デザイアゼロ/ラストレコード 

加賀美うつせ

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終章【失われた奇跡という名の物語】

X章ep.11『新世界の鍵』

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 斯くして——女神ルシアの心は解放された。

 枷はもうない。ただ、心に純粋なる願いがある。

 『女神の謁見』その最終条件(PVPエリアを展開したうえで戦わず制限時間を終える)をクリアした壬晴と巫雨蘭、そして既に条件クリア済み扱いの美愛羽、それぞれが持つ願いが声となり、女神へと捧げられる。

「私は望む、すべてを始まりのゼロへと」

「私は願う、みんなが生きていける道を」

「僕は祈る、優しい人が泣かなくてもいい世界を」

 彼らはルシアの掌に手を翳し、そうして告げた願いが光となる。

「私は叶える。もう一度、奇跡を信じられる世界を」

 最後にルシアが胸に懐く本当の願いを囁く——この世界から失われた『奇跡』という、人が持つ無限の可能性を。

 十二人の大願が形となり彼女の手に舞い降りる。

 それは『鍵』だった。白銀に輝くアンティーク調のひとつの鍵。柄の部分に我らの願いを象る十二個の小さな色違いの宝石が埋め込まれている。新世界の扉を開くキーアイテムが此処に顕現した。

「これが私達の願い……」

 ルシアは『新世界の鍵』を両手で優しく包み込む。

「……世界は生まれ変わる。だけど覚えていて。生まれたものを完全に消すことは出来ない。これはね、結局のところ私の『創造クリエイター』の力を拡張したもの。
あなたの中にいる悪意マリスをその身から切り離すことが出来ても、きっと新しい世界の概念として残り続ける。たった一度だけ戦争や差別を世界中から無くしても、どれだけ世界が平和になったとしても、また悪意は何処からか生まれてくる。私達は終わりのない戦いを強いられるの……」

 ああ、そうだ。戦争や差別がない世界を願ったとしても、それは一時の安寧でしかない。あれらは人の心から生まれるものだ。人はまた傷つけ合うだろう。そうして悪意はまた世に再び産まれる。

 フィニスが完全に消えれば、世に蔓延る滅びの概念が遠去かりを見せるだろう。

 ルシアが過去に生み出した願望器は世に散らばるすべての悪意を寄せ集めた。消えてしまえばどれほどいいか……それが元の在処に戻るとなると、人はまた滅びへと近付くことになるだろう。だが、それは人の心次第によって変わる運命。
 
「それでも僕らが奇跡を願い信じることが出来るのなら生きていけるさ。人の心がある限り争いや憎しみは消えない。だけど、僕らは理解し合うことを諦めず生きていくだけだ。ここにはあなたと出逢い、心を救った人達がいる。わかりあうことが出来ると、他でもなくあなた自身が証明したんだ」

 玉座の間には運営幹部の皆が集まっていた。

 彼らは見届けなければならない。この世界の結末を。ルシアが願うものを。

「あのね、ルシア様。ハロはね、ルシア様と出逢えてよかったよ。短い間だったけど一緒にいれて楽しかった。新しい世界でもまた会おうね」

「うん、今までありがとうねハロちゃん。こんな私に協力してくれて、ワガママに付き合ってくれて、本当にありがとう……」

 ハロがルシアの手を握り、暫しの別れの言葉を伝える。

「ほんと、お姫様の勝手にゃ振り回されたぜ。せっかく必死こいてポイント集めきったと思いきや今度は運営として働いてね、なんて言い出すんだからよ。びっくり仰天、騙されたー、とか思っちまったよ私ゃね」

「無茶ばっかさせてごめんね。ナナセさん、お仕事嫌いなのに」

「……でもま、何だかんだで楽しかったよ。あんたといて悪くなかったさぁ。じゃなきゃここまでついてきてねぇよ」

 憎まれ口を叩きながらもナナセはルシアに笑顔を向ける。

「ま、僕らはもともとヴィジランテ出身だから運営専属のコーディネーターになっても変わりはなかったね。やるべきことをやるだけ」

「ルシアちゃんのためにたくさん悪いヤツを懲らしめたわね、私達ってば。もちろん、やりがいはあったわよ」

「ムツキくんとサツキちゃん……あなた達がいてくれて心強かった」

「また、いくらでも力を貸してあげるよ」

「ルシアちゃん、困った時は頼ってね」

 ムツキとサツキ、双子の兄妹が優しくルシアの肩を叩く。

「あなたひとりじゃゲーム運営なんて無理な話でしたね、ルシア。まったく……基盤を作り上げるのには苦労しましたよ。私が幹部になる前なんてゲームバランスが滅茶苦茶にもほどありましたからね。強いマリスもそこら辺に野放し。イベントなんて誰も参加したがらない。脱落者ばかりのダメダメでしたよ。そうは思いませんか?」

