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★脱出
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「……んー?うん!いいね、ちょこっと膨らみが残ってるけど、コブみたいな感じで覗かれても分からない。バッチリだね」
いつものように、私の角の具合を診ていたケントが満足そうに頷き、にっこりと微笑む。
「これならフードを被らなくても、普通の人間にしか見えないよ。おねーちゃんの脱出の準備は整ったね」
彼が言うように、今の私はただの人間にしか見えないだろう。
元々人間とのハーフで、ほぼ人間よりの見た目だから異様な部分さえ取り消してしまえば容易な事だ。
「……なんか、カメリアじゃないみたい」
私は十数年ぶりに小さく縮こまった角を指で確認しつつ、複雑な気分になる。
「おねーちゃん自慢の角だもんね。仕方がないよ。けど、この国を出るまでの間だから、もう少しだけ我慢してね?」
「ぷぅ。早く賢者様にも会いたいよ……ん?ああっ!?やっぱり!」
寝床の布団代わりに使っている賢者様のローブを何気無く手に取ると、今まで感じていた疑惑が確信へと変わり、思わず声を荒らげる。
「ケント!カメリアの背、縮んでる!ほら見てよ、賢者様のローブ。前はこうしても床に付いてなかった!」
鼻息を荒くして賢者様のローブを広げて精一杯上に持ち上げるが、裾の一部が床から離れず、ずりずりと埃を絡め取る。
この部屋に移り住んだ時はちゃんと床から離れていたけれど、日が経つにつれ段々と床に近付いている気はしていた。
それが今ではしっかりと付いている。背伸びをしてみても、それは変わらない。
「あ~、薬の影響で多少は縮むよ。言わなかったっけ?」
「聞いてないよ!?」
いつものようにあっけらかんと答えるケントに、私はほんの少し涙目でわめく。
「うう~。賢者様にだいぶ追いついたと思ったのに……」
「まあまあ。それも国を出たら元に戻っていくからさ」
「でも、会えた最初はこれなんでしょ?また子供扱いされちゃう」
「子供扱いじゃダメなの?」
「ダメだよ!カメリアは賢者様の嫁なんだから、もう子供じゃいられないの」
最近見せてくれるようになった、照れ笑いのようなあの笑顔がすぐに見れなくなると思うととても悲しい。
「お嫁さん……。ん~、彼の背丈って、これくらいだっけ?」
「……そうだけど?」
何のつもりか、ケントは私の前に台座を持ってきてその上に立ち、私との身長差を測り始める。
こうやって見下されると、随分と小さくなったのがよく分かる。
賢者様と初めて会った頃までにはいかないが、顔二つ分はある。
「けっこうあるね。今のおねーちゃんの背丈、ボクより少しだけ目線が高いくらいだから、こんなものか」
「ぷぅ~~。これ、どれくらいで元に戻るの?」
「すぐに戻りたいなら成長剤を作ってあげるけど、急激に骨を伸ばす事になるから、数日はまともに動けないくらい痛いから止めた方がいいね。自然と効果が抜けるのを待てば、一週間くらいで元通りになるからさ」
今のケントの発言からして、薬を作ってくれる事は無いだろう。
だったら、待つしかない。
「一週間。絶対に一週間だね?」
「うん」
「分かった。その間は、あんまり賢者様には近付かないようにしよう」
「そんなに気にする必要ないと思うけどなぁ。それに……」
「え?」
不意にケントが身を屈め、
ちゅ、
「なっ!?」
私の額に、キスを落とした。
「ほら、キスだってちゃんと出来るよ?問題ないでしょ?」
「~~~っ。いきなり何するの!」
「あたっ!?」
突然の出来事で回避出来ず、ショックのあまりケントに強烈な右フックを喰らわす。
「信じられない!最っ低!女性にやっていい事じゃないよ」
必死にゴシゴシと額を拭っていると、ケントもまた殴られた左頬を擦りながら立ち上がる。
「いてて……。いきなりやったのは謝るけど、いきなり殴るのも酷いよ。額へのキスは祝福の願いを籠めての物だよ。賢者様以外から受けた事ないの?」
無い!と言いたいところだが、ティー姉さんから何度か貰った事があるのを思い出す。
