15 / 63
第14話 昔話
しおりを挟む「よし、ここまでにしよう」
「ハァ…。え、もう終わりですか?」
翌朝、メルフローラでも変わらず行っていた朝稽古をシュルツさんが早めに切り上げた。
首を傾げる俺に、シュルツさんはメスを縮小して仕舞いながら答える。
「昨日の戦闘の怪我もまだ治っていないからね。腕も見せてごらん」
言われて火傷した腕を差し出した。
確認して頷くシュルツさん。
「うん、問題無さそうだな。まだ時間もあるし休憩しよう」
「やたー!」
因みに他のメンバーはというと、リュデルさんは寝ているジーゼさんの為に城の厨房で朝食の支度中。
クヴァルダさんはエーテルコットンの採集と、ベッドフレームとなる木材加工がいよいよ大詰めという事で仕上がるまでやると部屋の一室を借りて籠っている。
さてさて、俺は折角だからこのメルフローラを楽しむか。
どうせなら天空の大地でしか出来ない事しよう。
そう思いメルフローラの陸の端っこまで行って膝から下を空に投げ出す形で腰掛ける。
おー!
やっぱこうすると浮いてるって実感する!
雲が下に見えるのとか感動!!
「…君は案外危ない事をするね。落ちたらどうするんだ?」
「平気平気!そうそう落ちませんって!」
「はぁー…まったく」
余程俺が落ちないか心配したのか隣に腰掛けるシュルツさん。
大丈夫なのに。
「それにしても…年齢もあるんだろうが、リオルくんは成長が早いね」
「え?そうですか?」
全然実感できない。
リュデルさんどころかシュルツさんの足元にも及んでないのに?
「昨日の戦闘だって、充分戦えていたよ。そうだな…分かりやすいところで言うなら、最近はリュデルさんの動きを目で追えるようになってるだろう?」
…言われてみれば。
最初は全然見えなかったリュデルさんも、ほとんど見失わなくなってきてる。
ていうかシュルツさん、よく見てるな。
「なんか…たまに思うんですけど、シュルツさんってすごい俺のこと気に掛けてくれますよね?」
「え、そう…か?」
「うん。今もそうだし」
俺の言葉を受け、少し逡巡するシュルツさん。
それから、少しだけ遠くを見た。
「もしかしたら…君を息子のように思っているのかもしれない」
「え!?」
やだ!
何それ照れるむず痒い!
「ま、まぁ確かに、親子くらい歳離れてますもんね」
「いや、勿論それもあるんだが…」
一度言い淀んでから、シュルツさんは静かに口を開いた。
「…前に、妻が魔物に食い殺されたという話はしただろう?」
「…はい」
「実は…彼女のお腹には私との子どももいたんだ」
「…!!」
驚いて言葉が出てこなかった。
何も言えない俺に当時の事を語り出すシュルツさん。
「私と妻…アリアはとある村の外れの一軒家に住んでてね。あの日は、本当は私も休みを取っていて1日中一緒にいる予定だった。けれど、どうしても私じゃなければ手に負えないという急患の連絡が入って…アリアを1人残して家を出たんだ」
確かに、以前の話でもそうだった。
その間に、魔物に襲われたって。
「診療所まで駆け付けると、そこに居たのは魔物の爪で大きく身体を抉られた患者だった。本当にギリギリで生きている状態で、私はその場で緊急オペをしたよ。幸い患者は一命を取り留めて、怪我をした理由を話し始めた。ここから北の方の森で、大きな魔物と出会し襲われたと」
「! もしかして…」
「あぁ。その北の方というのは、私達の住む家がある方向だった。嫌な予感がして、急いで帰宅したよ。けれどその時点で、家を出てから数時間が経過していた。無事でいてくれと願いながら戻ったが…着いた時には家は半壊していたんだ」
そんな…まさかシュルツさんが処置した患者さんと同じ魔物に襲われてたなんて。
