カオスオブゲート

サヤ

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魔界への扉 破

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「いいかい。ここが今俺達がいる国、ネティックス。扉は、ここにある」
「……?何も無いな」
 懐から国周辺が描かれた地図を取り出し、クルスが指差した場所は、何の変哲も無い高野だった。
「扉は地底に隠されてあるんだ。そこへ繋がる道は普段は隠されていて、誰にも分からない」
「なら、どうやって探せばいい?そこまね案内してくれるのか?」
「いや。今の俺には無理だ。変わりに、これを持っていってくれ」
 カオスの言葉を受け、クルスは腰に提げていた巾着袋から小さなガラス玉を取り出す。
 レミナが受け取ると、透明だったガラス玉が藍色に輝き始める。
「これは?」
「その玉が扉まで導いてくれる。今は藍色だが、扉の近くまで行けば朱色に変わる。それと、この辺りに枯れ木があるんだけれど、ここから西へ一里、北に三里の辺りだから目安にしてくれ」
「分かりました。ありがとうごさいます」
 クルスが印を書き込んだ地図を受け取り、レミナがそうお礼をする。
「ところで、お前はこれからどうする気だ?見たところ、生き残りはお前だけみたいだが……」
 カオスが何気なく尋ねると、クルスは一瞬やるせない顔をし、微かに笑い返した。
「そうだな。俺の役目も終わった事だし、そろそろ皆の元へいかせてもらうよ」
「!?」
 三人が見守る中、クルス。脚が、手が、みるみるうちに透けていく。
「ああ、そうだ。大事な事を言い忘れていた」
 もはや朧に霞む幻でしかない顔をにっこりさせてクルスは言う。
「扉に向かう為の入口を開く合い言葉はタペル。君達の旅が、無事に終わりを告げる事を、心から祈っているよ」
 やがてクルスは光の残滓となり、音も無く消えていった。
「消えた……。最初から死んでいたのか」
「残留思念。よほど責任感の強い方だったのでしょう。肉体を失っても、己が使命を果たそうと、あのような形で留まり、そして今、冥界へと還った」
 ハザードが目を伏せてそう説く。
「ハザード。お前、最初から気付いていただろ?」
 若干問い詰めるように言うが、ハザードはそれっとしている。
「ええ。あの者からは、始めから時の流れを感じませんでしたから。ですが真実を告げてしまったら、彼はその時点でここに留まる事が出来なくなってしまいますので」
「時間が無いって、そういう意味か」
 二人でそんなやり取りをしている中、レミナはそっと、クルスが横たわっていた床に触れていた。
 彼女の瞳からは、涙が溢れている。
「レミナ……」
 身体を丸めて泣いている彼女は、今更ながらあまりにも華奢だった。
 その肩にもし、乱暴に手を置いたらそのまま崩れてしまいそうだ。
「……こいつはすごいな。もう死んでいるのに、自分の役目を果たそうとして」
 しばらくして、カオスはたどたどしく言葉を紡ぐ。
「死んでいたあいつが役目を果たしたのに、生きている俺達が何もしないんじゃ、笑われる。……だから、行こう。いつまでもここにいても、役目は果たせない。俺達の旅を、ちゃんと終わらせよう」
「……」
 ややあって、レミナはゆっくりと立ち上がり、涙を瞬きでごまかしつつ笑う。
「ごめん、もう大丈夫。……うん、行こう」
 覚悟を決めたような口調。
「カオスの言うとおり、私達が動かないんじゃ、どうにもならないもんね。……早くこの旅を、終わらせよう」


   †


 クルスが教えてくれた枯れ木は、一目でそれとわかるほど大きな物だった。
 干からびた荒れ地の中、他の枯れ木から一つだけ離れ、優雅に佇んでいる。
 葉が繁っていた頃はさぞかし立派な木だった事だろう。
「えっと、ここから西に一里、北に三里……だっけ?」
 コンパスで方角を確認しているレミナが誰にともなく尋ねると、カオスが頷く。
「ああ。そこに扉への入口が隠されている」
「西は……あっち」
 方角を確認したレミナが数を数えつつ先人を切って歩いていく。
 一歩、また一歩と進んで行く度に、終わりが近付いてくる。
 もうすぐ、終わっちゃうんだ。
 それほど長い旅とは言えなかったが、普通では出来ないような体験をたくさんしてきた。
 少し振り返っただけでも、ロルカ村の人が聞いたらひっくり返ってしまいそうな事ばかりだ。


 魔王の子としてこの世に生を受けながら、魔族からは蔑まれる混血児。
 人間嫌いでプライドの高い彼に、最初こそ戸惑いもした。
 それでも人を思いやる温もりや、さり気ない優しさを持っていた彼をレミナは、混沌の魔王としてではなく、カオス・ブラックとして見る事が出来た。
 そして英雄の血筋としてこの世に生を受けながら、特別な力を持つが故に同世代から忌み嫌われた賢者の子孫。
 カオスは最初、扉を開ける為の道具としてでしか見ていなかったが、真っ直ぐにぶつかってくる彼女を人として……賢者の子孫ではなく、レミナ・グローバルとして見るようになった。
 一見して相反する存在でありながらも、どこか似た生い立ちを持った二人。
 私達が出会ったのは、何か意味があるんだと思いたい。賢者ラグナの結界能力は、彼と同じ志を持つ者にしか受け継がれない。……大お祖父ちゃんも、私と同じ気持ちだったんだ。
 そう考えると、この旅の目的が、とても悲しい物に思えた。
 叶うのならば、魔族との共存を求めているのに、この旅の目的は、人間界と魔界との完全隔離なのだから。
「レミナ様。このあたりでは?」
「……え?あ!」
 物思いに沈んでいるうちに、目的地にだいぶ近付いていたようだ。
 レミナは慌ててカバンからガラス玉を取り出してみると、藍色だったのが赤みを帯びつつあった。
 レミナはガラス玉を右に左にと動かし、より赤みが増す方へと進む。
 色に導かれるままに進んでいくと、色はもは完全な朱色屁と染まったところで足を止める。
「……ここだ」
 レミナはガラス玉をぎゅっと握り締め、何の変哲も無い大地を見つめる。
「……微かだが、魔力を感じる。間違いないな」
 カオスの言葉に頷くレミナ。
「それじゃ、開けるね?」
 そう言って一つ、深く息を吐いてから、レミナは高らかに唱えた。
「タペル!」
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