けれども彼女は女性で、ケントは男の子。別問題だ。
「ティー姉さんは女の人だし、姉さんだから良いの!」
「ボクはダメなんだ……」
「ケントの事は好きだけど、男の子だからダメ!」
「そっか……」
頬を押さえたままシュンとするケントには申し訳ない気がするが、それでもここは譲れない。
ケントもケントでいつものように切り替えが早く、えへへと笑う。
「じゃあ、普通のおまじない。おねーちゃん達の旅に、祝福を」
「……うん、ありがとう。叩いたりしてゴメンね?」
「いいんだよ。それじゃ、行こっか。今からこの国と、さよならしよう」
「え、今から?賢者様は?」
提案が唐突なのもいつも通りで、変な声が出る。
「彼ももう準備をしているよ。ほら、荷物を持ってきて」
「あ、ちょ、ちょっと待って」
急かされるままに自分の荷物をひっ掴み、部屋のドアを開けて待つケントの後を追う。
「……え?ここから出るの?」
国を出ると言ったケントについて行った先にあるのは、街道へと続く城郭の出入口。
付近には当たり前のように兵士が見張りをしていて、出入りする人や荷馬車をくまなくチェックしている。
「そうだよ。おねーちゃんもここから入ってきたんだから、ちゃんとここから出て行かないとね」
「そ、そうだけど……」
ここに来た当初は国王に謁見を申し出る為だったが、今となっては追われる立場。
私は対象者では無いから良いかもしれないけれど、これでは賢者様は脱出出来ない。
「ねえ、ケント。私はともかく、賢者様は大丈夫なの?」
「平気だよ~。ほら見て、これ。偉い人から、ここを出る理由を作ってもらったんだ。彼もちゃんと、国から出られるよ」
「偉い人?いやでも、賢者様は国に追われてるんだよ?見つかったら捕まっちゃうよ」
ケントが懐から通行手形を取り出してニコニコするが、いまいち話が噛み合っていない気がする。
「おねーちゃんは心配性だね。大丈夫だよ。この国全てが彼の敵では無いから。ボクみたいに、味方してくれる人もちゃんといるんだよ。まずは、自分が国から出る事に集中して」
「でも……」
どれだけ諭されても賢者様を心配する私に構わず、ケントは話を続ける。
「いい?僕達は旅芸人の姉弟って設定だから、もし兵士が芸をしろって言ったら、おねーちゃんやってね」
「え、カメリアが?そんなの出来ないよ」
「へーきさ。爪を出し入れするだけで十分だよ」
「……これ?」
試しに自分の右手をにぎにぎすると、それに合わせて爪がにゅ、にゅ、と飛び出る。
「うんうん。その調子。それじゃあ、行こうか」
「……うん」
差し出された手を取り、私達はゆっくりと出口へ向かう。
「こんにちはー。ボク達、今日ここを出て行くんです。お世話になりましたー」
ケントはいつものように笑いながら手形を兵士に渡す。
「ん?ああ……。随分と若い旅芸人だね」
「ボク達、両親がいないから。食べていくにはもってこいなんですよ~」
少し疑いの目を向けられるが、ケントが動じずにそう答えれば、役人は納得したように頷く。
「そうだなぁ。平和になったとは言え、まだまだ貧富の差は激しいものな。……念の為、顔をちゃんと見せてくれるか?」
「っ!」
その言葉に一瞬心臓が跳ねる。
ケントは顔をしっかり見せている。フードを被って顔を隠しているのは私だ。
大丈夫。角はちゃんと隠れてる。落ち着いて。
そう自分に言い聞かせ、役人が怪しまない内にフードを外した。
「……ふむ」
束の間、しげしげと観察されるが、彼の表情は変わらない。
「うん、良いだろう。行きなさい。達者でな」
にこりと微笑まれ、安堵する。
「ありがとーございまーす。それじゃ、さようなら~」
ケントはにこやかに微笑みながら、私はぺこりと軽く頭を下げて城門を抜ける。
拍子抜けする程に、あっさりと国から出てこられた。
「……ケント、賢者様は?」
私は兵士達の耳に声が届かなくなるまで十分に離れてからそう質問する。
「うん、もうじき来るよ~。もっと離れた所で待とうね」
その言葉を聞いて、私は城門へと視線を向けるが、彼がそこから出てくるとは限らず、城郭周辺をきょろきょろと見渡す。
けれど、こんな何メートルもある城郭を飛び越えて来る賢者様というのも想像が出来ない。
