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第51話 託された夢
しおりを挟む「わっ、すご!」
「本当に全部氷で出来てるっすね!」
「きれい…」
お屋敷の中を思わず感動して見回す。
里の真ん中にあった洋館っぽいお屋敷は建物から家具に至るまで全て氷で出来ていた。
氷の精しか使わない建物なので問題無いらしい。
《さぁ、遠慮せずお掛けになってください》
微笑んでソファに座るよう促す女王様。
しかし、躊躇う俺達。
いや、ソファも氷だよ?
冷たそうだし俺ら座ったら溶けるんじゃない?
それとも絶対に溶けない特殊な氷なの?
《ダメだよ女王様!あの人達人間なんだから、氷に座らせられないよ!》
「そうですぞ!短時間なら問題無いですが、ジワジワ尻が濡れてしまいます!」
《あ、そうでしたね。ウッカリしてました》
座らなくて良かった。
そんな辱めは受けたくない。
女王様の天然っぷりに、氷の精やドワーフが屋敷に一緒に付いてきた理由がよくわかった。
「相変わらずじゃなぁルルは」
「そうねぇ。昔も同じように勧められたものね」
懐かしむように笑いながら言うリュデルさんとジーゼさんに、女王様は首を傾げる。
《まぁ、そうでしたっけ?》
「そうよぉ。可愛らしい方だなぁって当時も思ったもの。氷のベッドを勧められた時だけは引き摺り回してやろうかと思ったけれどね」
ジーゼさんやっぱり睡眠関係になると過激だな!
急に怖いこと言ったぞ!
当時を思い出したリュデルさんが顔を蒼くする。
「あん時のジーゼは恐ろしかったのぅ…。笑顔で放ってたあの殺気は今も忘れられん…。慌てて旅館の主人が部屋を提供してくれたから事なきを得たが…一体どうなっていたか…」
カタカタと震えながら言うリュデルさんは本気で恐怖してる。
勇者を怯えさせるって相当ですよジーゼさん。
いやジーゼさんも勇者片割れだけどさ。
「リュデルさんたら大袈裟ねぇ」と笑うジーゼさんに冷や汗をかきながら笑みを返してるリュデルさんの横で、とりあえずとクヴァルダさんがみんなの分の椅子を並べた。
それぞれ腰掛けつつ、父さんが女王様に質問する。
「それで、瘴気によって暴走したと伺いましたが…一体何があったんですか?」
そう質問されると、女王様は顔を曇らせた。
《えっと、ですね…早朝に変な男性が里を訪れたんです》
この時点で、既に嫌な予感がした。
とある人物が頭を過ぎる。
でも、コンキュルンの力も使った上で俺達は何日も掛けてここまで来たんだ。
さすがにそんな筈が…
《その方は、雪山に似つかわしくない薄手の黒いローブ姿で現れました。確か…金の模様が入った物だったと思います》
「「「!!」」」
あり得ないと思っていた筈が、一致してしまった。
更に確信に迫るべく、ミナスさんが質問する。
「もしかして、なんですけど…その男はこんな尻尾の付いた杖を持ってたりしませんでしたか?」
コンキュルンを抱っこして尻尾を見せながら聞くと、女王様は目を見開いて答えた。
《あ、そうです!持っておりました!その尻尾の気配だけが澄んでいて違和感があったので、よく覚えてます》
間違いない。
やっぱりここへ来たのはあの男だったんだ。
あぁでも、そうか。
考えてみれば奴も魔物を使役できるから、俺達と同じような速さで移動する事自体は不思議じゃない。
きっとあの後すぐにここへ向かったんだろう。
「ローブの男がここへ来た目的は、刻印を得る為ですか?」
父さんがそう聞くと、女王様は神妙な面持ちで頷いた。
《はい。ですが、わたしは断りました。邪悪な気配に…刻印を与えてはいけないと感じたんです》
「では、刻印はされてないんですか?」
《いえ…断った途端に彼は怒りだし、杖を振って刻印するよう命令してきたんです。不思議な力がわたしを操ろうとしましたが…それにも抗いました》
ミナスさんが当然だというように頷く。
「コンちゃんの力で使役しようとしたんでしょうけど、氷の精は魔物ではないから無理だったんでしょうね」
なるほど。
ていうかこの綺麗な女王様を魔物と同じだと思ったの?
