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第7話 できない約束
しおりを挟む「「「え…?」」」
突然忠犬のようになったウルフに3人の声がハモる。
さっきまで俺達を殺そうとしていた筈の凶悪なウルフは一体どこへ行ったのか。
「…おすわり」
試しに違う命令をしてみる。
すると、直ぐ様ストンと腰を落として座った。
次の命令を待つかのように激しく振られる尻尾。
「お手」
差し出した俺の手に、ウルフの大きな前足が乗せられる。
重さに少しよろめきつつ受け止め、更に口を開いてみた。
「伏せ」
バッと一気に体高が低くなり、床にお腹をくっ付けて伏せるウルフ。
勢いで腹の下から吹いた風に髪が揺れる。
((こいつメッチャ言う事聞く…!!))
と同時に思ったのは俺とカイトだ。
クレハはポカンとすると同時に、強面ウルフの従順っぷりに「可愛い…」と呟いている。
「これ、戦わなくても退散してくれるんじゃね?」
そう思い、俺はトールの時のように「ハウス!」と命令した。
すると、予想の斜め上の事態が巻き起こる。
ダダッと何故か何も無い筈の壁の方へと走り始めるウルフ。
首を傾げつつ見ていると、壁が喋った。
「バっバカ!こっちに来るな!」
そう言いながら慌てたように動いたのは、なんと壁に擬態したスナイパーだ。
俺達ではいくら目を凝らしても見つけられなかったが、ウルフは嗅覚で場所が分かったのだろう。
現実のスナイパーもカモフラージュ技術は凄いが、こんなに堂々と居たのに見付けられなかったなんて。
だが、一度視認してしまえばこっちのものだ。
カイトがすぐにターゲット設定をし、隠れても場所が分かるようにする。
「全員で一気に叩くぞ!」
居場所が丸わかりで至近距離のスナイパーなど敵ではない。
尻尾を振ってただ見守っているウルフを尻目に3人でフルボッコにした。
あっという間にスナイパーのHPが削られ、0になったと同時にライフルだけ残してその姿は消えていった。
「やった!クリアだ!」
ウルフはまだ元気だが戦意が無いからだろう。
見事クリア扱いになり前後の壁も消えた。
これで第一階層突破である。
「お前のお陰で助かったよ。サンキューな」
自分を殺そうとしてきた事など遥か彼方、ウルフに駆け寄って頭を撫でてやった。
なんとなく嬉しそうに見えるウルフに手を振り、2階層へ続く階段へと足を掛ける。
「まず一階クリア出来て良かったなアヒト!この調子で次の階層も突破しようぜ!」
「そうだな!クレハもありがとな。想像以上に強くてビックリしたよ!次もよろしくな」
「あ、う、うん」
俺の顔を見て一瞬思案げな顔をしてからニコっと笑って答えるクレハ。
何だか笑顔がぎこちない。
どうしたのだろう。
「クレハ大丈夫か?もしかして、怪我がまだ痛いとか…」
「そんな事ないよ!アヒト君治してくれたし!ありがとう」
「そう?なら良いけど…無理しなくて良いからな?」
「大丈夫、次も任せておいて!」
両手の拳を握って元気に見せるクレハ。
僅かに違和感はあったが、二階層の扉が見えた事で意識をそちらに向ける。
3人で頷き合い、3メートルほどある扉を押し開いた。
部屋の造り自体は1階と同じようで、石壁に囲まれた広い部屋になっている。
そして部屋の中央に大きな魔物が立っていた。
扉より更に大きく、5メートルほどあるだろうか。
「あれは、ゴーレムか」
部屋の壁や床が黒っぽい色の石で出来ているのに対し、ゴーレムは白に近いグレーの石で体が構成されている。
顔の中央にある目らしき赤い石が存在感を放っていた。
「あれは攻撃食らったら一撃で結構なダメージ受けそうだな…。俺が敵を引きつけるけど、アヒトもクレハちゃんも攻撃受けないように充分気を付けてくれ」