しれっと穴を開けて出てくる方が似合っている。
「カメリア」
唐突に、とても聞き慣れた声に呼び掛けられる。
それもすぐ隣から……。
「え?」
驚き振り返ると、さっきまでいた筈のケントは何処にもおらず、違う人物がそこにいた。
握っていた、私と変わらない程だった手は厚く大きく、自然と交差していた視線は見上げないと交わらない。
けれども私に安心感を与えてくれるその瞳は変わらない。
「…………賢者様!」
「しー。静かに。彼らに聞こえるかもしれない」
「……っ!」
口元に人差し指を立てる彼を見て、咄嗟に両手で口を塞ぐ。
耳を済ませて城門に注意を向けるが、感づかれた様子は無い。
「賢者様、いつの間に?カメリアはケントと手を繋いでいたのに。ケントは?」
念の為声量を落として矢継ぎ早に尋ねると、彼は可笑しそうに笑った。
「ははは。私ならずっとカメリアの側にいたよ。それとケントなら、アリ塚にいるよ。彼はあそこから離れられないからね」
「え?」
何を言っているのかさっぱり分からない。
「カメリアの側にいたのは、ケントだよ?」
「うん。そのケントの中に、私はいたんだよ。そもそもケントというのは、実在する人間じゃないんだ。彼は、私の幼少期の肉体を型どった、私の師の記憶を宿した物なんだよ」
「……???」
やっぱり、何を言っているのかさっぱり分からない。
「アリ塚を継続させる為に作ったカラクリ人形みたいな物だよ。今回は隠れ蓑として利用したけど、こんな形で役立つとは思わなかった」
「じゃ、じゃあカメリアは、ずっと賢者様と一緒にいたって事?何で言ってくれなかったの?」
彼の言葉の殆どを理解出来ず、一つだけはっきりしていた事を聞く。
「私自身は彼の奥深くに隠れていたからね。私が出てきてしまったら、誰かに気付かれたかもしれないだろう?」
「うー、ん?そうなのかな?」
理屈がわかっていない私には、何が正しいのかも分からず賛成も否定も出来ない。
賢者様も面白そうに笑うばこりで、あまりしっかりとは教えてくれない。
「ま、とにくかくこれで脱出は出来た。今はもう少し離れよう。しばらくポータルは使わないから、なるべく急ぎ足で行こう」
「……うん!」
手を差し出されれば、私も笑顔で手を差し出す。
彼を人間に戻す為の旅は、まだまだ始まったばかりだ。
いつものように、私の角の具合を診ていたケントが満足そうに頷き、にっこりと微笑む。
「これならフードを被らなくても、普通の人間にしか見えないよ。おねーちゃんの脱出の準備は整ったね」
彼が言うように、今の私はただの人間にしか見えないだろう。
元々人間とのハーフで、ほぼ人間よりの見た目だから異様な部分さえ取り消してしまえば容易な事だ。
「……なんか、カメリアじゃないみたい」
私は十数年ぶりに小さく縮こまった角を指で確認しつつ、複雑な気分になる。
「おねーちゃん自慢の角だもんね。仕方がないよ。けど、この国を出るまでの間だから、もう少しだけ我慢してね?」
「ぷぅ。早く賢者様にも会いたいよ……ん?ああっ!?やっぱり!」
寝床の布団代わりに使っている賢者様のローブを何気無く手に取ると、今まで感じていた疑惑が確信へと変わり、思わず声を荒らげる。
「ケント!カメリアの背、縮んでる!ほら見てよ、賢者様のローブ。前はこうしても床に付いてなかった!」
鼻息を荒くして賢者様のローブを広げて精一杯上に持ち上げるが、裾の一部が床から離れず、ずりずりと埃を絡め取る。
この部屋に移り住んだ時はちゃんと床から離れていたけれど、日が経つにつれ段々と床に近付いている気はしていた。
それが今ではしっかりと付いている。背伸びをしてみても、それは変わらない。
「あ~、薬の影響で多少は縮むよ。言わなかったっけ?」
「聞いてないよ!?」
いつものようにあっけらかんと答えるケントに、私はほんの少し涙目でわめく。
「うう~。賢者様にだいぶ追いついたと思ったのに……」
「まあまあ。それも国を出たら元に戻っていくからさ」
「でも、会えた最初はこれなんでしょ?また子供扱いされちゃう」
「子供扱いじゃダメなの?」
「ダメだよ!カメリアは賢者様の嫁なんだから、もう子供じゃいられないの」
