【完結】愛を刻んで

さか様

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社会人編

Myth(1)

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アウレア本社ビルの地下

モデル達がコンディションを整えるために設けられた専用ジムは、朝から黙々とワークアウトに励む人で賑わっている。

鏡張りの一角で、蓮はタンクトップ姿のままベンチプレスを押し上げていた。

肩から胸、腹筋にかけて汗のラインが滑り落ち、刻まれたタトゥーがより鮮やかに浮き立つ。
そのたびに周囲の視線がちらちらと集まるが、本人は意に介さずリズムよく息を吐き続けている。

「……蓮さん……」

少し離れたところで見ていた優真は、思わず声を漏らした。蓮に仕上がりを見てほしいと呼ばれたものの、追い込みのトレーニングを続ける蓮にどのタイミングで声をかけるべきか迷っていた。

「はは、優真もやってみる?」

バーベルをラックに戻し、タオルで首筋を拭いながら蓮が笑う。

「え、でもおれ……」

「ほら、腹筋なら一緒にできるだろ」

蓮が軽く誘うようにマットを敷いた。
優真は渋々隣に座り、膝を立てて仰向けになる。

「腹筋なんてもう全然、」

言いかけた優真の足を蓮が軽く押さえた。
優真は息を整えて上体を起こそうとするが――

「ん…ぁ…っ」

喉から小さく漏れる声。
思った以上に腹に力が入らず、すぐに顔を赤らめて倒れ込む。

「ぷっ……」

蓮が一瞬、笑いを堪えきれず肩を震わせた。

(……いや、今の声は反則だろ)

脳裏に体を重ねるイメージがよぎって、一瞬ぐらりと集中が乱れる。

「や、やっぱりできません……」

耳まで真っ赤にして起き上がる優真。

「はは、無理すんな。……でもかわいい声出てたわ」

ついからかうように呟いて、優真に「もうっ!」と拳で小突かれた。

――

そんな日々の中、IRチームの会議室では次の大仕事の詳細が発表された。

「夏のイタリアでのアンダーウェア撮影が決まったよ」

先輩の言葉に場がざわめく。

撮影地はイタリアで3泊5日のタイトスケジュール、雑誌の表紙と広告用のメインビジュアルを一気に撮るというものだった。

「通訳とサポートは元木くん、そして……」

視線が向けられた先で、ぴしっと背筋を伸ばしたのは桐谷玲央だった。

「研修も兼ねて、桐谷くんを同行させる。
現場で学んでもらうから頑張ってね、」

「…! はいっ!」

玲央の返事は力強い。

(……推しとその彼氏と…一緒に海外出張……)

内心で小躍りしながらも、顔には真面目な笑みを貼り付けた。

――

イタリア・ミラノ マルペンサ空港

冷たい床に響くキャスターの音。
到着ゲートを抜けた瞬間、湿り気のない風が頬を撫で、遠くから響くイタリア語のアナウンスが新鮮に耳をくすぐった。

「……イタリアって、なんか空気まで違う気がしません?」

優真がスーツケースを押しながら呟く。

「だな、なんかオシャレ~っていうか、」

蓮は黒いジャケットを直しながら無造作に笑う。

その隣で玲央は目を輝かせ、両手でキャリーを押しながらきょろきょろと辺りを見渡していた。

(すげぇ……海外…俺、この仕事に就けてマジでよかった)

――

撮影前の顔合わせとブリーフィングが行われる会議室。

長机の上には最新コレクションのサンプルと、細かく書き込まれた資料が並ぶ。

黒スーツに身を包んだブランドの担当者が英語で説明を始める。

蓮は翻訳資料に視線を落とし、腕を組んで頷いていた。

『今回のテーマ: “Myth”、神話。
クラシックな彫刻美と現代的なストリートを繋ぐイメージです』

しかし、途中で担当者が早口で細かいディテールを説明し始めると、少しだけ眉を寄せる。

「……んー……」

単語が部分的に聞き取れても、繊細なニュアンスまでは確信が持てない。
下手に頷けば、そのまま進行してしまう。

(やべ……これ以上は無理だな、)

視線を横にやると、優真が真剣な顔で資料を見ていた。
蓮は小さく「優真」と名前を呼ぶと、優真はすぐに気づき、蓮と距離を詰める。

「…ここの部分ですか?わかりました、」

優真は滑らかな英語で細部を確認し、ニュアンスをすくい上げて蓮に伝えた。
その様子を見ていた担当者の表情が和らぎ、場の空気がスムーズに流れ始める。

「……ありがと、助かった」

蓮が礼を述べると、優真は少し照れながらもにっこり頷いた。

その様子を隣で見ていた玲央は、拳を握りしめる。

(やっぱり……推しの彼氏、やべぇ。蓮さんもすげぇけど、元木先輩もかっこよすぎる……!)

憧れと羨望と、ほんの少しの胸のざわめきが混じって、玲央は資料を食い入るように見つめた。

――

会議室を出て移動したのはスカラ広場。
白い石畳に午後の光が柔らかく反射し、歴史ある建物の重厚な影が蓮たちを包んだ。

本撮影の前に、雑誌や広告に差し込む写真の撮影時間が設けられていた。

蓮は黒のシャツを羽織り、ダヴィンチ像をぐるりと囲むベンチに腰をかける。

ふっと視線を外し、ジャケットの袖を直すだけでテーマ"Myth"の片鱗をちらつかせていた。
カメラマンは夢中でシャッターを切り続ける。

「ね?」

隣に立つ日本語を少しかじった現地スタッフが、優真に低い声で囁いた。

「こうして服を着てると、ただの日常に見えるだろ? でもね、」

次の瞬間、蓮は指先でシャツのボタンを外し始めた。
胸筋から腹筋へと流れる汗のライン、肌に刻まれたタトゥーが浮かび上がる。

そして、蓮はスタッフの指示通りズボンのベルトへ手をかける。

「このまま下着を少し覗かせるだけで、“日常”から“神話”に変わるんだ…マルスがそこにいる様だろう?」

戦の神と呼ばれたその存在は、強さと美しさを併せ持つとされる。
まさに今の蓮は、その二面性を纏っていた。

「……っ」

優真の喉がかすかに鳴る。
モニターに映るのは、シャツの隙間から覗く鍛えられた体と、腰骨の際からちらりと覗いた下着。
一気に空気が艶めき、ただ見ているだけで胸の奥が熱くなる。

優真は耳まで真っ赤になり、資料をぎゅっと握りしめた。
(……そんなの、誰よりも知ってるのに……! でも、目の前で見せられたら……)

スタッフが首をかしげる。

「顔、赤いけど大丈夫?」

「だ、大丈夫ですっ!!」

そのやり取りを、少し離れた位置で見ていた玲央の心臓は爆発寸前だった。

(……推し、かっこよすぎて死ぬ……いやマジで供給過多……!
しかも元木先輩……赤面してるの可愛すぎでは……?!いや待て俺は…仕事中!これは仕事!)

スーツのポケットに手を突っ込みながら、自分に言い聞かせるように小さく頷いた。

それでも視線は無意識に、蓮と優真に吸い寄せられていた。



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