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転の流星
夢の追憶
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雨、雨、雨、晴れ、雨、曇り、雨、雨、雨……。
生暖かい風、蒸し暑い、湿気、湿気、気持ち悪い風、湿気、暑い、湿気、湿気……。
ざわめき、歓声、どよめき、轟音、嘲笑、歓声、喝采……。
うるさい。気持ち悪い。暑い……。何を、そんなに叫んでいるんだろう?ほんとうに、うるさいな。……何がそんなに楽しいの?
……ああ、そうか。みんな、私が死ぬのを、喜んでいるんだ。私の死が、お祝いなんだ……。
……イヤだな。死にたく、ないよ……。
「…………。……さま……………ぅらさま…………アウラ様!」
「……っ!?」
身体を強く揺り動かされ、自分を呼ぶ声によって、アウラは弾けるように目を覚ました。
今まで息をするのを忘れていたかのように、自然と肩で息をしている。
「大丈夫ですか?」
そう声を掛けてくれているのはシェアトだが、自分に何が起きたのか理解出来ず、彼女の顔をみつめたまま瞬きを返す事しか出来ない。
夜中とはいえ、もう夏に入るというのに、身体は冷え切って震えていた。
その震えを止めようと肩を抱くようにすると、シェアトは何も言わずに背中をさすり、アウラが落ち着くのを待ってくれた。
すぐ近くに焚き火はあるが、背中から伝わる温もりだけが、アウラを温めてくれているようだ。
「お水でも飲みますか?」
アウラが落ち着くのを確認したシェアトは、手を一旦止めて静かに尋ねた。
「……うん」
未だに肩を抱いたままそう答えると、シェアトは自分の竹筒を取る為にアウラから少し離れ、すぐに隣に戻ってきて水を飲ませてくれた。
喉はカラカラに渇いているのに、冷え切った水は鋭く喉に突き刺さり、一口飲むのがやっとだ。
「随時とうなされていたみたいですけど、怖い夢でも見たんですか?」
アウラの顔色を窺いながら、シェアトは優しく言う。
……夢?そっか、夢だったのか。……でも、何だろう?まるで本当のことみたいに、はっきり残ってる。……この、気持ち悪い雨のせいかな?
ぼんやりと考え込んでいるアウラの耳に、雨音が入り込み、ふと視線を上げる。
今しがた見た夢では雨は降っていなかったが、現実でしとしとと降り続ける、梅雨独特の重苦しいこの雨が、あの悪夢を見せたのだろうか?
「夢。……今みたいに空気がべったりしてて、暑くて、すごく、気持ち悪かった」
アウラは降り注ぐ雨を見つめながら、先ほど見た夢をポツポツと語り始める。
「暑くて、じめじめしてて、知らない場所だった。その知らない場所で、私は沢山の赤に囲まれていた」
「沢山の、赤?」
シェアトのオウム返しに一つ頷き、アウラは言葉を変えて口にする。
「赤い色をした、知らない人達。多分、ポエニーキスの人。その人達みんな笑ってた。喜んでた。……私が死ぬのを」
「……っ」
途中シェアトの小さな悲鳴が聞こえたが、アウラは構わず喋り続ける。
「そこにはもうエルも、父さまも、母さまも、ノトス様すら見あたらなくて、私一人そこにいて……。悲しくて、悔しくて、怖くて、苦しくて……それで死ぬんだ。……何でかな?私、何も悪い事なんてしてないのに。あの人達は、何で笑ってたのかな?何がそんなに面白かったんだろ?……どうしてみんないなくなっちゃったのかな。私一人、置いてかれて……」
「アウラ様」
溢れる涙も構わず、暗い底無し沼に引きずり込まれていくアウラを繋ぎ止めるかのように、シェアトがその温かい両腕で、アウラをしっかりと抱き締める。
「大丈夫ですよ。誰もあなたを一人になんてしていないし、あなたの死を喜んだりもしていない。それは、この雨が見せた、悪い夢です。でなければ、私達の出会いがウソになってしまう。そうでしょ?」
シェアトの腕に包まれていると、
とくん、とくん、
と力強く、リズミカルな音が聞こえてきた。
ああ、生きてる音だ。とくん、とくん、て、気持ちの良い音。……私からも、同じ音が聞こえる。
目を閉じて、しばらくその音に耳を傾ける。
シェアトの心音に合わせるように、自分の心臓がとくん、とくん、と脈打っているのが、耳の奥から聞こえてくる。
とても身近にあるのに、初めて聞くかのような、とても尊い鼓動音。
うん、生きてる。……私は、ちゃんとここにいる。みんなと一緒に、生きてきたんだ。
その暖かい音を聞いている内に、夢から覚める寸前、もう一人、自分に語りかけてきた人物がいた事を思い出す。
