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第28話 仇
しおりを挟む「シュルツさん!ノヴァが…!」
全身傷だらけで意識を失ってしまったノヴァに青褪める。
けれど、シュルツさんは安心させるように俺の背中をポンと叩いた。
「大丈夫、気を失ってるだけだ。大した怪我じゃない」
その言葉を聞きホッとする。
よかった。
ノヴァが無事で…本当に。
「蘇生術式 ヒール トラフマティスモス」
すぐにノヴァに治療を施してくれるシュルツさん。
おかげであちこちにあった傷もほとんど分からなくなった。
「ありがとう、シュルツさん」
「いや。それより…来るぞ」
シュルツさんの言葉を聞いて、気を引き締める。
他のみんなも同じ方向を睨んでいた。
俺とリュデルさんでヴェクサシオンを弾き飛ばした方向だ。
《ガルルルルル…》
こちらを威嚇しながらも、大したダメージを受けていないように木々の奥から悠々と歩いてきたヴェクサシオン。
村の皆んなを殺し、ノヴァをこんな目に遭わせたこの魔物を許すわけにはいかない。
臨戦態勢で待ち構える。
そして、その巨体が完全に姿を現した瞬間だった。
――ザワッ
「…!!」
突然みんなから発せられたとんでもない殺気に悪寒が走る。
冷や汗を流しながらゆっくりと目を向けると、全員が今まで一度も見せた事のない表情をしていた。
あまりの殺気に怯んだのか、ヴェクサシオンも警戒して立ち止まる。
確かにこの魔物によって沢山の人々が犠牲になったが、ここまでみんなが怒りを顕にするのは何かがおかしい。
別の理由があるとしか思えなかった。
「シュルツ…さん?あの魔物って…?」
すぐ隣にいるシュルツさんに何とか質問を投げ掛ける。
シュルツさんは殺気を抑える事は無いものの、それでも静かに答えてくれた。
「…アリアの話は覚えているな?様々な痕跡から、襲った魔物はヴェクサシオンではないかと当初から推測されてはいたんだ」
「…!」
その言葉で予想がつく。
まさか…まさか…
続けるように、リュデルさんも口を開いた。
「アイツの牙…よく見てみぃ」
言われて牙へと目を向ける。
上顎から伸びる大きな2本の牙。
その向かって右側に、金色の飾りのような物が刺さっているのが見えた。
凶悪なヴェクサシオンの見た目にそぐわない、ウサギの頭の形をした可愛らしい物だ。
「あれはね、多分魔道具よ」
「魔道具…?」
聞き返した俺に頷くジーゼさん。
クヴァルダさんもヴェクサシオンを睨みつけたまま言葉を続ける。
「あんなふざけた事するの…姉ちゃんくらいっすよ」
予想は完全に確信へと変わった。
シュルツさんの奥さんと子どもを喰い殺したのは、コイツだったんだ。
ギリ…と、俺は歯を食いしばった。
先程よりもずっとずっと強い怒りが腹の底から込み上げてくる。
許せない…絶対に。
「…リオル、離れていた方が良い。今回は私も力を制御できそうに無いから、安全は保証出来ない」
俺の事を考えてシュルツさんがそう声を掛けてくれたが、それすらも受け入れられなかった。
「ごめんシュルツさん…それは聞けない。俺も、一緒に戦う…!」
理由なんて分からない。
でも、コイツとは戦わなければならないという思いが込み上げて抑えられなかった。
決して退かない姿勢を見せると、シュルツさんも理解して容認してくれる。
俺はノヴァを抱き上げ、リュデルさんが背から下ろしたジーゼさんのもとまで運んだ。
「ジーゼさん、ノヴァをお願いします!」
「ええ、わかったわ」
そうしてノヴァを預けた直後、警戒していたヴェクサシオンが地面を蹴った。
飛び掛かってきたその巨体を、みんなが後ろへ跳んで避ける。
直ぐ様ジーゼさんが手を翳し、全員に身体強化を施した。
「絶息術式 インフリクト トゥラヴマ!」
