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学生編 3年生
秋旅行(2)
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山道を登り切った先、木々に囲まれた旅館が姿を現した。
瓦屋根と白壁、門の脇には赤や黄に色づいた楓が揺れている。
「……着いた」
駐車場にバイクを停め、蓮がヘルメットを外す。
「わぁ……!」
同じくヘルメットを外した優真も感嘆の声を上げる。テレビで見たよりも、ずっと趣があった。
玄関をくぐると、すぐに着物姿の仲居が2人、小走りで出迎えてきた。
「須磨様でございますね? 本日はようこそお越しくださいました」
「はい」
蓮が応じる。
すかさずもう一人の仲居がぱっと目を輝かせた。
「……あの! もしかして雑誌の表紙にいらしたモデルの蓮さん、ですよね?!」
「ち、違います、あのっ」
とっさに優真が慌てて首を振る。
だが仲居はすでにカウンターの奥から雑誌を取り出していた。
表紙いっぱいに写るスーツ姿の蓮。
「ふふ、間違えるわけないです!ファンなので!あの…サインとか、いいですか?!」
「……おぉ、初サイン…」
苦笑しながら、蓮は雑誌を受け取るとサインを書き込んだ。
「わー!初!初サインですか?!あ、ありがとうございます、応援してます!」
仲居は赤くなって頭を下げる。
その横で優真はオロオロしながら、蓮の横顔を盗み見た。
(お、おれの彼氏がすごい……!)
――
案内された部屋は畳敷きで、縁側からは紅葉の山並みが望める。
隅には木造りの室内露天風呂があり、湯気が立ちのぼっていた。
「蓮さん! ほんとにお風呂ついてますよ!」
優真は思わず窓に駆け寄る。
「すごい……!おれ、もう入りたいです!」
振り返る顔がきらきら輝いている。
「はは、落ち着けって。荷物まだ置いたばっかだろ」
蓮は呆れつつも、頭に手を伸ばし、優真の髪をくしゃりとなでた。
その一部始終を障子の外から見ていた仲居が、そっと声を落として囁いた。
「……お布団、夜はぴったりくっつけておきますね」
「っ……!」
優真の耳が真っ赤に染まり、蓮は吹き出した。
――
仲居が下がると、部屋は一気に静かになった。
畳の香りと障子越しに差し込む午後の光。
「……っはぁ」
優真はごろんと畳に寝転がり、手足を伸ばした。
「畳って、いいですね……」
「い草の匂いって落ち着くなぁ」
蓮は座布団に腰を下ろし、煙草を取り出しかけて、ふと立て札に目をやった。
“禁煙”の文字を見て、そのままポケットに戻す。
「……吸わないでおく」
「蓮さん偉いですね~」
嬉しそうに笑う優真の顔に、蓮も口の端を上げた。
浴衣に着替えてしばらく2人で縁側に座り、露天風呂越しに広がる庭の紅葉を眺めながらのんびりと過ごした。
風が枝を揺らし、鳥の声が遠くで響く。
「こうやってのんびりするの、久しぶりですね」
優真はお茶うけの饅頭に手を伸ばす。
「ん、……休み取ってよかった」
俺の分もやるよ、と蓮は饅頭を優真に渡した。
「ふふ。おれ、幸せだなぁ」
饅頭を2つ持った優真を見て、蓮も幸せを感じた。
――
夕食のために食事処へ向かう。
廊下の先の広間には、大きな窓から山の夜景が見渡せた。
テーブルには、鍋や焼き物、小鉢に彩られた季節の料理が並んでいる。
「わぁ……すごい!」
優真が思わず身を乗り出す。
「ほら、写真撮っとけよ」
ポーズをきめる蓮。
「え、いいんですか?あ、せっかくなら一緒がいいです!」
「全部入る?」
優真はスマホをインカメにして料理と蓮、自分が入るように写真を撮った。
――
美味しい料理に舌鼓を打ち、部屋へ戻ると目に飛び込んだ光景。
仲居さんが整えていったばかりの布団が二組、まるで一枚の布団のようにぴったり寄せられて敷かれていた。
「……あっ」
優真が声を詰まらせて固まる。
蓮はため息混じりに笑った。
「はは……本当にやられた」
障子の外から、仲居さんがそっと顔を覗かせて小声で囁いた。
「……ふふ、ごゆっくり」
その言葉を聞いた瞬間、優真の顔が耳まで真っ赤になる。
「な、なにを……!そ、そんな……っ」
「……ははっ、いいじゃん?」
蓮は頭をがしっと撫でながら、必死に抗議しようとする優真を軽く抱き寄せた。
「いや、でも……!お布団がっ!」
「見られて困るようなこと、今さら?」
くっついた布団から視線を逸らせずにいる優真は、羞恥に耐えきれず、バフッと音を立ててそのまま布団にダイブした。
顔を枕に押しつけたまま「……もうやだぁ……」と情けない声を漏らす。
「かわいすぎ、優真」
蓮がくくっと喉を鳴らして笑い、布団に沈んだ優真の隣に寝転がった。
数拍の沈黙のあと、優真は真っ赤な顔をようやく上げ、ぎこちなく笑う。
「……あの……温泉、入りませんか?」