最近見せてくれるようになった、照れ笑いのようなあの笑顔がすぐに見れなくなると思うととても悲しい。
「お嫁さん……。ん~、彼の背丈って、これくらいだっけ?」
「……そうだけど?」
何のつもりか、ケントは私の前に台座を持ってきてその上に立ち、私との身長差を測り始める。
こうやって見下されると、随分と小さくなったのがよく分かる。
賢者様と初めて会った頃までにはいかないが、顔二つ分はある。
「けっこうあるね。今のおねーちゃんの背丈、ボクより少しだけ目線が高いくらいだから、こんなものか」
「ぷぅ~~。これ、どれくらいで元に戻るの?」
「すぐに戻りたいなら成長剤を作ってあげるけど、急激に骨を伸ばす事になるから、数日はまともに動けないくらい痛いから止めた方がいいね。自然と効果が抜けるのを待てば、一週間くらいで元通りになるからさ」
今のケントの発言からして、薬を作ってくれる事は無いだろう。
だったら、待つしかない。
「一週間。絶対に一週間だね?」
「うん」
「分かった。その間は、あんまり賢者様には近付かないようにしよう」
「そんなに気にする必要ないと思うけどなぁ。それに……」
「え?」
不意にケントが身を屈め、
ちゅ、
「なっ!?」
私の額に、キスを落とした。
「ほら、キスだってちゃんと出来るよ?問題ないでしょ?」
「~~~っ。いきなり何するの!」
「あたっ!?」
突然の出来事で回避出来ず、ショックのあまりケントに強烈な右フックを喰らわす。
「信じられない!最っ低!女性にやっていい事じゃないよ」
必死にゴシゴシと額を拭っていると、ケントもまた殴られた左頬を擦りながら立ち上がる。
「いてて……。いきなりやったのは謝るけど、いきなり殴るのも酷いよ。額へのキスは祝福の願いを籠めての物だよ。賢者様以外から受けた事ないの?」
無い!と言いたいところだが、ティー姉さんから何度か貰った事があるのを思い出す。
けれども彼女は女性で、ケントは男の子。別問題だ。
「ティー姉さんは女の人だし、姉さんだから良いの!」
「ボクはダメなんだ……」
「ケントの事は好きだけど、男の子だからダメ!」
「そっか……」
頬を押さえたままシュンとするケントには申し訳ない気がするが、それでもここは譲れない。
ケントもケントでいつものように切り替えが早く、えへへと笑う。
「じゃあ、普通のおまじない。おねーちゃん達の旅に、祝福を」
「……うん、ありがとう。叩いたりしてゴメンね?」
「いいんだよ。それじゃ、行こっか。今からこの国と、さよならしよう」
「え、今から?賢者様は?」
提案が唐突なのもいつも通りで、変な声が出る。
「彼ももう準備をしているよ。ほら、荷物を持ってきて」
「あ、ちょ、ちょっと待って」
急かされるままに自分の荷物をひっ掴み、部屋のドアを開けて待つケントの後を追う。
「……え?ここから出るの?」
国を出ると言ったケントについて行った先にあるのは、街道へと続く城郭の出入口。
付近には当たり前のように兵士が見張りをしていて、出入りする人や荷馬車をくまなくチェックしている。
「そうだよ。おねーちゃんもここから入ってきたんだから、ちゃんとここから出て行かないとね」
「そ、そうだけど……」
ここに来た当初は国王に謁見を申し出る為だったが、今となっては追われる立場。
私は対象者では無いから良いかもしれないけれど、これでは賢者様は脱出出来ない。
「ねえ、ケント。私はともかく、賢者様は大丈夫なの?」
「平気だよ~。ほら見て、これ。偉い人から、ここを出る理由を作ってもらったんだ。彼もちゃんと、国から出られるよ」
「偉い人?いやでも、賢者様は国に追われてるんだよ?見つかったら捕まっちゃうよ」
ケントが懐から通行手形を取り出してニコニコするが、いまいち話が噛み合っていない気がする。
「おねーちゃんは心配性だね。大丈夫だよ。この国全てが彼の敵では無いから。ボクみたいに、味方してくれる人もちゃんといるんだよ。まずは、自分が国から出る事に集中して」
「でも……」
どれだけ諭されても賢者様を心配する私に構わず、ケントは話を続ける。
「いい?僕達は旅芸人の姉弟って設定だから、もし兵士が芸をしろって言ったら、おねーちゃんやってね」
「え、カメリアが?そんなの出来ないよ」