真っ先に、シュルツさんがヴェクサシオンの巨体を上から下まで一瞬で斬り刻んだ。
しかし、ジーゼさんによって強化されたシュルツさんの攻撃でも傷は浅いように見える。
「変質加工 金槌 スマッシュ!」
続けてクヴァルダさんも胴体を横から巨大化させた金槌で思い切り叩いた。
その攻撃によってよろめきはするものの、ヴェクサシオンが倒れる事はない。
俺も剣に炎を纏わせながら駆け出す。
「天流剣技 焦熱 エリュトロン!」
氷属性のヴェクサシオンにダメージが通りやすいよう、出来る限り大きく強い炎で袈裟斬りにした。
けれど、毛皮が焦げ付いたものの内部までダメージが届いたようには思えない。
最初から皆全力なのに、ヴェクサシオンは異常な程に頑丈だ。
決して攻撃が効いていない訳ではないが、倒れそうな気配が無い。
「少し離れておれ!天流剣技 時雨 ネロ!」
ヴェクサシオンの真上に跳んだリュデルさんが、剣に水を纏わせ連続の突き攻撃を繰り出した。
鋭い攻撃が、まるで雨のようにヴェクサシオンに大量に降り注がれる。
《ガァァアアァア!!》
叫び声を上げて全身から血を噴き出すヴェクサシオン。
だがリュデルさんの強攻撃を受けても尚、倒れるどころか反撃して噛みつこうとした。
噛まれそうになったリュデルさんは鼻先を蹴って距離を取り、地面へ着地する。
「…昔対峙したヴェクサシオンとはかなり違うのぅ。恐らくコイツは、特殊個体じゃぞ」
「!」
特殊個体。
それを聞いて得心がいった。
強い魔物だとは知っていたが、ローザさんやアークデーモンと比べてもあまりに頑丈過ぎると思ったのだ。
恐らく普通のヴェクサシオンなら、最初のシュルツさんの攻撃で沈んでいただろう。
ヴェクサシオンは今度は突進攻撃を繰り出した。
それを横へ飛び退いて避けながら呟くシュルツさん。
「…特殊個体。だから、アリアは…」
メスをギュッと握り締め、そのまま胴体へ勢いよく突き刺す。
かなり深く刺さったようで、ヴェクサシオンも《グガァァァアア!!》と悲鳴を上げた。
もしもこのヴェクサシオンが特殊個体などでなければ、アリアさんも助かっていたのかもしれない。
シュルツさんの悲痛な思いが伝わってくる。
「特殊個体だろうと何だろうと、姉ちゃんの仇…絶対ぶっ倒してやるっす!」
クヴァルダさんが飛び上がり、怒りのまま脳天へと金槌を振り下ろした。
大好きな姉を殺した相手に容赦などする筈もない。
胴体に受けた時より効果があったようで、流石のヴェクサシオンもふらめいた。
だが、ここまで一方的にやられてヴェクサシオンの方も本領を発揮する。
《ガァァアアアア!!》
咆哮を上げた途端、体から発せられた冷気で大量の氷柱が空中に形成された。
ヴェクサシオンを中心にして全方位へと鋭い氷柱が飛ばされる。
「く…っ」
自分の方へ飛んできた氷柱を出来る限り剣で弾くけれど、いくらかは体を掠めた。
それでも新たに身に付けた防具がある程度防いでくれ、あまりダメージを受けてないのは幸いだ。
ジーゼさんとノヴァが無事か心配したが、そちら側への攻撃は全てリュデルさんが防いでくれていた。
他のみんなも多少掠りはしたが、その程度で怯む事もない。
ヴェクサシオンは立ったままの俺達を見て、続け様に自身の尾を氷の刃へと変化させた。
その刃を体と尾の遠心力で勢いよく振るう。
「! 伏せろ!」
リュデルさんが声を張り上げ、咄嗟に全員姿勢を低くした。
――シュンッ
次の瞬間、周りの木々が切れバタバタと倒れていく。
たった一振りの目に見えない斬撃で、かなりの範囲の木が倒されてしまった。
リュデルさんが気付いてくれなければ死んでいたかもしれない。
ゾッとしながらヴェクサシオンへ目を向けると、再び尾を振り翳していた。
「! また…!?」
次も避けられるか分からず身構える。
だが、リュデルさんが一気に距離を詰めた。
「させん!」
――ガキィイン!