蓮の口元にゆるい笑みが浮かぶ。
「ん、入るか」
木の扉を開けると、湯気と共にひんやりとした夜風が頬を撫でる。
湯船の向こうは到着時とはまた違い、赤や黄色に染まった木々が月明かりに照らされ、しんとした山の夜を彩っていた。
「優真、浴衣…こっち」
蓮は優真の帯に手をかけると腰に手を回して抱き締めた。
「ずっと脱がせたかった、かわい…」
耳元でわざと低く囁く蓮。
着替えだって一緒のお風呂だって何度も経験しているのに。
旅先だからなのか、布団がくっついているからなのか、優真の心音はいつもよりうるさかった。
蓮が帯を解くと、する、と浴衣がはだけて優真は目を伏せた。
「…おれも…蓮さんの……」
(なんか恥ずかしい…浴衣の蓮さん、改めて見るとかっこいいな、)
「はは、顔真っ赤!首も…肩も、」
(…なんかいつもより、やべぇかも…)
優真もおずおずと蓮の浴衣の帯に手をかけ、解いた。
はだけた浴衣からは何度も見た蓮の鍛えられた体とタトゥー。部屋の落ち着いた灯りとのコントラストにいつもより色っぽく見えた。
「っ…」
優真はいそいそと下着を脱ぎ、タオルを抱えた。
「………入るか、」
蓮は同じように立ち上がったが、余裕を装ったもののその胸の奥ではすでに熱が渦巻いていた。
――
湯気の立ちのぼる木の浴場。
夜のひんやりとした風と、お湯の熱がちょうどいい温度差で肌を撫でる。
月明かりに照らされた露天風呂は、静かな山あいにぽっかり浮かぶ隠れ家のようだった。
洗い場に腰を下ろした蓮が、手早く髪を濡らしシャンプーを泡立てていく。
がしがしと大きな手で頭皮を揉み込むたび、低く吐かれる息が湯気に混じった。
その横で優真はタオルを握ったまま、ちらちらと視線を送っている。
(……っ。かっこいい……けど、なんか見てちゃダメな気がする……!)
蓮がお湯で泡を流すと、濡れた黒髪が首筋に張りついた。
つうっと伝う雫が肩をすべり落ち、腹筋を辿っていく。
「……優真のえっち、」
「っ!! ち、ちが……」
「はは、顔真っ赤」
からかわれて、慌てて背中を向ける優真。
「……優真も」
桶にお湯を汲み、蓮が手招きする。
「わ、わかってますよ……!」
優真は少し照れたように近づいてきて、蓮の前に座る。
その潤んだ瞳は、灯りに反射してきらめいた。
「じゃ、頭からね」
ざばっとお湯をかけて、蓮の指が優真の髪に沈む。
シャンプーをつけ、ごしごしと指の腹で地肌をマッサージするたび、優真の身体がわずかに震えた。
「ん……っ、あ、そこ……気持ちいいです」
「力強すぎない?」
「だ、大丈夫です……」
指先に泡が立ち、シャンプーの匂いがふわりと漂う。
蓮が後頭部を支えながら優しく指を滑らせると、優真の細い首がわずかに仰け反った。
「……ふはっ…なんか、俺の方が楽しんでるかもな」
「っ……そんなことないですよ!」
赤くなって抗議する声が可愛くて、蓮はくっと喉を鳴らした。
洗い終えたあと、今度は優真が蓮の背に回る。
「じゃ、じゃあ……お返しします」
ごし、ごし。
ボディソープで泡立った手のひらが肩から背中へ、背中から腰へ。
真剣な顔で一生懸命洗っているのに、触れ方が妙に頼りなくて、くすぐったいような、じれったいような。
「……優真、腰のとこ……くすぐったいんだけど」
「え、す、すみません!」
慌てて力を入れ直す。その拍子に、指が腰骨のくぼみをなぞってしまい、蓮の息が小さく揺れた。
「……わっ!」
「……はは、わざと?」
「ち、違いますっ!ほんとに!」
必死に否定する優真の耳まで赤くなっていく。
蓮はその反応が可愛くて仕方なく、わざと何も言わずにされるがままになった。
やがて石鹸を流すと、蓮がぐっと優真の手を掴んだ。
「……十分洗ったな。次はこっち」
今度は蓮の手が優真の胸へ、腹へ、ゆっくり滑っていく。
泡を伸ばすだけのはずなのに、触れる指がいやらしい軌跡を描いた。
「れ、蓮さん……っ、あの、これ……」
「なぁに?ちゃんと洗ってるよ」
耳元で低く囁かれて、優真は声を飲み込んだ。
泡立った手のひらが鎖骨をなぞり、腹を円を描くように撫で、太腿の内側へ。
「っ…ぁ…!そこ……っ」
「んー?」
湯気に混じって、ふたりの呼吸だけが熱を帯びた。
ちゃぷ、
「……はぁ」
優真が肩まで湯に沈む。
頬を赤らめ、気持ちよさそうに目を細めた。
「熱すぎない?」
「ん、大丈夫です。気持ちいい……」
対面で腕を伸ばす蓮は、湯を掬って優真の肩にそっとかける。
濡れた肌に滴がつたうたび、目が自然と吸い寄せられた。
「……っ、蓮さん。そんなじっと見ないでくださいよ」
「……さっきのお返し。優真、綺麗すぎる」
湯気に揺れる瞳の奥で、優真が小さく息を呑む。
一瞬の沈黙のあと、蓮が湯をかき寄せ、するりと隣に腰を寄せた。
「……近いです、」
「遠いと落ち着かねぇし、いつももっとくっついてるよ」
