デザイアゼロ/ラストプレイヤー

加賀美うつせ

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第九章・後編【マスカレイドバトル/レイドオブセクステット】

第173話 レベルドレイン

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 カティアとの一騎打ちが始まる。『封印制度・聖域』の範囲内では『羽風・流転無窮』など他の技が使えない。そしてレイドボスたるカティアにもそれは作用され、スキルの使用制限がかけられる。相手と自分を小細工なしの純粋な力比べに持ち込むのがこの技の特徴。

 初めて見せたのは美愛羽との戦い。本来、これは対プレイヤー用に壬晴が考案した背水の陣たる大技。しかし、力の差に開きがあるレイドボスに仕掛けるには悪手と言えよう。

 それでもこの技を敢行させたのは『彼岸花檻』からの脱出という理由に留まらず、壬晴に隠された秘策があるからに他ならない。

「はぁあ!」

 壬晴はカティアに向け『夫婦剣・八尺瓊勾玉』の投擲を放つ。

「無駄ぁ!」

 それらは村正の振り払いで明後日方向へ弾き飛ばされ、地面に突き刺さる。この領域内では武器効果もなくなる。夫婦剣は自動的に壬晴の手許に戻らない。これは単なる牽制の一撃。壬晴は迫り来るカティアの攻撃を回避するため意識を僅かに逸らした。

「何がしたいのかわからないけど! カティアとキミじゃあ力の差あるんだよねぇ! そうやって逃げ回るだけなのかなぁ!?」

 カティアの一振りを躱した壬晴。そのまま彼女と距離を空け、次なる出方を窺う。『封印制度・聖域』本来ならこの領域の展開時間は長くは保たない。短期決戦が求められるものだが、壬晴は積極的に攻撃を仕掛けようとせず、カティアとは慎重に間合いを空けていた。

「(……一か八かの賭けだったが作戦は成功している。問題は敵にその異変を感じさせないかだ。僕がすべきことは、このまま力の差がするまで持ち堪えること……そして『聖域』の展開維持、そのための生命力エネルギーは問題なくこの身に供給されている……)」

 壬晴はカティアの攻撃の軌道を読み、真正面からの斬り合いを避けた。剣術の技量はこちらに分がある。衝突を避けられない力はそのまま受け流し、回避できるものは躱す。
 
 そうして壬晴はカティアとの戦いをやり過ごした。この戦いの中で壬晴は自分から極力攻撃を仕掛けていない。時が来るまでそれは優先されない行為。いまは耐え忍ぶのが壬晴のすべきことだ。

「(おかしい……あの子の生命力は一般プレイヤーと比べてもかなり少ないはず……この領域の現界時間もそう長くはないと考えられる。なのに、あの子から焦りがあまり感じられない……)」

 カティアは戦いながら微かな疑問を懐いていた。

「(カティアのレベルは999であの子のランクは150……カティアのスキルを封じるためとはいっても、やはり力の差は歴然。この領域に持ち込んだところで有利になるはずもない……自暴自棄になったか、それとも……まだ何かあるとでも……)」

 杞憂であれ、とカティアは思う。

 どちらにせよこの技を発動した以上、彼にはもう打つ手がないと言っているようなものだ。ただの苦し紛れに過ぎない。

 そう断じたカティアは壬晴へと攻撃を続けた。袖の内側から仕込みの毒針を撃ち、村正で斬りかかる。スキルが制限されたこの領域ではカティアの攻撃技は極めて少ない。ワンパターンだが、それは相手も同じこと。