攻撃がくる前に氷の刃を両手剣で砕く。
刃が無くなってしまえば同じ攻撃も出来ないだろう。
《グルァァアア!》
砕かれた刃と共に尾にもダメージを受けたようで、ヴェクサシオンはまた悲鳴を上げた。
より興奮状態となり、飛び掛かってくる。
確実にダメージは蓄積されている筈なのに、未だに動きは俊敏なままだ。
「この!」
紙一重で爪を避け、横から前脚を斬りつける。
――ザッ
斬った事で血が飛ぶが、ヴェクサシオンの動きは一向に鈍らない。
でも刃は通るんだ。
血だって出ている。
例え時間は掛かっても、必ず倒せる筈だ!
持久戦になっても構わないと、ヴェクサシオンの猛攻を避けながら俺達は攻撃を続けた。
段々と息も上がってくるが、必ず倒すという気迫で攻め続ける。
「だんだん此奴の動きも鈍ってきとるぞ!」
「このまま押し切るっす!」
諦めずに攻撃を続けた事で、耐久力の高いヴェクサシオンも徐々に弱り始めてきた。
もちろん油断は出来ないが、倒せそうな見込みが出てきて士気も上がる。
ところが、そう思った時だった。
《グ…ガアァ…ッ》
それまで応戦していたヴェクサシオンが急に動きを変えた。
突然俺達に背を向けて走り出したのだ。
瞬間的に察する。
「逃げ…た?」
このままではやられると判断したヴェクサシオンは本能的に逃げ出したのだ。
その場の全員の怒りが、一気に膨れ上がった。
「ふざ…けるな!」
シュルツさんがヴェクサシオンの何倍ものスピードで駆け出し、一瞬で横に付く。
「絶息術式 インフリクト カータグマ!」
――バキッ
メスを振り抜くその速さは尋常では無く、魔力が内部にまで到達してヴェクサシオンの後ろ脚が折られた。
脚をやられては走る事など出来ず、その場に倒れ込むヴェクサシオン。
「アリアを…逃げるアリアを喰い殺したのはお前だろう…!」
その声には、怒りと哀しみが混ざり合っていた。
妻と子を想えば当然だろう。
しかもアリアさんは、ヴェクサシオンと違い自分の為ではなくお腹の子を守る為に逃げたのだ。
そんな彼女を、この魔物は容赦無く食い殺した。
見逃したりなど出来るはずがない。
ヴェクサシオンは逃げられないと察すると再び爪攻撃を仕掛けてきた。
その攻撃を防ぐように、クヴァルダさんが金槌を振り下ろし前脚を打ち落とす。
「姉ちゃんは…本当なら今だって義兄さんの隣で笑ってた筈なんす!あの時見つけられなかったお前を…絶対逃したりしないっすよ!」
少しだけ涙を滲ませ怒りの形相で叫ぶクヴァルダさん。
そんな事など関係無いとばかりに尾をまた氷の刃に変え振るうが、リュデルさんが刹那で砕いた。
「ワシらの孫とひ孫を殺したヤツに…容赦などせんぞ」
反撃など許さないかのように剣を向けるリュデルさん。
ヴェクサシオンは完全に追い込まれていた。
そしてこの直後、追い詰められた獣ほど恐ろしいという事を俺達は知る事になる。
《ガルァァアアアア!!》
今までとは違う魔力を含んだ咆哮を、ヴェクサシオンは空に向かって上げた。
明らかに何かの攻撃魔法を使おうとしていると分かり、魔力を飛ばした上空を見上げる。
「…!!」
そこに広がるとんでもない光景を前に、俺は思わず目を疑ってしまった。
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