背後から腕を回し、首筋に唇を押し当てる。湯の熱とは違う熱が、優真の体を震わせた。
「っ……ん、」
湯気と夜風の中で交わす口づけは、妙に生々しく、どうしようもなく甘い。
唇を離すと、唾液の糸が月光にきらめいた。
「優真、ここ……もう、熱くなってんね」
「ちが……っ、これは……お風呂のせいです」
「ふぅん? じゃあ、確かめさせてよ」
蓮の手が、湯の下で優真の腰をなぞる。思わず体がびくんと揺れた。
「っや……ここで、そんな……っ」
「ここだから、な?」
耳元で囁かれ、優真の呼吸が乱れていく。
蓮の大きな手に支えられて、優真は湯舟の縁に座らされた。
濡れた太腿が木肌にぴたりと張りつき、ひやりとした感触と湯気の熱が入り混じる。
「ひゃ……なんか、変……」
思わず身を震わせる優真の腰を、蓮はがっしりと掴んだまま離さない。
「……いいな。湯気と月明かりで、優真がもっと綺麗に見える、」
見上げる位置から濡れた胸元を舐め上げると、木の香りに混じって優真の甘い匂いが鼻をくすぐった。
「や……そんな、見ないで…くださ…っ」
両手で顔を隠そうとするが、蓮はその手首をそっと掴み降ろさせた。
「はは、それは難しいお願いかも」
少し意地の悪い蓮の視線に、優真の身体は逃げ場をなくしてわななく。
胸筋から鎖骨、首筋へと滴る雫を、蓮は舌で追いかけ、わざと音を立てて啜りあげる。
「っ……やっ……!そんな舐め……っ」
優真の声が湯気に溶け、浴場の静けさに艶めかしく響いた。
優真から離れた蓮の指先が、湯船の縁に座る優真の腰を下から支える。
その瞬間、優真の背中がびくんと弓なりに反った。
「んっ…」
湯気と木の香りに包まれながら、優真の唇から抗いようのない声がこぼれ落ちていった。
――
「……優真」
蓮が低く呼ぶと同時に、縁を指先で叩いた。
「ここに手、ついて」
「ん……」
戸惑いながらも促されるまま、優真は湯舟の縁に両手をついた。濡れた木肌がひやりと掌に触れる。
背後に立った蓮が、その腰をぐっと引き寄せる。
湯気と夜風の中で、蓮の熱がぴたりと背に重なった。
「こ、こう……ですか?」
「そう。……いい子」
耳元にかかる吐息に、優真はびくりと肩を震わせる。
次の瞬間、蓮の両手が尻を大きく開いた。
「ひゃ……っ、や……見ないでください……っ」
羞恥に顔を振る優真をよそに、蓮は舌で後ろを縁取るように舐め上げる。
「なんれ?」
「んっ……! あっ…喋っちゃ…だ、めっ……!」
ぴちゃ、ぬちゅ……
お湯の音と混じる水音。
縁に置いた両手に力が入り、優真は必死に耐えるが腰は逃げられず震えてしまう。
「はは……もう、柔らかくなってる」
蓮は名残惜しそうに舌を離すと、指先でほぐすようにそこを撫でながら、熱の塊をあてがった。
「っ……蓮さん……」
「俺もやばい、」
ぐっ、と腰を押し込むと同時に、お湯がざばりと跳ねた。
「んあぁっ……! っ、熱いの、はいって……っ」
縁に手を突いたまま声を上げる優真の腰を、蓮は背からがっちり抱え込んで動きを封じる。
熱がひとつになる感覚に、優真の指先が上から重ねられた蓮の指をきゅっと掴んだ。
「……露天で抱かれるの、どう?」
「っ、も……恥ずかしい……っ」
「俺は最高に気持ちいいけど?」
湯気に揺れる声は甘く低く、耳の奥を震わせた。
優真は「ん、んぁ……っ」と短い声をもらしながら、背後からの深い動きに翻弄される。
ほどなくして、視界が白く弾けた。
――
ぐったりと力を抜いた身体を、蓮が背から抱き寄せる。
「……はは、湯と汗でどっちがどっちかわかんねぇな」
「っ……はぁ、はぁ……蓮さん、ひど……」
耳元に文句を漏らしながらも、頬は真っ赤で、背中には余韻の震えが残っていた。
「よし……今度は、布団」
そのまま腕に抱え上げられ、湯から出る。
濡れた身体を大きなタオルで包み込む蓮の仕草に、優真はまた胸を熱くした。
「え、ま、待ってください、いま……」
言い終わる前に、蓮は布団に優真を横たえる。
まだ乾ききっていない肌が月明かりに照らされた。
「……だって優真、もっと欲しい顔してんじゃん」
「あっ……でも……っ」
蓮の唇が重なる。
深く、容赦なく舌を絡め取られ、呼吸を奪われる。
「ん、っ……ふ……!」
肩を押さえられて腰を持ち上げられる。
布団に背中が沈む柔らかさと、蓮が覆いかぶさる重さで期待してしまう優真。
「今度は…向かい合わせ」
「っ……あ、あっ!」
また繋がれた瞬間、優真は腰を反らせて声を上げた。
縁に押しつけられた時とは違う、視線を絡めたままの深い交わり。
「……はっ…優真…」
名前を呼ばれるたび、胸の奥が溶けていく。
「…れ、れんさ…ん、…もう、おれ、っ……!」
「ん、俺も……一緒に」
互いの熱をぶつけ合い、痺れるほどの快感に呑まれる。
最後に震える唇を重ね、2人は同時に果てた。
――
荒い息を吐きながら優真が胸にしがみつく。
