賢者様は世界平和の為、今日も生きてます

サヤ

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★勇者エヴァン

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 村の奥の外れにある小さな丘。
 そこを登りきった先に広がるのは、村人達の墓所。
 その中心に、色とりどりの花束に囲まれた一つの墓がある。


「ここよ」
 孫のルイズに支えられるようにして私達を先導するニコルが立ち止まったのは、そのお墓の前。
 賢者様はその前にしゃがみ込み、お墓に刻まれた文字を手でなぞる。
「……三年も前に。ニコルを置いて逝ってしまうなんて、キミらしくないな」
「享年七十六歳……。生前、あれだけ激しい戦闘を繰り返してきた人なのに……。本当に長生きしたと思うわ。彼の最期はとても穏やかで、皆に看取られて旅立って逝ったの」
 昔を懐かしむように、遠い目をしながらニコルは言う。
「ヘクターやテリーも、訃報を聞いた時は参りに来てくれたのよ」
「そうか……。ボクはいつでも、出遅れてしまうな」
「貴方は根無し草ですもの。国に仕えていた二人と違って、連絡の取りようが無かったのだから仕方が無いわ。今こうして、ここに来てくれているだけでも、奇跡みたいなものよ」
「そう言ってもらえると、心が幾分軽くなるよ」
 ははは、と弱めに笑う賢者様は立ち上がり、私を見る。
「さて、それじゃあそろそろ本題といこうか。カメリア、エヴァンの剣を」
「うん」
 ここに来るにあたって、前もってニコル達の家から勇者エヴァンの剣を持ち出していて、私はそれを賢者様に渡す。
 受け取った賢者様はそれを懐かしそうな、それでいて嫌そうな、とても複雑な表情で見つめる。
「……参ったな。剣自体はとても懐かしい物なのに、のおかげで、とてもおぞましい物に見えるよ。つくづく呪われているな、ボクは」
 自虐にも等しい愚痴を零しつつ、賢者様はその剣をエヴァンが眠る墓に供える。
「せっかくキミに会いに来たんだ。少しくらい、話をさせてほしいな」
「アラン?一体、何をするつもりなの?」
 ニコルの質問には答えず、代わりに優しく微笑み、賢者様は杖を掲げ、一つの呪文を詠唱する。
死者との語らいデッドコール
 トン、と軽く杖の先端で剣を叩くと、音が周りに反響する。
 そのほんの数秒後、カタカタと剣が震え出し、私達の周囲に生暖かい風が吹く。
「これは……」
 周りの変化に動揺するニコルとルイズを尻目に、剣の震えは大きくなっていき、やがてふわりと宙に浮いた。
 その剣に纏わりつくように風が舞い踊り、周囲の木の葉を引き寄せ……やがて小さな人形のような輪郭を作り上げた。
「剣の主よ。ボクの声が聞こえるかい?聞こえるのであれば、返事をして欲しい」
 そう賢者様が呼びかけると、風を纏った剣が、掠れたを発した。
「……俺を呼ぶノハ誰だ?……イヤ、其の声は、聞き覚えがアル」
 少しの考えるような間の後、剣は再び言う。
「お前ハ……アラン、なのか?」
「うん、そうだよ。……久しぶりだね。エヴァン」
 賢者様の頷きに強い反応を示したのは、勇者エヴァンではなく、彼の妻、ニコルだった。
「そんな……。まさか、本当に……エヴァン、貴方なの?」
「其の声は、ニコルだな。間違える筈ガナイ」
「一体、どうやって?貴方は確かに亡くなって、此処に眠っている筈……」
「ニコル、落ち着いて」
 驚きのあまり地面に崩れ落ちそうになるニコルをやんわりと制して、賢者様は冷静に説明する。
「難しい事じゃないよ。エヴァンの魂を、一時的にこの剣に降ろしたんだ」
「魂を降ろすって……。アラン、その魔法の類は……」
「うん……。死霊術の一つ。人間が扱う事は無い、魔族達の高位魔法だよ。ボクは魔王ヒュブリスをこの身に宿す事で、死霊術師ネクロマンサーとしての道を極めたんだ」
「……っ」
 何か思う事があったのかもしれないが、ニコルは詰まったように息を飲み込み、それ以上言葉を発する事なく、代わりに一筋の涙を零す。
 賢者様も何も言わずニコルに微笑みかけ、そしてエヴァンと向き合った。
「さて……。エヴァン、こんな形で再会する事になってしまって済まないね。本当は色々と語り合いたいところだけど、残念ながら手短に話させてもらうよ」
「構わない。お前が元気ダト知れて、嬉しいヨ」
 表情は見えないけれど、今エヴァンは、嬉しそうに笑っているんだと思う。
 そして賢者様は、真面目な顔になってエヴァンを呼んだ理由を話し始めた。
「単刀直入に言うけど、実は近々、ボクの中で眠る魔王ヒュブリスを、取り外そうと考えているんだ」
「……」
「勘違いしないで欲しいのは、ボクが彼を解放する事で、この世に復活させようとしているわけじゃないって事。あくまでも、彼を完全に浄化させようって考えだよ」
「何か、手はアルのか?」
「魔王を解放する方法は分かっているんだ。けど、その後の魂をどうすれば良いのか、肝心な部分はまだ手探り状態だよ。……一応キミが、ボク達や大勢の人が命を掛けて封印した存在だ。だから始める前に、許可をもらいたくてさ」
 気弱な表情。ここに来てからの賢者様は、本当に私の知らない顔を沢山見せる。
 許しを請う賢者様に対して。エヴァンはそれほど考える間もなく答える。
「そんなモノ、取る必要なんて無いダロウ。あの時、お前が俺を庇ってクレテイナカッタラ、とっくに魔王ハ復活しているンダ。ニコル、君モ、そう思うダロ?」
「え?……ええ、そうね」
 急に話を振られたニコルは一瞬驚くが、すぐに優しい笑顔を浮かべて頷く。
「アランは、いつだって私達の事を考えて動いてくれていた。そんな彼がする事だもの。否定なんてしないわ」
「ありがとう、二人共」
 二人の承諾を得て、賢者様も微笑む。
 たぶん、彼らがなんて答えるかなんて、分かっていたと思う。
 魔王を解放する許可なんてのはただの口実で、本当の目的はかつての仲間に会う事だったのではと思えるくらい、話はあっけなく終わった。
「それじゃ、ボクからの話はこれでお終いだ。ありがとう、エヴァン。……ニコル」
 賢者様はニコルの方を振り返りつつ、私に近付いて来て肩を自分の方へと引き寄せる。
「エヴァンが再び眠りに着くまでまだ少し時間がある。私達はこの村を見て回ろうと思うから、ゆっくり話でもしていると良いよ」
「アラン……。ええ、そうさせてもらうわ」
 ニコルは本当に嬉しそうにし、孫のルイズも深々と頭を下げる。
「じゃ、行こうか」
「うん」
 私と賢者様は並び立って、家族の団欒を背に丘を下る。
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