「ありがとう、シェアト。私、ちゃんと生きてるね。それに、一人じゃなかった。あの時もね、そばに誰かがいて、声を掛けてくれてたんだ」
「あの時って……」
「夢の話」
アウラは顔を上げて、不思議そうにするシェアトを見ながら答える。
「私が死んじゃう時にね、誰かの声がしたの。それが誰かは分からないけど、フェディックス語で生きろとか、色々言ってた。初めて聞く声だったんだけど、昔からずっと一緒にいるみたいに、なんだか懐かしい感じがしたんだ。その時にね、名前も教えてくれたんだよ。けど、忘れちゃった……。すごく、綺麗な名前だったと思ったんだけど、何だったかな?」
確かに聞いた謎の声。
その声の主は、古代の言葉、フェディックス語でこう言っていた。
「我ヲ予ビシ者。我ノ器ヨ。ウヌノ身体ハ最早我ノ物デモアル。早々ニ手離スニハ惜シイ。共ニ生キヨウゾ。我ヲ求メルガ良イ。我ガ名ハ……。ソシテ、イツノ日カ……」
確かに名乗っていた筈なのに、言葉が霞んでどうしても思い出せない。
それはとても大切な事のように感じて必死に思い出そうとするが、やはり何も出てこない。
そんな時、シェアトがふと、優しい笑顔を浮かべて頭を撫でてきた。
「まだ夜は長いですし、この雨もじきに止みます。もう一眠りしたら、またその人が現れるかもしれませんよ?今度は、素敵な夢の中で」
すてきな夢……。
「……うん、そうだね。もう一度、ちゃんと会いたいな。今度は名前を忘れないように」
「眠れるまで、傍にいますよ」
「ありがとう、シェアト。それじゃ、お休み」
「はい。お休みなさい、アウラ様。どうか良い夢を」
そうお互いに挨拶を交わし、アウラはシェアトの隣で横になり、静かに目を閉じる。
シェアトはあれを悪い夢だと言ったが、アウラはとっくに気付いていた。
自分が話した夢の内容を聞いた、シェアトの表情の意味を。
あれはただの悪夢などではなく、アウラの身に現実に起きた出来事なのだと。
赤の襲撃。
アウラが七つの誕生日を迎えた数ヶ月後に起こるという、火の帝国の襲撃以降、自分や、自分の周りの者達に起きた悲惨な現実。
とても悲しく受け入れ難い事実だが、やはり自分にはその実感は湧いてこない。
両親もエラルドもいなくなり、自分の命さえあそこで潰えた筈なのに、何故自分だけが生き長らえているのか、それすらもさっぱりと分からないが、今はただ、あの声の主を思いながら、アウラは安らかな、深い眠りへと落ちていくのだった。
生暖かい風、蒸し暑い、湿気、湿気、気持ち悪い風、湿気、暑い、湿気、湿気……。
ざわめき、歓声、どよめき、轟音、嘲笑、歓声、喝采……。
うるさい。気持ち悪い。暑い……。何を、そんなに叫んでいるんだろう?ほんとうに、うるさいな。……何がそんなに楽しいの?
……ああ、そうか。みんな、私が死ぬのを、喜んでいるんだ。私の死が、お祝いなんだ……。
……イヤだな。死にたく、ないよ……。
「…………。……さま……………ぅらさま…………アウラ様!」
「……っ!?」
身体を強く揺り動かされ、自分を呼ぶ声によって、アウラは弾けるように目を覚ました。
今まで息をするのを忘れていたかのように、自然と肩で息をしている。
「大丈夫ですか?」
そう声を掛けてくれているのはシェアトだが、自分に何が起きたのか理解出来ず、彼女の顔をみつめたまま瞬きを返す事しか出来ない。
夜中とはいえ、もう夏に入るというのに、身体は冷え切って震えていた。
その震えを止めようと肩を抱くようにすると、シェアトは何も言わずに背中をさすり、アウラが落ち着くのを待ってくれた。
すぐ近くに焚き火はあるが、背中から伝わる温もりだけが、アウラを温めてくれているようだ。
「お水でも飲みますか?」
アウラが落ち着くのを確認したシェアトは、手を一旦止めて静かに尋ねた。
「……うん」
未だに肩を抱いたままそう答えると、シェアトは自分の竹筒を取る為にアウラから少し離れ、すぐに隣に戻ってきて水を飲ませてくれた。
喉はカラカラに渇いているのに、冷え切った水は鋭く喉に突き刺さり、一口飲むのがやっとだ。
「随時とうなされていたみたいですけど、怖い夢でも見たんですか?」
アウラの顔色を窺いながら、シェアトは優しく言う。
……夢?そっか、夢だったのか。……でも、何だろう?まるで本当のことみたいに、はっきり残ってる。……この、気持ち悪い雨のせいかな?
ぼんやりと考え込んでいるアウラの耳に、雨音が入り込み、ふと視線を上げる。
今しがた見た夢では雨は降っていなかったが、現実でしとしとと降り続ける、梅雨独特の重苦しいこの雨が、あの悪夢を見せたのだろうか?