「……やっぱり、旅館……すごいです」
「はは、いつもと違うもんなぁ」
(また優真に恋しちまうな…)
「……蓮さんの方が、もっと……すごかったです…」
(ずっと蓮さんと恋、したいなぁ)
素直に吐き出された言葉に、蓮は目を細め、髪をくしゃりと撫でた。
「…優真も、なかなかだったよ」
布団の中で絡めた指を離さぬまま、夜は深く、更けていった。
――
翌朝。
障子越しに朝日が差し込み、鳥の声で目を覚ます。
「……ん」
布団の中で優真がもぞもぞと動くと、すでに目を覚ましていた蓮が低く笑った。
「おはよ。……よく寝れた?」
「……あれ、おれいつの間に…寝て…、んー…蓮さんのせいで身体が…バキバキです…」
「はは、間違いなく俺のせいだな」
少し拗ねた優真の頬に、蓮が指先で触れる。
少しして、仲居さんが並べてくれた朝ごはんの湯気が立ちのぼる。
炊きたてのご飯に旬の焼き魚、温泉卵、味噌汁、漬物。
「わぁ……旅館の朝って感じですね!」
目を輝かせて箸を持つ優真。
「やっぱ旅館の飯、最高だな」
いただきます、と焼き魚を頬張りながら蓮も続ける。
優真は味噌汁をすすって、目を細めた。
「ほんとに……ご飯もお味噌汁も、全部沁みます」
「あー、次は海外とかもいいかなぁ」
さらっと呟いた蓮の言葉に、優真は目を丸くする。
「……海外ですか?」
「うん。イタリアとかフランスとか……いや、イギリスとかでもいいし」
そこでふと、蓮が首をかしげた。
「そういえば優真って、いつからイギリスにいたの?」
「あー…」
優真は箸を止めて、少し照れくさそうに笑う。
「小学校3年くらい?から、高校卒業まで、です。親の仕事の都合で。…まぁ、ほとんどおじいちゃんといましたけど、」
「長ぇな!3年も一緒にいて、今さら知るとか……」
蓮が苦笑混じりに呟く。
「……言ってなかったでしたっけ、」
「聞いてねぇなー」
むすっと言う蓮に、優真は慌てて笑ってごまかした。
「でも……イギリス、また行きたいな。今度は蓮さんと一緒に。おじいちゃんにも会いたいし」
「お、いいじゃん」
蓮はにやっと笑って、湯呑みを掲げた。
「じゃあ決定だな。次はイギリスで!」
――
朝食を終え、荷物をまとめて部屋を出ると、廊下には昨日と同じ仲居さんが待っていた。
「須磨様、ご宿泊ありがとうございました」
にこやかに頭を下げると、昨日と同じように声を潜めて――
「……お布団、ぐっすりでしたか?」
「っ……!」
優真の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「あー、な?」
蓮が苦笑混じりに小さく咳払いする。
仲居さんは口元を押さえてくすくす笑い、また深々と頭を下げた。
「お二人とも、とてもお似合いでございます。またぜひいらしてください。帰りもお気をつけて」
玄関を抜け、外に出るとひんやりとした秋の風。
山々の紅葉が朝の光に照らされて、鮮やかに揺れていた。
「……ほんと、来てよかったですね」
優真がバイクの荷台に荷物をくくりつけながら呟く。
「あぁ、優真の“いいな”に応えた甲斐があったわ」
蓮は笑い、ヘルメットを差し出す。
「次は……イギリスですね」
少し照れくさそうに優真が言う。
「ん、絶対行こうな」
小さく頷いた優真の頬は、冷たい風のせいだけじゃなく赤く染まっていた。
エンジンが唸りを上げ、山道を下る。
バックミラーに映る旅館が小さくなっていく。
(また来よう。……いや、その前に、もっといろんな景色を優真に見せたい)
そう心に誓いながら、蓮はアクセルを少し強めに握った。
秋の旅行は、ふたりの未来への小さな約束を残して終わった。
瓦屋根と白壁、門の脇には赤や黄に色づいた楓が揺れている。
「……着いた」
駐車場にバイクを停め、蓮がヘルメットを外す。
「わぁ……!」
同じくヘルメットを外した優真も感嘆の声を上げる。テレビで見たよりも、ずっと趣があった。
玄関をくぐると、すぐに着物姿の仲居が2人、小走りで出迎えてきた。
「須磨様でございますね? 本日はようこそお越しくださいました」
「はい」
蓮が応じる。
すかさずもう一人の仲居がぱっと目を輝かせた。
「……あの! もしかして雑誌の表紙にいらしたモデルの蓮さん、ですよね?!」
「ち、違います、あのっ」
とっさに優真が慌てて首を振る。
だが仲居はすでにカウンターの奥から雑誌を取り出していた。
表紙いっぱいに写るスーツ姿の蓮。
「ふふ、間違えるわけないです!ファンなので!あの…サインとか、いいですか?!」
「……おぉ、初サイン…」
苦笑しながら、蓮は雑誌を受け取るとサインを書き込んだ。
「わー!初!初サインですか?!あ、ありがとうございます、応援してます!」
仲居は赤くなって頭を下げる。
その横で優真はオロオロしながら、蓮の横顔を盗み見た。
(お、おれの彼氏がすごい……!)