「でも、家の中はもぬけの殻だった。外に置いてあった三輪魔導車が無くなっていたから、アリアはそれで逃げたんだと気付いたよ。アリアだって勇者の孫だ。戦えばかなり強かったが…お腹の子の為にも逃げるという選択しかできなかったんだろう」
そっか…。
魔物と激しい戦闘なんてしたら、お腹の子がどうなるかわからない。
「きっと逃げ切っていると信じて、タイヤ痕を追った。だが…魔導車に追い付くほど魔獣が速かったのか、途中に魔導車が乗り捨てられていて少し離れた所に血痕が落ちていたんだ」
一瞬希望を持っただけに辛い。
家を壊すほどの力があり、魔導車に追い付くほど速いなんて恐ろしい魔物だ。
「その場所には…テレポートした魔力の形跡があったんだ。恐らくだが、魔導車では無理だと判断してテレポートで逃げようとしたんだろう。本来妊娠中にテレポートは使わない方が良いが、どうにかして子を守りたかったんだと思う。けれど、テレポートするより…魔物がアリアに噛み付く方が早かったようだ」
使える人も少ない珍しい魔法、テレポート。
それは、例えば誰かと手を繋いで使うとその人も一緒に飛べると聞く。
つまり…魔物がテレポート前に噛み付いたならば魔物も一緒に飛んでしまったという事だ。
「私達は必死でアリアを探し回ったよ。どうか生きていてくれと願いながらね。けれど数日後…50km離れた地点で大量の血痕と髪や身体の一部だけが見つかったんだ。状態から、事件当日に食われたと見て間違いなかった」
あまりに悲惨すぎて吐きそうになる。
それでも、僅かな希望を持って質問した。
「その…見つかったご遺体が別人って事はないんですか?」
「私もそれは考えたよ。けれど、魔力型が一致したから…アリアで間違いなかった」
一縷の望みも消え失せ絶望する。
魔力型は一人一人違っているものなので、それが一致したという事は疑いようもない。
神様は…シュルツさんの事が嫌いなんだろうか。
奥さんと子どもを同時に失わせるなんて酷過ぎる。
「因みに…その魔物はどうなったんですか?」
「そちらも勿論探したんだけどね…本来なら直ぐに見つかる筈の魔物も、遠くにテレポートしてしまったせいで未だに見付かっていないんだ」
「! 未だに?」
「あぁ」
悔しそうな顔をするシュルツさん。
もしかしたら、シュルツさんの大事な人を殺しておきながらその魔物は今ものうのうと生きているのかもしれない。
許せない…モヤモヤする。
なんとか見つけ出せたら良いのに。
「…すまない。暗い話をしてしまったな」
「いえ…」
話を聞いているだけの俺でも辛いのに、シュルツさんはどれだけ辛かったのだろう。
正直想像もつかない。
俺に出来ることってないのかな。
少しでも元気付けてあげられたら良いんだけど…。
…よし!
「そういう事なら、俺のこと息子だと思ってくれちゃって良いですよ!」
「え、リオルくん何を…」
「いや、いっそ養子にしてもらって本当に息子になっちゃおうかな?シュルツさんみたいに強くて格好いい父親とか最高だし?あれ?我ながら良い考えな気がするぞ?」
立ち上がってそんな風にふざけて言う俺に目をパチクリさせるシュルツさん。
それから、少しだけ下を向いて笑い出す。
「ふ…はは。それも、良いかもしれないな」
おぉ、シュルツさんのこんな柔らかい笑顔初めて見た。
ちょっとは元気出たのかな?
良かった。
シュルツさんは少し嬉しそうにしつつ「そろそろ戻ろう」と言いながらスックと立ち上がる。
それから、改めて俺を見た。
「…ありがとう。リオル」
初めて、シュルツさんに呼び捨てにされた。
まるでクヴァルダさんを呼ぶ時みたいだ。
もしかして身内認定された、のかな?