ひどい考えだ。
《全く効かないという訳ではありませんでしたが、抵抗できる範囲でした。すると男は、注射器を取り出して従わないわたしにいきなり突き刺したんです。注射をされた直後、身体が言う事を聞かなくなりました》
恐らくそれは、瘴気を基に作った洗脳の薬だろう。
杖で無理だったから即座に薬に切り替えた訳か。
《頭では駄目だと分かっていたのに、『氷の刻印を施せ』という命令をされて従ってしまいました。そして…刻印した後に『里を滅ぼせ』と命令されて…》
「…!!」
あの男、また…!
思わずギリッと歯噛みする。
なぜ目的を達成しただけで満足しないのだろうか。
隣では、ノヴァがカタカタと震えていた。
きっと村での事を思い出したんだろう。
「大丈夫か?ノヴァ」
「う…ん…」
心配して手を握ると、握り返しながら俺の肩に額を付けるノヴァ。
ノヴァの背中をさすりつつ女王様の話を聞く。
《命令に従いたくないのに、わたしは激しい吹雪を起こしてしまいました。でも、どうしても皆んなを助けたくて…何とか守ろうとした結果、里を氷で覆ってしまったんです》
そっか。
あれは閉じ込めようとしたんじゃなく、守ろうとしたのがああなってしまったのか。
「魔物と違って、自我が残った中途半端な洗脳になっちゃったからでしょうね…。返ってお辛かったですよね」
気の毒そうにミナスさんが言うと、話を聞いていた氷の精やドワーフ達も女王様に駆け寄った。
《うわーん!女王様、守ろうとしてくれてありがとう!》
「やはり女王様はお優しい方だ…!」
《そんな…寧ろ、危険な目に遭わせてしまったのに…》
《そんなの女王様のせいじゃないよぉー!》
みんなに泣き付かれる女王様。
それを微笑ましく見つつ、俺達も目を見合わせた。
「刻印が目的だったなら…奴の狙いはユルか?」
「氷の刻印なんてバニンガに行く場合くらいしか必要無いでしょうし…その可能性が高そうですね」
父さんの言葉に頷きながらミナスさんも続く。
俺も確認でコンキュルンへ質問した。
「確か、最後の材料を手に入れるだけだって言ってたんだよね?」
「うん、そうだよー」
「じゃあそれがユルって事っすか?マズいじゃないっすか!オレらと狙い一緒っすよ!流石に羽毛布団の為じゃないだろうけど」
「寧ろ羽毛布団作りたくて世界最強の魔物に挑む方がおかしいと思うわ」
それは確かに。
「奴はユルをどうするつもりなんじゃ?」
「使役するつもりかしら?」
リュデルさんとジーゼさんも首を傾げて言ったけれど、それをミナスさんが否定する。
「いえ、コンちゃんの力でもユル程に強い魔物は使役出来ません」
「なら、薬での洗脳も難しいという事か…。例え魔物を使って動きを止めようとしても、ユルが相手では返り討ちにされそうだしな」
「あー確かに。そもそもユルとまともに戦える人間なんてじいちゃんくらいな気がするっす」
そうこう話していたら、女王様が首を傾げながら衝撃的な事を口にした。
《あの…彼って人間なんですか?》
「「「!?」」」
え、待ってどういう事!?
天然で言ってる訳じゃないよね!?
「ルルには奴が人間には見えんかったって事か?」
《そう、ですね。人間よりは魔物に近いというか…色んな魔物が混じったような禍々しい存在に感じました》
それを聞いて、ミナスさんが呟いた。
「融合の…薬」
全員がハッとする。
まさか…あの男…
「自分に魔物を融合したって事…?」
「ええ。それも恐らく複数ね」
考えただけでゾッとする。
てっきり魔物同士を融合させて最強の魔物でも創り上げようとしてるんだと思っていた。
まさか、自身に魔物を取り込んでいたなんて。
「という事は…ユルも自分に融合させるつもりか?」
「けど、どっち道ユルが相手じゃ難しいんじゃ…」
「あの」
父さんとクヴァルダさんの会話に、ようやく震えの止まったノヴァが割って入る。
「あの人に渡したシルク族の糸…一時的なら例えユルでも捕縛可能です」
「「「!」」」
全員驚いて目を見開いた。
まさか、シルク族の糸がそこまで強固なモノだったなんて。
「じょ、冗談じゃないっす!融合なんてされたら、それこそユルの羽根も手に入れられなくなるかもしれないっすよ!」
「まぁまだ推測の段階ではあるが…どちらにせよ奴がやるのはロクな事じゃないだろうな」
「そうじゃな。急いで止めに行くぞ!」