――
案内された部屋は畳敷きで、縁側からは紅葉の山並みが望める。
隅には木造りの室内露天風呂があり、湯気が立ちのぼっていた。
「蓮さん! ほんとにお風呂ついてますよ!」
優真は思わず窓に駆け寄る。
「すごい……!おれ、もう入りたいです!」
振り返る顔がきらきら輝いている。
「はは、落ち着けって。荷物まだ置いたばっかだろ」
蓮は呆れつつも、頭に手を伸ばし、優真の髪をくしゃりとなでた。
その一部始終を障子の外から見ていた仲居が、そっと声を落として囁いた。
「……お布団、夜はぴったりくっつけておきますね」
「っ……!」
優真の耳が真っ赤に染まり、蓮は吹き出した。
――
仲居が下がると、部屋は一気に静かになった。
畳の香りと障子越しに差し込む午後の光。
「……っはぁ」
優真はごろんと畳に寝転がり、手足を伸ばした。
「畳って、いいですね……」
「い草の匂いって落ち着くなぁ」
蓮は座布団に腰を下ろし、煙草を取り出しかけて、ふと立て札に目をやった。
“禁煙”の文字を見て、そのままポケットに戻す。
「……吸わないでおく」
「蓮さん偉いですね~」
嬉しそうに笑う優真の顔に、蓮も口の端を上げた。
浴衣に着替えてしばらく2人で縁側に座り、露天風呂越しに広がる庭の紅葉を眺めながらのんびりと過ごした。
風が枝を揺らし、鳥の声が遠くで響く。
「こうやってのんびりするの、久しぶりですね」
優真はお茶うけの饅頭に手を伸ばす。
「ん、……休み取ってよかった」
俺の分もやるよ、と蓮は饅頭を優真に渡した。
「ふふ。おれ、幸せだなぁ」
饅頭を2つ持った優真を見て、蓮も幸せを感じた。
――
夕食のために食事処へ向かう。
廊下の先の広間には、大きな窓から山の夜景が見渡せた。
テーブルには、鍋や焼き物、小鉢に彩られた季節の料理が並んでいる。
「わぁ……すごい!」
優真が思わず身を乗り出す。
「ほら、写真撮っとけよ」
ポーズをきめる蓮。
「え、いいんですか?あ、せっかくなら一緒がいいです!」
「全部入る?」
優真はスマホをインカメにして料理と蓮、自分が入るように写真を撮った。
――
美味しい料理に舌鼓を打ち、部屋へ戻ると目に飛び込んだ光景。
仲居さんが整えていったばかりの布団が二組、まるで一枚の布団のようにぴったり寄せられて敷かれていた。
「……あっ」
優真が声を詰まらせて固まる。
蓮はため息混じりに笑った。
「はは……本当にやられた」
障子の外から、仲居さんがそっと顔を覗かせて小声で囁いた。
「……ふふ、ごゆっくり」
その言葉を聞いた瞬間、優真の顔が耳まで真っ赤になる。
「な、なにを……!そ、そんな……っ」
「……ははっ、いいじゃん?」
蓮は頭をがしっと撫でながら、必死に抗議しようとする優真を軽く抱き寄せた。
「いや、でも……!お布団がっ!」
「見られて困るようなこと、今さら?」
くっついた布団から視線を逸らせずにいる優真は、羞恥に耐えきれず、バフッと音を立ててそのまま布団にダイブした。
顔を枕に押しつけたまま「……もうやだぁ……」と情けない声を漏らす。
「かわいすぎ、優真」
蓮がくくっと喉を鳴らして笑い、布団に沈んだ優真の隣に寝転がった。
数拍の沈黙のあと、優真は真っ赤な顔をようやく上げ、ぎこちなく笑う。
「……あの……温泉、入りませんか?」
蓮の口元にゆるい笑みが浮かぶ。
「ん、入るか」
木の扉を開けると、湯気と共にひんやりとした夜風が頬を撫でる。
湯船の向こうは到着時とはまた違い、赤や黄色に染まった木々が月明かりに照らされ、しんとした山の夜を彩っていた。
「優真、浴衣…こっち」
蓮は優真の帯に手をかけると腰に手を回して抱き締めた。
「ずっと脱がせたかった、かわい…」
耳元でわざと低く囁く蓮。
着替えだって一緒のお風呂だって何度も経験しているのに。
旅先だからなのか、布団がくっついているからなのか、優真の心音はいつもよりうるさかった。
蓮が帯を解くと、する、と浴衣がはだけて優真は目を伏せた。
「…おれも…蓮さんの……」
(なんか恥ずかしい…浴衣の蓮さん、改めて見るとかっこいいな、)
「はは、顔真っ赤!首も…肩も、」
(…なんかいつもより、やべぇかも…)
優真もおずおずと蓮の浴衣の帯に手をかけ、解いた。