けれど、俺は失念していた。
こんなにわかりやすい変化を見過ごす筈がない人が居るという事を。
「ちょっ、何でまた更に義兄さんと仲良くなってんすかリオルくん!?いつの間にか呼び捨てにされてるじゃないすか!!」
そう、クヴァルダさんだ。
ご飯の後の食堂で案の定大騒ぎするので、耳を塞いで聞こえないフリをする。
「お前の事も呼び捨てだろう」
「いや、オレを呼び捨てにするまでもっと時間かかったじゃないすか!こんなに早くなかったっすよ!!」
あ、そうなんだ。
なんか勝った気分。
「リオルくん一体どうやって義兄さんと仲良くなってるんすか!?秘訣は!?」
「え?と、歳の差?」
「そんなどうにも出来ないこと言わないで欲しいっす!!」
だって、それ以外思いつかない。
ごめんね。
頭を抱え込んで絶望するクヴァルダさんに、呆れながらシュルツさんは質問した。
「そんな事よりクヴァルダ、部屋から出てきたという事は出来たのか?」
「あ、そうっすそうっす!じいちゃんばあちゃーん」
「なんじゃ?」
食器の片付けで居なかった筈のリュデルさんが呼ばれた途端にジーゼさんを背負って出てきた。
相変わらず素早い。
「取り敢えずベッドフレームだけっすけど、完成したっすよ!コレっす!」
そう言ってクヴァルダさんはマジックバッグから大きなベッドフレームを取り出した。
「うわー!スゲー!!」
「まぁ!素敵!」
思わず俺とジーゼさんが歓声を上げる。
2人くらい寝られそうな大きさで、繊細な模様が沢山彫り込まれたベッドフレームの完成度は凄かった。
ただの四角いのと違ってなんかヘッドボードとか波打ってる!
足も猫脚っていうのかな?
曲線になっててすごいオシャレ!
木の色合いそのままなのも逆に良い!
なんていうか…お店でお高く売ってそう!!
「ばあちゃんの好きそうな感じにしてみたっすよ!」
「ええ!本当に私好みだわガッハ!」
すると思ったよ吐血!
落ち着いて落ち着いて!
「あ、なんか本当にいい香りがする」
「そう!香り付けした訳じゃないから一生消えないんすよ~。こればっかりは他の木材じゃ出来ないやつっすね!」
ふわぁ~なんだろう。
日向ぼっこしてる気分になる心地よい香りがする。
もうこれ嗅いでるだけで眠くなる感じ。
「しゅごい…これ…寝たい…」
あ!
ジーゼさんがベッドフレームに手を伸ばしながらうつらうつらしてる!
硬いからフレームで寝ちゃダメだよ!
慌ててクヴァルダさんがマジックバッグに仕舞い直して事なきを得る。
ジーゼさんは名残惜しそうだけど致し方ない。
と、ドシドシという足音が食堂に近付いてきた。
《ごめんね~お待たせ!出発しましょうか!》
言いながらやってきたのはローザさんだ。
どうやら一晩中国王様と話していたらしい。
「もうええのか?」
《ええ、充分話せたもの!行きましょう!》
そう促され、俺達は全員外へと移動した。
国王様が見送りに玄関まで来てくれている中、早速ローザさんの背に乗り込む。
「世話になったの」
《それはこちらの方だ。本当に…感謝してもしきれない》
そう言う国王様の顔は幸せそうで…ここへ来て本当に良かったなと思う。
国王様とローザさんは、改めて見つめ合った。
《それじゃあな…ローザ》
《なぁに辛気臭い顔してるのよ!ていうか、いつまでそんな姿でいるつもり?》
それを聞いて首を傾げる国王様。
ローザさんは微笑んで続けた。
《さっさと成仏して生まれ変わってよね。ドラゴンは長生きだから、貴方が生まれ変わるまで待っててあげるわよ》
その言葉に国王様は目を見開く。
それから涙を浮かべ、こくりと頷いた。
《そうか…そうだな》
《フフ。どうせなら、イケメンのドラゴンに生まれ変わってよね~》
《はは、条件が厳しいなぁ》
言いながら、お互いに笑い合った。
そして迷う事なく翼を広げるローザさん。
手を振る俺達に振り返していた国王様は、距離が開くと共に透明になって消えていった。
ちゃんと生まれ変われると良いな。
こうして少しだけ名残惜しさを持ちつつ、俺達はメルフローラを後にしたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。
そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記
ノン・タロー
ファンタジー
ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。
これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。
設定
この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。
その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる