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番外編
リアムの傷心(本編:新天地(1)のあと)
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ロンドン、Hale & Sonsのオフィス
大きな窓に、陽の光が斜めに差し込んでいた。
古い木のデスク、革張りの椅子、窓の外には曇り空。
リアムは資料を片手に、ぼんやりとペンを転がしていた。
祖父、父と続く不動産業を継ごうと決めたのはモデルとしてちやほやされても埋まらない心の溝が年々深まったからだった。
午前中は商談をひとつまとめ、顧客にも笑顔で対応した。
今の時代、社長はデスクでふんぞり返っているだけではうまく行かない。だから積極的に仕事をする。
外から見れば、新進気鋭の“若社長”。
だが頭の中は、まるで別の場所にいた。
――今朝の、優真へのモーニングコール。
『お、おはようございます、リアムさん……』
電話越しに聞こえた優真の声が、掠れて、少し甘くて、艶めいていた――
リアムの中で“熱”として蘇る。
(……完全にヤってたね、ユーマ。)
椅子に背を預けて、片手で額を覆う。
身体が勝手に反応しているのを、情けないほど自覚していた。
理性で押し殺しても、下腹に残る疼きはなかなか引かない。
「……あー……やだやだ、勃ってんの、」
誰に聞かせるでもない独り言。
空っぽのオフィスに響いて、自嘲の笑いが漏れる。
デスクに目を落とすと、前の日の朝の記憶が目の前に浮かぶ。
オクスフォードのペントハウス。
優真が眠そうに身体を丸め、その隣で蓮が腕を伸ばして寝ていた。
川の字の真ん中に優真。
寝返りの拍子に、布団のすき間から光ったふたりの“指輪”が目に入った。
(……変わってたんだよな。)
シルバーの二連リングではなく、プラチナに細いゴールドラインのリングとマットなプラチナリング。
似てるけど、違う。
同じではないが、噛み合っている。
リアムは無意識に唇を噛んだ。
(エンゲージ、ってやつかな。……まぁ、そうだろうなぁ)
カップに残ったコーヒーを飲み干す。
苦味が舌に残った。
ふたりの寝息が、まだ耳の奥に残っていた。
優真の髪が頬にかかって、無防備な寝顔に心臓が一瞬止まった。
“自分のじゃない”と理解しているのに、息が詰まるほど愛おしかった。
(……スエゼン、食べない俺ってやっぱり紳士かも?)
自分の少しの情けなさにため息をついて、椅子を回転させる。
あの二人の寝顔を、なぜか“幸福”だと思えたことがまた痛かった。
――
ノックもなく、ドアが開いた。
「リアム、顔死んでる。地価でも下がった?」
入ってきたのはアーロン。
同期入社だが、立場的には部下にあたる。
撫でつけたブロンドヘア、体格のいい身体に似合うスーツ。
袖を軽くまくって、書類を小脇に抱えている。
「残念、地価じゃないよ」
リアムは微笑みながらも少し寂しい目をしていた。
「じゃあ、女…?んー…男、」
「ははっ、アーロンには隠せないね」
リアムは苦笑してペンを机に置いた。
アーロンはデスクの端に腰をかけ、リアムのスマホをひょいと見て眉を上げる。
「……あんたをそんなに悩ませるのはどんな子かな?」
「またファンがつくのはゴメンだよ…ほら、こっちのふわふわの髪の子、」
リアムはブツブツ文句を言いながら優真の写真を見せた。こっそり昨日の朝撮影した天使の寝顔だった。
アーロンが盛大にため息をつく。
「あ~…俺は男には興味はないが、こういうタイプには大抵ナイトがいるんだ」
「……ご名答!実はナイトと猫ちゃんは一緒に俺の古巣に来てるんだ。まぁ、俺がプッシュしたんだけど」
リアムは少し得意げに言った。
コロコロ表情が変わるのは、それだけ心が奪われているからなのか。
「で?朝からその膨らみ?」
アーロンはリアムのスラックスの股を指さし、げっと舌を出した。
「まだ俺も元気だな~~」
ふたりの笑い声が小さく弾む。
でもリアムの目元だけは、どこか遠い。
「なぁ、リアム。」
「ん?」
「好きなの?」
リアムは即答しなかった。
そのかわり、ペンを指で弄びながら呟く。
「……んー、人のもの、俺大好きだから。
でも今は違うかなぁ~…いや、可愛いよ?イジり甲斐もあるし、抱いてみたい…でもなんか、きっと満たされない」
アーロンはそれを聞いてポツリと呟いた。
「はは、抱いてみたいは余計だろ?」
「俺、正直だからさ?」
笑い合い、ため息をついた。
リアムは立ち上がり、ネクタイを緩める。
「午後、外回り行ってくる。」
「どこ?」
「オクスフォード」
「完全にソブリン行くやつだろ」
「……ご本人登場してくるよ、」
アーロンが笑って手を振る。
「残りの仕事もらってやるから、その傷心顔なんとかしろよ?」
リアムはえ?と笑いながらジャケットを羽織った。
香水を軽く吹き、鏡の前で襟を整える。
ふと、鏡越しに自分と目が合った。
笑ってるのに、傷付いた男の顔が映る。
(なるほど…夏のキス、また思い出しちゃうなぁ…)
靴音が静かに響く。