「へーきさ。爪を出し入れするだけで十分だよ」
「……これ?」
試しに自分の右手をにぎにぎすると、それに合わせて爪がにゅ、にゅ、と飛び出る。
「うんうん。その調子。それじゃあ、行こうか」
「……うん」
差し出された手を取り、私達はゆっくりと出口へ向かう。
「こんにちはー。ボク達、今日ここを出て行くんです。お世話になりましたー」
ケントはいつものように笑いながら手形を兵士に渡す。
「ん?ああ……。随分と若い旅芸人だね」
「ボク達、両親がいないから。食べていくにはもってこいなんですよ~」
少し疑いの目を向けられるが、ケントが動じずにそう答えれば、役人は納得したように頷く。
「そうだなぁ。平和になったとは言え、まだまだ貧富の差は激しいものな。……念の為、顔をちゃんと見せてくれるか?」
「っ!」
その言葉に一瞬心臓が跳ねる。
ケントは顔をしっかり見せている。フードを被って顔を隠しているのは私だ。
大丈夫。角はちゃんと隠れてる。落ち着いて。
そう自分に言い聞かせ、役人が怪しまない内にフードを外した。
「……ふむ」
束の間、しげしげと観察されるが、彼の表情は変わらない。
「うん、良いだろう。行きなさい。達者でな」
にこりと微笑まれ、安堵する。
「ありがとーございまーす。それじゃ、さようなら~」
ケントはにこやかに微笑みながら、私はぺこりと軽く頭を下げて城門を抜ける。
拍子抜けする程に、あっさりと国から出てこられた。
「……ケント、賢者様は?」
私は兵士達の耳に声が届かなくなるまで十分に離れてからそう質問する。
「うん、もうじき来るよ~。もっと離れた所で待とうね」
その言葉を聞いて、私は城門へと視線を向けるが、彼がそこから出てくるとは限らず、城郭周辺をきょろきょろと見渡す。
けれど、こんな何メートルもある城郭を飛び越えて来る賢者様というのも想像が出来ない。
しれっと穴を開けて出てくる方が似合っている。
「カメリア」
唐突に、とても聞き慣れた声に呼び掛けられる。
それもすぐ隣から……。
「え?」
驚き振り返ると、さっきまでいた筈のケントは何処にもおらず、違う人物がそこにいた。
握っていた、私と変わらない程だった手は厚く大きく、自然と交差していた視線は見上げないと交わらない。
けれども私に安心感を与えてくれるその瞳は変わらない。
「…………賢者様!」
「しー。静かに。彼らに聞こえるかもしれない」
「……っ!」
口元に人差し指を立てる彼を見て、咄嗟に両手で口を塞ぐ。
耳を済ませて城門に注意を向けるが、感づかれた様子は無い。
「賢者様、いつの間に?カメリアはケントと手を繋いでいたのに。ケントは?」
念の為声量を落として矢継ぎ早に尋ねると、彼は可笑しそうに笑った。
「ははは。私ならずっとカメリアの側にいたよ。それとケントなら、アリ塚にいるよ。彼はあそこから離れられないからね」
「え?」
何を言っているのかさっぱり分からない。
「カメリアの側にいたのは、ケントだよ?」
「うん。そのケントの中に、私はいたんだよ。そもそもケントというのは、実在する人間じゃないんだ。彼は、私の幼少期の肉体を型どった、私の師の記憶を宿した物なんだよ」
「……???」
やっぱり、何を言っているのかさっぱり分からない。
「アリ塚を継続させる為に作ったカラクリ人形みたいな物だよ。今回は隠れ蓑として利用したけど、こんな形で役立つとは思わなかった」
「じゃ、じゃあカメリアは、ずっと賢者様と一緒にいたって事?何で言ってくれなかったの?」
彼の言葉の殆どを理解出来ず、一つだけはっきりしていた事を聞く。
「私自身は彼の奥深くに隠れていたからね。私が出てきてしまったら、誰かに気付かれたかもしれないだろう?」
「うー、ん?そうなのかな?」
理屈がわかっていない私には、何が正しいのかも分からず賛成も否定も出来ない。
賢者様も面白そうに笑うばこりで、あまりしっかりとは教えてくれない。
「ま、とにくかくこれで脱出は出来た。今はもう少し離れよう。しばらくポータルは使わないから、なるべく急ぎ足で行こう」
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