「ごめんね。どうすればいいのかよくわからなくて……カラスマさんやレイブン、ナナセさんには任せっきりになっちゃったね」

「ほんと心配で見てられませんでしたよ。あなたは色々と無理しすぎなんです」

 カラスマは文句を言いつつも、その声音にはルシアを想う温かみが込められていた。

「ワタヌキくんもありがとうね。新しい世界になれば脱落者も復活するから心配しないで」

「うむ、我が主君ルシア殿もお元気で!」

「ご主人様は私でしょ、このクソタヌキ!」

 恭しくこうべを垂れるワタヌキにハロが蹴りをお見舞いしていた。彼らのやり取りにルシアは微笑んでいる。

「コノエさん……いつも傍にいてくれてありがとう。あなたが淹れてくれる紅茶とても美味しかった」

「ええ、私こそあなたのような子に会えて良かった。その優しい心をなくさず、いつも笑顔で安らかにあるように願っていますよ。ルシア、あなたは必ず幸せになりなさい」

「うん、コノエさんもたくさん長生きしてね」

 ルシアは眦に涙を溜めながらも、コノエに満面の笑顔を向けた。

 最後に別れを告げる相手はレイブンとなる。

 彼女は皆の輪から離れ、背を向けていた。彼女だけは納得していなかった。壬晴らを願いの候補に入れることも此処で終わりを迎えることも。

 そんなレイブンのもとにルシアが歩み寄る。

「レイブン……」

「私はあなたに話すことなんてない。さっさと新世界を造ってしまって。こんな役割も『穢れ』もさよならできると思うとせいせいするわ」

「いままでごめんね。私はあなたの気持ちを利用してた」

「……知ってる。あなたは私のことなんて別に好きでもなかった」

 両腕を組むレイブンの手に力が入る。

 好意を無碍にされ、成就されなかった悔しさに彼女は下唇を噛む。それでもレイブンはルシアのことを好きでいたからこそ、彼女の望む願いを否定しなかった。

「私、あなたとは理解しあえないって言ったけど撤回しておくわね。ようやく嘘偽りのないあなたの顔を見れた気がする」

「ミアハさん。あの二人のことを見守ってくれてありがとう」

「そんなの礼を言われるほど大したことじゃないわ」

 美愛羽と言葉を交わしたルシアはそっと彼女に背中を押され、前へと進んだ。

 壬晴と巫雨蘭がルシアを見守っている。二人と視線が重なるとルシアは強く頷いて更に歩を進めた。

 玉座の間、その中心部に立ち、彼女は『新世界の鍵』を掲げた。

 眩い光が周囲を照らす。女神の祈祷により、扉がいま此処に君臨を果たすだろう。

「顕現せよ、新世界の扉——」

 ルシアが放つ嘆願の声が響く中、突如それは現れる——。

「…………」

 ズズズ、と虚空が歪み、その深い暗闇の渦から何者かが姿を見せた。

 ソレはルシアの背後に立つや否や、右手に提げた短刀を鈍く輝かせた。

 彼女に迫る危機に反応出来た者はいない。ソレは容赦なく切先を立て、そして——彼女の胸元を深く突き刺した。

「…………っ!?」

 誰もが声を失う。その突然の事態に。

 奴がルシアから短刀を荒々しく引き抜くと鮮血が宙を舞った。

 ルシアが振り向くと、ソレは喜悦に口許を歪ませていた。

 その顔は壬晴と同じだが、白く染まった頭髪と悪意に満ちた面貌から異なる存在と彼女は瞬時に理解した。

「あ、あなたは……」

 ソレは彼女の背を乱暴に蹴ると、地面にその身を倒れさせた。

 ルシアを仕留めた短刀を手元で弄びながら、そして未だ茫然自失の態から抜け出せない一同を広く見渡す。

 くつくつ、と喉奥から不愉快な哄笑を漏らしながらソレは大仰に手を広げ、己が何たる存在かを彼らに知らしめる。

「こんにちわ、諸君。我はオメガ……終焉を飾りし者也……なんてな」
 
 災厄の使者が此処に現れる。

 オメガ、またの名をフィニス・オルタナティブ。櫻井創一が残した負の遺産たる存在。
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