カイトの指示を受け「わかった」と2人で頷く。
早速カイト先行でゴーレムへと近付いた。
一階層の時と同じように、奥の階段前と後ろの扉前に半透明の壁が出現する。
そして階段上にタイマーが表示された。
「!今回は制限時間15分か」
前回のウルフ&スナイパー戦が10分だったのに対し少しだけ制限時間が延びている。
つまり今回の方が倒すのに時間が掛かる仕様なのかもしれない。
「とにかくやってみよう!俺がヘイトを稼いだのを見計らって攻撃してくれ!」
そう言いながら攻撃を仕掛けるカイト。
ゴーレムはまるで起動したかのように目を光らせて動き出した。
その動きは鈍く、振り下ろされた腕をカイトもアッサリと避けて剣を叩き込む。
そのまま2、3度ヘイトを高める攻撃を当て、そろそろ良いかという所でクレハも動き出した。
軽やかにジャンプし、空中でゴーレムに連撃を与える。
そして俺も参戦しようと魔導書を構えた。
ところが、今まさにスキルを発動させようかというところで急にカイトがストップを掛ける。
「まっ、待て!」
「え!?」
間に合わず、クレハの強力な一撃がゴーレムに直撃した。
ガキンと音が響き、何かが起こってしまうのかと警戒したが特に変わった様子は無い。
「どうしたんだカイト。何かあったのか?」
精霊召喚を中断し、カイトへ質問する。
カイトは少しばかり焦った様子だ。
「気のせいじゃなければ…コイツ攻撃する度に装甲が厚くなってる」
「な!?」
そうこう言っている間に再び攻撃をしてくるゴーレム。
それを盾でカイトが受け止めた。
直撃と同時に「ぐ…っ」と声を溢すカイト。
焦りの色が強くなる。
「ちょっ、これ力も強くなってないか…!?」
そういえば、初撃より攻撃スピードも上がっている気がする。
もしや攻撃するたびに強化されるのだろうか。
だとしたら、下手に攻撃もできない。
「アヒト、もしかしたら物理攻撃がダメなタイプかもしれない!精霊で魔法攻撃してみてくれ!」
「わ、わかった!」
相手がゴーレムなので火などはあまり効かなそうだ。
そこで水の精霊を召喚することにする。
「頼むウンディーネ!」
魔導書から飛び出してきたのは紺と白の毛皮をしたカワウソ姿の精霊。
恐らくモデルはコツメカワウソだろう。
空中をまるで水中のように泳ぎ、両手を万歳するようにバッと挙げた。
途端に小さな津波が巻き起こる。
「どうだ!?」
ザパァと大量の水を被るゴーレム。
立て続けに攻撃する事はせず、その様子を伺う。
ゴーレムは一度動きを止め、ギギとゆっくり顔を上げた。
次の瞬間、明らかに先程より速いスピードでカイトに拳を振り下ろす。
「うわ!」
慌てて攻撃を避けたカイトの直ぐ真横で粉塵が上がった。
これがゲームじゃなければ床に穴が空いていただろう。
装甲が更に厚くなったからか、最初に比べて大きさも一回り大きくなった気がする。
「魔法でもダメか…!2人とも、攻撃中断!何か倒すための違う方法があるかもしれないから探してくれ!」
ダメージを与える度に攻撃・防御・スピードが上がってしまうゴーレムなんて反則だ。
このまま戦い続ければ強い上にHPも全く削れないモンスターが誕生してしまう。
となれば、何か別の特殊な方法で倒さなければいけないと考えるのが自然である。
カイトがゴーレムを引きつけ、その間に俺とクレハは手分けしてゴーレムに弱点のようなモノがないか、また床や壁に変わったモノはないかと探し回った。
しかし、いくら探しても何も見つける事が出来ない。
壁を触りながら一周してみても違和感のある所は無かった。
遠くで逃げ回りながらゴーレムを引き付けているカイトが「待て!」と命令してみているがゴーレムに止まる気配はない。
ビーーーーーー!!