はだけた浴衣からは何度も見た蓮の鍛えられた体とタトゥー。部屋の落ち着いた灯りとのコントラストにいつもより色っぽく見えた。
「っ…」
優真はいそいそと下着を脱ぎ、タオルを抱えた。
「………入るか、」
蓮は同じように立ち上がったが、余裕を装ったもののその胸の奥ではすでに熱が渦巻いていた。
――
湯気の立ちのぼる木の浴場。
夜のひんやりとした風と、お湯の熱がちょうどいい温度差で肌を撫でる。
月明かりに照らされた露天風呂は、静かな山あいにぽっかり浮かぶ隠れ家のようだった。
洗い場に腰を下ろした蓮が、手早く髪を濡らしシャンプーを泡立てていく。
がしがしと大きな手で頭皮を揉み込むたび、低く吐かれる息が湯気に混じった。
その横で優真はタオルを握ったまま、ちらちらと視線を送っている。
(……っ。かっこいい……けど、なんか見てちゃダメな気がする……!)
蓮がお湯で泡を流すと、濡れた黒髪が首筋に張りついた。
つうっと伝う雫が肩をすべり落ち、腹筋を辿っていく。
「……優真のえっち、」
「っ!! ち、ちが……」
「はは、顔真っ赤」
からかわれて、慌てて背中を向ける優真。
「……優真も」
桶にお湯を汲み、蓮が手招きする。
「わ、わかってますよ……!」
優真は少し照れたように近づいてきて、蓮の前に座る。
その潤んだ瞳は、灯りに反射してきらめいた。
「じゃ、頭からね」
ざばっとお湯をかけて、蓮の指が優真の髪に沈む。
シャンプーをつけ、ごしごしと指の腹で地肌をマッサージするたび、優真の身体がわずかに震えた。
「ん……っ、あ、そこ……気持ちいいです」
「力強すぎない?」
「だ、大丈夫です……」
指先に泡が立ち、シャンプーの匂いがふわりと漂う。
蓮が後頭部を支えながら優しく指を滑らせると、優真の細い首がわずかに仰け反った。
「……ふはっ…なんか、俺の方が楽しんでるかもな」
「っ……そんなことないですよ!」
赤くなって抗議する声が可愛くて、蓮はくっと喉を鳴らした。
洗い終えたあと、今度は優真が蓮の背に回る。
「じゃ、じゃあ……お返しします」
ごし、ごし。
ボディソープで泡立った手のひらが肩から背中へ、背中から腰へ。
真剣な顔で一生懸命洗っているのに、触れ方が妙に頼りなくて、くすぐったいような、じれったいような。
「……優真、腰のとこ……くすぐったいんだけど」
「え、す、すみません!」
慌てて力を入れ直す。その拍子に、指が腰骨のくぼみをなぞってしまい、蓮の息が小さく揺れた。
「……わっ!」
「……はは、わざと?」
「ち、違いますっ!ほんとに!」
必死に否定する優真の耳まで赤くなっていく。
蓮はその反応が可愛くて仕方なく、わざと何も言わずにされるがままになった。
やがて石鹸を流すと、蓮がぐっと優真の手を掴んだ。
「……十分洗ったな。次はこっち」
今度は蓮の手が優真の胸へ、腹へ、ゆっくり滑っていく。
泡を伸ばすだけのはずなのに、触れる指がいやらしい軌跡を描いた。
「れ、蓮さん……っ、あの、これ……」
「なぁに?ちゃんと洗ってるよ」
耳元で低く囁かれて、優真は声を飲み込んだ。
泡立った手のひらが鎖骨をなぞり、腹を円を描くように撫で、太腿の内側へ。
「っ…ぁ…!そこ……っ」
「んー?」
湯気に混じって、ふたりの呼吸だけが熱を帯びた。
ちゃぷ、
「……はぁ」
優真が肩まで湯に沈む。
頬を赤らめ、気持ちよさそうに目を細めた。
「熱すぎない?」
「ん、大丈夫です。気持ちいい……」
対面で腕を伸ばす蓮は、湯を掬って優真の肩にそっとかける。
濡れた肌に滴がつたうたび、目が自然と吸い寄せられた。
「……っ、蓮さん。そんなじっと見ないでくださいよ」
「……さっきのお返し。優真、綺麗すぎる」
湯気に揺れる瞳の奥で、優真が小さく息を呑む。
一瞬の沈黙のあと、蓮が湯をかき寄せ、するりと隣に腰を寄せた。
「……近いです、」
「遠いと落ち着かねぇし、いつももっとくっついてるよ」
背後から腕を回し、首筋に唇を押し当てる。湯の熱とは違う熱が、優真の体を震わせた。
「っ……ん、」
湯気と夜風の中で交わす口づけは、妙に生々しく、どうしようもなく甘い。
唇を離すと、唾液の糸が月光にきらめいた。
「優真、ここ……もう、熱くなってんね」
「ちが……っ、これは……お風呂のせいです」
