばれ声がした方を見ると、こっちに来るよう手招きをしている若いメイドがいた。
 彼女はヴィヴィアン。
 最近コルスタン家に奉公へやってきた一番若いメイドで、私とも年が近く仲良くしてくれている。
「早く」と小声で手招きする彼女の元へ小走りで近付くと、そのまま隣の部屋へと入っていき、ガラスのコップを手渡された。
 曇り一つついておらず、綺麗に磨かれている。
「え、何?」
「これを壁に当てて、耳をコップに当てて。カメリアなら隣の会話、聞こえると思う」
「ええ?」
 まさかの盗聴を促され、戸惑う。
「だ、ダメだよヴィヴィ。カメリアがいたから話せない事なのに」
「でもカメリアは今回一番頑張ったでしょ?なのに話を聞かせてもらえないなんておかしいよ。カメリアは、メイド長が何であんな事したのか気にならないの?」
「それは、気になるけど……」
「じゃあ早く!」
 ためらう私にお構いなしでヴィヴィアンはコップを壁に当てて聞き耳を立て始め、やがて私もそれに習う。
 会議室は他の部屋と違って音が漏れない造りになっているらしく、私の耳でも聞こえなかったけど、コップを使うとなんとなく聞こえてきた。
「それだけか?」
 だいぶくぐもっているが、今のはたぶんティー姉さんの声だ。
「この地が戦火に巻き込まれる事を恐れ、アデリーだけでも安全な場所に避難させた。……確かに聞こえはいいが、真の理由はそこでは無いのだろう?ケイよ。でなければ、あれほどカメリアを気にする必要ないものな」
「んー、やっぱり会議室のはダメだ。カメリアは?」
 ヴィヴィアンは大きなため息を付いて私を見るが、それに答える余裕は、今は無い。
 ティー姉さんも、気付いて私を部屋から出した。メイド長は、なんて言うんだろう?
「……ええ、そうです」
 しばらくして、聞き取るのがやっとの、メイド長の掠れた声がする。
「私は、怖いのですお嬢様。いつかがアデリー様やお嬢様、テオフィル様に手を掛けるのではないかと、気が気で無いのです」
「……っ。……」
 ずき、と胸の奥が痛む。
 知っていたとはいえ、はっきりと聞いてしまうと傷付く。
「カメリアは私の恩人で、愛弟子でもある。あまり悪く言わないでやってほしい」
「分かっています。お嬢様があの子を大切にしている事は。私も、これでも努力はしているのです。それでもやはり、あの角を見てしまうと、私達とは違うのだと……魔族なのだと認識せざるを得ません」
 無意識に、伸び切った角に触れる。
「魔族は、人型の魔族は、相手の懐に入り込むのが得意なんです。私達人間を安心させ油断した時に、その本性を現します。お嬢様が愚か者だとは思っておりません。ですから彼女は大丈夫だと思いたい。思いたいのですが、あの子がアデリー様と一緒にいるのを見ると、いつか恐ろしい事が起きてしまうのではと、あの爪が、牙が、アデリー様に向けられるのではと考えてしまうのです」
 まくしたてるメイド長は「それに」と話を続ける。
「お嬢様はご存知でしょうか?今回あの子がみえた時、アデリー様を見て「美味しそう」と涎を垂らしていた事を!」
 う……、それは。
 否定できない、痛い所を見られていた。
 賢者様にも注意されていたけど、これでは怖がられても仕方がないかもしれない。
 ティー姉さんの「それは知っているが……」という呆れた声を最後に、ヴィヴィアンにコップをとられて声が途絶えた。
「ごめんね、カメリア。もう止めよう」
 申し訳なさそうに言った後、ヴィヴィアンはぎゅ、と私を抱き締める。
 会話の内容は聞き取れなかったヴィヴィアンだが、私を気遣ってくれたのだろう。
「ヴィヴィ……。大丈夫だよ。おかげで少し勉強出来たし」
「勉強?」
 私がヴィヴィアンの背中をぽんぽんと叩きながら答えると、彼女は小首を傾げる。
「うん。あのね、人を見て涎を垂らしちゃダメなんだって」
「え?」
「賢者様にも注意されたんだけど、ちょっと前までのアデリー、甘くて美味しそうな匂いがしてたんだ。それでつい涎が出ちゃってさ。人間が見たら、コワイよね」
「……。……ふ、あはは。何それ」
 最初はポカンと口を開けていたヴィヴィアンだが、やがて吹き出すように笑い出す。
「でもその気持ち、私にも分かるな。赤ちゃんってミルクとか色んな良い匂いするもんね。…。流石に食べようとは思わないけど。カメリアは本当に食いしん坊だなあ」
「えー、そんな事ないよ。ヴィヴィだってよくつまみ食いしてるの知ってるもん」
「しーっ、それは内緒!」
 口元に指を当てて慌てるヴィヴィアンとわちゃわちゃしていると、
「こらヴィヴィアン!またサボって。仕事は終わったの?」
「ヤバ」
 廊下から先輩メイドに怒られ、ヴィヴィアンはそそくさと立ち上がる。
「じゃあカメリア、またね」
「うん」
 手を振り、私も自分の部屋へと戻った。
 その翌日、メイド長が長期の暇を貰い、息子のいるワラーラに戻ったと聞かされた。
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