そうこうしている間に鳴り響いた時間切れの音。
気がつけば、俺達は城の外に出されていた。
*****
「あのゴーレムどうすりゃいいんだよ…!」
一度クレハの家に戻ってきたところで、カイトがそう言いながらテーブルに突っ伏した。
折角一階層を突破する事が出来たのに、ゴーレムがあんなでは無理もない。
「状態異常系を使ったとしても、ダメージ与えられなきゃ倒せないしな…」
眠らせたり麻痺させたりが出来たとしても、それでHPが減るわけではない。
毒とかならダメージも与えられるが、結局それに伴って強化される可能性が高いのだ。
俺とカイトが頭を悩ませていると、クレハが口を開いた。
「とりあえず、一旦休んだ方が良いんじゃない?そろそろ夕飯の時間だし、疲れてると良い考えも浮かばないでしょ?」
言われてみればそれなりにいい時間だ。
窓から外を見ると夕陽が沈もうとしている。
カイトがクレハの言葉で思い出したように言った。
「そういや俺…昼も食べてないんだった」
「え、マジか」
「いやほらだって、状況が状況だったからな」
「そりゃそうか…ごめん」
俺がゲームに閉じ込められたのが発覚したのだ。
確かに昼ご飯どころじゃない騒ぎだっただろう。
その頃俺はクレハと美味しくご飯を食べていたなんて口が裂けても言えない。
「じゃあカイト君も食べていく?」
「いや、俺は家に帰ってから食べるから。良かったらアヒトに食わせてやって」
クレハの誘いを断るカイト。
それもその筈。
俺はこの世界に入ってしまっているのでここで食べて満腹になれるが、カイトは食べる事は出来ても本体に栄養がいくわけではないのだ。
ちゃんと休むなら現実世界に戻って食事や睡眠を摂らなければならない。
「せっかく誘ってくれたのにごめん。あ、良かったらコレ足しにして」
と、カイトはアイテムボックスから料理素材をいくつか取り出した。
それを見て俺もハッとしてアイテムボックスを開く。
「あ、そういえばタダで食べさせてもらっちゃってゴメン!俺からも…ダンジョン協力のお礼も兼ねてるから遠慮せず貰って」
「わぁ、こんなに?2人ともありがとう!じゃあ気合い入れて晩ご飯作っちゃおうかな?」
俺とカイトからの食料を抱えて嬉しそうに台所へと向かうクレハ。
その背中を見送って前を向いたまま、カイトは笑顔で俺に言った。
「クレハちゃんの手料理は美味かったか?」
「トテモ美味シカッタデスゴメンナサイ」
即バレした。
そんなこんなでふざけたやり取りも挟みつつ、カイトはログアウトして戻っていった。
いつもならまた再度ログインして夜も遊ぶところだが、ここが現実と化してしまった俺を気遣って一緒にやるのはまた明日にしようという事になった。
ダンジョン攻略も大事だが、無理をして死んでしまっては元も子もない。
少し焦る気持ちもあるが、大人しく従う事にした。
「うおぉ…!メッチャ豪華!」
「食料いっぱい貰っちゃったし、頑張っちゃった」
ニコニコ笑顔を作りながら言うクレハの前のテーブルには、昼間とは違ってスープはもちろん手の込んだ肉料理やサラダ、デザートに果物まで並んでいる。
俺も料理くらいはそれなりに出来るようになろうと母さんに教えてもらったりしてるが、全然レベルが違った。
いい香りが漂い、お腹が急かすように鳴き声を上げる。
「冷めない内にどうぞ。いっぱい食べてね」
「ありがとう!いただきます!」
昼間に食べた時も思ったがクレハの料理はどれも絶品だ。
料理人とかとは違う家庭的な味なのだが、それが自分の好みにドンピシャ過ぎる。
と、美味い美味い言いながら舌鼓を打っていた時、俺の様子を見ていたクレハが遠慮がちに口を開いた。
「あ…の、アヒト君」
「ふぉい?」
いかん、口に食べ物入ったまま返事してしまった。
急いで飲み込み、改めて聞き直す。
「どうしたの?クレハ」
だが、伏し目がちに視線を左右に動かし迷うような様子を見せた後、クレハはパッと顔を上げた。
「ごめん、やっぱり何でもない」
そう言って「私も食べようっと」と誤魔化すように食事を始めるクレハ。
考えてみればダンジョンにいた時から少し様子がおかしかった。
一体何を言いたかったのだろう。