「ふぅん? じゃあ、確かめさせてよ」
蓮の手が、湯の下で優真の腰をなぞる。思わず体がびくんと揺れた。
「っや……ここで、そんな……っ」
「ここだから、な?」
耳元で囁かれ、優真の呼吸が乱れていく。
蓮の大きな手に支えられて、優真は湯舟の縁に座らされた。
濡れた太腿が木肌にぴたりと張りつき、ひやりとした感触と湯気の熱が入り混じる。
「ひゃ……なんか、変……」
思わず身を震わせる優真の腰を、蓮はがっしりと掴んだまま離さない。
「……いいな。湯気と月明かりで、優真がもっと綺麗に見える、」
見上げる位置から濡れた胸元を舐め上げると、木の香りに混じって優真の甘い匂いが鼻をくすぐった。
「や……そんな、見ないで…くださ…っ」
両手で顔を隠そうとするが、蓮はその手首をそっと掴み降ろさせた。
「はは、それは難しいお願いかも」
少し意地の悪い蓮の視線に、優真の身体は逃げ場をなくしてわななく。
胸筋から鎖骨、首筋へと滴る雫を、蓮は舌で追いかけ、わざと音を立てて啜りあげる。
「っ……やっ……!そんな舐め……っ」
優真の声が湯気に溶け、浴場の静けさに艶めかしく響いた。
優真から離れた蓮の指先が、湯船の縁に座る優真の腰を下から支える。
その瞬間、優真の背中がびくんと弓なりに反った。
「んっ…」
湯気と木の香りに包まれながら、優真の唇から抗いようのない声がこぼれ落ちていった。
――
「……優真」
蓮が低く呼ぶと同時に、縁を指先で叩いた。
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「ん……」
戸惑いながらも促されるまま、優真は湯舟の縁に両手をついた。濡れた木肌がひやりと掌に触れる。
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湯気と夜風の中で、蓮の熱がぴたりと背に重なった。
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次の瞬間、蓮の両手が尻を大きく開いた。
「ひゃ……っ、や……見ないでください……っ」
羞恥に顔を振る優真をよそに、蓮は舌で後ろを縁取るように舐め上げる。
「なんれ?」
「んっ……! あっ…喋っちゃ…だ、めっ……!」
ぴちゃ、ぬちゅ……
お湯の音と混じる水音。
縁に置いた両手に力が入り、優真は必死に耐えるが腰は逃げられず震えてしまう。
「はは……もう、柔らかくなってる」
蓮は名残惜しそうに舌を離すと、指先でほぐすようにそこを撫でながら、熱の塊をあてがった。
「っ……蓮さん……」
「俺もやばい、」
ぐっ、と腰を押し込むと同時に、お湯がざばりと跳ねた。
「んあぁっ……! っ、熱いの、はいって……っ」
縁に手を突いたまま声を上げる優真の腰を、蓮は背からがっちり抱え込んで動きを封じる。
熱がひとつになる感覚に、優真の指先が上から重ねられた蓮の指をきゅっと掴んだ。
「……露天で抱かれるの、どう?」
「っ、も……恥ずかしい……っ」
「俺は最高に気持ちいいけど?」
湯気に揺れる声は甘く低く、耳の奥を震わせた。
優真は「ん、んぁ……っ」と短い声をもらしながら、背後からの深い動きに翻弄される。
ほどなくして、視界が白く弾けた。
――
ぐったりと力を抜いた身体を、蓮が背から抱き寄せる。
「……はは、湯と汗でどっちがどっちかわかんねぇな」
「っ……はぁ、はぁ……蓮さん、ひど……」
耳元に文句を漏らしながらも、頬は真っ赤で、背中には余韻の震えが残っていた。
「よし……今度は、布団」
そのまま腕に抱え上げられ、湯から出る。
濡れた身体を大きなタオルで包み込む蓮の仕草に、優真はまた胸を熱くした。
「え、ま、待ってください、いま……」
言い終わる前に、蓮は布団に優真を横たえる。
まだ乾ききっていない肌が月明かりに照らされた。
「……だって優真、もっと欲しい顔してんじゃん」
「あっ……でも……っ」
蓮の唇が重なる。
深く、容赦なく舌を絡め取られ、呼吸を奪われる。
「ん、っ……ふ……!」
肩を押さえられて腰を持ち上げられる。
布団に背中が沈む柔らかさと、蓮が覆いかぶさる重さで期待してしまう優真。
「今度は…向かい合わせ」
「っ……あ、あっ!」