 壬晴は投擲武器に夫婦剣、カティアは毒針。接近戦には神斬刀と村正が衝突し合う。手数も似たようなものである。

「……おかしい……っ、どうして……!」

 カティアに焦りが募る。『封印制度・聖域』の展開時間がもう一分以上を過ぎ、二分に到達せんとしていた。カティアが推測する現界時間を悠に超えている。

 それでも壬晴に疲弊の色を感じさせなかった。反対に己の身体能力の低下を感じさせる。

「(……体が……動きが鈍く、重く感じる……力がどんどん抜けていくような感覚が……)」

 カティアの身体速度では壬晴を追うことも敵わない。壬晴は容易くカティアからの猛攻を潜り抜けて、また間合いを離す。

「(……そろそろだ。仕掛ける!)」

 そして、退却際に回収した夫婦剣の片割れを肩口に添えると、カティアに向けて投げつけた。

「く……そんな程度の攻撃……」

 カティアは村正を手前にガードの姿勢を取った。

 大した威力もない一撃だ。なのに、カティアはそのブーメンの刃を受けると防御の姿勢が大きく崩れた。

「え……!?」

 カティアは眼を丸くする。あのような攻撃で体勢が崩れるなど、有り得るはずがなかった。

「はぁああ!」

 壬晴は二撃目の夫婦剣を投擲。ガードが崩れた隙を狙うよう投げ込まれたソレはカティアの脇腹を通過し、斬り口を開かせた。掠った程度に終わったが、それでも夫婦剣はカティアにダメージらしきダメージの痕跡を与えた。

「うそ……」

 それは壬晴の攻撃が通用している証拠。いまの壬晴はカティアと同等かそれ以上の力がある。

「な、何が……どうして!」

 カティアは脇腹を押さえながら驚愕に声を張り上げた。

「キミは何をした!? どうしてカティアがダメージを!! そんな程度の攻撃でこのレイドボスたるカティアが!! 『呪怨』の厄災であるこのカティアが!!」

 いつの間にかカティアは吐息が荒くなっていた。村正は鉛のように重く、額から汗も滲み出る。

 明らかな異常、その正体は如何なるものか。

 カティアと壬晴の刃が交錯——その時、壬晴は弱っていく目の前の敵を鋭く見据え、彼女に真実の言葉を告げた。

「『呪怨』の厄災……お前はもう僕には勝てない」

「何をぉ……!」

 その宣告にカティアは歯を軋ませる。

「秘策は成功したんだ……この作戦は僕の人生……これまでの積み重ねと運命によって成されるもの。他の誰かには絶対に出来ない……これは僕だけに許された勝利の条件だ」

「は? はぁ~? 何を言ってるのか全然わからないなぁ~? 勝利? 条件? キミがカティアに勝つ、だってぇ? 笑わせてくれるねぇ~」

 振り切った勢いで互いの刃が離れる。そうして二人は反動のままに距離を空けた。

「いや、もう終わりだよ。冷静にキミはいまの自分の状態を見た方がいい」

 カティアは全身から汗をかいていた。疲弊に青褪めた顔色で、村正の切っ先も真下に下がり落ちている。

「……自分の状態……?」

 カティアはそう指摘され、己のステータスを瞼の裏に可視化させた。眼を閉じれば今の自分の状態がわかる。カティアのレベルは999と表記——されるはずだった……。

「これは、どういうこと……?」

 カティアが見た自分のレベルは……たったの34。

 だが、それは低下の一途を辿り、33……32……と減少し続けていた。

「何を……カティアにいったい何をしたの!?」

 カティアの声が震える。

 怒りに村正を握る手も震えた。

『……ホウ、考えたものだナ……我の力を使わず、だが、利用スル形で逆転の素材にしたのか……』

 フィニスの声が胸の内側から脳へと響いた。

「…………」

 かつて想い人だった少女は、壬晴のため死の間際にランクをフレームに捧げた。

 アトラクトフレームのプラチナランク……チートアイテムだからこそ可能とした異次元の離れ技。

 『彼岸花檻』で彼女との再会を果たした時、壬晴はその逆転の秘策を思いついた。

 それは『封印制度・聖域』に『アブソーバ』の力を付与させること。

 壬晴の中には敵と同じ存在である悪意マリスがいる。

 ランクとレベルは差別化されているものだ……人間とマリスを別のものとするために……だが、壬晴はどちらとも取れる存在。

 フィニスを吸収先の器とし、カティアの力を奪い取る。

 それこそ——。

「……これが僕が辿り着いたレイドボス打倒の術……レベルドレインだ!」

 壬晴の秘策の正体。

 異常な高さを持つレイドボスからレベルの数値を奪い取り弱体化。そして己の力へと還元させるレベルドレイン……これにて力の差は逆転した。

 壬晴は神斬刀の切っ先をカティアへと向け疾走する。

「……うそ、こんなの、ぜったい……」

 カティアは防御する素振りを見せなかった。否、もう既にその力さえもなかった。

 力関係が逆転してしまっては、もう何も抵抗は無駄だった。

 没我の表情のまま、カティアは己のコアへと伸ばす壬晴の刃をそのまま受け止めた。

 





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