そうしてすぐに出発しようとする俺達に気付いた女王様が戸惑う。
《え、あの、お礼がまだ…》
「それなら、刻印をお願いしたいわ」
即座に提案するジーゼさん。
おっと危ない。
そもそも刻印してもらわなきゃ霊峰バニンガにも入れないんだった。
《あ、はい、分かりました。それでは皆様、手の甲を出してもらえますか?》
言われて、全員同時に左手を差し出した。
女王様がちょっと驚いた顔をする。
《あら、皆さん仲が良いんですね》
みんな笑みを作るくらいで何も言わないけど、ミナスさんの右手の火傷を意識したんだろうな。
言わないけど。
《では、刻印しますね》
女王様が手で器を作ると、そこに輝く雪の結晶が無数に湧いた。
本来の結晶を10倍くらいの大きさにしたものだ。
フゥと女王様が息を吹きかけると、たくさんの結晶が俺達それぞれに舞ってきて手の甲へキラキラと降り注がれる。
「うわ…」
「すごいキレイ…」
ノヴァと目の前の光景に感動していると、手の甲に雪の結晶を模した魔法陣のようなモノが描かれた事に気付いた。
僅かに光っていて、氷の刻印が刻まれたのだとわかる。
「ふむ、完璧じゃな」
「ありがとうねぇ」
《いえ、この程度じゃお返し足りないくらいですよ》
お礼を言ったリュデルさんとジーゼさんに和かに答える女王様。
さあ、刻印も施してもらったし急いでユルの所へ向かわなきゃ!
「女王様、ありがとうございます!」
「またいずれ遊びにくるっすね!」
みんなそれぞれ女王様へお礼を言いつつ、屋敷の外へと移動する。
早速ミナスさんがコンキュルンにお願いした。
「コンちゃん、急ぎでお願い!」
「りょうかいー」
頼まれたコンキュルンがみんなを乗せる為にポンと大きくなる。
と、その背に飛び乗ろうとした時だった。
「リオルさん!!」
さん!?
うわ、初めてさん付けで呼ばれた!!
驚きながら見ると、オータムさんが聖剣ラビュラを持ったままこちらへ駆けてきていた。
「オータムさん、どうしたんですか?」
「あの!お願いがあって!!」
言いながら、両手で献上するかのように聖剣を差し出す。
「この聖剣ラビュラ…リオルさんが使ってくれませんか!?」
「え!?」
まさかそんな事を頼まれるとは思わず動揺してしまう。
慌ててオータムさんに確認した。
「で、でもこれって、勇者のリュデルさんに使ってほしくて作った筈じゃ…」
そう言うと、オータムさんは一度目を伏せる。
「はい、その通りです。ですが…」
バッと顔を上げて真剣な表情で俺を見た。
「今日リオルさんが技を使う姿が…あの日わしが見て憧れた勇者様の姿と重なって見えたんです!」
「!」
その言葉に、驚きと共に顔が熱くなる。
オータムさんの目に、そんな風に映ったなんて。
「勿論、この剣がまだ未完成なのも分かっています。なのでまずは預かるという形にしていただきたい。そして…鉱物を手に入れ完成させたあかつきには、正式に持ち主となっていただきたいのです!」
真っ直ぐ向けられる眼差しに、オータムさんの本気の色合いが窺えた。
俺も目を逸らさず言葉を聞く。
「その頃には貴方はきっと、次世代の勇者になっている…いや、もっと上へ行っているとわしは確信してます!だからどうか、この剣を、わしの夢を、受け取ってください!!」
剣を差し出したまま深々と頭を下げるオータムさん。
この剣の重みは、きっと俺の想像以上なんだろう。
生半可な気持ちで受け取って良いものではない。
それでも…
「…わかりました。聖剣ラビュラ、お預かりします!」
固く決心し、俺は聖剣ラビュラを掴んだ。
この人の思いに、期待に、応えられるよう背負う覚悟をして。
「あ、ありがとうございますぅう!!!」
オータムさんはブワッと涙を溢れさせ大泣きしながら喜んだ。
あんまり泣くからみんなでどうしようかと悩んじゃったくらいだよ。
やっぱりオータムさんはちょっとカワイイ。
そんなオータムさんにも見送られつつ、全員でコンキュルンに乗り込んだ。
《皆様、本当にありがとうございました》
「またどうか里へ来てくださいね!」
《待ってるよー!》
氷の精やドワーフ達が手を振りながらたくさん言葉を掛けてくれる。
俺達も手を振り返しつつ、霊峰バニンガに向けて出発したのだった。
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