また繋がれた瞬間、優真は腰を反らせて声を上げた。
縁に押しつけられた時とは違う、視線を絡めたままの深い交わり。
「……はっ…優真…」
名前を呼ばれるたび、胸の奥が溶けていく。
「…れ、れんさ…ん、…もう、おれ、っ……!」
「ん、俺も……一緒に」
互いの熱をぶつけ合い、痺れるほどの快感に呑まれる。
最後に震える唇を重ね、2人は同時に果てた。
――
荒い息を吐きながら優真が胸にしがみつく。
「……やっぱり、旅館……すごいです」
「はは、いつもと違うもんなぁ」
(また優真に恋しちまうな…)
「……蓮さんの方が、もっと……すごかったです…」
(ずっと蓮さんと恋、したいなぁ)
素直に吐き出された言葉に、蓮は目を細め、髪をくしゃりと撫でた。
「…優真も、なかなかだったよ」
布団の中で絡めた指を離さぬまま、夜は深く、更けていった。
――
翌朝。
障子越しに朝日が差し込み、鳥の声で目を覚ます。
「……ん」
布団の中で優真がもぞもぞと動くと、すでに目を覚ましていた蓮が低く笑った。
「おはよ。……よく寝れた?」
「……あれ、おれいつの間に…寝て…、んー…蓮さんのせいで身体が…バキバキです…」
「はは、間違いなく俺のせいだな」
少し拗ねた優真の頬に、蓮が指先で触れる。
少しして、仲居さんが並べてくれた朝ごはんの湯気が立ちのぼる。
炊きたてのご飯に旬の焼き魚、温泉卵、味噌汁、漬物。
「わぁ……旅館の朝って感じですね!」
目を輝かせて箸を持つ優真。
「やっぱ旅館の飯、最高だな」
いただきます、と焼き魚を頬張りながら蓮も続ける。
優真は味噌汁をすすって、目を細めた。
「ほんとに……ご飯もお味噌汁も、全部沁みます」
「あー、次は海外とかもいいかなぁ」
さらっと呟いた蓮の言葉に、優真は目を丸くする。
「……海外ですか?」
「うん。イタリアとかフランスとか……いや、イギリスとかでもいいし」
そこでふと、蓮が首をかしげた。
「そういえば優真って、いつからイギリスにいたの?」
「あー…」
優真は箸を止めて、少し照れくさそうに笑う。
「小学校3年くらい?から、高校卒業まで、です。親の仕事の都合で。…まぁ、ほとんどおじいちゃんといましたけど、」
「長ぇな!3年も一緒にいて、今さら知るとか……」
蓮が苦笑混じりに呟く。
「……言ってなかったでしたっけ、」
「聞いてねぇなー」
むすっと言う蓮に、優真は慌てて笑ってごまかした。
「でも……イギリス、また行きたいな。今度は蓮さんと一緒に。おじいちゃんにも会いたいし」
「お、いいじゃん」
蓮はにやっと笑って、湯呑みを掲げた。
「じゃあ決定だな。次はイギリスで!」
――
朝食を終え、荷物をまとめて部屋を出ると、廊下には昨日と同じ仲居さんが待っていた。
「須磨様、ご宿泊ありがとうございました」
にこやかに頭を下げると、昨日と同じように声を潜めて――
「……お布団、ぐっすりでしたか?」
「っ……!」
優真の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「あー、な?」
蓮が苦笑混じりに小さく咳払いする。
仲居さんは口元を押さえてくすくす笑い、また深々と頭を下げた。
「お二人とも、とてもお似合いでございます。またぜひいらしてください。帰りもお気をつけて」
玄関を抜け、外に出るとひんやりとした秋の風。
山々の紅葉が朝の光に照らされて、鮮やかに揺れていた。
「……ほんと、来てよかったですね」
優真がバイクの荷台に荷物をくくりつけながら呟く。
「あぁ、優真の“いいな”に応えた甲斐があったわ」
蓮は笑い、ヘルメットを差し出す。
「次は……イギリスですね」
少し照れくさそうに優真が言う。
「ん、絶対行こうな」
小さく頷いた優真の頬は、冷たい風のせいだけじゃなく赤く染まっていた。
エンジンが唸りを上げ、山道を下る。
バックミラーに映る旅館が小さくなっていく。
(また来よう。……いや、その前に、もっといろんな景色を優真に見せたい)
そう心に誓いながら、蓮はアクセルを少し強めに握った。
秋の旅行は、ふたりの未来への小さな約束を残して終わった。
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