何となくその場では追求しない方が良い気がして、俺は何事もなかったように食事を続けたのだった。
*****
「ふぅ…今日は色々あったなぁ…」
ベッドに入りながら1人呟く。
あれからゆっくり寛ぎお風呂にも浸かって、クレハの家の空き部屋をお借りしたのだ。
その部屋はクレハの亡くなったご両親が使っていたとの事で最初は遠慮したが、結局押し切られて泊めさせてもらう事になった。
今日1日だけで色々有りすぎて、なかなか寝付けそうな感じがしない。
ゲームの中に閉じ込められ、悪魔が現れ騙された事を知り、ダンジョン攻略中に死にかけ…普通ならあり得ない事のオンパレードだ。
唯一良かった事といえばクレハと知り合えた事くらいだろう。
多分普通にプレイしていたら存在を知る事もなくサービス終了していた筈だ。
「そういえば…クレハ何を言いたかったんだろう」
あの後もやはり何か迷った様子を時々見せるクレハの姿が思い浮かぶ。
無理に聞き出すのは良くないが、どうしても気になってしまった。
ハァと溜息を吐きつつゴロリと横を向いて窓から外の景色を見る。
と、今まさに思い浮かべていた人物が目に入った。
「ん?クレハ?」
もう夜だというのに、外に出ているクレハ。
家の直ぐ近くにある少し小高い丘のような場所の方へ歩いている。
俺はガバリと起き上がり慌てて外に出た。
こんな時間に女の子が1人で外に出るなんて危ないと思ったのだ。
(よかった。すぐそこに居る)
ドアから出てクレハの居た方に視線を向けると、先程見た丘の上に座っているクレハがいた。
とりあえず遠くに行ってなくて良かった。
「クレハ」
声を掛けると、空を見上げていたクレハは少し驚いた顔でこちらを向く。
「え、アヒト君起きてたの?」
「あぁ、なかなか寝付けなくて。そしたら外に出るクレハが見えたからさ」
そちらに行っても良いか質問すると、どうぞと隣を空けてくれた。
俺が座ったのを確認して再び空を見上げるクレハ。
つられるように、俺も空を見上げた。
(綺麗だなぁ)
このゲームは天気もちゃんと変化するのだが、晴天らしく雲ひとつ無い星空が広がっている。
今日は満月のようで、明るい月光だけが周りの星を隠していた。
すると、その月を見ていたクレハが不意に口を開いた。
「…私の両親が死んだ日の夜も、こんな満月だったの」
驚いてクレハを見た。
という事は、ここには両親への思いに耽って来ていたのかもしれない。
邪魔をしてしまっただろうかと心配したが、クレハは俺が離れないように服の袖をキュッと掴んだ。
「私…今まで魔物との戦闘で怖いと思った事無かった。両親が死んで、自分も死んだって良いと思ってたし…悲しみを紛らわせたくてがむしゃらに刀を振るってたせいっていうのもあるかも」
その結果、今のように強くなったのだろう。
はじまりの街付近のNPCとは思えない動きだった。
クレハは見上げていた顔を今度は俯ける。
「でも…今日、初めて怖いと思った…。アヒト君が死んじゃうかもと思ったら、凄く凄く怖かったの。自分が戦ってる時も、他の人達が戦ってるところを見ても、そんな風に思った事なんて一度も無かったのに…」
「クレハ…」
やっと分かった。
クレハの様子がおかしかった理由。
そんな風に感じてくれていたなんて。
「アヒト君…あのダンジョンにまた挑戦しなきゃいけないんでしょう…?」
クレハはその大きな瞳に涙を浮かべながら、俺の方を見た。
「ワガママだって分かってる。こんな事言うべきじゃないって…アヒト君が困るだけだって。でも…」
クレハは俺の胸に縋り付くように身を寄せる。
小刻みに震えているのが分かり、言葉が出ない。
「お願い…いなくならないで。怖くてたまらないの…。ずっと、ずっと一緒にいて…」
涙を流しながら心の内を明かすクレハ。
俺が思っている以上に、クレハは俺のことを特別に思ってくれているのだろう。
約束する事はできない。
NPCであるクレハとずっと一緒にいる事は不可能だ。
俺だってそんな事はわかっている。
だけど…
この子を独りにしたくない。
そう…思ってしまった。
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