賢者様は世界平和の為、今日も生きてます

サヤ

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 静寂な夜空の下、私の隣で身体を丸めて横になる、コボルトと人間のハーフの少女、カメリア。
 焚き火に照らされてちらちらと明滅するその寝顔は、まだあどけなさが残ってはいるものの、もう大人の女性のそれだ。
「……はあ」
 可愛らしい寝顔ではあるが、彼女を見ていると思わずため息が漏れる。
 カメリアがこのように無防備な姿を再び見せてくれるようになったのは、コルスタン領を離れてから十日以上が過ぎた頃からだ。
 それまでは……特にコルスタンを出た直後は、まともに会話すら出来なかった。
 まったく。ティーナの奴、余計で面倒な知恵を与えてくれたものだ。
 うなだれるように頬杖を付く。
 コルスタンでエイサーとの悶着を一旦解決させ、新しい放浪へと旅立とうとしたその日、何を思ったのかカメリアは私に口付けをしてきた。
 私も彼女の額にすることはあるが、口と口マウストゥマウスは初めてだ。
 その後カメリアは恥ずかしかったのか、そわそわして私を見たかと思えば顔を反らし、時には一日中言葉を交わそうとしない時があった。
 流石にこれはまずいと感じ、ティーナに何を吹き込まれたのか問い詰めると「これで赤ちゃんが出来る」と教わったらしい。
 それを聞いた時は、流石の私も絶句した。
 入口としては間違っていないのかもしれないが、口付けだけで赤ん坊が出来る事は無い。
 それを教えると、カメリアは驚き落胆したようだったが、次第にいつもの調子に戻ってくれた。
「どこまで本気なんだか」
 きっと全て、本気なんだろう。
 純粋に、真っ直ぐに、私を慕い想う気持ちは、紛れもない本物なのだろう。
 私自身、そんな真っ直ぐな想いを向けられて心が揺らがない訳では無い。
 カメリアは……私の予想と反して、とても良い女性へと成長した。
 いくつかの旅先で、是非とも嫁にと声をかけてきた若者が何人もいたくらいには顔立ちも良い。
 ただ彼らは、カメリアの正体を知ったや否や、顔色を変えていたが……。
 そんな彼らの誘惑に見向きもせず私だけを見てくれている様は、正直気分は良い。
 私も、カメリアと真っ直ぐに向き合えたなら、どれだけ楽だろうか。
「……ごめんよ、カメリア」
 彼女の毛先を軽く梳きつつ謝る。
 世界を護る為とはいえ、人の身でありながら、人の道を外れてしまった私は、人と深く関りを持つ事が恐ろしい。
 彼ら、彼女らは、遅かれ早かれ必ず私を置いて去っていってしまう。
 例えるなら、灯火。
 近付きすぎれば火傷をし、程良い距離にいなければ、灯火が消えた後は急激に寒くなる。
 人間の寿命はおよそ六十年。コボルトはその約半分。
 ヒトと、コボルトの間から産まれたカメリアとは、あと何年共に過ごす事が出来るのだろう。
「少し、近付き過ぎてしまったかな……」
 彼女の寝顔を見ていると、小さな後悔が胸の中に蓄積されていく。
 なるべく負の感情を抱かないよう、私の心が壊れてしまわないよう、カメリアとも早いうちに別れるつもりだったのに……七年という短くも濃い時間は、今の私には少し、ほんの少しだけ辛い。
「賢者様……」
 ふと、声を掛けられ、カメリアの瞳と視線が交差する。
「っ!?カメリア。……君、起きていたのか」
「うん。ごめんなさい」
 何故か謝るカメリアに私は「いや……」と曖昧な返事しか返せず、気まずくなって視線を外す。
 妙な事は口走ってはいない筈だが、今までの行動がバレていたと分かると妙に恥ずかしい。
「賢者様」
 カメリアが身体を起こしながら再び声を掛けてくる。
「賢者様は、カメリアと一緒にいるの、イヤ?」
「……」
 嫌ではない。嫌な筈が無い。
 こんなにも好意を寄せてくれていて、こんなにも真っ直ぐに想いをぶつけてきてくれる女性を、嫌いになる筈がない。
 心が動かない訳もない。
「……そんな訳無いだろう」
 ぐい、と引き寄せ、昔よくしていたようにカメリアを背中から抱きしめる。
 以前は私の顎が彼女の頭に乗っていたのに、カメリアの黄金色の瞳は、ほぼ私と同じ位置にある。
「ごめんよカメリア。不安にさせてしまって。……ただ、私はね。恐いだけなんだ」
「恐い?」
「ああ。君を失う事を、ひどく恐れている。どうしようもないくらいにね。……だから、あまり近寄らないようにしてるつもりなんだ」
「……それは、賢者様の中に、魔王様がいるから?」
 ちゃんと学んでいる。…本当に、あの幼く無垢だった少女は、もういないんだな。
「そうだね。彼と共に居る限り、私はいつまでも独りだ。他人ヒトと時間を共有する事は出来ても、生を共にする事は出来無い。私はそれがとても嫌で、とてもとても、恐ろしいんだ」
「……賢者様」
 カメリアがくるりと身体を回転させて私と向き合うような形を取る。
「あのね、カメリアね。最近夢を見つけたんだ」
「へえ。どんな夢なんだい?」
「賢者様を、ニンゲンに戻すこと」
「え……?」
「魔王様が賢者様から離れて、一人で眠れるようになれば、賢者様は人間に戻れるでしょう?そうしたら、もう独りじゃなくなるよね?」
「……」
 それは、私が追い求め続けている目標の一つ。
 人の身を捨てた私が再び人間として生きていく事は出来無いが、魔王ヒュブリスをこの身から切り離し、永久に眠らせる事が出来れば、私自身に施した死霊術を解呪出来る。
 その先にあるのは、生ある者に等しく与えられた眠りだ。
「ねえ、賢者様。カメリアの夢、一緒に叶えてくれる?」
 そんなお願い、断る理由が無い。
「もちろんさ。むしろ私からお願いしたいくらいだよ。難しいかもしれないけど、カメリアの為なら、私はいつも以上に頑張れるよ」
 ふふ、とカメリアは嬉しそうに微笑む。
 お互いの夢の共有。
 しかし明日からの日々に、何か変化があるわけではない。
 そんな何でも無い事が、心地よい。
 ふいに、カメリアの顔が近付いてきているのに気付いて、私は片手でそれをやんわりと制止する。
「何で?」と不満げと不安げな瞳で抗議され、代わりに彼女の額に口付けを落とす。
「君の気持ちは十分に受け取ったよ。けど、私も男だからね。悪いけどそういう事は、私のケジメが付くまで待っててくれないかな?」
「……早くしてね?」
「ははは。努力するよ」
 情けない、と心で毒突きつつ、私は一つの決意を固める。
 この子と共に生きていこう。
 その為にも、取り戻せるだけの日常を、取り戻そう。


「さあ、今日はもうお休み」
「うん。おやすみなさい」
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