オフィスのドアを開けながら、ぽつりと呟く。
「……ユーマって、天使なのに罪だね、」
昼のロンドン、いつもの曇り空。
それでも光の射す方へ、リアムは歩き出した。
――消せない熱を抱えたまま。
大きな窓に、陽の光が斜めに差し込んでいた。
古い木のデスク、革張りの椅子、窓の外には曇り空。
リアムは資料を片手に、ぼんやりとペンを転がしていた。
祖父、父と続く不動産業を継ごうと決めたのはモデルとしてちやほやされても埋まらない心の溝が年々深まったからだった。
午前中は商談をひとつまとめ、顧客にも笑顔で対応した。
今の時代、社長はデスクでふんぞり返っているだけではうまく行かない。だから積極的に仕事をする。
外から見れば、新進気鋭の“若社長”。
だが頭の中は、まるで別の場所にいた。
――今朝の、優真へのモーニングコール。
『お、おはようございます、リアムさん……』
電話越しに聞こえた優真の声が、掠れて、少し甘くて、艶めいていた――
リアムの中で“熱”として蘇る。
(……完全にヤってたね、ユーマ。)
椅子に背を預けて、片手で額を覆う。
身体が勝手に反応しているのを、情けないほど自覚していた。
理性で押し殺しても、下腹に残る疼きはなかなか引かない。
「……あー……やだやだ、勃ってんの、」
誰に聞かせるでもない独り言。
空っぽのオフィスに響いて、自嘲の笑いが漏れる。
デスクに目を落とすと、前の日の朝の記憶が目の前に浮かぶ。
オクスフォードのペントハウス。
優真が眠そうに身体を丸め、その隣で蓮が腕を伸ばして寝ていた。
川の字の真ん中に優真。
寝返りの拍子に、布団のすき間から光ったふたりの“指輪”が目に入った。
(……変わってたんだよな。)
シルバーの二連リングではなく、プラチナに細いゴールドラインのリングとマットなプラチナリング。
似てるけど、違う。
同じではないが、噛み合っている。
リアムは無意識に唇を噛んだ。
(エンゲージ、ってやつかな。……まぁ、そうだろうなぁ)
カップに残ったコーヒーを飲み干す。
苦味が舌に残った。
ふたりの寝息が、まだ耳の奥に残っていた。
優真の髪が頬にかかって、無防備な寝顔に心臓が一瞬止まった。
“自分のじゃない”と理解しているのに、息が詰まるほど愛おしかった。
(……スエゼン、食べない俺ってやっぱり紳士かも?)
自分の少しの情けなさにため息をついて、椅子を回転させる。
あの二人の寝顔を、なぜか“幸福”だと思えたことがまた痛かった。
――
ノックもなく、ドアが開いた。
「リアム、顔死んでる。地価でも下がった?」
入ってきたのはアーロン。
同期入社だが、立場的には部下にあたる。
撫でつけたブロンドヘア、体格のいい身体に似合うスーツ。
袖を軽くまくって、書類を小脇に抱えている。
「残念、地価じゃないよ」
リアムは微笑みながらも少し寂しい目をしていた。
「じゃあ、女…?んー…男、」
「ははっ、アーロンには隠せないね」
リアムは苦笑してペンを机に置いた。
アーロンはデスクの端に腰をかけ、リアムのスマホをひょいと見て眉を上げる。
「……あんたをそんなに悩ませるのはどんな子かな?」
「またファンがつくのはゴメンだよ…ほら、こっちのふわふわの髪の子、」
リアムはブツブツ文句を言いながら優真の写真を見せた。こっそり昨日の朝撮影した天使の寝顔だった。
アーロンが盛大にため息をつく。
「あ~…俺は男には興味はないが、こういうタイプには大抵ナイトがいるんだ」
「……ご名答!実はナイトと猫ちゃんは一緒に俺の古巣に来てるんだ。まぁ、俺がプッシュしたんだけど」
リアムは少し得意げに言った。
コロコロ表情が変わるのは、それだけ心が奪われているからなのか。
「で?朝からその膨らみ?」
アーロンはリアムのスラックスの股を指さし、げっと舌を出した。
「まだ俺も元気だな~~」
ふたりの笑い声が小さく弾む。
でもリアムの目元だけは、どこか遠い。
「なぁ、リアム。」
「ん?」
「好きなの?」
リアムは即答しなかった。
そのかわり、ペンを指で弄びながら呟く。
「……んー、人のもの、俺大好きだから。
でも今は違うかなぁ~…いや、可愛いよ?イジり甲斐もあるし、抱いてみたい…でもなんか、きっと満たされない」
アーロンはそれを聞いてポツリと呟いた。
「はは、抱いてみたいは余計だろ?」
「俺、正直だからさ?」
笑い合い、ため息をついた。
リアムは立ち上がり、ネクタイを緩める。
「午後、外回り行ってくる。」
「どこ?」
「オクスフォード」
「完全にソブリン行くやつだろ」
「……ご本人登場してくるよ、」
アーロンが笑って手を振る。
「残りの仕事もらってやるから、その傷心顔なんとかしろよ?」
リアムはえ?と笑いながらジャケットを羽織った。
香水を軽く吹き、鏡の前で襟を整える。
ふと、鏡越しに自分と目が合った。
笑ってるのに、傷付いた男の顔が映る。
(なるほど…夏のキス、また思い出しちゃうなぁ…)
靴音が静かに響く。
オフィスのドアを開けながら、ぽつりと呟く。
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