「夢。……今みたいに空気がべったりしてて、暑くて、すごく、気持ち悪かった」
アウラは降り注ぐ雨を見つめながら、先ほど見た夢をポツポツと語り始める。
「暑くて、じめじめしてて、知らない場所だった。その知らない場所で、私は沢山の赤に囲まれていた」
「沢山の、赤?」
シェアトのオウム返しに一つ頷き、アウラは言葉を変えて口にする。
「赤い色をした、知らない人達。多分、ポエニーキスの人。その人達みんな笑ってた。喜んでた。……私が死ぬのを」
「……っ」
途中シェアトの小さな悲鳴が聞こえたが、アウラは構わず喋り続ける。
「そこにはもうエルも、父さまも、母さまも、ノトス様すら見あたらなくて、私一人そこにいて……。悲しくて、悔しくて、怖くて、苦しくて……それで死ぬんだ。……何でかな?私、何も悪い事なんてしてないのに。あの人達は、何で笑ってたのかな?何がそんなに面白かったんだろ?……どうしてみんないなくなっちゃったのかな。私一人、置いてかれて……」
「アウラ様」
溢れる涙も構わず、暗い底無し沼に引きずり込まれていくアウラを繋ぎ止めるかのように、シェアトがその温かい両腕で、アウラをしっかりと抱き締める。
「大丈夫ですよ。誰もあなたを一人になんてしていないし、あなたの死を喜んだりもしていない。それは、この雨が見せた、悪い夢です。でなければ、私達の出会いがウソになってしまう。そうでしょ?」
シェアトの腕に包まれていると、
とくん、とくん、
と力強く、リズミカルな音が聞こえてきた。
ああ、生きてる音だ。とくん、とくん、て、気持ちの良い音。……私からも、同じ音が聞こえる。
目を閉じて、しばらくその音に耳を傾ける。
シェアトの心音に合わせるように、自分の心臓がとくん、とくん、と脈打っているのが、耳の奥から聞こえてくる。
とても身近にあるのに、初めて聞くかのような、とても尊い鼓動音。
うん、生きてる。……私は、ちゃんとここにいる。みんなと一緒に、生きてきたんだ。
その暖かい音を聞いている内に、夢から覚める寸前、もう一人、自分に語りかけてきた人物がいた事を思い出す。
「ありがとう、シェアト。私、ちゃんと生きてるね。それに、一人じゃなかった。あの時もね、そばに誰かがいて、声を掛けてくれてたんだ」
「あの時って……」
「夢の話」
アウラは顔を上げて、不思議そうにするシェアトを見ながら答える。
「私が死んじゃう時にね、誰かの声がしたの。それが誰かは分からないけど、フェディックス語で生きろとか、色々言ってた。初めて聞く声だったんだけど、昔からずっと一緒にいるみたいに、なんだか懐かしい感じがしたんだ。その時にね、名前も教えてくれたんだよ。けど、忘れちゃった……。すごく、綺麗な名前だったと思ったんだけど、何だったかな?」
確かに聞いた謎の声。
その声の主は、古代の言葉、フェディックス語でこう言っていた。
「我ヲ予ビシ者。我ノ器ヨ。ウヌノ身体ハ最早我ノ物デモアル。早々ニ手離スニハ惜シイ。共ニ生キヨウゾ。我ヲ求メルガ良イ。我ガ名ハ……。ソシテ、イツノ日カ……」
確かに名乗っていた筈なのに、言葉が霞んでどうしても思い出せない。
それはとても大切な事のように感じて必死に思い出そうとするが、やはり何も出てこない。
そんな時、シェアトがふと、優しい笑顔を浮かべて頭を撫でてきた。
「まだ夜は長いですし、この雨もじきに止みます。もう一眠りしたら、またその人が現れるかもしれませんよ?今度は、素敵な夢の中で」
すてきな夢……。
「……うん、そうだね。もう一度、ちゃんと会いたいな。今度は名前を忘れないように」
「眠れるまで、傍にいますよ」
「ありがとう、シェアト。それじゃ、お休み」
「はい。お休みなさい、アウラ様。どうか良い夢を」
そうお互いに挨拶を交わし、アウラはシェアトの隣で横になり、静かに目を閉じる。
シェアトはあれを悪い夢だと言ったが、アウラはとっくに気付いていた。
自分が話した夢の内容を聞いた、シェアトの表情の意味を。
あれはただの悪夢などではなく、アウラの身に現実に起きた出来事なのだと。
赤の襲撃。
アウラが七つの誕生日を迎えた数ヶ月後に起こるという、火の帝国の襲撃以降、自分や、自分の周りの者達に起きた悲惨な現実。
とても悲しく受け入れ難い事実だが、やはり自分にはその実感は湧いてこない。
両親もエラルドもいなくなり、自分の命さえあそこで潰えた筈なのに、何故自分だけが生き長らえているのか、それすらもさっぱりと分からないが、今はただ、あの声の主を思いながら、アウラは安らかな、深い眠りへと落ちていくのだった。
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